第八話 仮説を、信じて

「動くなら、今日だな」


「え?」


「生見さん。そろそろ首都圏に向かって歩き出さないといつまで経ってもたどり着かない。だから、そろそろ動く」


 黄昏時に起きている青い光のことについて、冷夏と生見さんと議論しつつ仮の答えが出るまで動かずに待っていた。


 だけれどそろそろ動き出さないといけない。


「そうだね。だけれど春ちゃんのこともあるし、まだでも大丈夫なんじゃないかな?」


「なら、俺と生見さんで地上を歩かないで済む場所を探そう」


「地上を歩かないで……地下水路ってことね」


「そう。必ず、どこかに入口があるはずだ。探そう」


「そうだね。地下水路なら朝晩関係なく動けるし、地下ってことに変わりはないからね」


「あぁ。よし」


 俺は冷夏に電話をかけた。



プルルルル


「もしもし?」


「河野だけど。ちょっと相談があるんだ」


「相談って何?」


「俺と生見さんは今夜動く」


「え」


「ここで永遠議論してても仕方ない。それと朝晩でも動ける地下水路の入口も探す予定だ」


「地下水路って……」


「ここ最近、整備や点検作業が入ってて安全なはずだ。日中はマンホール内にいて、日が落ちてから地上を移動するよりは早くなるだろ?」


「そうだけど、この辺りにあるの?」


「必ずあるはずだ。俺と生見さんはそれを探しに出る」


「……」


「冷夏は春と一緒にマンホール内で待機しててくれ。発見次第連絡するから」


「でも……」


「我儘を言うな。俺達は死に抗うんだ。そのためには多少の犠牲は構わない」


「っ」


「いいか、冷夏。絶対に春と生きて首都圏に入るんだ。いいな?」


「分かった」


「よし、それじゃ切るな」


「うん」


 俺は電話を切った。


「皇ちゃん、どうだった?」


「許可してくれた。行こう」


「よし」


 俺は懐中電灯を持ち、母親の形見である指輪の確認をしマンホールの外へ出た。


「ふぅ」


 大きく深呼吸をする。危険な道のりなのは重々承知だ。その上で、行動せざるをえない。


「大丈夫だ。やれるぞ、河野水谷」


 俺は胸を二回叩いた。


「水谷くん」


「おう」


 俺は東、生見さんは西の方角へそれぞれ歩いた。


 少し歩くと大きな影ができた。


 今日は月が出ているため、懐中電灯なしでも行動できた。


「久しぶりだな、怪物」


 あの時見た大きさと同じサイズの物体。


 少し先にはそれよりも一回り小さい物体もいた。


「絶対に倒してやるよ」


 俺は拳を物体の体に当てた。


「かてぇ」


 当たった所は赤くなっていた。体は相当頑丈なようだ。


「冷夏のためにも情報を得ておくか」


 動かない今がチャンス。


 俺は様々な方法で物体の情報を探った。


「まずは図体」


 物体の隣に立つ。相当見上げないと見えない頭のてっぺん。


 俺が百七十センチぐらいで、俺より二回りで三メートル。


 恐らく、それよりも大きいから俺の隣にいる物体は約五メートルだと判断した。


 これで五メートルだからこれより一回り小さいのは約三メートルぐらいか。


「なげぇなぁ」


 次は体。肩から踝辺りまで伸びている細長い手。


 爪は長く、少しでも掠れば大怪我になると思う。


「男か女か、見分けられそうなものは……」


 俺は下半身に目をやった。


「特にねぇな」


 後で他の物体のも見たけれど、特に見分けられそうなものはなかった。



プルルルル


「もしもし」


「水谷くん? 地下水路への入口あったよ」


「分かった。今すぐ向かう」


 俺は現在位置を送ってもらい、その場所へ向かって走った。


「水谷くん!」


「ここか……」


「扉は施錠されてなくて、中には入れそうだけど入る?」


「あぁ。安全確認だな」


「それなら皇ちゃんにも見えるようにビデオ電話したらどうかな?」


「それいいかも」


 俺は再び冷夏に電話をかけた。


「もしもし?」


「河野。地下水路への入口見つけたぞ」


「そうなんだ!」


「お前にも安全確認してほしいからビデオ電話にするぞ。春も起きてたら見てくれ」


「分かった」


「よし、それじゃ開けるね」


 ギーっと古びているような音が鳴り扉が開いた。中は真っ暗で俺は真っ先に懐中電灯を点けた。


「入るな」


「気をつけてね」


「おう」


 念のため、腕時計で時間を確認する。


「二時か。安全確認したらそっちに帰る。それでいいか? 生見さん」


「それでいいよ。皇ちゃんと春ちゃんと合流するのに焦らなくてもいいからね」


「よし」


 懐中電灯で奥を照らす。


「携帯僕が持つよ。水谷くんは照らしてて」


「分かった」


 生見さんにスマホを渡した。


「皇ちゃん見える?」


「はい、大丈夫です」


 中はチャポン、チャポンと水が落ちている音がする。


 当然だけど人がいない様子が伺えた。


「不気味な場所ね」


「春ちゃんは怖がりそうだね」


「たしかに」


 滑りやすそうなので足元に気をつけながら先を歩く。


「ここまでで大丈夫そうかな? 奥も同じような感じに見えるし」


「そうだな。それじゃ、もど……」


 戻る、と口にする前に地面が揺れた。


「何だ?!」


「これは、地震かなっ」


「タイミングが悪い!」


 腕時計を見ると三時三十分を指していた。


 この時間は物体が動かない。それなら地震で間違いないはずだろう。


「皇ちゃん、そっちは地下だからあんまり揺れていないよね?」


「はい」


「俺はあっちに戻って様子を見てくる。生見さんはここで待機しててくれ」


「え?」


「今地震が起きたならこれからも起きる可能性が高い。マンホールは地上の建物が崩れて蓋が塞がれれば一生出れなくなる。それは回避したいから一気にこっちに移動だ」


「分かったよ」


「生見さんはできるだけ外で待っててほしい。先に春をこっちに走らせる」


「うん」


 俺と生見さんは入口へ一直線に走り、それからは別行動をした。




「冷夏!」


 マンホールの蓋を開けると梯子を上ってきている春が見えた。


「お兄ちゃん……」


「早く、来い!」


 手の届く範囲まで来ると春の手を掴み引っ張り出した。


「冷夏。荷物をこっちに……」


 俺のリュックは生見さんに預けているから後は冷夏のリュックだけ。


 俺は上に上げられたリュックを掴み、引き出した後冷夏の手を掴もうとすると……。


「あっ」


 掴もうとした手は空を切り、掴めなかった。


「早く上がって来い!」


 地下は揺れが半減しているはずだ。


 俺達よりも先に行動できているはずなのに……。


「疲労と水で足を取られて……引っ張ってくれない?」


「分かった」


 そういう冷夏の顔色はたしかに良いと言えるものではなかった。


 連日で溜まった疲労が今出てしまっているのだろう。


「いいぞ!」


 リュックを置き、マンホールの中に体を突っ込んだ俺は上ってきている冷夏に向かって精一杯手を伸ばした。


「んーー!」


 中から唸り声が聞こえた。


 こちらへ必死に上がってくる冷夏の手を掴み、俺は上へ上へ引き上げる。


「っくそ」


 握力が平均より弱いのがここでくるとは。


「お兄ちゃん! 空がっ……」


「くそっ!」


 焦ってる。


 自分でも認識できるぐらい焦っていた。

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