第七話 物体に関する仮説
「河野っ!」
「ただいま」
「おかえり」
日が明ける十分前。俺は冷夏が待っているマンホールに生見さんと一緒に辿り着いた。
「この人は?」
「生見さん。あの爆発に巻き込まれてた人なんだ」
「そうなんだ。初めまして冷夏皇です」
「生見一哉です。よろしくね? 皇ちゃん」
「はい」
「ここのマンホールに全員は入るのはきつそうだから俺と生見さんは隣のマンホールを探してそこに入る。いいか?」
「うん。それでいいよ」
「おう」
俺と生見さんは隣のマンホールに入った。
「僕、マンホール初めて入ったよ」
「俺もこの前が始めてだった。臭いキツイけど我慢してくれよ?」
「あぁ」
すると冷夏から電話がかかってきた。
「もしもし?」
「あ、これから話したいんだけど生見さんにも聞いてほしいからスピーカーにできる?」
「急だな。分かった」
俺は耳元から離し、スピーカーマークを押した。
「河野、生見さん。私、ある仮説を思いついたの」
「仮説?」
「それって、あの物体のことについてかい?」
「はい。生見さんのためにおさらいすると、あの物体は日の光がないと動けないんです。だから私達は今、日が出ている時間はマンホールの中に隠れて、時間を過ごしている」
「なるほどね。教えてくれてありがとう」
「いえ。次にあの物体の目、よく見えなかったよね?」
「顔? ……たしかに、意識したことはないけど口元だけしか見えた覚えしかねぇな」
「予想だけど、あの物体には目がない。あるいは見えにくいから日の光で明るくないと私達を、人間を探せないんじゃないの?」
「それ説はありえるけど、目がなくても、見えにくくても気配を感じられるんじゃないか? よく分からないが」
「たしかに……」
「皇ちゃん」
「どうしました?」
「僕ね、日がないと物体が動けないって知らない時、あの炎があがってた家に閉じこもってたんだ。その時にね、だいたい十八時ぐらいかな? 東の方角か青く光ってたんだ」
「「は?」」
電話越しに俺と冷夏の声が重なった。
「ど、どういうこと? 青く光ってた?」
「えっと、ワスレグサって花、分かるかな?」
「はい」
「その花の色に似てるかな。青よりは明るい色」
「なるほど」
「その十八時に青く光ったっていうのが凄く気になるな。その時間はまだ日が出てるから俺達は確認できなかった」
「そうよね」
「これはあってるか分からないけれど、昔から十七時から十九時までのことを“黄昏時”と言って、魔の時間帯だって伝えられてきたんだ」
「黄昏時……」
「昔というか、類義語で逢魔が時っていうのもあるんだけど、薄暗くて、前に立ってる人の影しか見えないからあやかしが出る時間だったり何かに襲われる時間って言われたりしてたから魔の時間帯だって今の僕でも知ってるぐらい有名なんだ」
「魔の時間。その説で行くと、その青い光は物体が何かをしている時に出る光って思っておいた方がいいかも」
「そうだね。その時間は気をつけておいた方がいいかも」
「有力情報ゲットだな」
「うん。生見さんがいてくれて良かった。私達だけじゃ絶対に気づけなかったことだから」
「いやいや。僕の方こそ、水谷くんに助けてもらってなかったらこのこと話せてなかったからね」
「河野、良い仕事したね」
「だろ?」
「調子乗らないで」
「は!?」
「君たち相性ピッタリだね。恋人とか?」
「「違います!!」」
「あ。勘違いだったか」
「もう……それじゃ、切るからね!」
「おう。何かあれば連絡してこいよ」
「分かった」
俺が切るよりも先にブチっと言う音が鳴った。
「ったく」
「ふふっ」
「どうかしたのか?」
「微笑ましいなって思って。僕の高校時代はほとんど勉強につぎ込んでたからね」
「そうだったのか……ですか」
今更だけど、俺は生見さんに。いや大人に対して敬語で話すのを忘れていた。
助けるのに夢中だったのと、その後会話に馴染みすぎてたのですっかり忘れていた。
「敬語なんて気にしなくていいよ。水谷くんは僕の恩人だからね」
「……ありがと」
「いえいえ」
俺はスマホに電源を入れ、メールの受信欄を確認した。
「誰かとやりとりでもしてるのか?」
「親父と。一日に一回、いつでもいいから連絡を取ろうって話をしてたんだ。一日過ぎたけど連絡着てなくてさ」
「そっか……」
「親父は。親父は福岡に出張に行ってたんだ。俺達よりも首都に向かうには遠すぎて、もしかしたら途中で死んだかもしれねぇ」
「水谷くん。そんなこと言わない」
「親父、物体が出現してからした会話でフラグ立てたんだ。『俺達のもとに生まれてくれてありがとう』なんて、直接言えってぇの」
「僕は妻を見殺しにした。いや、見殺しではないけれど自分が助けなかったから死んだ」
「生見さんの奥さんこそ、まだ死んだ確証ないだろ」
「そうだけれど……」
「もしかしたら生見さんのこと探してるかもな」
「それはないよ」
「ある。きっと、ある」
「……」
「俺、眠たいんで寝る」
「分かった。少しだけ、煩くなってしまうかもしれないけどいいかな?」
「っは。勿論、大丈夫」
「ありがとう」
俺は壁にもたれ、眠った。
生見さんの、何かを啜るような音が聞こえた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます