第六話 あの爆発を

「河野。あの爆発どうしよう」


「いかなきゃいけねぇよ。動いていない時間に爆発なんかが起きるわけない。誰かがあの爆発に巻き込まれてる可能性が高い」


「行く気なの?」


「死なせるわけにはいかない。たとえ、生きる意志がなくても」


「……分かった。私も一緒に行こう」


「お前はここに残れ。春を置いていけないだろ」


「ダメ。河野一人で行かせるのはもっと駄目なこと」


「冷夏」


 俺はじっと冷夏の瞳を見つめた。


 彼女の瞳は妹と同じ翠色だった。草原に生える草のような、綺麗な翠。


 その瞳は不安そうに揺れていた。俺のことで不安にさせているのはすぐに分かった。


「……分かった。必ず、戻ってきてよ」


「あぁ。先に進むか?」


「ううん。引き返してもらうことになるけどここで待ってる。あの、マンホールの中で帰ってくるまでずっと待ってるから」


「分かった。それじゃあ」


「……河野!」


「ん?」


「死んだら許さない! アンタのこと、この地から恨んでやる!」


「ははっ。そりゃ困るな」


 今にも泣きそうなぐらい瞳が揺れている冷夏を慰めることはできない。


 今の俺にできることは信じて待ってくれている冷夏のもとへ帰ること。


 ただ、それだけ。


「行ってくる」


「行って、らっしゃい」


 か細く聞こえた見送る声は彼女の表情を俺に想像させるにはもってこいだった。




「今は、十二時。持ち時間は後三時間」


 隠れる場所を探すのに一時間使うと過程すると俺が行動できる時間は残り三時間だけだった。


 移動するのに三十分はかかるからきっと、三時間いっぱいあの場で行動できない。


「生きていてくれ」


 たとえ生きる意志がなくても、助けにいく。


 生きることを諦めないでほしい。


 生き残ったんだから、死んだ人の分まで生きてほしい。


 いや、生きるんだ。


 それが俺達にできることだから。


「ひでぇ、炎だ」


 その場に近づくだけで体が燃えそうなぐらいの温度。


 目の前に広がっている炎の柱。


「っ。助けてくれ!」


「どこだ!」


 助けを求める声が聞こえた。はっきり、聞こえたんだ。


「後少しで炎に呑まれる。頼む、助けてくれ!」


 助けを求める声は建物の中からだった。出っ張っているベランダからこちらに向かい叫ぶ声。


「他に人は!」


「俺以外いねぇよ! 頼む、助けてくれ……」


 今から中に入って、男ごと連れ出すのは無理だ。


 かと言って、見殺すわけにもいかない。


「おじさん。体力、あるか?」


「体力……残り少ない」


「体は、どこか怪我はしているか?」


「所々に火傷を負っているだけだ」


「それなら、こっちに降りて来い」


「は」


「俺が受け止める。来い」


「無理を言うな! この高さだぞ!?」


 たしかに、十メートルほどの高さがある。


 俺も急に降りろと言われても無理だと思うだろう。


「だけど、この他に方法がない。時間も迫ってる」


「っ」


「生きるか、死ぬか。自分で選べ」


 この世にはもともと、生きるか死ぬかの二択しかない。


 生きたければ死に抗え。死にたければ受け入れろ。


 他人が決めるんじゃない。自分で決めるんだ。


「……降りるよ」


「あぁ。一気に来い!」


 男は俺目掛け、一気に落ちてきた。


 とてつもない早さだ。一歩間違えれば本当に死ぬ。


「おらぁああああ!」


 俺は半ば勢いだけで落ちてきた男と抱擁し、地面に転がった。


「いったぁ」


 リュックのおかげか少し痛みは抑えられたが痛いものに変わりはない。


「おい、おい!」


「あ、ありがとな……少年」


「おう。今から仲間の所へ戻る。おじさんも行くぞ」


「俺はもう、体力がない。お前だけ行け」


「助けたんだ。置いていかねぇよ」


 俺はリュックを前に背負い、後ろにおじさんを背負った。


 腕時計の針は二時を指していた。


 この時間ならおじさんを背負って歩いても間に合う。


「無茶だ、やめておけ。自殺行為だ」


「俺は、助けるって決めた人を見殺しにはしない。たとえ自分も死ぬことになっても最後までやりとげる」


「少年は、何故そこまでの意思を持てる……」


「母親が教えてくれたんだ。『男は強い意志を持ち、誰かを守る人なのよ。そういう男になりなさい』って」


「そうなのか」


「あの物体に殺されたけどな」


「っ」


「アンタは、奥さんとかいなかったのか?」


「いたよ。だが、俺は妻を残してここまで逃げてきた。妻を守るよりも自らの命を優先したんだっ」


「そうか」


「少年の母親が言う男じゃない、俺は。どうしようもない、クズだったんだ」


「たしかに、否定はできねぇ」


「そうだよな」


「だけど、肯定もできねぇ。おじさんの考えが間違ってるのか正しいのか、誰にも分からねぇんだよ。俺だって、近くにいたのに母親を守れなかったからな」


 あの時。


 俺は母親の生存を確認するより、冷夏と一緒に逃げることを優先した。


 俺の行動で母親は死んだかもしれない。俺はすぐに家に帰っていれば助けられたかもしれない。


 いつしか、自分の行動が正しかったのかさえも分からなくなった。


「俺だって、あの時の行動が絶対に正しいとは言えないしな」


 いつだって、この行動が正しいかなんて分からない。


 自分にも、他人にもな。


「少年、名前聞いてもいいか?」


「河野水谷。これが俺の名前だ」


「水谷くんか。良い名前だ」


「そうだよな」


 自慢の両親が付けてくれたんだ。


 そりゃ、良い名前だろ。


「俺は生見一哉ぬくみかずや。これから、水谷くんと共に行動していいか?」


「勿論だ」


 今日、俺達の中に新しい仲間が増えた。

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