Track.6  要・古文書解読スキル

「停電?」

 持っていたスマホも暗くなる。

 ただの停電だと思ってはいけないらしい。

 しかも、妙に生暖かく、鉄さびに似た悪臭がする暗闇だ。嫌な予感しかしない。

「いったい、何が……あ……」

 兄ちゃんが事務所に備え付けられている、シンプルなデザインの全身鏡が不気味に淡く、そして青く光り、何やら、文字のようなものが自動的に書かれている。

「……」

 真っ暗闇の中で、蛍光する文字。

 悲鳴を上げて気を楽にしたくなるが、状況を冷静に見極めないといけないと警告する頭が、ボクを冷静にさせる。

 ボクは、愛翔兄ちゃんのひらめきの邪魔にならないように努めるべきなのだ。

 現に鏡の文字はくずし字だとまではわかるのだが、古文解読技能がないボクでは文字を拾い上げるだけでも困難なので、まったく読めない。

 兄ちゃんを頼るしかない現状に歯噛みしながら、黙って見守る。

「ニワトリがなぜ飛べないか知っているかい。空を飛んで、柵を越えて外に出ればいいのにと思ったことはないかい。もし、そんなことが出来たら、とても素敵なことだと思うのだがね……ふむ」

 さすが、愛翔兄ちゃん、古文解読をなんなくクリア。一般的な探偵技能よりも、もしかしたら優秀ではないかとう、お宝探索系技能が光る。

 鏡に浮かび上がった文章の内容はわかった。

 しかし、意味不明だ。

「何を意味しているのかな?」

 ちなみに、ニワトリが飛べないのは、体が重いからだ。

 軽くなれば、屋根の上くらいまでなら飛べるらしいが、人間に飼われている間は、猫などの肉食動物といった敵に襲われにくいのもあって、飛ぶ必要もなく、太らせて食べるためとはいえ、エサももらえる。

 状況的に、普通のニワトリが飛べるほど軽くなることはないだろう。

「この鏡に書かれていることは、この怪異を解く手掛かり……なんだろうな」

 愛翔兄ちゃんは相変わらず落ち着いて、微笑みだした。

 他人からすれば気味が悪いと引かれるだろうか、ボクは違う。

 この微笑は、ボクを安心させるためだ。

 頼りになる年長者として、どんなに状況が悪くても、微笑みを崩さない。

 押し寄せてくる不安を少しでも軽減させるためならば、平気で笑顔の仮面をつける、愛翔兄ちゃんは役者派の漢なのだ。

 しかも、生まれ持った美形という才能をフル活用した微笑みなので、拝むだけで、なんか、尊い。

 多少の不穏な空気は一瞬で消し去ってしまう。

「誰が何のためにどんな目的があって、私たちをこんな怪異に引き寄せたのかは不明だけど、少なくても悪意を感じるよ」

「怪異って……そんなのって、ありなのかよ、愛翔兄ちゃん」

 到底信じられないことだが、この不可解な現実を怪異ではないと覆すほどの言葉はボクにはない。

 それでなくても、幻覚にしては生々しく、夢にしてははっきりとした感覚はあってしまっている。

 理屈で割り切れない、原始的な恐怖が冴えわたっている。

「ああ。今、まさに私たちは怪異の真っ只中に置かれている。だが、怪異は理不尽だけど、ルール無用ではない。詳しい説明をする暇がないから、かなり端折るけど……この状況は打破できる、それは事実だ」

 祈りや願いといったあいまいなものではない。

 愛翔兄ちゃんは断言する。

「もちろん、打破するにはこの怪異の『理』に従う必要がある。唯愛、私は君に怖い思いをさせてしまうだろうけど、私の言葉を信じてくれ」

「……わかった」

 必要ならば指示を出すということだろう。

 ボクは協力を惜しまないつもりだ。

「ともかく、状況の整理から始めよう。鏡の内容こそ不明のままだが、この部屋から出るのは危険と判断する」

「なんで、愛翔兄ちゃん」

「この場からの即脱出が正解なら、こういう文章にはならないはずだ。『空を飛んで、柵を越えて外に出ればいいのにと思ったことはないかい』というところから、少なくても私たちは『飛ぶための手段を用いないで出る』と危険なのだろう。まぁ、外に出るのが正解かどうかもまだわからないけどね」

「そうだね、兄ちゃん」

 ボクとしても正直、鉄さびのような悪臭がする外を真っ先に調べたいとは思わなかった。

 脱出口を真っ先に確保するべしという避難の法則を思いっきり破っているが、窓やドアを開けたら終わりだと、本能が告げているので、素直に従いたい。

「と、いうわけで、窓やドアを調べる前に、事務所内に何か変化したことがないか探ってみる。薄暗いが……鏡の光のおかげで、調べられないことはないだろう」

 文字がつづられている鏡は光源になっていた。

 一応、電化製品が起動できないか、スマホやコンピュータのスイッチも試したが、できなかった。

 この場の怪異は、電化製品がお嫌いらしい。

「電気はつかないけど……これといったものが無くなったり増えたりしているわけではないようだね、兄ちゃん」

 直したばかり、電池入れ替えたばかりのライトアップ剣も、この場ではただの剣のおもちゃだ。

 せっかくスイッチを押したら光るように直したのに……と、兄ちゃんは顔には愁いが帯びていた。

「う~ん。変わったところは、電気が使えなくなっていること。そして、ヒントは鏡の文字だけか……」

 見落としはないはずだ。

 だけど、これだけでは何もつかめない。

「あ、兄ちゃん。鏡の文字が……変わろうとしている」

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