第十五話 謎多き、仮面をつけた男
――チャポ、チャポ
水を踏んだ音が聞こえる。
歩いて一時間ほど。
冷夏達と別れてから随分遠くまで来ているが、一向に穴や入口が見つからない。
風のような音はやまないし、不安要素も多い。
「ふぅ」
壁に背を預け、水を飲む。
いくら地下とは言え、暑いのに変わりはない。
小まめな水分補給は必要だ。
「はぁ」
大きな溜息が漏れる。緊張で心は休まらないし、体の調子だってとてもじゃないけど良いとは言えない。
不調に近い状態だ。
――ゴー
「強い。この辺りか」
少し歩くと急に風のような音が強くなる。
腕時計を見ると十九時。
すでに日は落ちており、もしアルファがいたとしても動かないはずだ。
「マジ、か……」
側面や天井に注意して懐中電灯を当てていると少し先に大きな穴が空いていることに気が付いた。
穴からは月明かりが漏れ、神秘的な雰囲気を醸し出していた。
「地下水路は安全じゃないのか」
穴は細長い体を持つアルファなら簡単に入り込めるほどの大きさ。
もし、小さいサイズのアルファが更に分裂できるとしたら確実に地下水路は危険な場所となる。
場所によっては小さなサイズのアルファでも普通に通れるほどの大きさの所もあるので地下水路での移動は困難を極めるだろう。
「っくそ」
俺は柱を殴りつける。
ショックは大きいし、不安、緊張は更に大きくなる。
今は見えないけれどいつアルファがこの穴に気づくのも時間の問題だ。
それに塞ぐことができない。
――コツコツ
「何だ?」
――コツコツ
誰かがこちらに向かって歩いてきている音がする。
足音的に一人。
アルファはヒールのような音は出さないし、今は日が出ていないから確定で人間のはずだ。
「人か」
「ふぅ」
月明かりに照らされ、見えたのは仮面を被った人間だった。
喋ったことも含めて、生存者であることに間違いはないだろう。
「生存者か、良かった」
「生存者。それは少し違うだろう」
地を這うような低い声で俺の言ったことを否定された。
「どういうことだ?」
次の言葉に俺は驚愕してしまった。
「俺は、アルファだ」
「は?」
「正式にはアルファの血を継いでいる」
「ちょ、待て待て! 理解が全く追いつかない!」
「理解、か」
「そうだ。考える時間をくれ……」
「分かった。五分で理解しろ」
「は!?」
「早く」
「わ、分かった……」
俺は後ろを向き、必死にさっき男が言った単語を頭に入れ理解しようとした。
あの男は、アルファ?
いや、血を継いでいると言ってたけどどういう意味だ?
子孫? 親戚?
「待て。冷静に考えろ」
こめかみをグリグリ押し、目を瞑った。
「そろそろ、いいか」
「まだ!」
大きなことすぎて中々頭に入らないし理解ができない。
ここにいるのが冷夏なら……やめだ、そんなこと考えるな。
今は理解することに集中しろ。
「頭いてぇ」
そう言いながら振り返り、男を見た。
っていうか、目の前にいる人間モドキは本当に男なのか?
体格は俺よりも全体的に小さい。
背は少しだけだけれど華奢に見える。
声が低いってことだけで男だって断定していたけれどもしかしたら女の可能性もある。
「最初に一つだけ、聞いておきたいことがある」
「何だ」
「お前、男でいいよな?」
「あぁ」
「ならいい」
「説明を始める、よいか?」
「あぁ」
俺は唖然として落としてしまっていた懐中電灯を拾い、電気を消した。
幸い、月明かりに照らされ電気は必要なかった。
「まずは俺が仮面をしている理由だ。初歩的なことになるがこれも知らないだろう」
「仮面? そういえば、顔を隠しているのに理由があるのか?」
「そうだ。貴様はアルファを近くで見たことがあるか」
「ある」
「なら分かるだろう」
「いや、分からねぇよ」
「理解の低い人だ。アルファの顔に目があっただろう、それが理由だ」
「目か」
「何かあるのか」
「アルファを近くで見た時、直前まで覚えていたアルファの目のことを確認するってことを忘れていたんだ。アルファから遠く離れてから気がついた」
「それはアルファの思考操作能力だろう」
「思考、操作能力?」
「アルファは目が一つの弱点でもある。アルファの目は日の光より視力を回復し、人を探している。目のことを探られないために日の光がなくても自動的に思考の操作がされるように組まれている」
「なるほどな」
「アルファは人、またはアルファの血を継いでいる人の目を認識すると喰らいつく」
「ようするに目さえ隠しておけば大丈夫ってことか」
「下級アルファはそれで済む」
「下級ってどういうことだ」
「アルファにも上級下級と階級制度がある。地方に派遣される下級。女王にいる上級。人を喰らった数で上級、下級は決まる」
「何故上級には利かない?」
「上級のアルファはある程度人を喰らっており、人の気配を感知することができる。下級アルファは気配感知ができないから目を認識しないと人を見つけることはできない」
「なるほどな」
「お前達はアルファのことを、結界のことをどこまで知っている」
「は? 結界?」
「そんなこともまだ理解できていないのか」
「そうだよ。俺達がアルファの存在を知ったのは出現してからだし、政府からは何もないし」
「隠蔽していたのか。つくづく無能な奴だ」
「隠蔽?」
「遠い先祖から聞いた話だが、前のアルファは出現してから去るまで二年かかっている。その間に国民のほとんどが喰われ、死亡している」
「それは今の状況と同じだな」
「そうだ。当時は日本国民が絶滅しないように皇族や公家が地面を掘り、巫女と共に地下に逃げた」
「今、俺達が生きてるのはその逃げた奴等のおかげってことか」
逃げることは時に正しいけれど時に悪いことにもなる。
当時の偉い人の行動は俺達にとっては良いかもしれないけれど当時の人達からすれば決して良いものではない。
凄く、複雑な気分だ。
「アルファが去ってから一年。順調に国民が増えている頃に大きな病が流行った」
「病?」
「そうだ。女、子のみにかかる難病だ。その病でせっかく生まれた子や子を生む女が減少し絶望に立たされた」
「それって、女子病か?」
「あぁ」
「女子病なら学校の教科書に掲載してあり、授業で詳しく習っている」
「その女子病と被ることを利用し、アルファのことは公から隠されたと言うわけか。その後のことは知らないが恐らく、皇族や上の者しか知らなかっただろうな」
「当時の奴等の隠蔽によって、俺らはアルファに殺されそうになっているってわけか」
政府や皇族。
良いと思っていた存在が悪い存在になりつつある。
あいつ等が公表していれば俺達はもっと生きられたかもしれない。
信じない人もいるかもしれないけれど信じる人の方がきっと多い。
あいつ等は無能だ。
“俺達がどうにかしないと”
「教えてくれてありがとよ! 誰か知らねぇけど生きろよ!」
俺はこのことを伝えようと急いで冷夏達のもとへ戻ろうとした。
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