将棋には師弟対決がある

 昨日、谷川九段対都成五段の対局があり、谷川九段が勝利した。

 若手の都成五段が、かつて将棋界のトップに君臨したベテランと初対戦……というだけの勝負ではなかった。

 二人は、師弟なのである。


 将棋には、師弟対決がある。

 改めて考えてみると、多くの競技では師弟が公式戦で対決する、ということはない。監督やコーチは、現役を引退した人間が務めるのが普通である。将棋の場合多くの師匠が現役棋士であり、現役期間も長いことで、師弟対決はたまに実現する。

 例えば最近では、藤井七段の師匠として杉本七段が有名になった。歳の差は30以上あるが、二人は順位戦で同じ組に所属し、現在共に8勝0敗。師弟同時昇級も見えてきた。すでに別棋戦で師弟対決もあり、弟子が勝利している。

 師弟と言えども時にはライバルとなる。それが将棋界なのだ。


 弟子が師匠に勝つことを「恩返し」という。あなたのおかげでここまでこれました、という気持ちを表している言葉だろう。とはいえ、多くの師匠がベテランで、対局が実現したときには全盛期でない場合が多い。下馬評では、「恩返し濃厚」とみられる対局が多いと感じる。

 谷川九段も、一時期調子を落としていた。会長職の多忙が原因だっただろうが、それがなくとも若い頃のような大活躍というわけにはいかなかっただろう。会長を辞し、徐々に調子も戻ってきた。若手にとって、簡単には乗り越えられない壁として、存在感を示している。

 その一方で、都成五段もここまで順調に来たわけではない。実力がありながらなかなか四段になることができず、そのために三段での新人王、という記録も作った。何とか四段になり、その後は順位戦で昇級もしている。よく勝っている若手の一人ではあるが、まだタイトル挑戦というところまではいっていない。


 谷川九段唯一の弟子との師弟対局。私はずっと、楽しみだった。私が将棋に興味を持ち始めた頃、羽生七冠が誕生した。谷川九段は新世代と必死に戦う人であり、どこか儚さも感じさせる美しさがあった。また、私は小学生の頃の都成五段を見たことがあった。小学生名人になった直後、大学生まで参加する大会で優勝していたのである。圧倒的な強さだった。

 その二人が師弟となり、そして公式戦で対局する。面白くないわけがない。


 ふと思った。初めて見た師弟戦というのはドラゴンボールだったかもしれない。悟空は、亡くなった育ての親悟飯と占いババの宮殿で対決している。ここでは見事悟空が勝利し、「恩返し」に成功している。また、天下一武闘会では、悟空は変装した亀仙人に敗れている。子供心に、「果たして師匠を越えられるんだろうか」とドキドキしながら結果を見守っていた、ような記憶がある。


 『三月のライオン』第一話は、師弟対決で始まる。養父であり師匠である幸田八段に、桐山五段は勝利している。力の差は、歴然としていた。現実にも、私たちが知らないだけで「悲しい師弟対決」はあったのだろうか。


 これからも、将棋界では多くの師弟対決があるだろう。現実の、物語として。



初出 2019年1月 note https://note.com/rakuha/n/n288f75d913bf

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