第2話 洗濯物

「だはぁッ~!!」

 デスマーチとは誰が言い始めたのだろう。6月の梅雨真っ盛り。雨脚はやむ気配がなく、7月の足音が聞こえてくる前に、死神に首を落とされそうな思いだった。今日は土曜日というのに完全週休二日制を約束された労働形態も、サービスリリースというスケジュールの前には全くの無力だった。

「お疲れ様。文一。すごいよ。よく間に合ったね。」

「啓が助っ人に来てくれなかったら俺は間違いなく屋上から飛び降りてたがな。」

 自社の営業とカウンターにたっている客の担当SEとの間に認識のずれがあった。サービスとなるアプリケーションの開発はオンスケどおりに進んでいて順調なはずだった。しかし、そのアプリケーションを動作させるためのインフラの要件がまずかった。

 今まで何度も世話をし、信頼を厚くしたお得意先は今回はいつも以上の要求を強いてきたのだ。全国展開のサービスリリースのため、各拠点と本営となるデータセンター間の通信を更改中だったのだ。つまり客側のSEがだしてきた要件が実際のインフラの実態とあっていなかった。

 幸いこちらに責はなく、これじゃあオンスケでは無理だ、アプリだけ卸してインフラが整い次第改めて要件から設計をすりあわせましょうと断ればいいだけの話だった。積み上げてきた信頼があり、これを乗り越えれば今後とも長い付き合いをさせてほしい。また緊急対応のための金も十分に積むとの話をされ、それならばと上層部の了解のもと営業が引き受けてしまったのだ。

「これが間に合ったら文一のいるチームは社内表彰をするって部長会でいってたみたいだよ。」

「間に合ったっつっても一時的な誤魔化しだ。客先の検証環境を本番環境へリプレイスして土管とつなげただけの一時しのぎだ。こっからネットワークの更改に合わせて、段階的に変更加えていく必要はある。しのぎ切れるかは更改の内容次第だ。それに表彰って言ってもマネージャーだけだろどうせ。うちの会社の慣例じゃ俺たちには関係ねぇ。」

「口約束だけどチーム全員にだって。うちのマネージャーも一枚噛ませてもらってよかったってさっき言ってたから。」

「えぇ...」

 ギリギリになってあとは人的リソースだけとなった段階で絡んできた啓達にもかと、少し納得のいかない面があったとはいえ今日を無事に乗り切った安堵感の方が大きかった。

「これで明日の奇士談倶楽部も予定通り開催だ。今日も土曜日とはいえ定時で上がれるから、久々にストレスなく食事ができる。」

「ははは。そうだね。でも文一はダイエットするんじゃなかったかい?」

「うるせぇ!」

 アラサーになりお腹周りが気になっていることを以前啓に話して以来こうやってちょくちょくいじられる。ぼさぼさの髪によれよれのスーツ姿。容姿を気にしたことはないが、柔和で女性社員からの人気が厚い啓と一緒に並んでいると少しは気にしてしまうのが男心というものだ。

 そうやってふざけたやりとりをしながら、退社の準備をしていたら唐突に周囲に電話の鳴る音がし、俺、啓、そしてまだ残っていた同じチームの同僚たちに緊張が走った。

「...すんません。俺のプライベート携帯っす。」

 全員からペンやら紙束やらを投げつけられながら仕事場から啓と抜け出し、電話をかけてきた主はどこのどいつだとスマホの画面を見る。

「誰からだい?」

「諒一からだよ。間が悪いったらねぇ。つまんねぇ用だったら明日はあいつに奢らせてやる。」

 沸々と湧いてくる怒りは、諒一の憔悴した声に一気に露と消えた。



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 生田目清隆が経営するアジアン風喫茶店"四辻"は第2週と最終週の日曜日が定休日となっている。なのでだいたいみんなその日に合わせて店の迷惑にならないよう、奇士談倶楽部を開催する。

 奇士談倶楽部。

 それは大学時代、俺たち全員の共通点であるオカルト好きという趣味をより高尚なものにしようと始めた倶楽部であり、仕組みだった。それは大学卒業とともに終わりを告げたと思っていたが、2年前の清隆の脱サラとともに始めた喫茶店経営を支援するという名目で再結成された。それは経営が軌道に乗り2号店を出す準備をしている今でさえも続けられており、もはや習慣であった。

 

 その奇士談倶楽部のメンバー、泉諒一の緊急招集により土曜日であるにもかかわらず開催と相成った。からんからん小気味のよいベルの音とともに俺と啓は、もうほかのメンバーが集まっているであろういつものテーブルへと足を向ける。

 アジアン風でどこかエスニックな感じもするこの店は薄暗く、アロマキャンドルの柔らかな香りとしとやかなBGMでいつもの上品な雰囲気を演出しており、女性からの支持を受け、いまや席をリザーブしなければ土日祝を入店できないほどの人気ぶりだった。

 俺と啓が木製の円テーブル、清隆曰く、俺たちの集まりのために直々に選定したアンティークのテーブルに座る。いつもは最近みたホラー映画や、行きたいパワースポットなどのくだらない話をしながら管を巻いているのだが、いつも率先してだらだらしている男が今日は沈み込んでいる。

「...みんなすまねぇ。無理を言って。」

「構わない。お前の様子を見ればなんてことないさ。」

「文一と啓もすまねぇ。忙しいって言ってたのに。」

「安心しろ。お前から頭を下げられるのはいい気分だからな。」

「文一。言いすぎだよ。」

 啓からたしなめられるが、いやいいんだと諒一が苦笑する。

「それで?どうしたんだ。助けてほしいっていうのは。」

「ああ。俺の息子のことなんだ。」

 泉諒一は結婚しており、結構きつい嫁さんと今年で6歳の子供がいる。嫁さんとは大学生時代から付き合っているのは知っており、みんな顔見知りだ。そして奇士談倶楽部の集まりのことをよく思っていない。自分より大事にしてるような感じがして嫌なのだと、再結成を申し出た際首を絞められたというのは諒一の談だ。

 その嫁さんが今回奇士談倶楽部に何とかしてほしいと頼み込んできたらしい。

「なんだか怖い目にあったみたいでな。それがトラウマとなって最近は一人にしないでと、つきっきりにならにゃならん。夜眠っているときとか唐突にぎゃん泣きするんだぜ?俺も妻も気が休まらなくてこのざまだ。来年には小学生になるってのに。」

「子どもに愚痴っても始まらないだろう。」

 清隆がいらつく諒一を諫めようとするが逆効果だった。

「俺が融通がつく仕事してるから分担してるとはいえ、もう一ヶ月ずっとだ!香里も我慢の限界で俺に切れてくるし、どうしろってんだよったく。」

 香里とは泉諒一の嫁さんの名前だ。いつもは尻に敷かれているとはいえ奥さんに対しては愚痴の一つも漏らさない男なのに。

 諒一は自分では自由人だと言い張っている。実際その通りでどっかの会社に勤めているといったことはない。ではどうやって稼いでいるのかというと実は俺たちもよくは知らない。学生時代から顔が広く、よく起業家を目指す学生グループの運営やら、合コンがしたい輩どものマッチングサービスを請け負ったりと業績はさまざまだ。それでも結構な稼ぎになるらしく、金に不自由をしたことはないと言っていた。オールバックの髪を後ろで緩く結んで、だらっとした服装で飄々としているその風体も相まって、うさんくささが服を着ているような奴だ。その諒一がここまで憔悴し、人にあたる状態ということはかなり限界が近いのだろう。

「どうぞ。」

「あ?あ、ああ。すまない。」

「いえ。」

 バイト君(小林という苗字だが、このメンバーといるときはバイト君と呼んでくれと言われている。)が機先を制すが如く、ハーブティーを諒一の前に置く。

 俺たちだけならいざ知らず、学生のバイト君にまで当たり散らすほど諒一は理性を失っているわけではないようだ。

 奇士談倶楽部の習慣では先に食事を済ませてから話を聞くのがいつもの段取りなのだが、今日はそうも言ってられないようだった。ハーブティーに口をつけ落ち着いたように見えたが、それも一瞬のことだろう。何がきっかけで諒一のイライラが再燃するかわからない。


 ちんっとティーカップをスプーンで鳴らす。諒一に対してどう話を切り出そうかみんなが苦心しているところに俺が一石を投じる。

「我々は、礼儀正しく、上品に相互信頼のもと紳士的に話を聞きく。」

「おい!今日は倶楽部で集まったわけじゃ」

「落ち着けよ。そしてまずは事情を話せ、そうじゃなきゃ話がはじまらねぇ。」

「それにお前の息子は何か怖い目にあったんだろう。理屈でもないとお前自身が言ったんだ。それこそ奇士談倶楽部の専門分野だろう。」

「そうだね。それに香里さんから直々にご指名があったんでしょ?ここで問題が解決しないにしろ糸口でも見いだせれば万々歳だ。」

「...それもそうだな」

「だが、期待はするな。無茶な要求をするのはうちの営業だけで十分だ。」

「いや。俺もどうかしてた。済まねぇ。」

 また諒一は頭を下げる。とりあえず話をできるようにはなったようだ。

「続けるぞ。お前から聞かされる話は全て真実の話として例え罪の告白であろうと胸に留めることを誓おう。お前自身もここでした会話、この会にまつわる全ての話は門外不出のものとすることを誓え。いいな?」

「ああ。」

「それじゃあ話せ。関係する話を洗いざらい全部。」

 諒一はぽつりぽつりと話始めた。


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 諒亮(りょうすけ)、ああ、俺の息子の名前だ。みんな知ってるだろ。その諒亮がおかしなことを言い始めたのは今月の頭辺りだ。どしゃぶりの雨が降ってい日曜日で、梅雨の始まりを感じるような日だった。

 俺はちょっと打ち合わせで、香里はママ友同士でお茶会をしていたらしい。息子は家で一人テレビゲームをしていたんだそうだ。

 香里は家事を一通り終えていて、服を部屋干しにしていたらしいんだが、その洗濯物が今回の問題の元凶らしい。


「洗濯物がっすか?」

 今までみたことがないほどの諒一のいらつきを見て一言もしゃべれず縮こまって存在感を消していた恭介がようやく言葉を発した。

「恭介、質問は最後まで話を聞いてからだ。バイト君。君も聞いておいてくれないか?君にも協力してほしい。」

 清隆がバイト君に協力を申し出る。彼は休日出勤で割増賃金をもらうために必ずと言っていいほどこの会が開催されるときは給仕をしている。今では皆が認める名誉会員化している。今日この"四辻"が臨時休業にもかかわらず出勤しているのも清隆が彼に頼み込んだのだろう。

「よろしいのですか?」

「バイト君なら構わない。君は名誉会員みたいなものといつもいっているだろう?」

「わかりました。」

 バイト君がテーブルの傍で控える。バイト中だからと席に着くのは頑として譲らなかった。 


 再開するぜ?

 俺の家は一軒家なのは知っているよな?リビングから玄関に向けてまっすぐ行くと真正面に俺たち家族の寝室兼客間となっている和室があるんだ。それで部屋干ししている中でもTシャツなんかはその和室の長押っていうんだったか?鴨居の上の部分。その長押に引っ掛けるようにして和室の入口に干してたんだよ。エアコンも除湿機能が使えるし、除湿器も和室においてたから部屋干しになるときはだいたいその和室に干してるんだ。

 リビングからは和室まで一直線だから、リビングでソファに座ってゲームをしてた諒亮からもそのぶら下がっているTシャツやらは見えていたらしい。エアコンの除湿のための送風で少しゆらゆらしてたって言ってたっけ。

 ゲームにも段々飽きてきたらしく、漫画を読み始めたらしいだが、そのあたりから異変が始まったそうだ。バタンと濡れていたからか若干重量のある音が和室の方からしたんだそうだ。リビングから目を向けると和室の入口にかけていたシャツが落ちていたそうだ。

 その落ちたシャツの上ではロンTのような長めの黒いシャツが揺れていたんだそうだ。やることもなかった諒亮は落ちたシャツをまたハンガーにしっかりさして長押に引っ掛けたんだそうだ。奇妙なことに濡れて部屋干ししていたはずなのに、揺れていた黒いシャツはさらさらしてたそうだ。

 諒亮はまたリビングのソファに寝っ転がって漫画を読み始めたらしいんだが、また少し経つとバタンと落ちた音がしたんだと。それで和室の方を見るとまた黒い長いシャツが揺れていて、下にシャツが落ちていたそうだ。諒亮は嫌々また落ちたシャツをひっかけにいくことにしたらしい。そのままにしとくと香里がなんでそのままにしておいたんだと怒るかもしれないと思ったらしい。それでもう一度シャツを和室の入口にひっかけたそうだ。そのとき触れた黒いシャツはやっぱり乾いているみたいにさらさらだったらしい。

 諒亮はそのあと、もうゲームも片付けて二階の自分の部屋にこもることにしたらしい。漫画の続きを読みに行ったらしい。俺の英才教育ゆえかあいつもオタク気味になってきてるのがちと心配なんだよなぁ。香里も漫画好きにも少し度が過ぎ始めていると...すまん。脱線した。

 ただ、二階に行ってもシャツが落ちるバタンという音は聞こえたそうだ。奇妙だと思わないか?外はザーザーぶり。部屋は二階で戸もしまっているのに息子ははっきりとその音が聞こえたらしいんだ。それで二階から和室に向かっていくとやっぱり黒いシャツがゆらゆらと揺れていて、かけなおしたはずのシャツが落ちていたんだそうだ。もうめんどくさくなった諒亮はその黒いシャツをとりこむことにしたんだそうだ。どうせさらさらで乾いてるんだから干さなくてもいいだろうと思ったんだろう。そのさらさらの黒いシャツを握りこんだ。とてもさらさらしてて指が抜けそうで破いたんじゃないかと思ったくらいなんだそうだ。そうしてつかんだその黒いシャツを強く下に引っ張った。ハンガーで引っ掛けているから下に引っ張るのは意味がないんだが背丈が足りないからハンガーを撓ませて降ろそうと思ったんだそうだ。だけど全然その黒いシャツは落とせない。諒亮はおかしいと思って上を見た。そして気付いた。


------自分が引っ張ていたものがシャツではなく人間の髪の毛だということに。


 諒亮は逆さまに天井から頭部だけ覗かせて、青白い顔をした女の血走った目を、その大量の黒い髪の毛の間から見てしまったんだそうだ。

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「それ以来だ。諒亮は和室には近づけなくなって、寝るときもリビングで、自室に一人でいることもできないから俺たちも今はリビングで寝ている。布団を敷くスペースはねぇから香里と諒亮がソファーに寝て俺は床で毛布引っ掛けて寝っ転がってる。おかげで寝不足だよ。怖い夢を見たと夜泣きもするから単純に睡眠時間も削られる。一人で家に置いておけないからなるべく一人にしないようにしてるとママ友の会にも香里はいけなくてうっぷんがたまる。幼稚園でも先生が目を離したすきに一人になった際に大泣きして仕事中に呼び出されたこともあった。」

「...それはきついね。」

 この中で諒一を除けば唯一の子育て経験のある啓がつぶやく。

「恐怖をどうにかしてはやりたいがいかんせん敵は天井から見つめる女の顔なんだ。解決のしようがなくて...」

 諒一が縋るように俺たちをみる。


 俺たちはうなるしかなかった。幽霊が敵では手の打ちようがない。時が解決してくれるのを待つしかないのかと考えていた。ハーブティーも何回かお代わりし、全員どうしたもんかと考えるだけで時間が過ぎていく。

 みんなあきらめかけ、沈痛な面持ちをしているなかバイト君が手を挙げた。

「何か手があるのか!?」

「解決するかどうかはわかりませんが試してみる価値はあるかもしれません。」

「まじか...さすがバイト君。」

 バイト君を顎に手を置き、考える素振りをしながら諒一に話しかける。

「いくつか質問してもよろしいですか?」

「いくつかと言わず気のすむまで頼む。解決できるのであればなんでもするぞ。」

 諒一が前のめり頼み込む。それではとこほんっとバイト君が一息ついて語りだす。


「まず質問なんですが、諒一さんは黒いTシャツ、それもロンTのような長めの服はは持っているのですか?」

「いや、持っていない。香里も持ってないはずだ。そう、そこが奇妙なんだ。俺んちには黒の長めの服なんてないんだよ。いや、一着あるんだが、香里と俺の礼服くらいだ。俺はスーツすらまともに持ってないからな。香里も暖色の服を好んで着てるから干すような黒いシャツは持っていないんだ。」

 そういえばこいつが暗めの服をきているのはみたことがないな。自由人だと自称するだけあって服装も自由だ。大学にエスニック系のバルーンパンツとか着てくるやつだ。夏にハーフパンツにアロハシャツ、そして麦わら帽子をキメてきたときは横に並んで歩くのを遠慮したほどだ。

「持ってないんですか...」

「持っていた方が都合がいいのか?」

 こくりと頷くバイト君だった。

「はい。持っていてくれれば都合がよかったですね。今諒亮君は天井から覗いてきた女の顔というありはしないものに恐怖を持っています。それは実態がなく、恐怖そのものに恐怖しているような状態です。ならばその恐怖に具体性を持たせてあげればいい。荒療治かもしれませんが、黒いTシャツに怯えるように仕向けてあげればいいと思ったんです。トラウマを思い出す材料になってしまうかもしれませんが、実態がある分、克服の可能性はでてくるかもしれません。」

「...なるほど。さらにその黒シャツに青白い顔の血走った目をした女がプリントされていれば、諒亮君の恐怖は目の錯覚だったということも言えてしまうわけか。」

「そうです。恐怖というのは得てして、わからない、どうしようもない、理解の及ばないというところに起因すると私は思っています。その恐怖にも理屈があり、こんなものかと理解してしまえば恐怖ではなくなります。暗がりで女が手を振る仕草に見えようともそれが明かりに照らされ枝垂れ柳が揺れているだけだと分かってしまえば怖がるものもいないでしょう。」

 さすがはバイト君。というより以前から思っていたが、バイト君は頭がいい。俺たちの中で最も頭の良い清隆と同レベル、発想の柔軟さという点では清隆を凌ぐかもしれない。

「あのー。」

 何か言いづらそうに恭介が手を挙げる。

「どうした?恭介。」

「俺持ってるっす。」

「何をだ?」

 不思議がった清隆が問い詰める。

「いやだから、青白い顔の女が血走った目でプリントアウトされた黒のロンT。ちょうどいいやつがあるんすよ。」

「「「「は?」」」」

「つーか文一先輩と啓先輩は持ってないとは言わせないっすよ!大学生の頃に俺を徹夜で先行上映会に並ばせておいて!」

 恭介がギャーギャーわめき始めた。

「先行上映会...Tシャツ...女...」

「ああ!?『ハングドウーマン』!」

 啓が珍しく叫ぶ。そして啓の言った言葉で思い出した。

「ああ!あのクソ映画か!PVだけ本気で中身を作り忘れた史上最高の釣り映画!つるされた女が出てくるところ以外ほぼ真っ暗で何やっているかわかんねぇから先行上映会でみんなポップコーン画面に向けて投げてたっけ。」

「懐かしいなぁ。恭介よく覚えてたな。」

「...整理券持ってたから並ばなくてよかったのに、こういうのは早く行くもんだとかいって集合時間前日の昼から俺だけ並ばせて、二人とも7時間遅刻したの今でも忘れてねぇっすからね?」

 ジト目でこちらを睨んでくる恭介だったが受け流すほかなかった。啓がその黒いTシャツの画像を話についていけず困惑していた諒一に見せていた。

「恭介。これ今も持ってんのか?」

「ういっす。家にちゃんあるっすよ。一応オカルト好きっすからね。ホラー映画とかのコレクションはちゃんと飾ってるっす。」

 そういえば恭介はアイテムとかに弱かったなとぼんやりと頭に浮かべていた。啓がバイト君にもその画像を見せていた。その画像を見てふむふむとバイト君は頷く。


「諒亮君は諒一さんがオカルト好きなことは知っているのですか?」

「ああ、知ってる。俺のコレクションだと言ってホラー映画とスチールブックを飾ってあるシルバーラックを見せたら泣かれたからな。」

「これは提案なのですが、明日の奇士談倶楽部に諒亮君を呼んではどうでしょうか。そしてゲストとして諒亮君に話してもらうんです。そして偶然を装って恭介君がそのTシャツを見せるんです。今月の頭にたしか貸してましたよね?先輩という感じで。そうしたら諒亮君も納得はいかないかもしれないですが理解はしてくれそうな気がします。恭介さんから今日借りて、諒一さんがこれでも見間違えたんじゃないか?と定時するよりは自然と受け入れられるかもしれません。」

「いいな、それ。俺も久々に諒亮に会いてぇよ。」

 なかなか怖がらせがいのある少年だ。あそこまで想像通りに怖がってくれる人間はそうそういない。

「ありがとう、みんな。香里を説得して、諒亮を明日ここに連れてくるよ。そうと決まれば善は急げだ!」

 ドタドタと諒一は喫茶店を後にする。


「恭介、明日ハングドウーマン着て来いよ。ジャケットかなんかの下に着ておいて、諒亮怖がらせてやろうぜ。」

「やめてくださいっす。先輩にぶっ飛ばされますって。」

 明日の段取りも決まったところで安堵していた俺と恭介だったが、残りの3人は違うようだった。


「おい、どうしたんだよ。あとは明日うまく乗り切ればいいんだろ?」

 清隆が掛けている眼鏡をとり、眼鏡ふきで拭いながら、重い口を開いた。

「ごまかすのはいいんだが、あいつの家で諒亮君がみたものは本当はいったいなんだったんだろうなと思ってな。」

 啓とバイト君も神妙な面持ちのまま、清隆の言葉だけがやけに店に響いた。







 

 






































 

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