松尾八段がかっこいいことについて
松尾歩というプロ棋士がいる。
現在八段。棋士になったのは1999年だ。
私は2000年に大学生になり、将棋部に入った。将棋好きな多くの部員たちと話をすることになり、私は言ったのである。
「松尾さんってかっこいいですよね」
反応はこうであった。
「そう?」
「顔わからん」
「誰?」
「男が好きなの?」
松尾八段は、ちょっと影があり、温和そうでいて切れ味鋭そうな、非常に雰囲気のある顔をしている。かっこいいと思う。さらに、声が非常に渋い。解説するときは、多くの観戦者を眠りへといざなう。
かっこいいものはかっこいい。そういう情報、将棋部で共有できなかったらどこで共有できるのだ、とちょっと残念だった。
ただ、当時は今ほど棋士の細かい情報は知られていなかった。だから、仕方なかったのである。
私が棋士に興味を持ち始めたのは、高校生の時である。囲碁・将棋部には、古い雑誌が多く残されていた。そこで私は、昔の記事を読み漁った。羽生七冠誕生という時代であるが、私は高橋・中村・南・塚田といった(昔の)新鋭のタイトル戦を楽しんでいたのである。
また、大学に入ると『将棋年鑑』や『週刊将棋』といった情報源も獲得できた。隅々まで読んだ。すると、たとえ大きな活躍をしていなくとも、面白い棋士がたくさんいるのである。
例えば、菊地常夫七段。ピンとくる人がどれほどいるだろうか。菊池七段の振り飛車は、意外な粘っこい受けが出たりして、並べていると面白い。が、「菊地先生の棋譜面白いよね」と言ってもまず同意は得られない。
当然、色々と読めば、将棋の内容以外の情報もたくさん入ってくるようになる。面白いエピソード、人間関係、趣味。そう、あの頃私は、当時できる範囲での「観る将」を始めていたのだ。
インターネットが普及し、ツイッターをするようになり、将棋について語る仲間ができた。女性ファン、観るだけのファン、様々な層の人々が将棋について語るようになった。そしてついに、こんな時代が訪れたのだ。
「松尾八段はセクシー」
もう、「かっこいい」なんていうのは当たり前なのだ。私はそれが嬉しかった。だってかっこいいのだ。かっこいい人にはかっこいいと言いたい。言われてほしい。そう、言われている! そしてさらにその先の、同意はできるけど説明は難しい、「セクシー」というところまで言われるようになった。
将棋ファンで松尾八段のことを知らない人は、今では少数派ではないか。もちろん長く活躍されてきたからということもある。でも、それだけじゃない。かっこいい棋士はかっこいい、だから当然語られる、そういう時代になったのだ。
ここまでくるとついでのようだが、松尾八段は将棋もかっこいい。「松尾流」と名のついたものが複数ある、パイオニアである。長くB級1組に所属する実力者でもある。第30期竜王戦では挑戦者決定戦に進出した。惜しくも挑戦はならなかったが、タイトル挑戦が決まってもおかしくない棋士の一人である。
私自身は、特定の棋士についてかっこいいとかかわいいとか、きゅんきゅんするとかはあまりつぶやいていない。けれどもそういうつぶやきを見ながら、「うんうん、どんどん言って!」と笑顔になっている。
いい時代になった、のだ。
初出 2019年3月 note https://note.com/rakuha/n/ncd13e7c5a80f
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