第2話

ガラガラピシャ


「できた?」

「あ、おねーちゃん! 女神さま出てきたよー!」


 納屋の戸を開け、少年と同じくタンクトップに半ズボンというラフな格好の女性が現れる。

 年齢は高校生ぐらいかな?ぼさぼさの髪をちゃんと手入れして目つきが悪いのをアイシャドウで補整すれば、結構良いやさぐれ系強気受け無意識小悪魔ちゃんタイプになれそうな感じの女の子。


「あのー…実は私はー…」

「お、ちゃんと出来てるじゃん。偉い偉い」

「えへへー、おねーちゃんありがとー。一人でもちゃんと女神さま呼べたよー」


 少年は姉と呼ぶ女性に向けてキラキラした笑顔で女神召喚の成功の報告をしていて、姉と呼ばれた女性も女神がエナメル質のテカテカの黒いぴっちりレオタードを着ている事を不思議に思っていない。

 これはまずい。非常にまずい。

 ここで私がサキュバスだとカミングアウトしたらどうなるのか。一人で召喚出来て喜んでいるあのキラキラ眩しい笑顔が、実は失敗だったと分かってどんより曇ってしまうのだろうか。

 上に跨って上下運動しながらの曇る笑顔は見たいことは見たいけど、流石にこの状況での曇り笑顔はダメだ。もう契約が済んでしまっているし、契約者に害を成したと判断されたら私が罰を受けてしまう。


「んで、女神さんにお願いしたの?」

「うん! アカピッピミシミシガメくださいっておねがいしたよ!」


 しまったなぁ、実現不可能な願いを言ってくる輩の警戒ばっかしていて、勘違い召喚の線は警戒して無かったなぁ…こんな失敗最初の頃でもしなかったのに。

 迂闊にホイホイ契約しちゃうと契約者が死ぬまで奴隷扱いされちゃう事ってあるし、普通はそっちに気が行っちゃうよね。まあ、この子の場合は大丈夫っぽそうだけど、契約完了まで女神っぽいフリでもしたほうがいいんだろうか。


「そうです、私が女神です。少年の『アカピッピミシミシガメが欲しい』という願いを承りました」

「凄い凄い。メルカリで300円で買った魔導書でも出来るもんなんだな」

「インターネットってべんりだよねー」


 さ、300円…昔は金銀財宝を代償に本を手に入れる人も居たと言うのに、今はネットフリマで300円…300円の女……


「ご、ごほん。それで契約者よ。そのアカピッピミシミシガメの事を詳しく教えていただけますか?ミシシッピアカミミガメならば知っているのですが、アカピッピミシミシガメというのは初耳でして…」


 この私が300円の女というのはかなりのショックだが仕方ない。時代が時代なのだろう。それにメルカリって価値分かってないで出品する人多いし。こないだもギャザのレアカードが捨て値で売られていたし。


「うん! これー!」


 少年はそう言い、先程のスマホの画面を再度こちらに向ける。

 そこにはSNSの画面が映っていて、いくつかのアカウントがアカピッピミシミシガメについて発言している様子がスライド……げっ。


「契約者よ、少し、そのスマートフォンを借りてもよろしいですか?」

「いいよー、はい!」

「えーっと、お姉さん。 ちょっとこちらへ来て頂けますか?」

「へ、あたし? いいけど…」


 少年からスマホを借り、少年の姉を手招きして納屋の隅へと移動する。

 ざっと流し見をしただけだけど、これはあれだ。確実にあれだ。SNSで稀に良く起きるあれ。


「(これ、ミシシッピアカミミガメを言い換えただけのネットミームですよね?)」

「(そうなの? その辺の川とかに居るんじゃ……あ、本当だ)」


 ネットの悪ふざけという奴だ。


「(私、願いを叶えれないと帰れないんですが…)」

「(適当なそれっぽいのを用意するんじゃダメなの?)」

「(バレた時に契約違反で死にます。流石にこんな事で死にたくないです)」

「(女神ってそんなにブラックなの?)」

「(あー、お姉さんならいっか。私、女神じゃなくてサキュバスですよ?)」

「は!? サキュバス!!!?」


 うっわ、耳キーンした。というか本当にお姉さんも私を女神だと思ってたんだ。

 こんな鼠径部丸出しの女神なんていないでしょ。姉弟揃ってあんまりこういうのに詳しくない感じ?


「どうしたのおねーちゃん? 女神さまもだいじょーぶー?」

「ああ、あのね、アキラ。この人……人じゃないか。このグラビアアイドルみたいな方、女神様じゃないみたい」

「ええー!?」


 お姉さんから私が女神じゃないと伝えられた事で驚きの声を挙げるアキラきゅん。

 直接私が言うのはアウトだけど、お姉さんが言ったからセーフなのでセーフ。見よ、この知的な行動を。


「あ、ついでにカメの事もお願いします」

「で、でね、アキラ。アカピッピミシミシガメだけど、そんなカメ何処にも居ないみたいで、それはインターネットの作り話で…」

「うそだっ!!」


 私が女神じゃないと判明した上、アカピッピミシミシ…長いからアカピッピでいいや。も作り物だと言われて認めたくないアキラきゅん。まあそうよね。アカピッピが欲しくて召喚までしちゃったんだしね。


「女神さまは女神さまって言ったもん! アカピッピミシミシガメもくれるって言ったもん!! おねえちゃんいつも嘘ばっかり言うじゃん!!」


 あー…仲の良い姉弟だけど普段から姉がからかってる感じのかー……五年後とかに体格差で力の上下関係が逆転して姉が脅されてえっちな事されるパターンと、体は大きいのに姉の言いなりのままでえっちな事に付き合わされるパターンの、どっちも美味しい奴かー。


「あ、あのね。これは嘘じゃなくて…」

「おねえちゃんきらいっ! ねえ、女神さま! 女神さまなんでしょ? アカピッピミシミシガメくれるんでしょ!?」


 姉の言葉を遮り、現実逃避をしかけている私に近付いて手を握って切実な願いを訴えて来るアキラきゅん。

 しかし、私がサキュバスである事とアカピッピがネットの悪ふざけという事実は覆されな……、ん、あれ? なんか、握った手から凄い精が…


「あ、ああああああ! あひゃ!? ひぃん!!??」


ペタリ


 思わず腰が砕けて納屋の床にお尻を付いてしまう。

 なにこれ、すっごい濃厚な精。手を握られただけでこんな…


「女神さま、だいじょうぶ?」


ポンッ


 あ、それダメ。手だけであれなのに顔を覗き込まれながら肩に手なんか置かれたら…


「あひぃ!! んっ!! あぁん、ひっ!! んんっ、ぅんっ!! あ、ダメ!! 漏れ、漏れひゃう!!!」


ジワワワワァ


「アキラ! ちょっと離れてあげて!!」

「え、う、うん…」


 助かった…いや、助かってない……

 ショタに触られただけでコンクリートの上にシミを作っちゃった……うわぁ……恥っずぅ……私サキュバスなのに……あぁ……産まれて初めてだわこんなの……



 死にたい。

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