左美濃さんと私

 皆さんは、どんな囲いを愛していますか。


 矢倉、美濃、穴熊、金無双。様々な囲いが、様々な理由で愛されていることと思います。


 もし、あなたが愛している囲いに、弱点が見つかったら? あなたはあっさり彼女を見捨てて、別の囲いを愛しますか。それとも、その囲いを愛し続けますか。


 私にとって愛の対象は、左美濃さんでした。


 とりあえずの居飛車党だった私は、矢倉で何度も痛い目に遭いました。そのため矢倉さんとは疎遠になっていきます。五筋位取りさんと親しくしていた時期もありますが、あまりにも勝てないために縁を切りました。若い私は、わがままだったのです。


 そんな時出会ったのが、左美濃さんでした。




 四間飛車相手に、固く囲いつつも、固すぎない。玉頭を攻められるのはわかっていますが、するすると逃げていくのは大変心地良いスリルなのです。


 青い私は、そんな左美濃さんを守りたくてがちがちの四枚で囲っていました。確かにそれで勝つこともあります。けれども、攻める糸口がなくて負けることもあり、相手の方が固くなって作戦負けすることもあります。


 また、私と彼女の仲を引き裂こうとする者が、玄人の中に現れたのです。暴君、藤井システムです。穴熊相手の実績が語られがちですが、彼のターゲットはどちらかというと左美濃だったのです。攻め重視の形から放たれるパンチは、的確に左美濃さんの急所を突いてきます。左美濃さんは度重なる藤井システムさんの襲撃に、ぐったりとしていました。


 私は、彼女を支えることができない。そんな失望感のただなかで、ある人が私にこう言ったのです。「若いうちは攻めなければならない。最低でも、左美濃急戦だ」


 目が覚めました。そうです、左美濃さんは守りつつも、先にこちらから攻めることができるのです。その日から私は、左美濃さんに急戦という髪飾りをプレゼントしました。




 私と左美濃さんは、勝ったり負けたりしながらも藤井システムに潰されることなく、ともに将棋の道を歩んでいったのです。


 しかし、一つ問題がありました。相手に最善の待ち方をされると、急戦に出た瞬間に角交換を迫られてしまうのです。




 そう、相手の銀が上がっていること、五筋の歩を突いていないことなど、左美濃急戦で良くなるにはいくつかの条件があるのです。


 悩みました。悩んで悩んで、私は一つの決断をしました。


 穴熊ちゃんのことも知ろう。


 相手が左美濃を警戒する指し方をして来たら、穴熊に潜るのです。穴熊対策でない指し方ならば、すぐに潰されることはありません。そして穴熊対策をしてきた場合、左美濃急戦を目指すのです。


 私は左美濃さんに言い訳をしたくはありませんでした。将棋が勝負である以上、彼女の弱点を放置したまま、戦いを続けるのは無理だったのです。その頃の私には、部活の団体戦で勝つという責任も生じていました。いえ、これは言い訳ですね……


 そしていつの間にか、穴熊ちゃんの良さもわかってきたのです。彼女は世間で思われているほど、守備的で、いい加減な性格ではありません。非常に繊細で、時には攻撃的です。実際に穴熊に囲ってみると、戦法の奥の深さにも惹かれていきます。そしてそちらの方が、勝率もよくなってくるのです。


 私はいつの間にか、惰性で左美濃も指すようになっていました。少しぐらい不利になる順でも、穴熊に囲うことすらありました。


 でも、最近になってあることが私を目覚めさせてくれたのです。


 それは、将棋ウォーズのマイページを見ている時でした。そこには「得意戦法 左美濃急戦 (3位)」と書かれていました。少し前まで得意戦法には中住いとかボナンザ囲いが表示されていので、びっくりしました。


 それからどれだけ経っても、得意戦法の表示は変わりませんでした。


 穴熊さんや他の囲いに浮気していても、私が最も得意としているのは、左美濃さんだったのです。もちろん、他の人があまり指さないから、という理由もあるでしょう。それでも私の愛しさが復活するのには、充分な理由でした。


 ここまで来たら、一位になりたい。


 それは、随分と遠い道のりです。けれども、私は左美濃さんを、私の手で、もっと輝かせてあげたいのです。




 皆さんにとって、愛しい囲いはなんでしょうか。


初出 note https://note.com/rakuha/n/n0b6948a2d1c1

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