竜王戦(というか丸山九段)の楽しみ

 将棋界で起きた出来事は、多くの人が関心を持つことになった。将棋ファンとしてはいろいろと不安になるし、離れていった人もいるだろう。「スマホで不正」というニュースタイトルのインパクトが強すぎて、世間には「スマホの将棋ソフトを使えばプロ棋士に勝てる」という印象を与えてしまったのではないだろうか。確かに将棋ソフトは強くなったが、マシンのスペックなどによって強さは変わる。自宅のパソコンを遠隔操作していたのでは……という疑いがもたれていたるだが、そのあたりからは「特に興味を持った人」だけが知るところかもしれない。


 ……などということをいろいろ書いてはみたのだけれど、どれもお蔵入りにしてしまった。書いている私が楽しくないので、読む人も楽しくないだろうと思ったのと、出てくる情報がどれも不確かで、私だからこそ書けるもの、というのが思いつかなかったのである。

 そんな中、竜王戦は進んでいる。最初はこの状況で観戦を楽しめるだろうかと不安だったが、心配し過ぎだったかもしれない。第一局こそ大差で挑戦者が負け、「やっぱり急な挑戦者変更では……」と思った。しかし第二・第三局と挑戦者は力を発揮した。挑戦者決定戦で一度敗退した男が、竜王位を獲るかもしれない。そう考えると、なかなかに味わい深いタイトル戦である。


 挑戦者の名前は、丸山忠久。九段である。名人経験者であり、定跡の発展にも寄与してきたトップ棋士である。丸山という名字の人は例外なく「丸ちゃん」というあだ名がつくことと思うが、彼の場合いつもニコニコしていて、「丸ちゃん」が非常によく似合う。

 そんな丸ちゃんだが、今回の事態にはニコニコばかりもしていなかったようだ。挑戦者変更に際して、「日本将棋連盟の決定には個人的には賛成しかねますが、竜王戦は将棋の最高棋戦ですので全力を尽くします。」とコメントしている。自分もソフトの力によって負けていたかもしれないのだが、おそらく彼はそんなことを考えていない。挑戦者決定戦で負けたことを受け止めたうえで、非常事態の決定に従い全力を尽くすつもりだろう。


 負けた第一局も、疑惑の対局をなぞる仕掛けだった。一部の将棋ファンは負けても感動したのだが、研究家の丸山のことなので、たまたま調べていた形だった可能性もある。それでも、本来挑戦者だった人のことを全く意識しなかったとは考えにくい。

 そして第二局以降、丸山は本領を発揮し始める。将棋の内容もそうだが、それ以上に彼の個性的な行動が際立ってきたのである。

 丸山はよく食べる。「から揚げ定食にから揚げ追加」「ひたすらパパイヤを食べ続ける」「ひたすらまんじゅうを食べ続ける」「夕食休憩時にステーキ」と様々なエピソードがあるが、今回の第一局はお寺。精進料理でペースを乱されてしまったかもしれない。

 第三局まで来て、丸山は本領を発揮する。まず一日目の昼食、味噌ラーメンとカツカレーを注文する。なんだそれは、である。中継ブログには、丸いお盆に二つの立派な料理がでん、と載っている写真が掲載された。土偶の顔のようであった。

 そしておやつ。丸山の注文は「パイパイナッポーアッポーパイ」なんだそりゃ、である。これは丸山が名づけたわけではなく巡りあわせともいうべきものなのだが、それにしても丸山と食は本当に面白い、と思わせたのであった。

 こうなると二日目も期待せざるを得ない。昼食の注文は「鶏そば、ハンバーグ」やっぱり多いのだが、こんなことではもう驚かない。……と思ったら「ハンバーグのおかわり」との情報が。聞いたことありますか、ハンバーグのおかわり。とどめは、終盤での連続飲料タイプカロリーメイト飲み。将棋はじりじりとした展開だったが、食に関しては激動の二日間であった。


 元々丸山はミステリアスな人間である。私生活を語ることがなく、イベントにも出ない。漫画にまでなっている渡辺竜王とは対称的である。それでいて平々凡々というわけではない。筋トレをしていて、がたいがいい。茶髪になる。ぴんぴんに髪を立てていることもある。後頭部に冷却シートをはる。でかい扇で仰ぐ。妻はミス日本フォトジェニック。

 もう、興味を持たざるを得ない。彼の神秘を味わうことができるのは、ほぼ対局時のみである。タイトル戦では、一方的に負けることもあった。しかし今回の竜王戦は、違う。将棋の内容もよくなってきた。おそらく本気で勝ちを目指すからこそ、個性的な食事になり、この後もさらに食の新手が指されることだろう。


 かくして私は、丸山九段のおかげで竜王戦が楽しい。将棋界には不安や不満を感じたままである。それでも、将棋はやっぱり面白い。もうこれはこじれた恋愛の様だが、好きになってしまったから仕方がないのだ。楽しいままでいられるかどうかはわからないけれど、今の正直な気持ちはこうである。「楽しいよ、丸ちゃん!」



初出 2016年11月 note https://note.com/rakuha/n/n52d490f2fdd5

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