奇士談倶楽部

平 歩

第1話 覗いていたのはいったい

「おい。また恭介遅刻かよ。」

 語気を強めながら対面に座る諒一を睨みつける。

「睨むなよ、文一。俺のせいにすんじゃねぇ。後輩だからといってその人間性にまで責任もったつもりはねぇよ。」

 やめてくれと言わんばかりに目をそらす。諒一だった。恭介というのは本名戸郷恭介といい、大学時代のみんなの後輩であり、円テーブルの自分の対面に座る泉諒一の高校時代の後輩でもある。

 恭介は不動産会社勤めをしており、仕事が忙しいのも相まって、頻繁にこの会の開催に遅刻してくる常習犯だった。一方の自由人である泉諒一はスケジュールに悩まされることもないのでなぜかいつも一番最初にこのテーブルに居座っている。

「まぁまぁ。会社勤めしていると仕事に追われることくらいあるじゃないか。少しくくらい大目にみようよ。」

「遅れることに文句いってんじゃねぇよ、啓。いや、遅れることにも腹立つが。遅れるんなら連絡の一つでもいれろって話だよ。もう社会人になって7、8年だろ?いい加減常識ってもんを身に着けてほしい。俺の会社の後輩だったら口頭注意じゃ済まねぇぞ。」

「仕事じゃないんだから。。。」

 呆れたように俺を見るのは深山啓。俺こと木道文一と同じ会社に勤めているIT系のエンジニアである。優しい性格をしている癖に私生活は謎が多く、妻子がいるはずなのだが、俺ですら顔をしらない。

 ことりと自分たちが座っているテーブルに紅茶が置かれていく。ウェイターのバイト君----名を小林くんというがバイト君と呼んでくれと言われている----が今いるメンバー一人一人に静かな声で失礼しますといいながら、若いながらも洗練された立ち振る舞いに、声を荒げていた自分が恥ずかしくなってきた。

「文一。もう少しまってやろう。どうせ今日はゲストもいない。身内のみでの開催だ。」

「ふん。」

 この店、喫茶店"四辻"のオーナー、生田目清隆が宥めてくる。清隆は2年前まで証券会社に勤めており、高給とりで順風満帆だったのだが仕事に限界を感じ早期リタイアしこの喫茶店"黄泉"を始めた。


 もう29歳の三十路間近で仕事の新鮮さもなくマンネリ化し始めていたころ唐突に清隆から早期リタイアを聞かされ俺は清隆のことを応援しようと大学時代のよくつるんでいた啓、諒一、恭介に話をし"奇士談倶楽部"を復活させることにした。


 "奇士談倶楽部"。それは俺たち5人が今でも気の合う仲間として集まることができている唯一の共通点といってもいいだろう。俺たち5人は元々オカルト好きという趣味があった。性格から女の趣味、得意な技術いろんな点で異なる俺たちを結びつけたのはその共通点があったからだ。


 大学時代に廃墟になった建物や、ホラースポットを巡ったりすることに熱を上げていた。しかし、そんな大好きなことでも繰り返していけばいつかマンネリ化するもの。

 そんなとき清隆がこの"奇士談倶楽部"という催しを提案した。奇士談倶楽部。本当は奇妙な話が大好きな紳士たちの談話倶楽部というのだが、長いので奇士談倶楽部といっている。文字通り奇妙な話を紳士的に楽しむ倶楽部なのだ。

 だが普通に集まって怖い話をするだけではつまらない。清隆はこの倶楽部の開催をいくつかのルールを定めてやろうと提唱した。


1、開催に際して必ず誰かが一つ奇妙な話をする。話終わったものが次の話者を決定する。

2、話者はゲストを一人誘うことができる。その際、そのゲストには話者の代わりに奇妙な話をしてもらうこととする。

3、話は紳士的に聞くこと。紳士的とは礼儀正しく、上品に相互信頼のもと話を聞くこととする。基本的に話者の話は不可解な点があっても信じることとする

※例外として、話者が謎の究明を求めた際は真摯に臨むこととする。

4、この会で話されたことは奇士談倶楽部の財産となることとする。奇士談倶楽部の正規会員以外にここで話されたことを表に出さないこと。門外不出とする。

5、女人禁制

6、この会の運営費として全員に会費を毎月求め、奇士談倶楽部基金としてプールすること。ゲストは話をこの会費の対価とする。


 他にも細かいルールがあったりするが、この紳士6か条の協定を基に奇士談倶楽部を毎月一回開くこととした。清隆曰くただのオカルト好きではなく、高尚な趣味に押し上げるための仕組みをもって取り組もうということだった。凝り性な清隆らしかったが、この仕組みも相まって、みんな毎度この奇士談倶楽部の開催を楽しみにし、いつしかこの奇士談倶楽部が俺たちにとっての青春そのものとなった。

 社会人になって啓と俺はともかく、みんな連絡はとりあってはいたものの頻繁に会うことはなくなった。もちろんこの奇士談倶楽部の開催も最後に開催されたのは何年前だ?となるほどだった。


 だから清隆が早期リタイアし喫茶店を始めると俺に最初に話を持ち掛けてきたときは正直驚いた。だが、仕事が辛くなってきてなと話ていた清隆の顔の疲弊具合は、冷静沈着で何をやるにも凝りたがる鉄面皮のものとは思えなかった。

 

 そんな彼を応援したいと思って人を呼んだり、食事をしにきたりと応援するぞと直球に話をしたら彼はそこまでしなくていいと頑として譲らなかった。元々頑固な男だ。そんなことをさせたいがために話をしたわけではないとプライドもあったのだろう。だが大手の証券会社に勤めていた彼は資金には余裕があったが、何分喫茶店経営のノウハウはなかったので何からはじめようかといった具合。そんな彼を見捨てることはできないと知恵を絞った末にでてきたアイデアが奇士談倶楽部の復活だった。


 毎月一回、必ず奇士談倶楽部にお前の店を貸し切りにさせろ。そのかわり飲み食いちゃんとして金を払う。それならどうだ。俺たちが"客"としてつかうのに貸せない何ていわせねぇぞと脅すように言うと、降参だと一言いい、奇士談倶楽部の復活と相成った。

 奇士談倶楽部のゲストを呼んだり、会費としてプールしていた金を清隆の店に落とすことで応援は少なからず彼の店の発展に寄与していった。清隆からも珍しく感謝の言葉が出るほどだった。

 ただ、やはり店の発展の一番の功労者は清隆自身だろう。清隆のスペックの高さ、凝り性な性格もあって、料理に凝り、紅茶コーヒーに凝り、調度品に凝り、雰囲気に凝りとしていき、いつしか落ち着いた雰囲気の大人のデートスポット集の一つとして雑誌に記事が載るくらいに成長し、今では繁忙期になると席のreserveが必須となるくらいの店となってしまった。


「いやぁ。やっぱりおいしいね。清隆君の店の紅茶。」

「当然だ。茶葉や豆の厳選から、茶の入れ方まですべて俺監修でマニュアル化までしてある。店員の教育にはバイトであっても俺じきじきに教育するからな。品質が他店に劣るなどあるはずがない。」

「...お前よくそんな自信満々に言えるな。まぁ客商売だからそのくらい胸張ってもらったほうがいいのかもしらんが。」

 諒一が清隆にうっとうしそうにめをみやる。

「申し訳なくなるくらいだよ。清隆君の店ももう結構な人気店なのに、毎月一回僕らのせいで貸し切りにさせてもらってるんだもん。」

「なに、開店当初からの古参客だ。少しくらい優遇してやってもいいだろう。それに貸し切りとはいえ店自体は定休日だ。」

 紅茶をすすりながら気にするなと遠回しに清隆は言う。

「あれ?でもバイト君がいるけど。定休日だけど出勤させていいの?」

「僕は自分から割増賃金のために休日出勤を申し出ておりますので。」

 バイト君は笑顔で答える。清隆曰く店で一番筋のいいバイトなのだそうな。近場の大学の2回生で小林という名札をつけているがこの会の開催されるときはバイト君と呼んでくださいという変わり者で、この会の専属ウェイター化している。


「やばいっすやばいっす遅刻っす!!!???。」

 そんな話をしているうちに店のカランカランという乾いたベルの音が鳴りドタドタと不躾な足音がアジアン風のしっとりとしたbgmが鳴り、おしゃれなアロマキャンドルにともされた素敵な空間をぶち壊していく。


「...あいつには教育が必要だな。」

 慌ててきたのであろう乱れたスーツ姿の恭介に目をやりながら、もう少しまっててやれと俺を宥めていた清隆が遅刻常習犯の登場に静かな怒りをたたえていた。


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 本日のディナーはガパオライスにオニオンスープ、キュウリとベーコンとパプリカを酢で和えたサラダだった。アジアン風の店ではあるが、この奇士談倶楽部で振るわれる料理は清隆とバイト君の二人で決定されるため様々なものがあるのだが、今日は店の定番メニューのエスニック料理に加えるか思案している試作品であるらしい。

 一応酒も酔いつぶれない程度には飲み放題だ。我々奇士談倶楽部会員は全員この会の運営とこの店の繁栄のために会費として1万5千を払っている。料理代としてこの店の利益と余った分は奇士談倶楽部で作っている共通の口座にプールする決まりとなっている。

 ちなみにその基金の管理は啓と清隆の二人に任せているため安心だ。断じて諒一のような自由人に任せるわけにはいかない。

「さて、諸君。食事も一通り済んだことだし、会のメインディッシュと行こうじゃないか。」

「そうだね。今月は恭介君の回だよね?」

 テーブルについている、俺、清隆、啓、諒一そしてバイト君全員の視線が遅刻魔に突き刺さる。


「そうっすね。今日は俺の話っす。なのでゲストもなしっす。」

「それじゃ恭介を指名した諒一。誓いの言葉を。」

「身内向けのやつだぞ。」

「よろしくね。」

「わかってるわかってる。前みたいに駄々こねたりしないって。」


 おほんっ。と諒一はかしこまって息をつく。


「我々は、礼儀正しく、上品に相互信頼のもと紳士的に話を聞きます。君から聞かされる話は全て真実の話として例え罪の告白であろうと胸に留めることを誓います。あなた自身もここでした会話、この会にまつわる全ての話は門外不出のものとすることを誓ってください。」

「誓うっす!」

 厳粛に、会のしきたりの警句を問う諒一とそれに元気よく答える恭介だった。


「それではあなたの話を聞かせてください。」

 厳かにいう諒一に対して、いつものへらへらした感じではなく、少し気合の入った声で、恭介は答える。

「うっす。それではお聞きください。」

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 今回話すのは、俺が大学のときのちょっとびっくりした話っす。オカルトと言われたら違うかなと思って今まではなさなかった話っす。


 大学のころ俺が住んでたアパートから近所のコンビニにちょっと大学に提出するレポートをプリントアウトしようと思って夜中の3時くらいに行った時のはなしなんすけどね。ああ、なんで深夜のそんな時間にっていうのはレポートの期限が迫ってて翌日の朝10時が締め切りだったからっすね。へへっ。

 俺の住んでるアパートからコンビニに行くには歩いて7、8分の近場なんすけど、街灯が全然なくてっすね。先輩たちならしってるかもですけど、あのおんぼろ長屋のある道っすね。

 築4、50年はしてるだろう割と古めかしい長屋が両面3家屋並んでて結構趣がある道路です。その先の橋渡ったところにコンビニがあるんすけど、夜は結構暗くて不気味なんすよね。まぁ学生なんで家賃安いとこ探したら、築年数結構いってて繁華街や駅からちょっと離れた寂れたところしかなかったからしょうがないっちゃしょうがないんすけど、結構気に入ってたっす。

 長屋に住んでるおばあちゃんとか朝大学にいくときなんかよく挨拶してたり、スーパーとかで合うとおしゃべりしたりして、なんか人情というかあったかさを感じるとこだったんで。特に真ん中の長浜さんっておばあちゃんとはよく話してたっす。え?なんでかって?さぁ?孫みたいで面倒みたくなるんよっておばあちゃんはいってたっすけど。そのおばあちゃん時々朝の時間に玄関先とか掃除しててそれ手伝ったりしてたら俺もおばあちゃん思い出してスーパーの帰りとか一緒に荷物持ってあげたりしてたら仲良くなったっすよ。普通に長浜さんちはおばあちゃんだけじゃなくて息子夫婦も一緒に住んでて、息子夫婦、といっても俺より全然年上なんすけど、とも顔見知りになって時々ご飯におよばれとかされてましたよ。


 ああ、話をもどすっす。その薄暗いおんぼろ長屋のある道路を歩いて行こうとしてたときっす。その長浜さんの家の玄関がちょこっと開いてたんすよ。長屋なんで門扉とかなくて玄関が直接道路に面してるもんすから普通に路肩歩いてたらおっ、開いてるって感じで泥棒が入ってきちゃうかもしれないんで不用心だなぁと思ったすよ。夜も遅くだったんでピンポン押すの気が引けるんで、そっと玄関だけでも締めといてやろうかなって思ったんすね。あのガラガラってなる引き戸なんで音立てないようにしないとなぁ逆にそこ見られたら自分が泥棒扱いされるかもとか考えながら玄関に近寄ったんすよ。

 そしたらなんすかね。玄関の前に人がいる気配がしたんすよ。ああ、つまり家の中っすね、すりガラスなんで明かりがあるときは普通に気づくんすけど、さっきも言った通り、明かりが全然なくてすりガラス越しでも何も見えなかったすけど、なんか何かいるような感じがしたんす。奇妙に思ってもしかしてもう泥棒がって思って少ししかない隙間をちょっと覗いてみたんすよ。そーっと顔を玄関に近づけるとっすね。いたんすよ。そこに。


 長浜さんちのおばあちゃんが。そして言われたんす。

「------お前じゃない。」


 深夜の3時くらい、玄関にぼーっと少しの隙間から外をのぞくように立ってるんす。いつもの優しい感じとは違って、どすの聞いた声と目が煌々と光っててチョー怖かったのを覚えてるっす。


 そのとき情けない悲鳴を上げてしまって、結局長浜さんちの息子夫婦はおろか周囲の長屋からも人がわらわらでてきて、ちょっとした騒ぎになったっす。まぁ事情を話たらすぐに長浜さんの息子さんから、最近夢遊病みたいな感じで時々夜歩いて玄関先に行くことがあったからということですぐに騒ぎは収まったっすけど。

 ちょっと痴呆の気が出てきてるのかもと病院に診てもらうかと悩んでたところだ。君に怖い思いをさせたんだ。踏ん切りがついたって息子さんは病院に診てもらうようにするよって言ってたっす。おばあちゃんは終始そのあとも私はボケてなんかいない!と怒ってたそうなんすが。

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「オカルト...ではないけど、怖い話ではあるな。」

「お前じゃない-----か。夜中にそんな体験したらしばらくそのお婆さんとは話できないだろうな。」

 諒一と清隆が冷静にコメントする。奇士談倶楽部、怖い話やオカルト話にはなれているため耐性があり、さすがに大げさに怖がるような輩はいないものの、その体験を自分がしたらという想像力はあるため、恭介の当時感じた恐怖を察し、同情する。


「近所のおばあちゃんと仲がいいという話は聞いてたけど、その話は今まで聞いたことなかったな。そんな体験してたのか。」

「まぁ仲のいいおばあちゃんがそんな状態になったら身内とはいえ気軽に話はできないよね。」

 啓がいう理屈は納得だ。俺も仲のいい間柄の人間がそんな状態になってることをペラペラしゃべる無神経ではない。


「だが、これは大学時代の話だろ?なぜ今日話そうと思ったんだ?」

「あ、すんませんっす。まだ話終わってねぇんすよ。」

「何?」

 質問した諒一が眉を顰める。


「今日遅刻したのはこの件と関連があったからなんす。実は今日この会があるからいつも遅刻すると具合悪いんで有給とって早めに行こうと思ってたんすよ。」

「仕事で遅れてきたわけじゃないのか?」

 俺が恭介に問う。仕事でないとしたらなぜ恭介はスーツ姿なのだろうか?


「そうっす。今日その長浜のおばあちゃんに久々に会ったんすよ。というか息子さんに連絡先を渡してたんで、今日突然息子さん夫婦に呼ばれて長浜さんの家族と面談しに行ったんす。都合のいいときでいいと言われたんすけど学生時代世話になってたんで今日でいいっすよ。すぐいくっす!って感じで。」

「面談?」

「はい。どうやら長浜さん一家あの長屋を引っ越すそうなんすよね。それで俺が不動産会社に勤めてること大学卒業のときに話してたんで相談にのってたんす。2世帯でバリアフリーの家が欲しいって。」

「ああ、なるほど。それでスーツか。」

「ええ。会社に大事な顧客だからって話て特別に相談にのらさせてもらうっすよ!って。」

 多分こういうところが気に入られる所以なのだろう。有給をとっていたにも関わらず、長浜家にそれを気取らせないためにわざわざスーツまで着て会いに行ったのだ。

「お人よしだなぁ。」

「そこが恭介君のいいところじゃない。」

 諒一と啓がにこやかに会話する。


「それで?なんで今日この話をしようと思ったんだ。」

 それていた話を本線に戻す。

「ああ、そっすね。おばあちゃんなんすけどね。あのあとも夢遊病みたいなことを繰り返してたみたんすけど。病院に診てもらっても夢遊病かもしれないと診断されてたらしいんすけど、痴呆症とかにはなってなくて今もぴんぴんしてたんすよ。俺のこともしっかり覚えてたし。」

「そうなのか。よかったじゃないか。」

「そうなんすけど・・・」

 いいことじゃないのか?と思って恭介にめをやる。いままでの快活とした顔つきが一変していて何かを言い淀む恭介。そうぴんぴんしているのはいいことなのだ。それの何がいけないのか。


「お婆さん。それじゃあ何を見てたんでしょうかね?」

 バイト君が紅茶のお代わりをつぎながら言葉を発した。全員がその言葉の意味するところを求めるようにバイト君に視線を向ける。

「あ、失礼しました。」

「いやいいよ。バイト君。君はもう名誉会員みたいなもんだし。それよりさっきの言葉の意味は・・・」

「はい。それでは失礼します。」

 テーブルの傍にたたずみ、手を口にあて少し考える素振りをしたあと、淡々と表情を変えずに言葉を紡ぐ。


「長浜さんのおばあちゃんは確かに"お前じゃない"と発言したんですよね?そして、おばあちゃんは夢遊病の気はあってもボケていない。そもそも夢遊病の患者はそんなにはっきり言葉をしゃべることができるんでしょうか。」

「さぁ。ここに医者はいないからわからないが、そう発することもあるんじゃないか?」

「それにしては恭介さんが何かをいい辛そうにしている理由がわかりません。」

 全員の視線が恭介へと向けられる。ビクッとしたように背筋をピンと張る恭介だった。

「逆に考えてみてください。お婆さんは正常だった。そして恭介さんじゃない"誰か"を深夜の3時に見ていたとしたら...」

 全員が目を見張る。


「...バイト君の言う通りっす。あのときは怖かったすけど、今日久々に会って、おばあちゃんも普通にしてたから、あの日の"お前じゃない"の意味を聞こうと思ってたんすよ。」

「それで?」

「長浜さんちの息子夫婦が2世帯住宅にしようと言ってた理由なんすけど。息子夫婦にも変化があったんす。」

 少し紅茶で喉を潤し、恭介は話を再開した。


「お子さんが生まれてたっす。1歳ちょっとの男の子っす。家族も増えたこともあって手狭になったことも家を引っ越すことにしたそうなんすね。」

「おい、今聞いてるのはお前じゃないの意味だぞ?答えになってない。」

「なるほど。」

 バイト君は納得が言ったようである。俺は結論がわからないままだ。そこでハッとしたように清隆がつぶやく。

「まさか、お婆さんはその"孫息子"を見ていた?」

 こくりと恭介は言葉ではなく頷きでこたえた。


「お子さんがぐずったんで息子夫婦が少し席を外した時に、おばあちゃんに"俺にお前じゃないって言ってましたけどあのとき誰を見てたんすかね?"って冗談っぽく聞いたんすよ。そしたら」



------ ああ、あのときは"孫息子"が家に帰ってくるときなんよ。あんたに似て元気な子でねぇ。怖がらせてすまんねぇ。でもあたしも楽しみだったもんでつい気が立ってしもうて。


 恭介のその話を聞いて息をのむ奇士談倶楽部の面々だった。

「なるほど。もしかしたらお婆さんは"未来の孫息子"と会ってたのかもしれんな。」

「そう思うとオカルト味が増すな。」

 少し気味悪がっている体験者の恭介とは反対にみんなこの話題でいい酒の肴だと言わんばかりに盛り上がる。

 お酒やつまみを再度用意し終えたバイト君が倶楽部が座っているテーブルの傍に何か言いたげにたたずむ。


「どうかしたっすか?バイト君?」

「ああ、いえ。」

 話が終わり、酒も入り、少し元気を取り戻した恭介がバイト君の態度を不思議がる。

「ああ、気にしなくっていいっすよ。ちょっと怖かったすけど改めて考えなおせば未来の孫息子に会えるなんていうちょっとロマンチックな話だったすから。もう怖くないっす。」

 それでも言い淀むバイト君に怪訝な表情を面々は向ける。


「話してくれ。バイト君。そこまでやられると逆に気になってしまう。」

「わかりました。」


 恭介の方を向いてバイト君は言う。

「長浜一家は家を購入するんですよね?」

「その予定っす。今度また物件のリスト持って行って、ちょうどよさそうなのがあれば見積もってあげて、あとは契約するって段取りっす。」

「じゃあ、あの家の玄関先で"未来の孫息子"をみることはできなくないですか?」

「「「「「あっ」」」」」


 バイト君の一言で、さらにオカルト話に花が咲き、今日の奇士談倶楽部はお開きとなった。


















 








 













 







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