Track.7  やってきました、スゴイやつ!

「なんだって」

 まさかの時間差。

 改めて、事務所から出なくてよかったと思った。

「え~と、コブタは三匹、コヤギは七匹。畜類は喰われる運命にある」

 先のニワトリといい、家畜繋がりか。

 それ以外の共通点……あるのか?

「今回はご丁寧に数字が書かれているね……それが何を意味するのか」

 愛翔兄ちゃんの言う通りだ。

 動物はもちろん、数字も重要だと考えるべきである。

「……三匹と七匹。匹……なんで頭じゃないのだろう」

「それはたぶん……この文章体から考えるとないかもね」

 古文解読技能がないと読めないのはわかるが、頭が使われていない理由にはならないだろう。

「匹はかなり昔から使われているけれど、頭は明治後期からだからね。西洋では、大形の家畜一般の数え方は『head』。西洋の動物学などの論文でその『head』と書かれた部分が「頭」と日本語に直訳されたんだ。それから人より大きな動物や人の役に立つ動物は頭と数えられるようになったと言われている」

「へ~」

 文明開化の音がする。

「で、この鏡の古文書。仮名遣いから推定すると、江戸初期に入るか入らないかの古風なものだ。だけど、知識は現代。まるで江戸時代に生きていた人間が、なぜか現代日本にやってきて、私たちにメッセージを贈っているようなアンバランスなところがある」

 解読でここまでわかるのか。

 さすが探偵というべきか。だが、それはそれで不気味だ。

「兄ちゃん、知識が現代だっていう確証は?」

「鏡文字を送ってきている相手には、少なくても『三匹の子ブタ』と『狼と七匹の子山羊』の知識はあるだろうね。そして、スマホやタブレット……液晶のへらべったいものを鏡と思い込んでいる……」

 微妙に現代知識を取り入れた結果が、コレなのか。

 アンバランスの意味は分かった。

「それなら、にわとり云々が変じゃないか」

「おそらく……電気が通らないこの暗闇を作った私たちに対して者と、鏡に文字を浮かび上がらせている者は別だよ。そういうことで、私は暗闇のほうを悪意ある者、鏡のほうを助力する者と、わけて考えることにする」

 悪意ある者側が事務所を暗闇にされた以外アプローチがないのが気になるところだが……。

 ボクは兄ちゃんの意見を最後まで聞くのが最善だと思い、いったん疑問をひっこめた。

「悪意ある者は、私たちを外に出したがっている。『三匹の子ブタ』と『狼と七匹の子山羊』の展開を考えると、私たちを食べようとしている狼さんがいるのかもね」

 助力する者は暗にボクたちに外に出るなと警告、しているのか。

 出口には嫌な予感しかないので、ボクと同じ意見なのが正直心強い。

「で、最初のにわとり云々については、早く、何らかのアクションを示さないと、私たちは真っ先に外に出るとみて慌てて書いた文章という可能性がある。まぁ、正しい判断だよ。真っ暗闇だったんだ。ドアを開いて外に出るまではいかなくても、窓を開けて身を乗り出すぐらいはしただろう」

 窓を開けた時点でアウトなら、にわとり云々の話は全く無駄ではない。

 現にボクたちは鏡にまず反応して、鏡の文字や内容を読み解くのに時間をかけた。

 事務所にとどまらせるという目的なら、正解に近い。

「それに、助力する者の鏡の文字……すごく澄んでいる。事務所を覆っている暗闇とは全く違う感覚がする」

 言われてボクは鏡の文字をじっと見てみる。相変わらずくずし字なので読めないが、ほのかに温かみを感じるやさしい文字だ。

 暗闇の冷たくおどろおどろしい気とは異なっている。

 兄ちゃんの言う通り、この場にはボクらに悪意ある者と、助力する者の二つの陣営がせめぎあっていると考えたほうがいいらしい。

「先ほどにわとり云々については、私たちをくぎ付けするため、ていったけど、それだけではないとは思うよ。私たちを外に出したい悪意ある者の心情を書きだしたものかもしれないね」

 悪意あるものにとって、外に出るという行動こそが『とても素敵なこと』になるだろうね。

「ここから出ないほうがいいのはわかったけど……それならそれでいつまでここにいなければならないのかな」

 鏡の光のおかげで薄暗いで済んでいるが、暗闇はやはり怖い。

 このまま一生なんて冗談じゃない。

「待たなければならないのは確かだけど、悪意ある者より、助力する者のほうが、強いと思うよ。そのうち、何とかなるさ。ね」

 愛翔兄ちゃんはそっと鏡に触れる。

 すると、不意に磯の香りがする。耳には波の音が聞こえ、ほのかに感じる海の風景。

 事務所に飾っている夢寐委素島の海の写真と同じ……いや、それ以上のいやしの空気が、暗闇による不安な気持ちを払拭させるため、洗い清めようと流れ出てくる気がする。

(はうぅ~)

 ヒーリング効果は抜群だ。

 月の穏やかな光をたらふく浴びてきた海は、事務所一室を覆う程度の暗闇ごとき、恐れるに足りないと、窓ガラスを通り抜け、その波で、飛沫で、清めだす。

 いつの間にか、闇と海の戦いが始まり出していた。

「おぉ」

 戦況は海の容赦ない攻撃によって、外にスタンバっていた暗闇が後退していくという、一方的なものだった。

 ひとかけらも残さないと、追いかける波の雄姿が、窓越しでもまぶしく見える。

「……」

 暗闇はこのままでは勝てないと踏んだのか、残っている闇を一か所に集め出して……ゾンビになった。

 今、窓にイモリのようにへばりついている。

「はぁ?」

 ゾンビだと断定したのには、ちゃんと意味がある。

 確かに、脚や腕はあるし、内臓は飛び出てはない。だが、なければないものがないのだ。

 頭がなかったのだ。

 頭がなければ、誰だって死体だと思うだろう。現にボクだってそう思った。

 だが、動いている。

 動いてしまっているのだ。

 首からダラダラと流れるのは赤黒い液体。血じゃなければ何なんだ。

 そもそも、ゾンビじゃなければ、これはなんだ。

 妖怪、幽霊、それは類語だ。

 実は妖精枠のデュラハンっていう可能性もあるが、ボクの言いたいことは変わらない。

 こいつは、人間じゃない!

 首なしゾンビだ!

「はぁはああぁあああぁああああ!」

 あまりの展開にボクは驚愕する。

 鉄さび臭いとは思っていたけど、首なしゾンビを構成する成分だったと思わなかった。

 想定できるわけがない。

 そんなものが、窓にへばりついている──ドアにもあったかもしれないけどそこは確認していないから確定できないか、状況的にほぼ間違いない──のだ、おぞましくて怖い。体ががたがた震えだす。

 しかも、この首なしゾンビ、体格的には、成人男性。これと言って筋肉質ではないが、均整の取れた肉体は、強者であるのが見て取れる。

 仮にボクが襲われたら、一たまりもないということだけはわかる。

「……剣を、渡せ……」

 首なしゾンビがしゃべってきた。顔がないのに、どこから……と、思ったら、口があったよ、ただし、手のひらだ!

 窓をべろりと舐めてきた。

「ぎゃぁあああぁあぁああ!」

 会話からゾンビの目的が、事務所に入ることだったのが確定。

 予想は当たっていたが、全くうれしくない。

 窓を開けなくて本当によかった。だけど、剣を渡せって……事務所にあるのはおもちゃの剣しかない。

「剣……もしかして、このライトアップ剣ですか。それならば、なおさら渡しませんよ。だって、この剣は……亡くなった妹さんがくれたモノだって……」

「予想以上に重い!」

 ライトアップ剣にまつわる話は、涙なくては語れない部類のようだ。

 千五百円の安物のくせに……いや、妹さんの小遣いで買ったものと考えれば、値段高めか。

 ただのおもちゃじゃないとは思っていたが、泣ける話が付与されているとは思わなかった。

「渡す気がないのなら……」

 首なしゾンビは窓から離れ、事務所のビルの玄関口近くになる、現代美術アート的なモニュメントのところまで飛びおりる。

「ふんっ」

 気合とともにモニュメントで引っこ抜くと、事務所に向かって投げてきた。

「うわぁああ、物理攻撃反対!」

 窓を壊しにかかるのか、このゾンビ。

 へばりついていた暗闇がなくなったことで、電気が戻ってきた。電話で専門家を呼びたいところだが、ゾンビの専門家なんか知らない。

 そもそも、現在進行形でゾンビに襲われそうなのだが、どうすればいいのか。頭の中がパニックになったときだった。

 潮の香りが強くなる。

 暗闇が集まってゾンビになったのと同じく、鏡から出た海が一か所に集まっていく。

「ギャシャァァァァアア」

 そして、現れるのは……奇声を上げる、サメもどき。

 もどきというのは、形状こそ似ているが、ボクの知っているサメではないからだ。

 海のように青いというのもあるが、角が生えた巨体からは棘とかもいくつも生えている。

 見るからに凶悪である。

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