第三話 首都圏へ向かって
「これ、持っていくな」
俺はおふくろの残っている左手の薬指から親父とお揃いの結婚指輪を抜き取った。
親父に会えたら渡したい。これが母の形見だから。
「おふくろ、行ってくるな」
いつも聞こえる「行ってらっしゃい」の言葉がないまま俺は生きるか死ぬか分からない旅へ出かけた。
「冷夏。来たぞ」
「河野。早かったね」
「さっきのお兄さんだー!」
冷夏の家があるマンションに行くとロビーで二人が立っているのを見つけた。
「河野。春を見つけてくれてありがとう。河野が教えてくれなかったら春はここと再会できていなかったかもしれないの」
「いいや。春は俺と同じように大声で叫んでいたからな。見つけられて良かった」
「そっか」
「それじゃ、行くか」
「えぇ」
冷夏は春としっかり手を繋いだのと確認し、俺は二人の前を歩いた。
「色々荷物持ってるけど懐中電灯なさそうね。見つからなかったの?」
「あぁ。どれだけ探しても見つからなくてよ」
備蓄してある食料やら飲料やら色々探して持っている。だけど肝心の懐中電灯だけが見つからなかった。
「それならこれ貸すよ。うち一人に一つ渡るように四つ用意してあったからね」
「サンキュ」
俺は冷夏から懐中電灯を借り、電源を入れた。
「春。しっかり足元照らしてね」
「うん!」
「ねぇ、河野。家族とは会えた?」
「まぁな。母親は駄目だったけど父親は生きてる」
「そっか」
「冷夏は?」
「うちはどっちも駄目だったの。道中で見つけちゃったんだ……」
「そうか」
どちらも最悪といえば最悪の結果だった。
生存している人は沢山いるけれどその中で両親が生きられなかった。
だが、どちらも肉親一人は生きている。今はその事実だけで十分だった。
「ふぅ」
俺達はできるだけ町を避け、山に近い所を歩いていた。
町には物体の足跡だらけで地面がデコボコしており、歩きづらいのが主な理由だ。
「河野、あのね」
「ん?」
歩いていると冷夏が声をかけた。俺は立ち止まり振り返った。
「まだ未知なことばっかりだから予想でしかないんだけど」
「おう」
「この物体。日の光がないと動けないんじゃないの?」
「日の光がないと?」
「うん。それに物体が出現した時より数が減ってるように見えない?」
「んー? 感覚じゃ分かんねぇな」
数メートル程度に一体いる。
それに減ってるか増えてるかなんて最初の数が分からないから比べることができない。
「もし数が減ってるなら“どこかに集まってる”って予想できない?」
「たしかに。だが繁殖概念があるのか?」
「それはまだ分からないし、これは予想でしかないの」
「そうだな。だが日の光がないと動けないっていう予想は頭のどこかに置いておいた方がいいかもな」
「そうだね」
「よし。冷夏の予想を信じて、日が出てる時間に行動するのはやめとくか」
「そうしよう」
山の近くまで来た。山にも危険があるけれど町の方が危険は大きい。
そこまで田舎ってわけでもないから山自体があまりないけどな。
「お姉ちゃん、しんどいよー」
腕時計を見ると三時過ぎ。時間的に三時間歩いたことになる。
「春。お願いだから我慢して?」
「えー」
「いや、少し休憩しよう」
「いいの?」
「春の足でこれ以上歩き続けるのは負荷になる。少し休憩しよう」
「そうだね」
「やったー!」
俺は地面に座り込み、水を飲んだ。それに夏だし暑い。熱中症にならないよう気をつけないと。
「それと普通の衣類じゃすぐに汚くなるし、薄い。だから作業着みたいな分厚めな服とか調達できねぇかな?」
「それはいいかもしれないけど、夏だしもっと暑くならない?」
「移動時だけ着るとかならどうだ? 地面デコボコしてるし春が転んだら困るだろ?」
「たしかに、そうだけど……」
「下だけ着るとかにすれば大丈夫だろ。どうだ?」
「それなら大丈夫そうね。お店近くにあるかな?」
「分からない。だけどこれから必要になるだろうから考えとかないと」
「そうね」
空が明るくなりだした。
「そろそろか」
時刻は三時三十分を過ぎた頃。
後一時間ほどで日が出るだろう。
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