武蔵野には妖精がいる

柊 吉野

第1話

 僕は祖父母の住むここ、武蔵野市にやってきた。一年ぶりに会うことができると考えるとなんだかワクワクする。でも僕はその前に井の頭公園にやってきた。


 小さい頃、来たことがある。そのときはただ満開の桜を見て綺麗だと思っていただけだったけど、少し大きくなっていろいろな見方ができている気がした。


 僕は今、井の頭池でスワンボートに揺られている。家族とは別で一人で乗りたい気分だったから、一人で乗せてもらった。桜が咲いていて、花びらが宙を舞い、僕の髪がなびく。鳥の鳴き声が聞こえる。僕は今とても心地よい空気に包まれている。綺麗だけでない、絵画のような美しさ、自然を感じることができる。少しは風流心が分かっているのかもしれない。そう考えるとどこがうれしかった。


 ふと気がつくと僕は人気の少ない池の隅の方まで来ていた。そしてボートが岸にぶつかってしまった。その拍子に僕は手に持っていたデジタルカメラを池に落としてしまった。どうしよう、僕は焦っていた。


 すると、突然水面が渦巻きだして、水中からゾウが出てきた。灰色の小さなゾウが僕の目の前にいる。僕が理解できないでいると、そのゾウは話し始めた。

「君がこの池に落としたのはこの大切にされているカメラかい?それともこのコインかい?」

 そうしてゾウはその2つを見せてきた。僕は見覚えのないコインを見る。それはリンゴの絵が映されたコインだった。なぜリンゴのコインがあるのか分からなかったけれど僕は何も聞かなかった。そして僕は普通に正直に答えた。

「僕が落としたのはそのカメラだと思います。さっき僕が落としたカメラと同じ型ですから。」

 ゾウはうれしそうに言った。

「正解。君は正直者だね。特別にこのコインも君にあげよう。」

 別に嘘をつく必要もなかったし、これだけで正直者と言うのはどうかと思ったけど、僕は訳も分からず受け取った。

「ありがとうございます。」


「私はこの町で生きている。そしてこの町を見ている。今までもこれからもずっとずっと。君がこの町に来たときまた会うことがあるかもしれない。私はそのときを待っているよ。」

 そう言って不思議なゾウは水中へと消えていった。僕は展開が急過ぎてついていけなかったけど、少しして落ち着いた。


 僕はこの不思議な体験を忘れない。あのゾウをこれから先完全に忘れることはないだろう。


 後日、話を聞いたところ、この町には数年前まで町の人から、みんなから愛されていたゾウがいたそうだ。そのゾウの好物はリンゴだった。偶然なのかは分からない。だけど僕は思った。

「この町には妖精がいる。」

 そのとき、僕の机の上に置かれたコインがキラリと光ったような気がした。

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武蔵野には妖精がいる 柊 吉野 @milnano

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