第十四話 私にしかできないことを

「皇ちゃん……」


 無断で切られた着信。


 ツーツーと切れた音が鳴る携帯。


 こちらを心配そうに見つめる春や生見さん。


「っ。河野……」


 アイツが心配だ。


 人の言うこと聞かないで、聞いたと思えば無視して、突っ走って。


 私の言うことだって簡単に信じて、走ってしまう。


「ほんとに、バカっ」


 いっつも心配ばかり。


 どれだけ私を不安にさせたら気が済むのよ、河野……。



プルルルルル


「!」


 着信音。


 河野かと思い、私はすぐにその着信音に応じた。


「もしもし!?」


「突然すいません。富士宮かがりです」


「あぁ……」


 着信先は河野ではなく、陸軍に所属している富士宮さんだった。


「河野くんと連絡や電話が繋がらなくて、一緒にいると聞いた貴方に電話しました。彼は今、どこへ?」


「……個別に辺りを捜索しています」


「なるほど」


「それで、用件は何ですか」


「貴方達の予想通り、首都にはアルファの中心となる“女王”がいました」


「女王? どうやって確認を?」


「ヘリで上から。すると大きな王冠を被り、一際目立つ格好をしているアルファを確認し、身につけている物などから女王だと推測しました」


「なるほど。それで?」


「今、首都の地上には大きな巣があり、その巣を守るようにアルファが立っていたり行動しています」


「やはりそうでしたか」


 と、言うことは人間を喰らって栄養をつけているのは繁殖のため? アルファに繁殖概念なんてあったんだ……じゃなくて、これ以上数が増えたら本当に取り返しのつかないことになる。


「アルファは、アルファはここ日本で繁殖しようとしているのかもしれません」


「え?」


「人間を喰らって繁殖に必要な栄養を蓄えて繁殖する。たしか、日本に一度出現していたと言っていましたね?」


「は、はい」


「それは前期の繁殖。つまり、今のアルファが生まれた時かもしれません。例えばアルファにも人と同じように寿命があり、今生きているアルファの寿命が近いから、入れ替わりをしようとしに来ているのかもしれません。新しいアルファを繁殖させるには大きな力が必要だからその力を蓄えに再び日本へやってきた」


「可能性は多いにありますね」


「こちらのアルファは出現時に分裂し、小さなサイズのアルファも現在確認できます。もし、そのアルファが繁殖したことを悟らせない“囮”だとしたら?」


「それは、まずいことになります。知らない間に数が増え、取り返しがつかないことになる」


「えぇ。ですから首都にいる女王や周りのアルファに注意を向け、しっかり見張ってください。いつ、どこで繁殖行動や繁殖期が来るかなんて分からない。ここはどんなに予想ができてもただの予想にすぎないから」


「分かりました。繁殖のことはこちらにお任せください」


「はい。それと、もう一人生存者を見つけました。名は鏡衣月です」


「了解しました。リストに掲載しておきます」


「お願いします。それでは」


 私は電話を切った。




 繁殖期。


 アルファの繁殖期が動物と同じと過程しても、どの動物と同じにすればいいか分からない。


 長くて一年、短くて二週間。


 幅が広くて、どう対処すればいいか分からない。


「皇ちゃん?」


「生見さん、少しだけ待ってもらえますか?」


「え?」


「知り合いに電話します。少しだけ待ってください」


「あぁ、分かったよ」


 私は鏡くんの連絡先を登録し、彼に電話をかけた。




「も、もしもし。誰ですか?」


「鏡くん、私。冷夏皇」


「え。冷夏ちゃん!? なんで?」


「河野から鏡くんの連絡先もらって、連絡したの」


「あ、なるほど……っていうか、水谷と連絡がつかないんだけどアイツ何してんの?」


「河野は……河野は今、凄く危険なことしてる」


「は!?」


「電話の電源切ってるのか連絡つかないし、生きてるか死んだかの確認もできない状況なの」


「それ、どういうことだよ」


 私は鏡くんに、河野とのことを話した。


「なるほどな。アイツらしいよ」


「そうだよね」


「で? 冷夏ちゃんはこれからどうするつもり?」


「……私は、私にしかできないことをする」


「それって何だ?」


「それは言わない。私の妹ともう一人の仲間はここに残しておくわけにはいかないから鏡くんの連絡先渡して、二人と合流してもらいたいの」


「それはいいけど、冷夏ちゃんの行動は無視できねぇよ」


「河野は、河野は自分が死んでもいいって思ってると思う」


「え?」


「自分が危険な目に遭ってても冷静で、だけど馬鹿みたいな行動するの。私はそんな河野を止められなかった、止められるはずがなかったの」


「……」


「私は河野と一番仲良い女友達。河野からすればそれ以下でもそれ以上でもない。だけどアイツに対する私の気持ちを私が否定していいわけがないからこうすることに決めたの」


「難しいことだな。若干理解できなかったけど、冷夏ちゃんが水谷に抱いてる気持ちはなんとなく知ってた」


「そっか」


「水谷は俺にも止められないよ。アイツ、ガチの馬鹿だからな」


「ふふ。そうよね」


「いってこいよ。水谷と妹、もう一人の仲間は俺に任せてさ」


「ありがとう、鏡くん」


「いいや」


「……じゃあね」


「あぁ」


 電話を切った。




「生見さん、春」


「どうかしたのかい?」


「なぁに? お姉ちゃん」


「生見さんにはさっき電話してた知り合いの連絡先を登録してほしいの。事情はもう話してあるから」


「え? あぁ、分かった」


「春は、お姉ちゃんの話をしっかり聞いてほしい」


「?」


 私は腰を屈め、春と目線が同じ位置になるようにした。


「お姉ちゃんはこれから、河野が行った方向と逆の方向。すなわち降りてきた入口の方へ行きます」


「どうして?」


「それは言えないの。生見さんとこれから来る私達の同級生と一緒に首都圏に向かって」


「なんで!? お姉ちゃんは?」


「私はここで春達と離れる。分かった?」


「分かんないよ! どうして!?」


「……春が不安な気持ちはよーく分かるよ」


「ならっ」


「私は春が元気で生きられるようにしたいの。お父さんとお母さん、それにお祖母ちゃんもいなくなって春を守れる家族はこの世で私一人。お願い、言うこと聞いて」


「やだ、やだ!」


 頭を横に振り、泣いている春。


 こちらを見て、何か言いたそうにしている生見さん。


 ごめんね。


「我儘言わないで」


「っ」


 涙がピタッと止まった。


「これは私にしかできないことなの。河野は今、命がけで頑張ってる。鏡くんだって必死でこちらに向かってきてる。ここで私が私にしかできないことを放り投げるのは嫌なの」


「お姉ちゃんにしか、できないこと……」


「そうよ。お姉ちゃんにしかできないこと」


「っ。分かった……」


「ありがとう。春はとても良い子だよ。誰よりも可愛くて、賢くて、偉い子」


 自慢の妹なの。


 だから死なせるわけにはいかない。


「生見さん。春のことをよろしくお願いします」


 深く、深く頭を下げた。


「うん。分かったよ」


「春」


「なーに?」


「大好きだよ」


「私も!」


 目にいっぱいの涙を溜めて、笑顔でそう言った。


「行ってきます」


「「いってらっしゃい」」


 二人に見送られ、私は大きく一歩踏み出した。

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