横山泰明七段は歴史にどんな名を残すか

 昔、北勝鬨という力士がいた。幕内在位49場所と長く活躍した力士であるが、特筆すべきは三役・三賞ともに経験がない点である。二桁勝利も、十両優勝もない。しかし名前も顔も格好良く、子供心に「取り組みを見たい力士」の1人であった。

 恵那櫻という力士も好きだった。こちらは下位で大勝ち、上位で大負けするタイプで、幕内で二桁勝利を三回経験し、うち一回は敢闘賞を受賞している。引退の二年前には十両優勝もしており、幕内で大負け、十両では大勝ちといった調子であった。

 通算成績は北勝鬨の方が上であるが、歴史に残る記録が多く残っているのは恵那櫻である。三役も三賞もなかなかたどり着くものではないが、幕内に長く在位していれば何か一つはたどり着くことが多いようで、北勝鬨のような力士はまれなのである。大善という力士も好きだったが、一度小結に昇進し、金星も二つ獲得している。ちなみに「優勝か三役昇進で結婚してよい」と言われていたらしく、「北勝鬨ならできなかったな」と思ったものである。



 なぜ昔の力士のことを思い出したか。それは、今期の順位戦が、それを思い出させるものだったからである。40歳にしてようやく昇級……と聞くと、多くの人は山崎隆之八段のことだと思うだろう。B級1組に長くおり、今期順位戦参加23期目にして初のA級昇級となった。一般棋戦優勝8回、タイトル挑戦経験ありで、いつA級に上がってもおかしくない実力であった。多くのファンが喜び、そしてA級での活躍を願っていることだろう。

 だが、私が今回取り上げるのは、もう一人の40歳である。横山泰明七段。21歳でプロ入りし、初参加の順位戦で昇級争いをし、最終戦敗れて8勝2敗の成績で昇級を逃した。ちなみにその時、同じく8勝2敗で、順位の差で昇級したのが山崎八段である。以後、昇級争いに何度も絡むものの、C級1組昇級に結局12期かかった。C級1組は2期で抜け、B級2組でもリーグ3位(昇級次点)を二回経験した末に、規定変更により3人昇級となった今期、B級1組への昇級を決めた。

 横山七段はかつて新人王戦でも決勝に進むが準優勝。その後も銀河戦でベスト4に入るなど活躍するもの、棋戦優勝は一度もない。通算勝率は6割を越えている。連勝賞は一度獲得しているものの、「もっと実績を残していてもおかしくない棋士」と言えるだろう。

 顔もイケメンだと思うのだが、目立つ機会が少なく、個性的な部分も見せないため、あまりそのイケメンぶりが浸透していないように思う。あと、連盟の公式写真の映りがいつも悪いように感じる。取り上げられる機会が増えれば、今よりもっとファンが増えるはずである。

 そんなわけで私は、横山七段の状況から、北勝鬨のことを思い出したのだ。ファンならば当然知っているが、なかなか世間には知られていない強豪。その代表が北勝鬨であり、横山七段だと思ったのである。



 かつて順位の差で昇級した山崎八段は、来期はA級で戦う。将棋のA級は、ざっくり言えば大相撲の三役みたいなものではないだろうか。棋士にとって「元A級」という響きは、力士にとっての「元三役」と同様に、生涯の名誉となるものだと想像する。

 田丸九段は、タイトル挑戦なし、棋戦優勝なし、将棋大賞受賞なしでA級昇級を果たした。そして彼の名前が歴史に残るほどに、それは珍しいことだったのである。後に、橋本八段も同様の状況でA級昇級を果たしている。今後横山七段がA級昇級となればこの二人よりもインパクトがあるはずだが、連勝賞を獲得しているため上記の記録には並ばない。そのあたりも何となく「らしい」感じがする。

 もちろん今後、棋戦優勝、タイトル挑戦をファンとしては願っている。しかしB級1組に上がったことにより、最も可能性があるのはA級昇級になったと言えるのではないか。かつて豊川七段はB級1組在籍時、「順位戦的に世界十五位」と言っていた。順位戦はまさに順位が明確になるシステムであり、来期横山七段は「世界二十四位」になる。

 山崎八段は40歳にしてやっとA級になったが、横山七段は40歳にしてやっとA級に挑戦するチャンスを得た。正直鬼の棲家と呼ばれるB級1組において、昇級争いをするのはなかなかに大変なことだろう。しかし横山七段は、昇級こそ逃すことが多かったものの、順位戦での成績は安定して良い。どのクラスでも関係なくそこそこ勝てる棋士が、気が付いたらA級、なんてこともなきにしもあらずではないか。

 これまで1勝の差、1枚の差で昇級を逃し続けてきた横山七段は、今期2から3に増えた昇級枠の、最後の1枠に滑り込んだ。これは、運が向いてきたと見るともできる。まあ、色々と理屈はつけてみるのだが、とにかく横山泰明七段の更なる活躍を見てみたいのである。



 北勝鬨になるか恵那櫻になるか大善になるか。はたまた37歳で初優勝した旭天鵬のように歴史に名を残すか。横山七段が今後どんな活躍をするか、もっと多くの人に注目してもらえればと思っている。

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