トワイライトゾーンとは何か

 第5回abemaトーナメントのドラフト会議が終わった。今回も様々なドラマがあったが、その中で一番私が驚いたのが、羽生九段が前回と全く同じメンバーを選んだことだった。

 前回、中村太地七段は予想通りの指名だった。そして、佐藤紳哉七段の指名は全く予想外だった。しかし私は、「羽生さんは可能性を開花させたい人を指名するのではないか」と考えており、それには当てはまっている人選なのではないかと思った。

 それだけに今年は、まだ別の可能性に賭けるのではないかと予想していたのだが、そんなことはなかった。果たして羽生は、なぜ同じメンバーでチームを組もうとしたのだろうか。



 前期、中村七段は順位戦で昇級した。チーム羽生での経験が生きたのかはわからないが、元タイトルホルダーの実力を発揮しつつあるのは確かだ。その一方で、佐藤七段はこれと言った実績を残せなかった。C級2組では今期も7勝3敗とよい成績を残したが、昇級者は皆9勝1敗であり、次点でもなかった。トータル成績では11勝14敗と負け越している。

 総合力で優勝を目指すならば、このメンバーにはならなかったはずである。前回と全く同じメンバーにしたのは、チーム羽生だけでもあった。やはり羽生九段には、何らかの意図があったと考える。

 チームの名前は前回のin the zoneからトワイライトゾーンとなった。薄明りの夜明け前、チーム羽生はどんな朝を目指しているというのだろうか。



 ここ最近、羽生九段は将棋の調子が悪い。なかなか勝てず、A級からも陥落した。ただ、三間飛車を何度か採用するなど、変革の時期であることもうかがわせる。元々オールラウンダーだが、より戦法の幅を広げることによって「現在の羽生に合った」戦い方を模索しているのではないか。

 羽生はツイッターのアカウントも開設した。本人の中で何かしらの心境の変化はあるのではないか、と思う。

 そんな中での団体戦。気分一新メンバーも変更と思ったのだが、そうはならなかった。中村七段はともかく、佐藤七段は前述のように調子がいいわけでなく、若手というわけでもない。「前回と同じ」以外に指名理由がわからないのである。

 以前の記事「in the zoneの可能性」https://kakuyomu.jp/works/1177354054917496276/episodes/16816452219414368728において私は、佐藤指名の理由を以下のように考えた。



「競合しないで、可能性を感じられる棋士」の中に、佐藤がいたのではないか。ずっと、いつか自らを脅かすかもしれない「少し下の世代」の1人として、意識する存在だったのかもしれない。結局佐藤は棋戦優勝やタイトル挑戦することはなく、電王戦の物語を次につなげることもなかった。羽生が「可能性を秘めたままの存在」としての佐藤に注目し続けていたとすれば、今回の団体戦はその可能性を開花させるチャンスと考えても不思議ではない。



 今回ついに指名されたが、40前後の棋士の中で阿久津八段、松尾八段などは元より競合する可能性があった。しかし佐藤七段はおそらく単独指名できる存在である。また、私は電王戦についても言及した。佐藤七段の電王戦での対局はいろいろとトラブルもあったものの、リベンジマッチが行われることはなかった。佐藤七段が「様々なチャンスを逃してきた」ように羽生九段には見えていたのではないか。

 昨年の大会で佐藤七段は活躍できたとは言えない。今年はまさに「リベンジの年」になる。羽生九段が佐藤七段の「今度こそリベンジを生かせるか」を見たいとすれば、指名したことも納得できる。

 また、少しだけ今回の指名は「将棋の本質」にもかかわるのではないかと思っている。将棋は常に同じ戦力を持って始める競技である。それゆえ羽生九段は、「同じ戦力で戦う」ことに違和感を持っていないのかもしれない。羽生の偏執的ともいえる本質への追及心が、同じメンバーの指名につながったのではないか、と私は推測する。



 今回もチーム羽生「トワイライトゾーン」は優勝候補とは言えないだろう。ただ、昨年となにが変わっているのかはとても楽しみである。中村七段の三連投など、昨年は羽生九段ならではの奇策などもあった。今年の「リーダー羽生」は果たして、どのような采配を振るうのだろうか。

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