居飛車を進化させた男、藤井猛

 言うまでもなく、藤井猛は人気棋士である。


 彼は藤井システムを始め、多くの画期的な戦法を研究し、将棋に新しい可能性をもたらし続けている。そして、面白い人である。順位戦で連続降級する一方で、タイトルに挑戦するという離れ業もやってのける。とにかく魅力的なのである。


 そんな藤井に対して、私が最も印象に残っているのは第12期竜王戦、鈴木大介との戦いである。振り飛車党同士の対戦となったこのシリーズ、藤井は居飛車で戦った。そして、その戦いぶりはとんでもなかった。


 第一局。穴熊に囲った藤井は、角取りに桂馬を跳ねた手に対して、角を逃げなかった。まだ序盤である。そして鈴木もその角を取らず端攻めに賭けたが、上手くいかなかった。居飛車の藤井、完勝である。


 そして第二局、ゴキゲン中飛車の鈴木に対し、藤井は5二金右と一手で囲いを完成させ、いきなり飛車先をつっかける構想を見せた。5二金右戦法の登場である。鈴木は激しい順を見送ったが、トリッキーな手から鮮やかな終盤まで、見せ所たっぷりの将棋で藤井が勝った。


 第三局も攻めきった藤井だったが、第四局では歴史的とも言える奇手を放ち鈴木が勝ち。この時点でこのシリーズは歴史に残るものになった、と私は思ったものである。そして、運命の第五局が訪れる。


 ゴキゲン中飛車から端歩の余裕を得た鈴木は、5八金右からの超急戦を受けて立つ。手探りの中よくわからない攻防が続いたが、藤井は勝ちきった。新しい構想で、再びゴキゲンを破ったのである。


 私はこの時、「ゴキゲン中飛車は終わった」と思った。以後5二金右戦法には様々な新しい展開が生まれているが、常にゴキゲン党を悩ませてきたと思う。


 藤井は居飛車においても、新しい構想をいくつも見せてきた。恐ろしい棋士である。そして私は、その思想を吸収しようと思った。桂跳ねに対して角を逃げるとは限らないし、端攻めの9七歩に同角と取るのも有効な時がある。するとどうだろう、最善手かはともかく、相手が明らかに動揺しているのがわかるのだ。その時は心中高笑いである。「君は、藤井将棋を学んでいないのか!」


 もちろん振り飛車を指す藤井は超魅力的である。振り飛車を進化させ続けている。しかし、藤井は居飛車をも進化させた。たぶん三年ぐらい進化させた。


 私はずっと、ゴキゲンには5二金右戦法を使い続けている。ゴキゲン中飛車が滅びるまで私はこの戦法を使い続ける。


 私は、居飛車を指す藤井に魅了されてしまったのだ。


(敬称略)


初出 2014年7月 note https://note.com/rakuha/n/n66d8d4567161

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る