Karte2 竜人の悩み 前編
――自宅兼クリニックの一室
ハーフエルフのフィーラさんの耳を手術した日から、ちょうど一週間が経とうとしていた。つまり抜糸の予定日だ。またフィーラさんに会えると思うとワクワクするな。
ここ一週間の俺たちといえば、月末の家賃をフィーラさんの手術代で払い終わり、地獄の倹約生活を続けていたのだった。まずいぞ。そろそろ次のお客さんが来ないと本当に餓死してしまう。
「レンくーん!」
バゴンッ。
遠くから声が聞こえたかと思うと、特殊部隊に突入されたのかと思うほどの轟音とともに扉が開かれた。戸口に立っていたのはウーウィックの村長、クルークだった。
「どうしたクルーク。そんなに慌てて」
「村の入り口に来てください!大変なんです!」
ただならぬ様子だった。こんなクルークを見たのは初めてかもしれない。いや、アルカルカと出会ったあの日以来か。
「分かった。すぐ行く」
村の外れの俺を呼ぶってことは俺が必要だってことだ。俺は何があってもいいように一通りの医療器具を用意して家を出た。
☆☆☆
――村の入口
村の入口に到着して早々、そこは物々しい雰囲気に包まれていた。村人たちが柄の長い農具を構え村の外を見つめている。中には槍を持っている人までいるぞ。
「サエキレン様!」
その中にはアルカルカもいた。俺に手をふる彼女の手には道路標識のような、先が円盤状の棒が握られていた。ピザを焼く時のアレか?どこにあったんだそんなの。
「どうしたんだこの騒ぎは?」
「戦争が始まる」
アルカルカのその言葉に俺は身を緊張させた。この世界、ガレオンのこの村に来てからそういう話は聞いたことがなかったが、やっぱりファンタジーに戦争は付き物なのか?
「じゃあ、これは敵を迎え撃とうとしているのか?」
俺は村人たちを指差して言った。
「まだそうと決まったわけではありません。中央からそのような連絡は来ていませんし」
クルークが訂正する。すでに彼は普段の冷静さを取り戻していた。
「ただ、近づいてきているのが戦士であることは確かです。それもかなりの手練の。」
「どうして分かるんだ?」
「そうか、レン君は魔法が使えないんでしたね」
「ああ」
「魔力が近づいているんです。大した魔法の使い手ではない私達でも感じ取れるほど強大な」
「なんだって!?」
「そんな人がウーウィックに用があるとは思えない。もしかしたら略奪に来たのかもしれません」
「なるほど、それで集まっているわけか。でもその言いよう、もし相手が敵対勢力だとしたら逃げたほうがいいんじゃないのか?」
「ウーウィックの土地があるから我々は生きていられるんです。逃げ出すわけにはいきません」
意外だな。クルークのことだからもっと合理的な判断を下すものだと思っていたが。まあ信仰なり先祖の歴史なり、なんらかの事情があるのだろう。俺は住んでまだ一年だ。その辺りには疎い。
「来たぞ!」
村人の一人が声を上げた。村の入口から続く森は起伏が激しい。ようやく視認できるところにその強大な魔力を持つものが現れたのだ。
「おいおい、これはまた随分な歓迎だな!」
低く響き渡る声がした。見やるとそこには2mを優に超えんとする巨体が見えた。
どんどん近づいてくる。近づくほどにその仔細が見えてきた。そいつは鋼鉄の鎧を全身に纏い、肩にはその体躯と同等の大きさの戦斧を担いでいた。魔力を感じられない俺でも身動ぎするほどのプレッシャーを感じる。
「あれは……竜人……」
アルカルカがボソッと呟いた。近づいてくる人影をよく見ると確かに鎧の形状が人間離れしている気がする。
「竜人!?」
村人たちが驚倒する。
「人間が太刀打ちできる種族じゃないぞ!どうしてウーウィックに!?」
「そうなのか?」
俺はアルカルカに訪ねた。
「うん、強いらしい」
アルカルカから新しい情報は出てこなかった。
「悪ぃが、オレは敵じゃねえよ」
気づけば村の入り口にその竜人がいた。続けて竜人は口を開いた。
「オレはサエキレンってやつに用があるだけだ。」
「俺!?」
予想だにしない台詞に俺は大声を上げてしまった。
「お前か、サエキレンってのは」
見つかった。
「あ、ああ」
「フィーラから聞いたぜ。体の悩みを解決してくれるんだってな。」
「へ?」
意外な名前が飛び出したので素っ頓狂な声を出してしまった。この竜人、フィーラさんと面識があるのか?
「もう、どうして先に行っちゃうんですかぁ~?」
竜人の背中から別の声がした。フィーラさんの声だ。
「あんたがノロマなだけだ」
「もうっ、そんなことありません!」
……竜人とフィーラさんが仲がいい?
「あっ、先生!」
呆気にとられているとフィーラさんは俺を見つけて声をかけてきた。
「抜糸に来ましたよ。それと紹介したい人を連れてきたんです。」
☆☆☆
フィーラさんも竜人の男も俺に用があるとのことで、俺は2人を連れて自宅へ向かっていた。アルカルカはまだ村に用事があるらしく、ピザを焼く棒を持ったままどこかへ行ってしまった。
「で、その人が整形を希望していると」
「ええ。竜人のジャンドさんです」
フィーラさんが手のひらを向けてその竜人を紹介してくれた。
「えっと、二人はどういうご関係で?」
「傭兵ギルドの傭兵と案内人さ」
兜を脱ぎながらジャンドが答える。真紅の鱗に2本の大きな角。鱗は彼の身につけている鎧に引けを取らない光沢を持っている。人型ではあるが、その顔貌はドラゴンそのものだ。
「いつもフィーラに仕事を回してもらってんだ」
「ジャンドさんはすごいんですよ。ガレオン全体でも千人しかいない銀等級の傭兵さんで、今まで一度も依頼を失敗したことがないんです」
職場で関わりがあったのか。フィーラさんほどの美人となるとギルドの看板娘として人気があるんだろうな。
「しかもそのどの依頼もたった一人でこなしてきたんです」
「それはただ単に俺が嫌われてるだけだろう」
竜人、先の村人たちの反応を見ると近づきがたい種族なのかもしれない。かくいう俺もフィーラさんの知り合いと分かっていながらも、その巨体を前に若干萎縮している。
「昨日の話だ。俺が依頼の遠征を終わらせてギルドに報告しに行ったらよ、フィーラの耳の角度が変わってたからどうしたのか聞いたのさ。そしたら、アンタが直してくれたっていうじゃねえか」
「実は俺も気になるところがあってよ、直せるようならぜひ直してもらいたくてな」
「できる限りのことはしよう」
竜人相手の美容整形というのは当然やったことがない。ハーフエルフも初めてだったが、体の構造はほとんど人間と同じだったため特に支障はなかった。だが竜人は何もかもが人間と異なる。だがやらねばならない。金が無いのだから。角をもっとかっこいい形にしてくれとかそこら辺だと助かるな。
「じゃあ、詳しくはクリニックの中で聞くとしよう」
内心を隠しつつそう言い終わるとちょうど家の目の前だった。俺は2人を待合室に案内した。
「私の抜糸は後でいいのでジャンドさんの話を先に聞いてあげてください」
フィーラさんが言った。
「すまないなフィーラ」
「じゃあ、こちらへ」
俺はフィーラさんを待合室に残し、ジャンドを診察室へ誘導する。
☆☆☆
「それで、ジャンドの治したいところっていうのはどこなんだ?」
診察室の椅子に座り、一息ついて俺はジャンドに訪ねた。
「人に言うのはこっ恥ずかしいんだが……」
ジャンドはその体躯に似合わずモジモジしている。まあ無理もない。美容整形を依頼するってことは自分のコンプレックスを洗いざらい他人に話すということだ。誰であれ、なかなか言い出しにくいものではある。
「俺はプロだ。誰にも話はしない。言ってくれ。」
「本当か?本当に誰にも言うなよ?」
ジャンドは座りながら身を俺に近づける。
「安心しろ。信用できないなら命をかけたっていい」
その言葉に安心したのかジャンドは腰を椅子に下ろしてゆっくりと言葉を紡いだ。
「……尻だ」
肛門科へ行け。そんな言葉が喉から出かかった。
――続く
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