第四話 身を隠す場所

「どこかに身を隠さないと。そうだ、地下はどう?」


「地下か。良さそうだな」


「そうだよね。狭いしあの物体が入って来れない可能性の方が高いしね」


「そうだけど、この辺りは地下ないぞ?」


「マンホールから下水道に入ればいいんじゃない?」


「え。下水道……」


「下水道ならマンホールから入れる。マンホールは入口が小さいから物体に気づかれて分裂でもされない限りは入れないでしょ?」


「たしかに」


「早く決めないと。どうする?」


「……入ろう」


 命には代えられない。


 俺は覚悟を決めた。


「嫌だよ! 汚い!」


「我慢して、春。死にたいの?」


「そんな……」


 マンホールの蓋を開けた俺の行動にこの中に入ると悟った春は抗議した。


 だけれど冷夏の口から出た「死にたいの?」の言葉に何も言えなくなっていた。


「俺が先に下りる。次に春。最後に冷夏だ」


「分かった」


 俺はマンホールの隅にある梯子に脚をかけた。


「大丈夫そうだったら声をかける。そしたら荷物を中に投げてくれ」


「うん」


 俺はゆっくり、ゆっくり中へ降りた。


 側面にはゴミが付着しており、思わず眉間に皺が寄った。


 予中は想通り異臭がした。だけどその中にも微かに水の臭いもした。


 ということは中には水がある。


「いや、水多いな。だが、半日ぐらいは過ごせるか」


 空気も地上に比べたら良くない。いや、今は地上の方が悪いか。


「荷物降ろしていいぞー!」


「行くよ!」


 まあまあの勢いでリュックが落ちてきた。


「もう一個!」


 間髪いれずにリュックが落ちてきて」


「ゔ」


 顔面に直撃した。


 痛いけれど仕方ない。水に落として使い物にならないよりは良かった。


「春。ゆっくり降りて来いよー!」


「怖いよ……!」


「大丈夫。お兄さんを信じろ」


「う、うん」


 俺はしゃがみ込み、春が来ても大丈夫なように横にずれた。


 マンホールの中は立っていれば人が五人ほど入れるぐらいの大きさだった。


「あ、後どれぐらい?」


「スカートの中見えるから上、見れないなぁ」


「そうだよね……」


「いけそうか?」


「頑張る!」


 コツコツと梯子を降りる音が聞こえる。


「行けた!」


「よし、偉いぞ」


 俺は春の頭を撫でた。


「えへへ。こしょばいよ!」


「最後、降りるよ」


「あぁ」


 マンホールの蓋を閉めるから中が暗くなると思い、俺は先にポケットから懐中電灯を取り出しつけた。


「春も懐中電灯付けろよ」


「うん!」


 蓋が閉まり、中が暗くなった。冷夏は足元が見えづらいと思うので頭は下、懐中電灯は上を向けた。


「降りたよ。ありがと」


「いいや。よし、ブルーシート引くからその上に座ろう」


 俺はリュックの中からブルーシートを出し、地面に引いた。


 シート越しだけれど、ズボンが濡れる。気持ち悪いけど仕方ない。


「マンホールって思ってたよりも大きいね!」


「もっと大きいのもあるよ」


「そうなんだ!」


 あの物体のことを忘れているようだった。


 だが春にとっては忘れられる時間がある方が精神的にもいいだろう。


 不本意だけど下水道に降りてきて良かった。


「地上は今、どうなってるのかな?」


「分からない。上がることもできないしな」


 もし、あの物体がマンホールの上で待機していたとか想像するだけで上がれない。


「それにしも、あの物体の目的は何なんだろうな?」


「分からないね。誰もこの状況を把握できていないと思うし」


「そうだよな。ただ“逃げろ”としか言ってねぇし」


「もし放送があってもスマホに連絡が来るはずだからそこは安心だね」


「そうだな。それに首都圏に向かってれば生きる意志がある人に出会えるはずだ」


「そうね」


 今は何も分からないからどうすることもできない。


 出る情報と自分で見る情報を頼りに動くことしかできなかった。

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