西山朋佳と山口恵梨子の未来

 初めて行われた女流棋士によるabemaトーナメントの団体戦は、多くのチームが予想外のメンバーを組んできた。実績充分の棋士でも選ばれない人がおり、「若手成長枠」とでも呼ぶべきメンバーが三人目として指名されていた。

 そんな中、西山朋佳女流二冠が三人目に指名したのは山口恵梨子女流二段。プロ入りは2008年で、若手のイメージだったがすでにそこそこ長い。西山は「自分が勝ったことがないから」と指名。仲がいいとか今後に期待とかではなく、何とも勝負師らしい理由だった。


 昨年、個人戦で第1回の大会が開かれた女流トーナメントも、今年からトップの女流棋士をリーダーに、1チーム3人で戦う団体戦になると聞いていたのですが……メールを読み進めていってビックリ!


 し、指名されている。しかも、西山さんに!

(「読売新聞オンライン まさかまさかの「チーム西山」ドラフト指名[山口恵梨子の将棋がちょっと面白くなる話]」https://www.yomiuri.co.jp/igoshougi/ryuoh/20211126-OYT8T50033/より)


 本人も驚きの指名だったようだ。男性棋士のバージョンでも、西山のような理由での指名はなかった気がする。ただし、羽生はタイトル戦で負けた中村太地七段を指名。理由を明言したわけではないが、どこか似ているかもしれない。

 大会が始まると、とにかく西山が勝ちまくる。ルールでは一人3回まで出場可能で、5勝した方が勝ち。ただし、全員1回以上対局しないといけない、というものだった。西山は予選では負けなかった。こうなると、作戦は「残り二人で2勝」でいいので、かなり楽……かと言えばそうではなかったと思う。相手としても「西山以外には負けられない」と思うだろうし、特に対山口戦は負けられない思いで挑んでくるはずだ。

 結果としては、チーム西山は準優勝。決勝戦で山口は一つも勝てなかった。何度も泣いて、前を向いて、うつむいて。大会中、最も喜怒哀楽を表現したのではないだろうか。司会や聞き手でそつなくこなす姿とは違い、「プレイヤー山口恵梨子」の魅力をこの大会で知った人も多いと思う。


 その一方で、リーダーの西山についても新たな発見をした人が多いのではないだろうか。今や女流棋界のトップの一人である西山だが、里見と違い女流棋士として活動してきたわけではなかった。強いことは誰もが知るところだったが、「普段の動く西山」はあまり見る機会がなかったのである。

 元々仲の良いメンバーで組んだわけではないことも相まって、西山は様々な表情を見せた。リーダでありながら年少者で、そしてプレイヤーとしては勝ち頭。難しい立場だったと思う。


 途中から責任感の強い山口さんがプレッシャーで押し潰されそうになって動けなくなってしまったんです。かける言葉や自分の雰囲気づくりで変わった部分もあったのかなと思うので、その後の集団生活で考えるようになりましたね。

(文藝春秋『Number 1044号』p.70)


 将棋は個人競技であり、多くの棋士はプロになる前に団体戦を経験していない。いきなりリーダーとしてうまくやれる人はまれだろう。しかしこの団体戦は、リーダーのメンバーからしても「今後の女流棋界を引っ張っていってほしい」という主催者の願いが込められているように感じた。そんな中で西山は、若手の「リーダー候補」トップだろう。リーダーとしての成長は、きっと将棋界に還元される。

 西山にとっては「勝ったことのない相手」だった山口が、この大会ではかけがえのない仲間となった。画面越しでも山口の緊張、葛藤、後悔は伝わってきた。すぐそばにいた西山には、その何倍も感じられたことだろう。普段司会や解説で笑顔を振りまいている「えりりん」が、プレイヤーとして苦しんでいる。自分に何ができるかをたくさん西山は考えたことだろう。「団体戦の経験は人間・西山朋佳を成長させ、将棋感に変化をもたらした」(同上)という。対局においても、相手の気持ちという背景の部分を考えるようになったとのことだ。対局に気持ちがあることを最も知らせたのは、山口だろう。

 山口は大会を通じて西山が大好きになったと語っているが、視聴者も同じ思いだと思う。西山さんの人となりは、ようやく少しずつ表に出てきたところだ。知れば知るほど、好きな人は増えるはずだ。

 今後、西山と山口の対局がどれほどあるかはわからない。しかし二人は、必ずや将棋界の中でそれぞれの役割を果たしながら活躍していくことだろう。一年後、十年後、二十年後、この団体戦が二人にどんな影響を与えたと思うかを聞いてみたい。この団体戦を経て、お互いの人生にとって、とても意味のある人になったはずだからだ。

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