in the ZONEの可能性 2
前回記事「in the ZONEの可能性」https://kakuyomu.jp/works/1177354054917496276/episodes/16816452219414368728 の続き
第4回アベマトーナメント、羽生がリーダーのチーム、in the ZONEは予選を突破して決勝トーナメントへと駒を進めた。3チームが全く同じ成績となり、プレーオフとなった末のことだった。
前回の記事でも触れたが、羽生のチームは「現在大活躍しているメンバー」では構成されていない。実力はあるものの、最近あまり目立っていないメンバーが指名されている。また、羽生自身前回大会(個人成績は0勝4敗)を見る限り将棋のフィッシャールールにそこまで適応している感じもなかった。
そして今回、チーム豊島との初戦では2勝5敗で敗北。羽生以外勝利がないという結果でもあった。決勝トーナメント出場にはチーム木村に5勝2敗以上の成績が必要であり、かなり追い込まれていたと言える。
しかし、チーム羽生はチーム木村に5勝2敗で見事プレーオフに持ち込んだ。さらにプレーオフのくじではシードを獲得、戦わずして決勝トーナメント進出を決めた。驚きの逆転劇であった。
しかし、何より驚かされたのはその戦術であった。チーム羽生は初戦から中村を三連投したのである。この大会において、三連投は初めてのことであった。ここまで勝ち星のない中村に「負けられない戦い」を託し、中村も見事に三連勝をおさめたのである。
正直なところ、羽生が奇抜な作戦をとるとは予想していなかった。少なくとも三戦目に中村が出てくることは、ほとんどの人が予想できなかったのではないか。
中村はチーム豊島戦で、豊島・大橋に負けて勝ち星を挙げられていない。ここ数年、公式戦でも目立った活躍をしているわけではない。しかし羽生は、その中村に最初の三つを任せたのである。この三連勝により、残りは2勝2敗でよくなった。中村一人で戦況を五分までにしてみせたのである。
そして四戦目は佐藤、その後羽生が三連投したのである。一度見せているとはいえ、これも驚きだった。五回戦の対佐々木戦は敗れたものの、残り二連勝して見事5勝2敗で勝利。「3連投2回」の作戦は、成功したのである。
奇抜に見える作戦だったが、振り返ってみると理にかなっていたとわかる。ただ勝つだけでは駄目なチーム羽生にとって、「3敗以上しない」作戦が最も重要になってくる。そのためには、「佐藤の出場回数を減らす」必要があったのだ。残酷な作戦だが、対チーム豊島の将棋を観る限り、佐藤が最もフィッシャールールに対応できていなかった。
さらには、相手の裏をかきペースを握ろうとしたのだろう。リーダーの羽生は5戦目まで出てこなかった。さすがにリーダーは4戦目までには出てくるだろう、と普通は思う。7戦目は「こうなれば羽生か」という感じもあったが、「みんなが活躍する姿を見せる」という大会の雰囲気もある。「全員がチームに貢献するところを視聴者にもみてもらおう」と考えるリーダーも多いはずだ。しかし羽生は、そうはしなかった。
当たりもよかった。中村がまず相手のリーダー木村に勝ったことにより勢いに乗り、続けて若手強豪の池永にも勝った。三戦目は三連投が相手の意表を突いたこともあるが、作戦自体も袖飛車という意外なものだった。佐々木は言わずと知れた実力者だが、時折経験の少ない形で完封されることがある。羽生がそこまで考えていたかはわからないが、三連投をするとしたら最も理想的な当たりだったと言える。
と、分析はしてみるもののまだ驚きは消えない。羽生はそこまで勝利にこだわった作戦はとらない、と予想していたからだ。前回の記事で触れたように、今回のメンバーは「可能性」にかけているように、前回指名されなかったメンバーの「覚醒」に期待しているように感じた。実際中村の三連勝はその覚醒を感じさせるものだが、それならば佐藤にもう一度機会を与えてもよかったはずだ。5勝目を佐藤が上げれば盛り上がっただろうし、佐藤の自信にもつながっただろう。しかし羽生は、羽生自身を選んだ。
新人王戦準優勝、勝率一位、王位戦リーグ入り、竜王戦二組。佐藤には素晴らしい実績がある。かつて佐藤は、「とても強い若手」だった。私にとってもその印象は強く残っており、かつらを投げたり「豊島、強いよね」と言ったりする面白さは、彼を構成するほんの一部でしかないと個人的には思っている。
「C級2組にいるのが不思議」と言われる棋士は何人かいるが、佐藤はその代表格だろう。ベテランの域に入ってきたとはいえ、降級点を取った時は私もびっくりした。前期佐藤は、順位戦で7勝3敗の成績だった。昇級には届かなかったものの、上から7番目の成績である。もし大橋戦に勝利していれば、(その後の展開が変わるだろうことは置いておいて)昇級だった。実は、前々期もあと1勝で昇級だった。
40歳にしてA級に上がった山崎。B1に上がった横山。そして、46歳で初タイトルを獲った木村。40代は決して、成績が落ちると決まっている年代ではない。佐藤にとってのあと1勝、あと少し。それを乗り越えること。私はどうしても期待してしまうし、羽生だってただエンターテイナーと言うだけで指名したわけではないと思う。勝負に徹した対チーム木村戦は終わり、次は決勝トーナメントである。より厳しい戦いとなるだろうし、三連投という手の内はもう見せてしまった。
やはり、佐藤の勝利が必要不可欠だ。佐藤が勝利することにより、相手は作戦についての悩みが増える。佐藤が勝利すればチームの雰囲気も劇的に良くなっていくだろう。チーム羽生にとっての第3戦目は、佐藤を覚醒させるための作戦をとる、というのが私の予想であり、期待である。
前回大会では、羽生はドラフト会議に参加しなかった。メンバーは羽生の選んだものではなく、そこまで勝利に執着しているようにも見えなかった。だからこそ、今回の大胆な作戦には驚かされた。自らの選んだメンバーで戦う、監督としての羽生の怖さが見られるは予想外の喜びである。
「in the ZONE」は三連投2回という作戦、そして中村の三連勝という結果によって、新たなゾーンに突入した。しかしこの後勝ち進むにはもう一つ先の、「佐藤の覚醒」というゾーンへの突入が必要だろう。チーム羽生が決勝トーナメントでどのような戦いを見せるのか、今から大変楽しみである。
(敬称略)
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