第35話: 青砂調査2(ラーディン領)
巨大なエルクにまたがる大柄な騎士
騎士は大河のほとりから巨大な橋を眺める
石造りの橋と巨大な楼門を
■コークリットの視点
枝葉の合間から大河にかかる大橋と楼門が見える。
実に六日ぶりのラーディン領だ。人の手による石造りの巨大な建設物、すなわち文明の息吹きを感じて、何だかほっとする。今までは自然の中で、自然の象徴たる妖精や獣人とともにいたからかな?
孤児の俺は田舎暮らしだったから、その延長線上にある自然の中で生活するということは苦じゃないと思っていたんだが、真の自然生活様式と比べれば、とんでもない思い違いだと分かった。
橋の美しい石積み。
わずかに異なる色味の石を組み合わせた、人の手による建造物。大河から伸び上がるアーチが、大地から芽吹く双葉のようで、人工とは言えど自然物を手本にしているのではと思う。
エルクを降り石畳の城下町を歩くと、活気があって人々がせわしなく動く。初日の緊張感や切迫感が薄れているように思う。怪異の正体は分からないものの、行方不明になる原因が『 霧の魔物ではない 』と分かったことで一応の落ち着きを取り戻したんだろう。
人の声や賑わいが懐かしい。家屋に反響して混ざり合う独特の響きがある。今までは静かな森の中で、広い空間に消えていく虫の音や動物の声ばかりだったからなあ。通りには食欲をノックする肉の焼ける匂いと、肉汁が炭に落ちる情熱的な音が響く。
城下町の奥まで行くと、崖に浮き彫りされたような城が鎮座していて、見知った少年が待っている。
「神殿騎士様! お疲れ様でございました! ご無事で何よりです!」
俺の帰還を聞いたアルバート少年が城の楼門まで出迎えてくれてるよ。嬉しそうに俺を見る。いい子だなあ。と俺が引き連れている巨大なウォーエルクを見て目を丸くする。
「す、凄い大きな鹿ですね!? 一体!? 捕まえたのですか!?」
ふふ、そう思うよな。俺がエルフやケンタウロスの話をすると、アルバート少年は「ええ!? エルフにケンタウロス!?」と驚き、興奮していた。ほぼ接点のない種族と短期間で協力関係を結んだからだ。まあ、たまたまだけどね。
いやあ、本当に協力関係を結べて良かった。
黒豹を治してすぐに湖沼地帯に向かうと、皆さんから色々な提案をしてくれて。
二百五十日かかると計算していた調査が、なんと五~六十日くらいで終わるだろう! それだけ凄い方法を提案してくれて!
それで一つの真実が分かったんだ。
一人では、限界が早い。
一人でもできるなんて思い上がりも甚だしい、という事実だ。
協力しあうことで、限界の上限を広げられたり、あるいは限界は変わらずとものしかかる負荷を減らせたり、すなわち一人よりも何倍も大きな力を得ることができるんだ。
協力しあうことの大切さを、大自然の中へ一人身を投じることで知った。
そうだよ。孤児の俺が、何も持たざる俺が神殿騎士になれたのは、多くの人が協力して力を使ってくれたお陰なんだ。
恩返ししないとな。沢山の人を助けたい。いや、人だけでなく多くの存在を。妖精や獣人、善良な存在を。
「私が留守にしていた五日間で、新たに眠気を訴えた方はおられませんか?」
「はい! 五名出てきました」
「なるほど、では後ほど異物消滅の魔法をかけましょう」
「はい! お願いします!」
ファーヴルもできる限り助けたいな。湖沼地帯に戻りながらまた寄っていこう。
「異物を取り出した子豚はどうですか?」
「神殿騎士様が出掛けられた後、目を覚ましました」
なるほど、やはりか。
トンネル状の実験室に入ると、元気に動き回る子豚たちが出迎える。ふふ、柵に顔を突っ込んで俺を見る姿がまた可愛い。良かったな、怪異解決のためとはいえ解剖したりだったから。
ああ霊従者と索霊域が消えているな。やはり俺が残した霊力だけでは五日間は無理だったか。
「三日目までは霊従者が活動していたのですが」
「そうですか、やはり限界がありましたね」
しかしどうやらその三日で俺が指令を出していた実験は終わったようだ。俺の筆跡でのレポートが机の上にある。蝋で封印してあるので、アルバート少年が興味津々の面持ちで俺を見る。
くく、ずーっと気になっていたんだろうなあ。悪ガキだった頃の俺なら、平気で開けてただろうから、アルバート少年はやはり行儀がよくて品がある。
俺は封印を解くとそのレポートに目を通す。
「なるほど、やはりか」
「やはり!? どのような実験でどのような結果だったんですか?」
「はい。二つの疑問点を調べさせたのですが」
俺は説明を始めた。
以前、青い砂粒については簡単にこのような疑問が頭をよぎった。
・青い砂粒について
疑問①特殊な炎属性の霊砂か?
疑問②なぜ魚介類の中では砂粒のままなのに、人間や動物が取り込むとかたまって石になるのか?
疑問③周りの白い砂粒は何か? 霊砂か?
疑問④なぜ今なのか?
疑問⑤なぜ対象者を操るのか?
②③に関しては、実は思い当たるフシ、仮説があった。それを霊従者に調査させていたんだ。
それが分かった。
「なぜ魚介類の中では粒子状の砂なのに、人間や動物が取り込むと集合して石になるのかという謎です」
「分かったのですか!?」
「はい。どうやら『 温度 』と『 霊力 』が関わっているようです」
「温度と霊力!」
そう、温度と霊力。
霊従者が実験したところ、おおむね三十五度から四十五度近辺で、かつ霊力に反応して、青い砂が自ら集合し始めたようだ。温度だけでもだめで、霊力だけでもだめだったようだ。
すなわち恒温動物の体内で反応するということだろう。湖沼地帯の水棲魔獣に変化が見られないのは、体温が低いかあるいは体が大きく霊力も大きいので、青砂の許容量が大きいのだろう。少しくらい取り込んでも何も変化がないということだ。
「そして周りの白い砂粒も分かりました。これは子豚など、対象者から集めた霊力の結晶です」
「対象者の霊力!」
そう、青い砂粒は霊力を集めると自分の周りに白い砂粒の結晶としてコーティングするようだ。だから霊視すると下腹部に霊力が集中して見えたんだ。そうやって『 心 』を奪う。心を奪って体を操る。
「魚介類の中では粒子状なのは、温度が足りなかったからでしょう。でも恒温動物の体内に取り込まれると、条件が満たされ青砂が集合し始めると」
「なるほど!」
よし、これで実験室での青砂の調査は一旦終了だ。
あとは地道に湖沼地帯と川を追っていこう。とその時、アルバート少年が俺に片膝を着いた。
おおっ、どうしたんだ!?
「神殿騎士様! 妖精や獣人が捜査に協力しているなら、自分も何か協力したいです! 連れて行って下さいませんか!?」
アルバート少年が熱い視線を送ってくる。
ああ、ありがたいな。当初はラーディン領の兵士から協力者を募ろうとしていたくらいだから。でも彼を樹海につれていくことは無理だ。危険すぎる。
魔獣類もさることながら、病原菌もある。ラーディン領の大事な跡取りを危険にさらすことはできない。
町中の怪異なら協力をお願いしたいんだが、樹海はダメだ。うまく断る理由をつけないとな。
「エルフやケンタウロスに確認をとってみます。人間との接触を絶って長いので、まだ慣れていないようなので」
「そう……なんですね。よろしくお願いします!」
明らかに落胆の色が見えるアルバート少年。ううむ、申し訳ないな。
「別件でお願いしたいことがあるのですが」
「! 何なりと!」
「ここより下流の領で同じような事件がないか、調査していただきたいのです」
「なるほど、確かに」
そう、下流の領でも起こっている可能性がある。
「隣の領まで距離的には五十キロほど。しかしそこに行き着く前には町や村は点在しているようですし、念のため調査をお願いします」
「はい! 畏まりました!」
「では私は領主に途中経過を報告してから、引き続き大河を遡って調査したいと思います」
「え!? もう行かれるのですか!?」
「はい、ファーヴルの集落にも立ち寄って行こうかと思いまして早い方が」
「な、なるほど」
とアルバート少年が何かをいいあぐねている。
「何か気になることが?」
「は、はい。実は滝周辺の捜索で、新たな子供の遺体が二体……」
「──!」
そうか……出たか。出てしまったか。
俺は目をつぶった。生きて無事な姿で見つかって欲しかった。でも、遺体でも……見つかったことは良かったのかもしれない。
「身元は分かりましたか?」
「いえ。分かりませんでした」
「では私もご遺体に会わさせていただいて……必ず突き止めます」
「よろしくお願いします」
俺とアルバート少年は立ち上がった。
お父さんやお母さんに会わせてあげたい。それができるのは俺だけのハズだから……
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