第48話:青砂の流れる川7(ファラレルの森)
紅く染まり始める西の空
空に影を残し翔け行く飛竜
飛竜を眺める黒い傘の森
森の影に集まる人影
■コークリットの視点
「ここまで来れば、一先ず安心でしょう」
ファラレルの森まで戻って来た俺たちは、傘のような樹の下で小休止した。そこはあの青砂が流れる川の付近で、わずかに燃え残ったゲルの残骸が見える。
「はぁ、ふぅ、いやはや何とか体が持ちましたわい」
人間で言うところの七十歳くらいに見えるケンタウロスの長は安堵の表情を見せた。少し薄くなった白髪を後ろで縛った精悍なご老人だ。俺はエルクから降りると長のところへ足を運んだ。ああ、凄い汗だ。
「ご無理をさせてしまい申し訳ございません」
「いやなんの、オークどもの本体がいつ戻ってくるやもしれぬというならば当然の行動よな。謝られるいわれはござらん。気遣っていただきありがたい。感謝しますぞ。ええと─」
「は、神殿騎士コークリットと申します」
「ほう、神殿騎士殿か! もしやと思うたら! 時代を経ても変わらんよのう。神殿騎士殿、ありがとうございました。わしはブレイデルク。この集落のご意見番のようなところかな」
おお、ブレイさんも神殿騎士をご存じのようだ。これは嬉しい。どなたに会ったんだろうか?
「ブレイ殿」 ハルさんが背からサテュロスを下ろすと「私はハレンの三男、ハルデルク。生前は父がお世話になりました」
「むおぉ、ハレンの子か! おお~、大きくなりおったなあ! 以前会ったのはまだお主が四つか五つくらいじゃ! 助けてくれて、感謝するぞよ」
「はい、光栄です」
二人は馬の軽快な足取りでステップを踏む。ほう、どうやら久しぶりに会うケンタウロスの儀礼の舞のようだ。ううむ、他種族の文化を見るのはいいな。
「ブレイ殿は新たな集落を率いておられたのですね」
「まあ率いるほどじゃないがの。若者たちが分家して出ていくのに少し不安だというから、ついて来てやったまでのこと……半年ほど前じゃ」
「半年……まったく、とんでもないことになりましたな」
「うむ。しかし助かった。一人も欠けることなくの」
安堵感にあふれたブレイさんの表情に、申し訳ないと思いながらもさらなる危機がこれからだと、途中から会話に入り込ませてもらった。
「油断はできません。今夜、オークたちは我々を襲いに来ます」
「むう!」
「ええそうでしょう。アジトをあれだけめちゃくちゃにした訳ですからね」
「はい。またオークたちは獣人を襲っていることを隠している節もあります。我々が逃げきることで、その事実が獣人内に広まることを恐れ、必ず今夜中に口封じに来るはずです。次は生け捕りではなく、完全に殺しに来るでしょう」
「むうう~~! そうなのか!」
「オークたちは猪だから鼻がいい。それにヘルハウンドもいる。確実に臭いを追跡してやってくるでしょうな」
「もっと遠くまで逃げたいところですが、恐らく皆さんの体力が持たないでしょう」
「いやはや、その通りですじゃ。一昨日の晩に襲撃されてから何も口にしておらず」
お腹をさするブレイさん。他のケンタウロスを見ても、やはりヘトヘトでかなり体力を消耗しているようだ。
ケンタウロスの食べる量は凄い。馬体の分まで食べないといけないから、常にタウリン豆を口にしている。一昨日の晩を最後に食べてないなら、ここまで来るのがやっとだったろう。
「集落に食料が残されているようでしたので、食事をとってください」
「なるほど、それでここに来たのか!」 納得いった顔のハルさん。
と俺は一つ確認することがあった。
「ブレイさん。大きな部族がいる集落は分かりますか? そこに保護してもらうことが助かる道だと思います」
「うむ。この時期じゃと東に三~四十キロほど行った場所に百名超のテランデルクの集落があるはずじゃ」
「百名……戦士の数は三十名前後と考えても?」
「うむ、ええじゃろう」
三十名前後か。どうする?
おそらくオークたちの軍勢は、オーク・オーガー・ヘルハウンドで百前後になるハズ……それを三十名前後のケンタウロスの戦士とここにいる戦士十名ほどで迎え撃つ。だがここにいる戦士たちも捕まっていたケンタウロスたちはヘトヘトで、正直戦力にはならないかもしれない。
「ケンタウロスの集落は、やはりゲルと考えても? 防護壁や柵などは?」
「むう、ございません」
やはりないか。まいったぞ。
ケンタウロスは頻繁な周遊のために身軽な方がいいと考え、いちいち集落の防御に手間暇をかけないようだ。人間のように、ひと所に居続けない限り土地や家屋を守るという考えはないのだろう。
豪放で開けっぴろげな戦闘民族らしいともいえるが……
「……(マズイな)」
戦士が多い集落に連れて行っても、これでは全滅しかねない!
ならば、移動で体力を使わず、頭を使ってここで迎え撃つしかない! 非戦闘員の防御をしつつ効果的に攻撃を加える方法! どうする!?
俺は周囲を見渡す! 何か使えそうなものはないか!
傘のように横に開く樹木、平坦で見晴らしの良い草原、うねりながら蛇行する川、そして西の空を茜色に染め上げ始める太陽! やばい、時間がない! 日が暮れる!
漠然としたイメージを持ちながらエルフの皆さんを探す。
「スランさん、相談があるんですがよろしいでしょうか?」
「はい、何でしょうか?」
スランさんと共にシスさんがやってくると、ローレンさんもアルさんも来る。ああ皆さん、疲れの色が見える。昨晩インパルジャガーに襲撃されて十分な睡眠が取れていないのに、精霊魔法を使ってもらったからな……
華奢で繊細な妖精ゆえ、元来体力はない方だろう。これから頼むことを考えると申し訳ない。俺はこれからオークの軍勢が襲ってくること、迎え撃たなくてはならないことを簡単に伝える。
「ヌウ、何ということだ!」
「はわわ……た、大変だわ」
「ええ? 一難去ってまた?」
「なるほど、
さすがスランさん。俺が呼んだことを理解しているようだ。
「はい。宿坊を作っていただきたいのですが、こういうことはできるでしょうか?」
俺の説明にそこに集まった皆が「ええ!?」と驚いた。
◇◇◇◇◇
明るい夜の空が広がる。今夜は満月だ。
白いような蒼いような冷涼さを帯びた光が俺に降ってくる。クレーターさえも見える巨大な月が、樹上に立つ俺を照らしている。
小高い樹上から見渡す月明かりの草原のシルエットは、「不思議」の一言だろう。明るい日の光の元では想像だにできない不思議な世界に迷い込んだ錯覚を覚えさせる。地平の果てまで、適度な距離を保って開く黒い傘の花。物言わぬ傘が立ち尽くす姿は、雨の中で巡礼地へと祈りを捧げる巡礼者のようだ。
空に視線を向ければ、満月に照らされた雲の美しい姿が。そう、雲の上層は白くも蒼くも光を返し、厚い雲の底は灰色とも濃紺色とも言える闇を抱えている。光と闇という相反する存在が、雲という絶えず形を変化させるキャンバスを舞台に、お互いが歩みより、あるいは離れあいながら複雑な陰影の芸術を生み出している。
「(襲ってくるなら、今夜──)」
統率された兵として襲撃してくるオーク。そのことから、裏には知恵を持つ者の存在が見えてくる。その者は必ずケンタウロスの機動力と戦闘力を考慮するはずだ。今夜ケンタウロスを逃せば、明日には他の集落へと到達し「オークたちの統率された動き」を広められると考える。そうすればただでさえ戦闘力の高いケンタウロスが一斉に警戒し、襲撃しづらくなると考える。さらには他の獣人にも警戒を訴えられかねない。今夜、是が非でも阻止するために襲い掛かってくるだろう。
恐らく生け捕りではない。
殺意を持って、やってくるハズだ。
「(む……)」
千里眼が五キロほど南で動く影を見つけた。あれは……
「(ファラルウルフか)」
草原に身を隠しながらも両眼が光っている。何かの草食獣を狙っているようだ。別の場所ではファラルライオンが狩りを成功させている。
夜は肉食獣の世界。油断は命取りだ。
その時、千里眼の一つが北西方向に無数の光る眼を捉えた。それは肉食獣の月明かりを返す白く光る眼ではなく、炎のように燃える赤い眼だ!
「あれは! ヘルハウンド!」
そう、赤く燃えるような眼はヘルハウンドの特徴。十数頭のヘルハウンドがこちらを見つめている。その後ろには大小様々な形の人影が……
来た! オークとオーガーの部隊だ。
「来ました。北西方向に四キロです」
耳元で男たちの勇ましい声が響く。
「“来たか!”」「“武器の準備だ!”」
「“敵の数は!?”」
「オークの数は五~六十、オーガー二十超、ヘルハウンド二十超といったところです」
「「“そ、そんなに……”」」
女性たちの動揺の声が聞こえる。しかし戦闘民族であるケンタウロスの男性たちからは頼もしい声が聞こえてくる!
「“予想通りか! 分かりました! 皆、『 配置 』につくぞ!”」
「「“おお!”」」
俺たちは、S字に大きく蛇行する川の内陸部に野営地を作った。
川に囲まれた広い草原で、北・東・南の三方向を川に隔てられた最も東側に、砦のような円柱形の宿坊を築き上げた。砦の高さは四メートルほど。その砦の西側にはケンタウロスが縦横無尽に走れるほど広い草原があり、所々に高さ二メートルを超える壁が出現している。ケンタウロスの戦士七名はその壁へと走っていく。
これらを精霊魔法で作るために、女性陣が奮闘してくれた。そのせいで霊力をすべて使い果たし気を失わせてしまったが、最後までよく頑張ってくれた。
戦士たちが壁の裏に着くと、さらにその前方の西側の草地には地精霊の人形が四体いて、頭に篝火が灯っている。この地精霊が第一次防衛ラインで、ケンタウロスが第二次防衛ラインだ。
この十一人で迎え撃つ!
「動き出しました。こちらの様子を見て、兵を川向うに分けます。オークが二十、オーガーが五、ヘルハウンドが五で、川向うで見張るようです」
「“川向うの逃げ道をなくすつもりか”」
「“おお、相手が減ったわ!”」
「弓を持つオークが川向うに移動するようです」
「“なるほど、あわよくば川向うから攻める気だな”」
川幅は葦の縁取りも併せて約三十メートル。矢を射つには絶妙の距離だ。何とか回避しながら守ってほしい。
「続いて主力部隊が移動を開始しました。オークが三十、オーガーが十、ヘルハウンドが十といったところです。主力部隊のオークとオーガーの武器は主にこん棒で、一部が剣です」
「“壁がオーガーの怪力をどれだけ防げるかな”」
主力部隊のオーガーがニヤニヤと笑っているのが分かる。身長三~四メートルのオーガーとこの砦は高さが大きく変わらないから、何の威圧も感じていないんだろう。
「部族長らしきオークを特定しました。身なりがよく通常のオークより頭一つ大きいです。三匹いるので族長と副族長二匹といったところでしょうか」
「“オークの部族長はメスらしいな。オスより体がデカいらしい”」
そうなのか。ローレンさん曰く、オーク社会は少数のメスが率いているらしい。言われてみると族長は髪が多めで長く複雑な編み込みをして女性的ではある。
「副族長の一匹が主力部隊を率いて、族長ともう一匹の副族長は護衛二十ほどと共に待機しています」
「“本当に大丈夫ですか? コークリットさん”」 スランさんの心配そうな声が聞こえる。
「大丈夫です」
「“さあ! 来たぞ!”」
川を挟んでオークたちが取り囲み、主力部隊がS字の入り口部分を塞ぐ。物凄い圧力だ! 縦にも横にも前にも大きい体を実にうまく利用している。
と、中央のオークが進み出た。
「オ前タチダネェ!? 我等ノ巣ヲ破壊シタノハ!?」 副族長が声を張り上げる!
デカいな! これがメスか! 腕っぷしも胴回りも、何もかもがオスよりデカい!
「ああそうだ! これで御相子だな!」 ハルさんも負けじと大声だ!
「仲間ヲ殺サレテイルンダ! 相子ジャナイネエッ!」
「お前らこそ、獣人を殺しているだろうが!」
「餌ガ対等ニスルンジャナイヨッ!」
「猪の餌は残飯だろう! イボ面の害獣がっ!」
「「ブオオオオオオオオオオオオッ!!」」
夜の闇に、猪たちの怒号が響き渡った!
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