第五話 調達
「そろそろ、か」
午後十九時を過ぎた頃。後十分ほどで日が落ちるはずだ。
地上は今だ、ドシドシと物体が歩いている音がしていた。時々、耳障りな叫ぶ声が聞こえる。
誰かを呼んでいるのか、ただ威嚇として叫んでいるのか。
叫び声は不定期に聞こえてくる。
十分が経ったとき。足音が全く聞こえなくなった。叫び声もない。
「よし、俺が先に見てくる。ここで待っててくれ」
「分かった。足音がしないけど気をつけてね」
「あぁ」
俺は梯子を上り、重たいマンホールの蓋に手を添えた。
「ふぅ」
生唾を飲み、ゆっくり蓋を開けると……。
「うわぁ!?」
「え、どうしたの?」
「いや、なんでもない」
マンホールの蓋を開けた正面には一メートルほどの先に小さな物体がこちらを見ながら止まっていた。
その物体以外も確認すると当然、動くことはなかった。
念のため西の方角を見ると日も落ちている。
「大丈夫そうだ。だけど、春の目は塞いでくれ」
「どうして?」
「出た正面にいるんだよ。こっちをじっと見てる物体がな」
「そ、そうなんだ……春、マンホールを出る寸前に河野に声をかけてね」
「どうして?」
「何でも。河野、一回降りてリュック持って上がれる?」
「大丈夫だ」
「うん」
俺はリュックを背負い、再び梯子を上った。
「すーはー」
外の空気は気持ちいいとは言えないけれど、開放感があり良かった。
「お兄ちゃん、そろそろ出るよ!」
「おし」
俺は春に目を閉じさせ、春の体を持ちマンホールから出した。
物体がいる方とは逆の方に体を置いた。
「これで大丈夫だけど、俺の方は見るなよ」
「うん!」
「いけたぞー。冷夏」
「分かった!」
それから冷夏も上がってきた。
「うわぁ」
「だろ。こりゃ、春が見るとトラウマになりかねないレベルだからね」
「そうね。これは河野の判断で正解かも」
冷夏はこちらをじっと見ている物体を確認して、顔色が真っ青になっていた。
ここまでだとは思わなかったのだろう。
「お姉ちゃん? お兄ちゃん?」
「あぁ、よし行くか」
「そうだね」
俺はリュックを背負い、懐中電灯を点けた。
「冷夏の予想通りだったな。これが分かれば日が落ちた夜は安全だと言えるな」
「そうね。予想が的中して良かった。正直凄く怖かったよ」
「だな」
辺りはシンとしており、この辺には誰もいないんだろうと察した。
いや、もしいたとしても死んでしまっている可能性の方が高いだろう。
「とりあえず、店を探そう。服とか食料とかも調達しておきたいしな」
「そうね。この臭い服とおさらばしたい」
「ま、首都まで移動する限り、この臭いと付き合っていかないとな」
「えー。本当に嫌なんだけどこの臭い。入った人にしか分からない臭さだね」
「たしかに」
俺達は話しながら町がある方向へ歩いた。
寄り道することになるけれど、この寄り道は重要だ。
焦って向かって、途中で食料不足や物体に遭遇して死ぬのは絶対に避けたいこと。
ゆっくり、確実に向かわないと。
「あった」
「ホームセンター?」
「ホームセンターには頑丈な物が売ってるし、大型ならスーパーも横についてる。便利だろ?」
「たしかに。先にどっち行く?」
「スーパーは後回しにしよう。先に服だな」
「了解」
「前言ったみたいに作業着の下だけ、後軍手、ヘルメット、後、長靴とかも探そう」
「分かった。時間かかりそうだし、二手に分かれよう」
「よし、俺はヘルメットとか軍手とか小物を探すよ。冷夏はその他を探してくれ。俺は春でも付けられそうなサポーター探してくる」
「うん」
俺達はそれぞれ、広いホームセンターの中を駆け回った。
「っと、ヘルメットと軍手……」
定番の黄色の耐熱ヘルメットを二つ、子供用はなかったから春のは普通の自転車ヘルメットにすることにした。
何にせよ、頭を守れればそれでいい。
次は軍手。こちらも移動時のみ付けられればいいから厚いものにした。
これも子供用がない。
「どうすべきか……」
俺達と手の大きさが一回りぐらい違うと思う。
だが、ないものは出せない。ぶかぶかになるけれど我慢してもらうしかない。
「後は、サポーターか」
あまり悠長に悩んでいる暇はない。
だけれど、春のサイズに合う物もないし……。
「しゃあねぇな」
大きいけれど、転んだ時に膝を守れればいい。俺はサポーターを手に取り、冷夏に電話をかけた。
「もしもし?」
「あ、河野。こっちあったよ」
「どの辺だ?」
「入口からずっと奥に行って、左に曲がった所。その辺にいると思うから近くなったら声かけて」
「OK」
俺は走って入口に戻り、冷夏に教えてもらった通り行動した。
「おーい!」
「あ、こっち!!」
冷夏の声がする方へ行くと、作業着のズボンだけを持っている冷夏がいた。
「私のと河野のサイズに合いそうなのはあったんだけど、やっぱり春に合うのがないの」
「春にはただの長ズボンでも良さそうだな。膝にサポーターつければ多少は大丈夫だろうし」
「そうね。履けそうなズボンは別の所で見つけよう」
「あぁ」
「これ、長靴」
「サンキュ。それじゃ、お互い着替えて入口集合な」
「りょうかーい」
俺はその辺の影になっている所で着替えた。
「暑いな……」
上はその辺にあったTシャツを、下は作業着のズボン。
軍手を着用し、ヘルメットを被り顎紐を止め、長靴を履いた。
「よし」
リュックを背負い、懐中電灯片手に集合場所である入口に向かった。
「ふぅ」
壁に背を預け、二人を待っていると……。
「は」
ふと見た東の方角で爆発が起こっていた。
「は、ちょ。どういうことだよ!」
大きく上がる炎に俺は動揺を隠せなかった。
「河野? どうし……」
着替えて出てきた冷夏もすぐに言葉を失った。
「どういうことなの」
「分からない。でも、東は俺達の進行方向だ。避けては通れない」
無意識瞬きすることを忘れるぐらい、炎を見つめて話していた。
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