第45話:青砂の流れる川4(ファラレルの森)

 

 傘のように開いた一本の樹木の下

 枝葉からの木洩れ日に染まるケンタウロスとエルフの戦士

 その中心にいるのは人間の騎士



 ■コークリットの視点



「見つけました!」

 千里眼が蠢く一団を見つけたのは、ファラレルの森を縦断した先の、険しく深い森の一画だった。

 その森は平坦なファラレルとは異なり、複雑な起伏に波打ち、大きな岩がそこかしこから隆起して、まるで森への侵入を拒んでいるかのようだ。先が見通せない閉塞感のある森で、まっすぐ歩くことも難しい荒波のような森だった。

「仲間は!? 無事ですか!?」

 ハルさんがエルさんエムさんとともに詰め寄る。体が大きい上に馬の体が密集すると威圧感が凄い。

「無事です。どうやら崖の裂け目に押し込められているようです」

「「崖の!?」」

 高さ十数メートルある崖が森の東西に走っている。その崖には奥に向かって裂け目があって、そこにケンタウロスたちが押し込められている。出入り口となる場所には大木で作られた格子が作られ、牢屋となっている。

 くそ、狭いところに押し込められて苦しそうだ。ああ、幼い子供たちが泣いている! 早く助けたい!

「いったい、何名の仲間が!?」 エルさんが怒りに震える。

「若い男女が八名、中年の男女が二名に」 俺も沸騰しそうな血を抑えるように言う。「子供が七名です。男性はケガや恐らく毒素で弱っている方もいます」

「くそ!」「オークの毒素か!?」

「どう助け出すか。敵の数と地形は──」

 助け出すためにも調べろ! 一刻も早くだ!

 牢屋の前には広場がありオークやオーガーが思い思いに休んでいる。広場には気休め程度の屋根がついた休憩所が幾つかあり、鍋やお碗が転がっている。恐らく、襲った獣人の家財道具を奪ったな。くっ、オークが泣く子をうるさそうに威嚇すると、石をぶつけてっ! こっ、の野郎っ!

 と、俺はそれに気が付いた!

「あっ!」

「「何ですか!?」」

「牢屋が他にもある!」

「「ええっ!?」」

 そう、牢屋が他の裂け目にもあり、そこにも何かがいた!

 あれは!

「サテュロス!?」

 サテュロスが十人ほど捕まっている! 若い女性ばかりだが、力なく項垂れて……

「「ええ!?」」

「サテュロス!?」 シスさんが悲鳴を上げる。「ルーパスの丘の!?」

「いや、ルーパスの丘は遥か遠い!」 ローレンさんが顎に手をかける「つまりはこの近辺にいたサテュロスが捕まっていたということだ」

「恐らくそうでしょう」 俺も頷く。

「くそっ! サテュロスまで!」

 ハルさんたちは悔しがった。獣人たちは種族を超えた交流はあまりなく、集落単位で気ままに暮らしているので、横のつながりが少ないのだという。もし横のつながりがあったのなら、妖魔たちの組織的な動きを相互に知らせられたのに……と。

「これからそうすればいいよ!」 とテルメルク。「今はどう助けるか考えよう!」

「その通りです! 今はどのように助け出すか、情報を集めます!」

 俺はさらに千里眼を走らせる。調べろ、有利、不利な情報を!

「──オークが十、オーガーが三、ヘルハウンドが三──」

「「何だって!?」」

「「少ない!?」」

「チャンスだ! すぐに行くぞ!」 とエルさん。

「ああっ、そうだっ!」 エムさん。

 いつもハルさんの陰で穏やかな感じの二人だが、若い分だけ熱くなりやすいようだ。

「待て、焦りは禁物だ」

 ハルさんは冷静だ。さすが戦士長だ。「広場とやらの大きさは? 我々は走れますか?」 と、自らの得意手を活かせるか考えている。敵は少ないとはいえ、俺とケンタウロスの四名で近接戦闘をすることになる。得意手を使えるかが重要だ。

「足場は──」

 どうだ!? 食べ終わった骨やゴミ、糞尿が散乱していてハエが飛び回って汚い! と俺は野営地のそこかしこに散乱する骨の幾つかに気づき、心臓が「ドクンッ!」と大きく音を立てた!

「うっ、ゴホゴホ!」

「「ど、どうしました!?」」

「(ま、さか)──」

 胸が、ギリギリと音を立てるように軋む。

 野営地のそこかしこに散乱するゴミや骨の中に──

 頭蓋骨──

 丸く小さな頭蓋骨。

 その頭蓋骨に羊の巻き角が!

 小さい、頭蓋骨が! 幾つも、幾つも……!

 小さい頭蓋骨、が!

 幾つも!

「(ま、まさ、か)──」

 女性サテュロスを見ると泣き腫らして生気がない。

 頭に、一気に血が逆流する!

「(ア、イツ、ら……!)」

 俺は自分の手で頬と口元を掴む。

 アイツら! アイツらっ!!

 親の前で!! 親の前でっ!!

「はぁっ、はぁっ!」

 俺は激しく打つ鼓動を! 手で押さえつける!

「はぁっ、はぁっ!」

 どうしたんだっ!? おかしいっ! 胸が! 体が!

 ぐううっ、おかしいっ!!

「コークリットさん!?」

「どうしたのだ!? コークリットさん!?」

「はぁっ、はぁっ!」

 ぐうっ、おかしい──奥歯をギリッと噛みしめ、絶え絶え漏らす。

「や、つら……サテュロスの、子供を……親の、前で……」

「「!!」」

 ぐうっ! そこからは少し、意識が──

 胸が、おかしくて──

 周囲の状況が──遠くで、皆が、怒って

「クソッ、クソがッ! オークめ!」 たぶんエルだ。

「許さねえ! 親の前でだ!?」 たぶんエム。

「「奴らはどこだ!?」」

「待て待てっ!」「落ち着いて!」

「「落ち着いていられるかっ!!」」

「ちょっ、危なっ」「きゃあっ!」「きゃあ、シス!」

「オイ! 今、シスにぶつかるところだったぞ!?」

「うるせえっ!」「それがどうした!」

「何だとっ!?」

「ちょ、ローレン! と、止めてコ、コークリットさんっっ!!」

 遠くで──遠くの方で

 聞こえる──

 俺は、うずくまって

 うずくまって──

「ぐっ、ううっ、ぐううっ!!」

「コ、コークリットさん!?」

「どうした!?」

「なっ、こっちは何だ!?」

「様子が!? 大丈──っ!?」

「うう~~っ!!」

 お、かし、い! 胸、が! 爆発する!

 怒り、で!

 這いつくばったまま! メキメキッ! 拳を! 握る!

 シス──ハッと息を──

「コ、コークリッ──怒りの精」

 怒り! 怒り! そうだ、拳に! 怒りを!

 メキメキッ!

 怒りを集めた拳を!

「ぐあああっ!!」

 大地に叩きつける!


 ドゴンッ!!


「「きゃああっ!」」「「うわあっ!」」

 叩きつけた拳を中心に、大地が陥没する! その瞬間、心が! 張り裂けそうな胸が! 軽く!

「はあっ、はあっ!」

 項垂れていたら、しりもちをついているシスさんが視界の隅に入った。ああ、すまない。でも……

 でも胸が、おかしかった胸が、治った!

 治ったぞ!

「ふうーー。ふうぅーー」

「「ど、どうしたんだ!?」」

「「何だ何だ!?」」

 俺の行動に皆が混乱していたが、険悪な雰囲気が霧散したようで……ふう、怪我の功名か?

 俺に何があった!? 怒りを感じたら、胸が爆発しそうになるなんて? 何だこれは?

「コ、コークリットさん!?」

「シス、さん?」

 彼女は四つん這いで来ると、両手で俺の顔をしっかりと固定して覗き込む。口づけしそうな勢いにローレンさんが「オイッ!」と不快感を露にするもシスさんはお構い無しで。

「あぁ、ごめんなさい! 私のせいです。私のせい」

 え? 彼女は泣きそうな表情で。その顔はグッと幼く見える。

「心が、今まで抑えていた喜怒哀楽の感情が、この前の処置でバランスを崩して──感情の精霊が今すぐ出たいと暴れているの」

 喜怒哀楽が──そうか。

 いつも抑えていた感情が……それで、おかしく。

 いきなりだったし、初めてのことだったから、俺自身混乱してしまった。でも怒りを別のものにぶつけたら元に戻った。

「次に怒りの感情が来たら、私が解放します。そうすれば今みたいにならないですみますので、私が近くにいない時はなるべく平静を保って」

「分かりまし──」

「オイ、いつまでそうやってる!」

 ローレンさんはシスさんの腕を掴んで引き離す。

「ちょ、なっ」

「で、どうなんだ? 広場の足場は?」

 ローレンさんは、シスさんを自分の後ろに追いやるので、シスさんが「ちょっ! もう!」と怒り出したのをアルさんたちがなだめる。

「はい、様々なものが散乱して走ることは難しそうです」

「そうか」 ハルさんが眉間にシワを寄せる。

「いや! 俺は足を止めてでもぶちのめしたいっ!」

「俺もだっ!」

 少しは落ち着いたようだが、それでも怒りが露なケンタウロスの若者たち。体が赤くなっている。ハルさんが二人の胸に拳を当てる。

「体は熱くしてもいい。だが心は冷静にいろ。向こうには人質がいる。怒りに任せての行動は全員を窮地に追いやるぞ!」

「「っ!!」」

「ハルさんの言うとおりです。そのまま突撃しては人質を盾に取られ、窮地に追いやる可能性があります。焦らず、しかし時間はかけない! 五分で作戦を練りましょう!」

「「五分で!?」」

「うむ、そうしよう!」

 俺は状況を整理する。

「広場は横に長い五~六十メートルほどの楕円で、奥の崖以外は三方を森に囲まれています。牢は広場の中央近くで端の森から二十メートルほどでしょう。広場にはオークとオーガーが思い思いに座りこみ、牢の前にヘルハウンドが横になっています。逃げ出さないよう見張っているようです」

「広場への突入経路は?」 ハルさん。

「広場に続く道は一本だけで、広い道です。オーガーが通れるくらいなので、近づこうとすると早い段階で気づかれるでしょう」

「奇襲はどうでしょう?」 エルさんが冷静に言う。「周囲の森から近づけますか?」

「森は起伏があって大変でしょうが行けると思います」 俺は続ける。「ですが広場の外縁には野営の設備やゴミがあって、突入を阻みそうです。相手の虚を突けるのは一瞬だけで、剣が届く前に体勢を整えられてしまう」

「クソ、汚いことが防御になるなんて!」 エムさんが蹄で大地を掻く。心を落ち着ける行為のようだ。「弓矢の斜線はどうですか?」

「野営設備が邪魔ですが、あると思います。全てを狙えるのは唯一の道からだけです」

「フム。森の中から突然攻撃を受けたら、物陰に身を隠すだろうが、人質を盾に脅してくることが予想できるな」 ローレンさんが眉間にシワを寄せる。

「はい。人質を盾にされないためには、①オークどもが物陰に隠れる前に倒す、あるいは、②人質に使われないため先に牢の前へ行き守る、しかないでしょう」

「オークどもをほぼ同時に?」

「オークが八匹、オーガーが三匹だろう?」

「五十人くらいで一斉に弓を射掛ければ行けるだろうが、この人数では無理だ」

 と、その時だった。

 千里眼が、マズイ状況を捉えた!

「マズイ! ケンタウロスの子供が! 牢から連れ出される!」

「「えっ!?」」

「「まさか!?」」

 オーガーが、牢を開け中に入ると子供を捕まえて! その子供を守ろうとした大人のケンタウロスが、次々に鈍器で殴り倒される!

「くっ、牢から連れ出される! これでは中距離から弓矢で奇襲はかけられない!」

「い、行かないと! 助けに!」 シスが慌てる!

「ああ! もう突撃しかない!」「そうだそうだ!」

 エル、エム兄弟がいななく!

「近づいただけで人質を盾にされます! 何か人質を守る方法が必要です!」 俺はシスを見て「闇のカーテンのようなものはないですか!?」

「えっ、ええと! 闇の!?」

 シスが慌てながらしどろもどろになると、横からスランが!

「あります! こういうものですが!」

 と簡潔な説明を! なるほど!

「「行ける! 『 それ 』なら!」」

「よし、ではすぐに作戦を決行します!」



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