里見香奈が何を選んだとしても

 2勝3敗。これは里見香奈女流四冠の、プロ入り後初年度の成績である。二年目は16勝10敗。若手の女流棋士としては普通の成績と言えるのではないだろうか。

 12歳でプロになった里見だが、最初の二年はそれほど目立つ存在ではなかった、ように思う。もちろん活躍が期待される若手の一人だったはずだが、あまり記憶に残っていない。

 里見が目覚ましい活躍をするのは2006年からと言っていいだろう。レディースオープン・トーナメント2006で準優勝。それからいくつかの挑戦者決定戦に進むようになり、2007年には倉敷藤花戦で清水に勝利して初タイトルを獲得した。

 また、2009年には新人王戦で稲葉四段に勝利している。2010年には18歳にして女流三冠となり、翌2011年には奨励会への編入試験を受けることになる。この時の相手は加藤桃子・伊藤沙恵・西山朋佳であり、現在でもタイトルを争っているライバルたちである。

 その後女流五冠達成、奨励会三段昇段、休場、奨励会退会、女流六冠達成と様々なことがあった。振り返れば最初の二年は高く飛びあがるための準備期間のようなもので、三年目からはずっと女流棋界のトップにいた。

 もちろん将棋ファンとしてはその活躍を存分に見せてほしい。ただ、奨励会受験時のいろいろなことや、体調不良からの休場などを知っているうえでは、「もっと自由な立場になってほしい」と願うこともある。


 私個人としては、奨励会入会時に女流棋界をいったんやめることを望んでいた。一人の人間としてプロ棋士へと向かう人間が、「女性である」ということで重責を担い続けるのは酷だと思った。年齢制限までの数年だけでも、ただ夢を追うためだけに時間を使わせてあげられないのか、そう思った。もちろんスポンサーの意向なども重要である。しかし、私は「里見香奈がいたことがとても幸運」なだけで、たとえ彼女がいなくても女流棋界は十分楽しめる対象だと思っていた。

 結局里見は女流棋士であり続け、時には休場し、前述した元奨励会員たちが今はライバルとなっている。そして一般棋戦でも活躍し、編入試験の資格を得た。プロ棋士相手に普通に勝ち越しができる力がある現在、たとえ編入試験を受けなくてもその力は「プロ棋士並」とみなされるだろう。

 私は好奇心から編入試験を見てみたいとも思うし、里見が悩む気持ちもとてもよくわかる。里見が資格を得られたのは、女流棋士として一般棋戦への参加枠があったからだ。奨励会を退会したものは普通、アマチュア棋戦を勝ち抜いてこなければプロの棋戦には参加できない。年にいくつもの棋戦に参加できるアマはそんなにはいない。里見が編入試験に受かってプロ棋士になったとしても、「女性だから資格を得られた」という事実はずっとついて回るかもしれない。

 私はやはり、もし彼女が編入試験を受けてプロ棋士になったとしたら、女流棋戦への参加はやめてほしいと思っている。女性が一人の棋士として普通に戦っていけること。それは今後の将棋界にとって絶対にプラスになると信じている。女流棋士としての責務を誰より果し続けてきた里見だからこそ、「普通の棋士」になれる権利は十分にあると思う。そして今こそ、それでも大丈夫な女流棋界になっていると思う。


 頭脳で戦う競技で、女性だけのプロ組織があることについては常にいろいろなことが言われる。しかし実際に競技人口が圧倒的に違い、その中でもまだまだ多くの女性が将棋をやめていく要因が残っている。私も多くの女性が将棋に興味を持ちながら、様々な理由があって辞めていくのを見てきた。多くの場合それは「男性なら触れることのない嫌なこと」が原因だった。

 そんな中で女流棋士が担っている役割というのは大変重要なものだと思う。その役割を引き受けようとしている人々がたくさんいて、若い女流棋士が次々と誕生しているのはとてもいいことだと思う。そんな中で里見はその役割からそろそろ解放されてもいいのではないか、とも思うのだ。

 試験を受ける・受けない。女流棋士を続ける・続けない。里見には様々な選択が必要だろう。たとえどのような選択をしたとしても、私は一人の将棋が好きな人間、里見香奈を応援したい。そして彼女の紡ぎ出す面白い将棋にずっと期待したい。


(敬称略)

 

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