第47話:青砂の流れる川6(オークの巣)
起伏の大きい森
森の大地から突き出る苔むした大岩
大岩を避けながら慎重に進むケンタウロス
ケンタウロスの背に股がる華奢な少女
■システィーナの視点
は、早く持ち場に着かなくちゃ!
さっきコークリットさんが「ケンタウロスの子供が二人、牢から連れ出された」って言ってたの! 早く助け出さないと、殺されてしまう! 早く行かなくちゃ、早く──!
「大丈夫、落ち着いてくれシスさん」 ハルさんが顔をこちらに向けずに「背中でソワソワされるとこっちまで焦ってしまう」
「ご、ごめんなさい」
私はハルさんの背に股がりながら頭を下げた。そ、そうだよね、馬は乗り手の感情や挙動を鋭敏に察知して落ち着いたり慌てたりする。ケンタウロスも下半身が馬だからそうなのかもしれない。
「皆も焦るなよ。焦って見つかったら、元も子もないぞ。体は熱く、心は冷静に」
ハルさんが宙に向けて注意を促す。と、私とハルさんの横で
「“はい”」「“気をつけます”」
風精霊の囁きだけれど、声はエルさんとエムさんなの。これは風の精霊魔法で離れた場所でも声を届けてくれる便利な魔法で。離れすぎるとダメなんだけれど。
「“こっちはブッシュがかなり険しいわ、到着に時間がかかりそう”」 エルさんと一緒にいるアルの声。
「“走れば何だが、このままだとあと十分くらいかかる”」 エルさんの声。
「“クッ、こっちは持ち場に着きそうだが狙えない!”」 エムさんと一緒にいる嫌味男の声。「“フンッ、私は木に登る。たぶん狙えるだろう!”」
「我々の方もあと少しだ。魔物たちは見えないが、一人くらいなら突進できる空間はありそうだ」
「“シス、お前は突撃するんじゃないぞ!”」と嫌味男。
「援護に徹するわよ!」
ハルさんだって私を背に乗せたままじゃ戦いづらいのは分かってるもん! 私もハルさんの背と肩を利用して木の上に登った。枝葉の隙間からオークたちが見える! ああ、中央にケンタウロスの子供たちが! 吐いてる!
「“マズイよ神殿騎士様! オークが剣を抜いた!”」
「“くっ、少し早いが行けるか? テル”」
「“うん! 時間を稼げばいいよね”」
「“ああ、頼む”」
「“テル君、無理はしないように。君は囮役に徹するんだよ”」 二人と一緒にいる弟の声。
「“分かった! じゃあ、行く!”」
と、遠くの方でテル君が叫ぶ声が聞こえて来た! 「豚面野郎」って、どこで覚えたの!?
一呼吸置いて、オークやオーガーの爆笑する! 精々笑ってるがいいわ!
「よし、いいぞ。すぐには襲いかかって来ないようだ。子供一人だからと侮って、完全に油断している!」 ハルさんが音を立てないように突入口に近づく。
「はい! 大人やエルフだったら、きっとすぐに臨戦態勢になるか、子供を人質に取りそうです」
「“皆、テル君が石を投げ始めた”」 弟が実況する「“よし、自然だ。幾つか牢の中に入った。子供たちの周囲にも落ちている”」
うん! 私からも見える!
「“もう少し頑張ってくれ、テル”」 エムさんの焦る声。
「“あっ! オークがヘルハウンドの一匹を!”」
は、はわわっ! わ、私からも見えるっ! マ、マズイよそれは! テル君が危険! ここからなら矢を当てられる! 私は慌てながら弓をつがえる! き、緊張で指先が震える!
「はっ、はっ、はっ!」
「待て!」 ハルさんが小声で! 「向こうを信じろ!」
向こうを! その時、オークがヘルハウンドを解き放った!
「あっ!」
「“来た!”」 弟が叫ぶ!
「“出ます! 『聖剣技、波斬の太刀!』”」
コークリットさんが! 助けに!
オークたちが! ニヤついたオークたちが一転、硬い表情になって目が見開かれた! もしかして!
「“テル君は無事です! ヘルハウンドが真っ二つになり、オークらの注意がコークリットさんへ! 作戦開始!”」
「「了解!」」
「「“了解!”」」
と、アルの声から始まる!
「“『風精霊! ケンタウロスの子供たちに声を届けて! しゃがめって!』”」
事前にケンタウロスの子供たちの近くに待機していた風精霊がアルの声を届ける! 一瞬ビクッとした子供たちはもう一度アルの「しゃがむの!」という言葉に反射的に身を屈めた!
と同時に私は精霊魔法を高らかに唱える!
「『
詠唱と共に、子供たちの周りの石がビクビクッと動きだした! そのタイミングでアルが「“『風精霊! 子供たちの周囲の音を消して!』”」と詠唱する。ガチャガチャと石が動いているけれども、オークたちが気付いてないことから、間違いなく音が消えている!
一方オークたちは足元の様子にも気付かず、突然現れたコークリットさんに釘付けに!
「ナ、何ダ、アイツ!? 人間カ!?」
「何故コンナ所ニ!?」
「ヘルハウンドガッ! 一撃デッ!?」
状況が掴めていないオークとオーガーを尻目に、石篭が出来上がっていく! これは地精霊による石の障壁を作る魔法で、テル君が投げた石の中に地精霊の核を埋め込んでおいたの! 私はさらに「『牢の中の地精霊は壁になって!』」 と命令すると牢の丸太格子の向こう側で、ビクビクッと石が動き出した! それとほぼ同時に、嫌味男が「“フッ! フッ!”」と矢を射る声が!
「ブギャッ!」「ゲアッ!」
矢はオークの背中とオーガーの足に刺さる!
「ナッ! ドコカラッ!?」
「オイ! 何カ矢ニ乗ッテルゾ!?」
そう、矢には赤いトカゲがしがみついていて! 嫌味男の詠唱が!
「“『
嫌味男の命令に従って、火精霊は剣を抜いていたオークの顔面に火の息を浴びせる!
「ブギャアァァアアアッ!!」
「ゲアアァァアアアッ!?」
「「ブオオオッ!?」」
顔を焼かれたオークが周囲に剣を振り回して! 何匹かのオークやオーガーが剣で切られる! と火精霊は周囲のオークたちにも火の息を浴びせる!
「「ゴアアアァァアアアアアッ!!」」
「クソッ、敵襲ダッ!」
「ヒ、人質ヲッ! ブアァッ!?」
「何ッ!? イナイッ!? 何ダコノ石ノ山ハッ!?」
混乱している! 作戦開始からここまでで十数秒足らず! オークもオーガーも凄い混乱して、右往左往している! テル君の存在にゲラゲラ笑って余裕綽々だった反動で、無茶苦茶慌てているの!
「“今だ! 無事な者どもを射ちまくれ!”」
ハルさんの号令に、ケンタウロスとエルフの皆で一斉に矢を射る! 私も負けじと矢を連射する!
「“ヘルハウンドも射て!”」
「「おおお!」」
「「ブギャアアアアッ!?」」
物陰を探して逃げ込もうとするオークとオーガーにヘルハウンド! 完全に慌てふためき、浮き足立つ!
それを見計らって!
キュドドンッ!
炸裂音と共に黄金色の閃光がオークたちの中心に輝くと、そこには黄金の鎧をまとったコークリットさんが!
「「っっ!?」」
「「ニ、ニンゲ──」」
その時、コークリットさんの髪とサーコート(鎧の上に着る服)がフワリと揺れ、彼を中心に砂埃が何層かの渦となって出現する。一拍遅れて、オークやオーガーの身に着けている衣服や飾りもフワッと浮くと──!
ドバンッ!
オーガー三匹とオーク二匹の体が! 幾つもの輪切りになって! 彼を中心に周辺へと吹き飛ぶ!
「ナ──!」
「何ガ──!」
フワッ
また、彼を中心にまるで時が止まったかのような静寂。その後!
ドバンッ!
時が急激に動き出したかのような喧騒! さらに二体のオークが幾つかの肉片になって吹き飛ぶ! 後に立っているのは、剣を薙ぎ払った格好の、コークリットさんだけ! カ、カッコいい!
「“何ちゅう剣撃だ! こりゃあ朝の手合わせは手加減もいいところだ!”」
ハルさんが呆れている! 確かに、そう思うほどの剣速! 剣筋! 圧倒的だわ! 彼は子供たちを匿った石篭を確保した!
「ブアアアアッ! 人質! 牢ノ人質ヲッ!」
慌ててその場から逃げ始めるオークたち! でも!
「アア!? 何ダ、壁ガ!?」
丸太格子の先は、高さ二メートルはある壁になっている! 成功だ! でも実は見かけ倒しで、高さを出すために厚みや強度がないから、オークやオーガーが体当たりしたら砕ける! 丸太の格子の向こうとはいえ、近づけたらダメ!
「“『火精霊! 豚面を燃やせ!』”」
「ブギャアアァァアア!?」
火精霊による火炎攻撃で顔や体を焼かれるオーク! 火がついたオークたちが逃げ惑うことで周囲のゴミにまで引火して、まるで腐冥界(地獄)に降り立ったかのよう!
「「ブギャアァアアアッ!!」」
「「逃ゲロォオオォオオオッ!」」
「待テッ! ココヲ奪ワレル訳ニハッ!」
パニックになったオークたちを止めようとしたのはボス的なオーク! でももう統率も取れないくらいパニックになったオークたちが森の方へと逃げ出そうとしたところを、ハルさんたちが見事な槍捌きで倒して行く!
「逃がすか!」「よくも仲間を!」
「ブゲォッ!」「ゴギャッ!」
次々に倒れるオークたち! ついに動くものはボス的なオークだけになったけれど、火精霊は倒れたオークやオーガーたちも燃やしはじめて! あたりが物凄く熱くなり始めた!
あ、これはマズイ! 火精霊は熱くなりすぎると制御が利かなくなるの! 嫌味男が「“『火精霊! 火の勢いを弱めよ!』”」と命令するけれど、赤いトカゲは炎の中で飛び跳ねて!
私は消火活動をするため木の枝から飛び降りて手近な水場を探す!
そんな最中!
「ブホオッ! コ、ココマデカ!?」
ついにボス的なオークも逃げ出そうとしたとき──
「お前だけだな」
「ブヒッ!」
低いけれどよく通るコークリットさんの声が……
こ、怖い! 凄く怖い! 地の底から響くような重い声。こ、こんな声出すんだ? いつも穏やかな人が
炎の中で剣の切っ先をオークに向ける彼は……別人!
「分かるか?」
理不尽に仲間と自分の命を奪われる苦しみ、痛みが……と彼は続ける。
静かに、静かに……
す、凄いプレッシャー!
遠くからでも分かる、重い、重い、殺気の塊。
「ブッッ、ヒッ!」
く、空気、が! 重く、圧し掛かって、きて!
と、時が──止まった、の?
オークは膝をついたまま
時が流れていると分かるのは、オークが流すドロドロした脂汗だけ──
炎に照らされた彼の表情がっ! 無表情だけど、こ、怖くて。こんなコークリットさん、見たくない!
「ブッ、ヒッ!」
醜い猪面から脂汗がダラダラと──! 彼から放たれる静か過ぎる殺気にガチガチと歯が鳴り始めたその時、「ブギイイイイッ!」と雄たけびを上げながらオークが彼に突進する!
ああっ、鹿は射手の前に出る! 恐怖にかられた獣は、正常な判断ができない! オークがそれだ!
フワッ
ドバンッ!
コークリットさんはいつの間にか剣を振り上げている! すると剣を持つオークの腕が宙を舞った!
「ブギィイヤアアアアアッ!」
「分かるか、理不尽な恐怖が!」
彼は魔法の輝きを放つ剣の切っ先をオークの鼻先に添える。オークは圧倒的な強者の存在に、ガタガタと震えだした!
「分かるかっ!」
「ブギイイイイッ!」
オークが金切り声をあげたその時、コークリットさんが胸を押さえた! 「ぐうぅっ!」と苦しそうに歯を食いしばる!
「ブヒッ!?」
「はっ! コークリットさん、怒りを鎮めて!」
「うぐっ!」 彼はよろめく。
ああそんな! またっ!?
私はっ! 私は大変なことをしてしまったんだわ!
私は彼に! 爆弾を!
爆弾を抱えさせてしまったんだ! 私は走り出す!
良かれと思った行動が、こんなことになるなんて! 生死を分ける戦闘中、敵の前であんなに苦しむということは、相当な苦痛のハズ!
彼が片膝をついたその時、オークが落ちていた剣を手に!! ああっ!
ズドンッ!
「ブギヤアアアアッ!?」
オークの背中から胸に槍が突き抜ける!
ハルさんの槍! ハルさんがいつの間にかやってきて、後ろから一突きで!
私は消火よりも先にコークリットさんの元へと駆け寄った! 彼は苦しそうに胸を押さえて、膝をついて! また怒りの精霊が暴走し始めて、彼の胸を燃やそうとしているんだわ!
「コークリットさん、任せてください!」
「ううっ! ううっ!」 彼は脂汗をかいて耐えている「ぐうぅっ!」
「『怒りの精霊、落ち着いて。彼はもう我慢しなくていいけれど、そんなに激しくしてはダメ! 彼が壊れてしまう、胸が焼けてしまうの! 激しくしちゃダメ!』」
彼の胸に手を当て、怒りの精霊に鎮まるよう命じる。でも中々鎮まらない! それはまるで、今周囲を燃やしている火のよう──
火も怒りも、一度灯ると中々消えないの!
「『お願い! 怒りの精霊、落ち着くの。私を信じて! いずれ出て来られるわ!』」
私は精霊に懇願する。苦しめないで! 彼を!
彼はあなたが嫌いなわけじゃないの! 耐えていただけなの! お願い!
苦しそうな彼を見て、私は謝らずにはいられなかった……
「ご、ごめんなさい……」 苦しむ彼がだんだんボヤけて滲んでくる「コークリットさん、ごめんなさぃ」
何度も精霊に呼びかけると怒りの精霊は勢いを和らげて心の奥に沈んで行く。それとともに彼の苦痛も和らいで行っているようで、食いしばった歯や眉間の皺が薄く緩くなっていく。
「ふぅっ、ふぅっ」
「ごめんなさい……ごめんなさい」 こんなことになるなんて……
「なぜ、謝るん、ですか?」 彼は、彼の胸に置いた私の手を優しく包み込む。「表情を取り戻すための過程なら、俺は嬉しいです」
「でも……」 こんな大事なときに。危険なときに。
「心の精霊が、俺のしてきたことを怒って俺を苦しめるなら当然です。俺は抑え過ぎたから……」
彼は目を細める。優しい心が伝わってくる。
彼は私の頬を撫でようと手を伸ばした。私の胸がドキンと高鳴った瞬間。彼は「はっ」と目を大きく広げると立ち上がって声を張り上げる。
「皆さん! 人質を連れ! 一刻も早く、逃げましょう!」
「「え?」」
「もう少しで消火が完了します!」 弟が水精霊を触りながら「森まで延焼を防がないと!」
「では森に近い火事部分だけ消火を! 残りは不要です! 一刻も早くこの場から立ち去ります!」
「しかし!」
「オークとオーガーの本体がやってきます! 一刻も早くこの場から立ち去るんです!」
「「ええ!?」」
そ、そういうこと!?
私は急いで岩篭や岩壁を解除して、ケンタウロスとサテュロスを助け出すと、ファラレルの森を目指し走り出した。
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