第44話:青砂の流れる川3(ファラレルの森)
広がる緑鮮やかな平原
平原の上に開く傘のような樹木
草原樹林帯ファラレルの森
■システィーナの視点
「嫌な気配がします」
広大な平原の上に、傘のような樹木が
「「ええ?」」
「そうなのか?」
「皆さん、集合してください!」
「「どうしたんですか?」」
こんなに爽快な明るい樹林帯なのに、不穏!? 聞くと、弟は少し眉をひそめながら周囲を見渡す。
「どこからともなく、嫌な気配が……」
「「どこからともなく!?」」
「「こんな広々と見晴らしのいい森で!?」」
「魔物による気配ですか!?」 とコークリットさん。
「うう~ん、何とも……」
「念のため探ってみます。『 千里眼 』」
彼はシャボンを四つ出し、それぞれ東西南北へと飛ばした。
彼は目をつぶって、各地の映像に集中しているみたい。皆が固唾をのんで見守る中、彼は見えている景色を話し始めた。
「北にインパルディア(鹿の一種)の群れがいます。東方向には樹の傘の上にグリフォンが巣を、南の通ってきた森は目立ったものはなく、西方向には川が大きく蛇行を繰り返して流れています」
「グリフォンじゃないの!?」 と私が問うと。
「ううーん……グリフォンという感じではないな。単純に魔物が出す気配というわけじゃなくて……大地、大気、すべてのものが落ち着かないというか……」
「「すべてのものが落ち着かない」」
「実はここ数日、違和感があったんだけれどそれほど気にならなくて。でもファラレルの森に入ったら途端に強くなって……」
そうなの? ううーん、同じエルフで双子の姉弟なのに、私には全然分からない! 精霊の働きもそんな異常に思えないので、彼にしか分からない超感覚的なものなのかも。
「気になりますね。ではもう少し探ってみましょう──」
そのまま十キロくらいまで飛ばして中継してくれたけれど、特に弟の感覚に合うものはなかったみたい。範囲が広すぎる上、弟が何に対する気配なのかも分かっていないから……
コークリットさんが一人一人見て言う。
「何かがあるかも、起こるかもしれないという前提で、警戒しながら進みましょう。皆さん、いいでしょうか」
「「了解!」」
皆、武器の確認をする。エルさんエムさんはロングボウを準備して、弟と嫌味男は精霊魔法用の霊玉を確認している。コークリットさんとハルさんは剣と槍を。私とアルとテル君は皆の荷物を持って、男性陣はおおむね身軽な恰好になる。
「では進みましょう」
広い平原なので私とアルとテル君を中心に、六名の男性が円陣を組むように川の脇を進む。
ふう、守ってもらっているとはいえ周囲を警戒しなくちゃ……周りをグルっと見渡せば、森の変化とともに川の流れ方も変わったように感じる。
川は草原をえぐるように一段も二段も低くなって、左右に大きく蛇行しながら流れているの。密林の川はまっすぐだったんだけれど。ファラレルの森の川は、まるで草原をくねりながら進む大蛇のよう。低くなった場所には葦が生い茂って、川のふちを彩っている。
と、先頭のハルさんが、石を片手に一段低い岸辺を指し示す。
「岸辺にはなるべく近づかない方がいいぞ、ファラルリザードが棲息しているからな」
と言うと石を葦の茂みに投げ込んだ次の瞬間、ガサガサガサッと巨大な何かが集まってくる。はわわ、うなり声とともに尻尾が見えたけれどもたぶん全長三メートルは超えるであろうドラゴンのようなトカゲが何匹も!
「はわ~~、凄い!」
「いつもどうやって渡河しているんですか?」 とアルが後ろを向いて。
「いくつかの場所で樹を切り倒してあるので、その上を通ってます」 エルさんが答える。
先の方を見れば、確かに大木が倒れていて橋のように伝わっているのが見える。なるほどあそこを渡るのね。
と、川向うに丸々とした毛の羊が数匹いる。あれ? 羊?
羊って、毛を刈るために人や獣人が手厚く保護している家畜で、野生にはいないハズよね……
と同じことをコークリットさんも考えていたようで。
「羊がいますね? ファラレルの森では野生でいるんですか?」
「いや、ここじゃ野生でいたら食い殺されているぞ」 とハルさん。
「どこかから逃げた? とすると、つい最近か」
コークリットさんは川向こうを見ているけれど。何も見当たらないよね? 彼は千里眼を飛ばす。
ええ? そんなに気になる?
しばらく調べていると……
「あっ!」
「「どうしたんです!?」」
「はい、いえ! まさか!?」
「「えっ!?」」「「何です!?」」
「ゲルが……燃え落ちています!」
「「ええ!?」」
ゲルが!? 羊はそのゲルで飼われていた家畜!?
「「ケンタウロスのゲルか!?」」 ハルさんたちがざわつく!
「分かりません! 怪我人も焼死体も何もない!」
「いや! 考えるまでもなく、ファラレルの森でゲルに住むのはケンタウロスだけだ!」
「ええ、タウリン豆がそこかしこに散乱していますのでそうでしょう!」
タウリン豆はケンタウロスの主食で、食べた後に馬の体の方の胃袋で倍に膨らむ特殊な豆なの! あまり美味しくないけれどお腹が膨れて栄養価も高いから、彼らは常に食べてる豆なの。
「やはりか! だとしたらどこの氏族だ!?」
「氏族? たくさんのグループがあると?」 弟が訊く。
「ああ、大小百を超えると思う。我々ケンタウロスは、集落の人数が増えると長の親族が何世帯かを連れて新たな集落を作って別々に周遊して行くんだ」
そうなんですね! さすが周遊する民族だわ!
「か、火事にあったのかな?」 アルに話すと。
「これは……恐らく放火です!」
「「放火!?」」
「出火ではなく!?」
「火をつけられた!?」
そうなの!? 誰に!? 何でそう言えるの!?
「はい! 燃え跡や家財道具から、ゲルは四つ点在していたはずですが……」
「「四つ!?」」
「はい! しかし全て燃え落ちています! ただの出火で点在する四つは燃えない!」
「な、なるほど!」
「それら現場に残された痕跡から考えると、一つの答えが見えてきます!」
「「一つの答え!?」」
「「それはどんな!?」」
「それは、ケンタウロスが何者かに襲われて、拐われたということです」
「「ええ!?」」
「「ケンタウロスが!?」」
「この戦闘民族を襲い、拐うなどできるとしたら、アレしかいない」
「「まさか!」」
皆が頭に思い描いた。サテュロスを襲った魔物のことを!
「「オーク!?」」
「現場で調査します! 行きましょう!」
「「はい!」」
私たちは急いで川を渡った!
◇◇◇◇◇
川を渡り現場に近づくと、鎮火しているもののまだまだ焦げ臭い。一~二日しか経ってないかも。焦げ臭い中に、卵が腐ったような臭いもする。
「これは」 ハルさんが鼻をつまむ「火山地帯のような臭いだな」
「ヘルハウンドの炎のブレスでは!?」
恐らくそうだわ! エルフの里近くで遭遇しかけたオークの集団もヘルハウンドがいたし!
「この様子は」 コークリットさんが呟く「まさか!」
「な、何ですか!?」
「いえ、まだ仮定レベルなので。調べてみます! 『 探索圏 』」
彼はゲルを丸ごと一個包み込めそうな球体を出して、集落を調べ始めた。もう~~、『 まさか 』って何~~~っ!?
私も、独自に調べてみる。
集落跡には、燃え残った家具が散乱している。ああ、まだ使えそうなものなのに、放棄されてるということは……
ああ、燃え残ったゲルがあるけれど、布地に赤黒くなった飛沫が付着している。
「こ、この飛沫って──」
「血飛沫だな。この出血量は致命的だ」
ちょっ! 嫌味男の無神経で歯に衣きせない物言いにヒヤヒヤする。ああハルさんたちに怒りの青筋が──!
「か、火事になってゲルを放棄したんじゃ?」 私がフォローする。「どこかの地で暮らしていると……」
「フン、ないだろうな」 と嫌味男!
ちょっ、そんなに無神経に言わないでよ! 分かってるわよ、主食のタウリン豆が無事なのに捨てて行くなんてないってことは~~!
「コークリットさん、こっち!」 弟が樹の根元で手招きしている。「何か掘って埋めた跡が!」
ええ? 皆が集まったそこには、草地が掘り返されて山盛りになった跡が……
こ、これって……まさか。
「「ま、まさか」」
私とアルは抱き合う。はわわ……
「地精霊で掘り起こせますか?」
「「ええ!?」」
「それはいくら何でも!」 ハルさんが憤る!
「何を考えている!?」 と嫌味男!
「いえ、ここに埋まっているのは恐らくオークです」
「「ええ!?」」
「「オーク!?」」
「なぜそう言える!?」
「現場に残された痕跡からです」
現場に残された痕跡!?
「分かっているなら掘り返さんでも良かろう?」
「確認しなければならないことがあるんです。それによってはかなりマズイ状況が起こっていることを示唆します」
「「かなりマズイ状況!?」」
「じゃ、じゃあ私が!」 と私が進み出ると嫌味男が。
「フン、私がやろう」
嫌味男は地精霊に命じると、土が一人手に分けられて行く。すると土にまみれて出てきた死体は──
「「オークだ!」」
「「しかも四体も!」」
そう、四体のオークの死体が出てきたの! いずれも槍で串刺しにされたみたい! たぶん、ケンタウロスの槍だわ!
コークリットさんはオークの死体を調べ始める。ああ、気をつけてください! オークは血肉に毒素があるから、触れるだけでも病気になる危険性があるんです!
「やはりそうか」 コークリットさんはアゴに手を当て「最悪のパターンも……」
「「最悪のパターン!?」」
どういうこと!?
「まず始めに、この集落に起こったことから話します。この集落で暮らしていたケンタウロスですが、子供を含め約二十名ほどのようです。そこに、オークが二十超、オーガーが五、ヘルハウンドが十以上で襲いかかってきました」
「そんなに多くの!?」
「ひとたまりもないぞ!」
「ここで奇妙なことに、ケンタウロスには大きな怪我をした人がおらず、逆にオークが四体殺されています」
「ケンタウロスが強かったからでは!?」
「それもあるでしょうが、オーク側はケンタウロスに怪我人が出ぬよう、生け捕りにする目的があったようなのです」
「「生け捕り?」」
「四体もオークが殺されようと、生け捕りにしました」
「「オークが!?」」
「子供を人質にとったのか、オークの血を浴びて毒に犯されたのかケンタウロスの戦士たちは無力化され捕まりました」
「「むう」」
「殺されたオークは、オーガーたちが埋めています」
「オーガーが!」
「わざわざなぜ!?」
本当っ、わざわざ何で!?
「そして連れ去る際に、ヘルハウンドがゲルを燃やしました」
「連れ去った後で燃やした?」
「戦闘中じゃないのか?」
「わざわざ何で!?」
「死体を埋め隠す、ゲルを燃やす」 コークリットさんは指を二本立てる「オークがケンタウロスを襲った痕跡を消すためでしょう。杜撰ですが」
「「痕跡を消すため!?」」
「実際、この程度でも広大すぎるファラレルの森ならまず発見できないので問題なかったのかもしれません。我々が通ったのも本当に偶然です。羊がいるからおかしいと考え千里眼が届くギリギリまで調べましたが、羊がいなかったらスルーしていました。それくらい普通では見えないし気づかない」
「ああ、確かに!」 ハルさんたちが頷く。
「オークたちは襲撃を隠している」
「襲撃を隠す!」
「確かに!」
「何で!?」
何とも言い表し難い奇妙な不安感が襲ってきた。だってオークなんて、力ずくで襲ってくるだけの粗暴で単純な魔物なのに、こんな画策をするなんて!
「そしてここに埋められたオークを確認して分かったことは、『 オークにも部族がある 』ということです」
「オークにも部族が?」
「装飾品や入れ墨が、エルフの里付近で遭遇したオークと今回のオークはかなり違う。肌の色、毛色、毛の結び方なども違う」
「「なるほど」」
「「そうなのか」」
オークなんかに興味がないから考えもしなかったけれど、そうかもしれない。エルフにだって氏族がいるし、ケンタウロスにもいるっていうならオークにだって……!
「その別の部族が、揃って『 獣人狩り 』を行っている」
「「獣人狩り!?」」
「「オークの複数部族が!?」」
「二百キロ以上離れた部族が揃って獣人狩りを行い、こちらのオークはバレないように画策している」
「別の部族が、同じ行動を……」 嫌味男が呟く「オイ! それは一つや二つのオーク部族だけじゃないんじゃないか?」
「「ええ!?」」
でも、確かに! 私たちが知らないだけで、もっと多くのオーク部族が存在して、動いている可能性が!?
「考えすぎで『 たまたま 』という可能性もあります。しかし最悪のパターンは、他のオークの部族が揃って同じ行動をしているパターンです」
「た、確かに」
最悪のパターンを考えた方がいいかもしれない! たまたま、と考えるとマズイかもしれない!
「もしや」 弟が呟く「裏に……何かがいる?」
「『 裏 』!?」
「何かが暗躍して、オークどもを裏で操作している?」
弟の言葉に皆がコークリットさんを見た。
「可能性があります」
裏で何者かが暗躍──!
「コークリットさん」 弟が胸を押さえながら吐き出す「もしかしたら嫌な気配はこれかも……」
大地も大気も不穏──
弟は吐き出すように言う。
「助けに! 仲間を助けに行きたい!」 エルさんとエムさんが叫ぶ「一~二日前なら、まだ近くにいるはず! 仲間を助けたい!」
「コークリットさん!」 ハルさんも頭を下げて「お願いします!」
「はい! 私も助けに行きたい! まだ助けられるはずです!」
「「はい!」」
「足跡を調べます! 待っていてください!」
コークリットさんは再び探索圏の魔法を使い、痕跡を調べてオークたちがどこへ向かったか見つけだした!
「北西です、気をつけて向かいましょう!」
「「はい!」」
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