in the ZONEの可能性

 第4回ABEMAトーナメントは、第3回に続きプロ棋士3人の団体戦で行われることとなった。今回は藤井二冠が選ぶ側に回るということもあり、実力の突出したチームはできないものと予想された。

 予想通りの指名、サプライズ指名などいろいろあった。北浜ファンである私にとって、本来なら一番話題にしたいのはチーム広瀬になるところだ。丸山九段の登場も楽しみであり、このチームを応援しない理由はない。

 しかし、チーム羽生の二巡目指名により、私の「一番」は揺らぐこととなった。羽生九段が指名したのは、佐藤紳哉七段。これを予想できていた人は、はたしていただろうか。


 前回の記事にも書いたが、羽生九段が中村太地七段を指名することは、ほぼ確信があった。元王座であり、勝率一位賞も獲ったことがある。早稲田大学を優秀な成績で卒業、NHKのNEWS WEBでコメンテーターを務めていた時期もある。前回選ばれていなかったのが不思議な棋士の1人と言えるだろう。

 ただ、ここ数年はあまり活躍出来てはいない。広瀬、糸谷、斎藤、菅井といった若手の元タイトルホルダーたちがA級に上がる中、中村はまだB級2組にいる(今期は4勝6敗)。実力が発揮できていない、苦戦している、と感じている人も、プロ棋士を含めて多いのではないだろうか。

 そして羽生は、そういう人にこそ興味があるだろうと感じている。若いころからの言葉を見るに、羽生は「可能性」というものを強く意識している。将棋には多くの可能性が残されており、自らその可能性を探れる喜びを感じているようである。そして今回は団体戦。「最も可能性を感じられるメンバー」を選ぶとすれば、それは中村だろうと思ったのである。

 中村は羽生からタイトルを奪った。羽生は、中村の強さを実感しているはずだ。だからこそ、ここ数年の成績に関して思うところもあるのではないか。中村が自らの可能性が発揮できていないことを最も感じている人間、それが羽生ではないかと私は思っていた。

 チームメイトになることにより、中村の現状を知り、あわよくば再び可能性の開花を促す。自らを脅かす存在、さらにその先、将棋の可能性を拡げる存在は多ければ多い方がいい。羽生は、そう考えるタイプだと思うのである。

 そんなわけで中村は予想通り指名されたのだが、二巡目の指名は全く予想がつかなかった。チームリーダーと一巡目指名により、23人が指名対象外となっている。果たして羽生が期待する「若手」とは誰だろうか。そう考える中、指名されたのは佐藤紳哉七段、43歳だった。


 かつらを投げるパフォーマンスや、NHK杯での伝説のインタビューなど、エンターテイナーとして有名な佐藤であるが、かつては「期待の若手」であった。2005年度は勝率1位で、新人賞も獲得している。竜王戦では2組まで昇級したことがある。

 ただ、順位戦はC級2組を抜け出せず、降級点も1つ取っている。棋戦優勝はない。実績からすれば、今回の指名候補になるとは考えにくかった。

 羽生は指名理由を、「いつも早くに秒読みになっていて、このルール向いているのではと思った」「サービス精神旺盛なので、皆さんのご期待に添うのでは」と述べている。後者に関してはまさにそうなのだが、羽生がそのような理由で選択するというのは全くの予想外だった。

 もちろん、言葉にしている通りの意味なのだろうが、果たしてそれだけだろうか。というのも、私には佐藤に対して、一人の棋士として期待していたことがあるからである。それは、「電王戦のリベンジ」だ。

 佐藤は第3回電王戦において、やねうら王に敗北している。事前にソフトの修正問題などあり、異様な雰囲気の対局であったと記憶している。四間飛車に対して居飛車穴熊に組んだ佐藤だったが、中盤で読みぬけがあり、一気に苦しくなった。途中盛り返したものの、逆転までには至らなかった。

 菅井八段と森下九段は、この後リベンジマッチに挑むことになる。しかし佐藤には、「その後」はなかった。


 羽生は中村に対し、「去年、どこかが指名するかと思ったけど、されなかった。意外と『いけるのでは』と思って指名した」と発言している。これは中村を高く買うとともに、「競合しないと思っていた」とも受け取れる。くじ引きを避けたいと考えていたとすれば、二巡目の指名にも少し合点が行く。

 前回のレジェンドチームの活躍により、ベテランも多く指名されるだろうことは予想できた。競合を避けるとなれば、レジェンド級のベテランや活躍する若手以外を指名することが選択肢となってくる。そこに当てはまるのは、アラフォー世代である。

 アラフォー世代は羽生世代の活躍によって、なかなか実績を残すことができていない。今回確実に指名されるといえたのも山崎八段ぐらいだろう。とはいえ、阿久津八段、松尾八段などは実績、実力から言っても指名されてもおかしくなかった。今期B1昇級を決めた横山七段も、個人的には候補の一人と思っていた。彼らは、指名してもくじ引きになるかもしれない、と羽生は考えたのではないか。

 羽生自身がそうであったように、40代は棋士としてまだまだ活躍できる年代である。何かきっかけがあれば、トップに立つことも可能かもしれない。今期順位戦で昇級した山崎・横山は40歳である。木村九段は、46歳で初タイトルを獲得した。

 そんな中、羽生にとっての「競合しないで、可能性を感じられる棋士」の中に、佐藤がいたのではないか。ずっと、いつか自らを脅かすかもしれない「少し下の世代」の1人として、意識する存在だったのかもしれない。結局佐藤は棋戦優勝やタイトル挑戦することはなく、電王戦の物語を次につなげることもなかった。羽生が「可能性を秘めたままの存在」としての佐藤に注目し続けていたとすれば、今回の団体戦はその可能性を開花させるチャンスと考えても不思議ではない。


 チーム名は「in the ZONE」となった。羽生でZONEと言えば、8三や2七の地点に銀を打つ「羽生ゾーン」が思い出される。一見筋悪だが、羽生のあらゆる可能性を切り捨てない読みによって導き出される一手である。極度の集中から対象に没頭し、最高の力を発揮できる状態は「ゾーンに入る」と言われる。可能性が最も引き出される状態である。

 このチーム名からも、チーム羽生が「これからさらに自分たちの可能性を引き出していこうとする意志」を感じる。現状では、in the ZONEは優勝候補筆頭というわけにはいかないだろう。勝つためには、ゾーンに入らなければならない。そして一度ゾーンに入った経験は、その人の中に眠る可能性を刺激するだろう。

 このトーナメントが終わった後のことこそ、羽生は楽しみにしている気がする。たとえ敗退したとしても、中村や佐藤が活躍するようになれば、してやったりなのではないか。

 そんなわけで、私も勝敗を越えて、in the ZONEがどのような戦いを見せるのかが今回の大会の最注目点となった。そして大会後の「三人」にも注目である。羽生は、羽生自身の可能性にも期待していると思うのである。


(敬称略)

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