第一章 出現
第一話 幸せな日々の崩壊
「水谷、おはー」
「おはよ」
「なんか今日、機嫌良さそうじゃん。何かあった?」
「親父が明日出張から帰ってくるんだよ! 土産とか楽しみでな」
「なるほどねー!」
俺、
成績、容姿共に平凡な俺に唯一、人に自慢できることがあった。
それは……。
「ふん!」
運動だった。昔から運動神経が良くて運動会の徒競走とかで二位だった。けれどいつしか誰にも負けたくなくて両親に習い事をさせてもらった。
努力して、努力して。今では誰かに自慢できたり色々な人から褒められるぐらいまで成長した。
「相変わらず、凄いね! 河野は」
「だろ! 俺、頑張ってるんだから」
「自分で言っちゃうの、よくないよ」
「たしかに」
女子の中で一番と言えるほど仲が良く、周りからは“親友同士”と言われている女子。
よく名前のことで弄っているけれど、弄ると。
「は? 名前のこと馬鹿にしないで。私自分の名前好きなの」
と、絶対零度ような冷ややかな視線をこちらに向けてくる。その視線は本人じゃなくても冷や汗が出るぐらい冷たい視線だと言う。
俺は別に怖くはないけれど、周りからは「名前を弄るのはやめろ」と止められる。そんなの気にしてないけどな。
「あ、冷水コンビは今日も一緒に登校かー!」
「おいおい。そのあだ名いい加減やめてくれよ……」
「いいじゃん! 冷たそうで今にピッタリ!」
「たしかに、そうだけどな」
「皆、そう呼んでるし今更変えられないよーだ!」
「あ、おい!」
冷夏の“冷”と水谷の“水”で冷水コンビなんて言われてしまっている。
別に嫌ではないけれど、仲良い友達同士なのにコンビ化されているのは少し違うと思っているだけだ。
「河野、そろそろ諦めたら?」
最初は嫌そうな顔をしていたけれど呼ばれて、慣れて、変えてもらうのが無理だと判断したのか諦めたようだ。
「おいおい。俺が諦めると終わるぞ?」
「仕方ないでしょ」
何とも言えないことに口を閉ざしていると。
「何、あれ」
誰かが外を指差してそう言った。その声に興味を持ち、俺も外を向くと……。
「は?」
とても大きいけれど細長く、ねずみ色の見たこともない物体が空に浮いていた。羽などは生えておらず、ただ浮いていた。
「何あれー! すご!」
「何かの見世物?」
「そんなわけないだろ」
あんな大きな物を作るには、空に浮かせるのには膨大な金がいる。
うちの高校にはそんな金、ないはずだけど。
「見て! あっちにもこっちにもあるよ」
「町をあげての見世物か?」
疑問ばかり浮かんでくる。
見世物っていうには何も知らないし、誰も把握していない。
こんな大掛かりな企画を進行しているんだったら誰か一人ぐらい知っててもおかしくねぇのに……。
「え」
色々なことを考えながら瞬きをした瞬間。
「待って、何これ!」
物体が分裂し、四方八方へ動き出した。複数に分裂したり、そのままの大きさだったり。
見るものが現実だと分かっているはずなのに、思考が動かなかった。何も反応しなかった。
「ど、どうする!? 河野!」
「分かんねぇよ! どうすりゃいいんだよ、これ!」
皆、焦っていた。
分裂したと言っても俺らよりも格段に大きな体。重力の沿っていなく、浮いているし、人間味が全くない。
よく分からない、未知の生物に対してどう対処すればいいか誰も分からなかった。
――ウゥーン。
「今度は何だ!?」
『緊急事態。緊急事態。今すぐ避難してください』
聞きなれない警報音が鳴り、無機質な声が町中放送が町に響いた。
同時にポケットに入れていたスマホも震えた。内容を見ると庁内放送と同じような内容のメールが一斉送信されていた。
放送内容で、緊急事態っていうのは言われなくても分かる。だけど。
「避難しろって、どうやって!」
浮いている生物からどう逃げろって言うんだよ。避難しろって言うんだよ。
頼む、どんなことでもいいから情報や方法を教えてくれ。
「こ、河野……」
不安そうにこちらを見てくる冷夏。
ごちゃ混ぜになっていた考えがすっとなくなっていくのが分かった。
「とにかく逃げよう、避難しよう。方法や場所は後から考えるんだ!」
俺は動揺して動けていない冷夏の手を取り、上履きのまま外に出ようとしたが下駄箱や校内は混乱状態で、人がぶつかりあっていた。
「冷夏。離れるなよ」
「うん」
強く手を握り、校内から出るとすぐに町へ走った。
あの生物から隠れらそうな場所は地下や生物よりより小さい、人間しか入れない場所は安全なはずだ。
「キャーーーー!」
町には沢山の悲鳴があがっていた。
空に浮いていたはずの生物は地に足をつけており、人を喰らっていた。
地響きのような足音、鼻腔がおかしくなりそうな不快感のある臭い。
錆びた鉄のような臭いも広がっていた。
「嘘、だろ……」
次に見たのは物体の口と思われる場所に人の足が挟まっていた光景だった。
足元には頭と思われるものが転がっており、俺達は人形のような扱いをされているようだった。
いや、人形以下の扱いだった。
「ははっ」
乾いた笑みが零れた。
周りには悲鳴、悲鳴。溢れる恐怖心と不快感。それと絶望。
真っ白になった頭にはその三文が浮かんでいた。
「こ、河野……」
「!」
そうだ、立ち尽くしている場合ではない。
俺の手には一人の命が乗っている。早く逃げないと。
絶望するのは、恐怖するのは後からでもできる。
「逃げるぞ」
「うん!」
俺達は人や生物で溢れている町をひたすら逃げ回った。
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