突然姫がやってきた(ような)

 それは、確率は60分の1ほどだったでしょうか。


 私は情けない内容での1勝(二歩)3敗という成績に、心の中で反省会を始めているところでした。三人の団体戦ということで、ずいぶんと足を引っ張ってしまった。やはり普段から切れ負け以外の将棋をしておかねば……と思っていたところで。参加者全員対象に、盤のプレゼント抽選があるといいます。四寸というからかなり分厚いもの。もしも当たったらどうしようかなー、どこかに寄付してもいいけど惜しいしなー、と思っていたら。


 当たりました。


 びっくりというより、呆然です。実は抱いた最初の感想は、「またか」でした。


 実はくじ運がいいのです。たまたま買ったアイスの中に当たりくじがあって、一万円の図書券。ラジオの応募があれば半分は何かがもらえる。スーパーのガラガラで三千円。ロト6で一万円。コンビニのくじに外れがあるのを三年ぐらい知らなかった……などなど、とんでもない大物はなかったのですが、私は異様にくじ運のいい人生を送ってきました。そしてついに、大物が来ました。


 脚付き四寸盤。


 とりあえず自宅に持ってきましたが、我が家にはかなり不釣り合いな、威厳のある姿。「早く妾に茶を持ってこぬか」と言っているように見えてきました。これはあれです、「庶民のところに突然外国のお姫様が転がり込んできた」というあれです。


 とりあえずはアジアンショップで買った布の上に、鎮座していただきました。ピカピカ光っています。堀も深い(線が浮き出ています)。重厚でいてしなやか。100円や1000円の盤は恐れをなして押し入れの中に退散してしまいました。


 そして、ここで困ります。彼女(もはや私のなかでは姫のイメージで固定されています)にふさわしい駒などあるわけがないのです。100円はさすがにまずいと一番いいものを引っ張り出してきましたが、それでもおもちゃ屋さんで売っているようなものです。「はようせぬか。駒あってこそ妾も輝けるというものじゃ」「は、はいただいま」もうどうにでもなれ、とりあえず駒を並べます。もう見た目から違和感が半端ないです。


「なんじゃこのスカスカで凹凸のない駒は」「これが最近のトレンドでして……」「そんなものかのう。何している。はよう動かさんか」「へ?」「駒を並べたら動かすものじゃろうが」促されるまま駒を動かすわけです。せっかくなので藤井システムの出だしにしてみました。「やはりなんかくすぐったいのう」「慣れますからしばらくお待ち……」しばらく進めて、取った駒を置こうとしてはっと気づいてしまいます……駒台がない! うすい盤だと、ちょっと横に置いておけばいいのですが、姫のような盤の場合そうも行きません。駒だけでなく駒台も……


「まったく、このような貧乏人のところに来てしまうとは。姉さまたちはプロ棋士の家やタイトル戦で活躍もしておるというのに」「申し訳ありません」「まあ、言っても仕方のないことじゃ。せめて、妾の手入れは欠かすでないぞ」「は、はい!」


 これは、もっと将棋の鍛錬をせよ、という将棋の神様からのお達しなのかもしれません。今後、せめて姫に似合った成績だけでも残せるよう頑張らなければ。そして余裕があれば姫に合った駒と駒台を用意せねば。


 こうして、私と姫の物語は始まったのです――つづく?


(注 盤が姫であること以外はノンフィクションです)


初出 note(2016) https://note.com/rakuha/n/ncbf132899c53

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