人外の世界(マヌーの湖沼)

第34話:青砂調査1(マヌーの川)

 

 遮蔽物のない広々とした世界

 青い空に流れる白い雲

 それらを映す美しい湖面

 澄み渡る美しい湖沼の世界



 ■システィーナの視点



「はわぁ~~、気持ちのいい湖沼だなあ」

 私は目の前に広がる美しい光景に思わず心を打たれた。

 晴れ渡る青空には白いひつじ雲がゆっくりと流れていて、その光景は大地に広がる大小様々な湖沼にも映し出されているの。はあ~~、夢みたいに綺麗。

 めったにエルフの森から出ないから新鮮で。ああ風精霊が、湖面を波立たせないように静かに静かに、空を泳いでくる。


「はわぁ~~」

「観光で来たのか、お前は」

 くわあああっ! 相変わらずの嫌味節! 私は顔どころか体全体をそむけた。私の後ろには白髪の神経質そうなエルフがいるハズだけど、私は見ない。もうっ、もうっ気分台無し!


「うふふ、膨らんだ、膨らんだぁ~」

 普段は物静かで淑やかなアルが喜んで私のほほをつつく。くわあああっ、おもちゃじゃないんだい!


「ブッハッハ! いやしかし、お嬢ちゃんがそういうのも分かる光景だな!」

「でしし、本当だね!」

 上半身裸にベストを着こんだだけの、筋骨隆々たるケンタウロスが笑う。ケンタウロスの戦士のリーダーであるハルデルクさんだ。うふふ、何だか暴れ馬って感じね。赤銅色の肌に色々入れ墨とかあるし、豪快そう。四十代って感じかしら?

 と対照的に、色白で痩身な美青年のスランが聞く。


「ケンタウロスの皆さんは、マヌーには良く来るんですか?」

「あんまり来ないですね」

「いつもは広い森の中を走ったりです」

 弓を肩にかけ、馬の胴体に荷物を乗せた若いケンタウロスの青年たちが交互に答える。戦士のエルデルクさんとエムデルクさんだ。二人とも二十代前半という感じでやはり赤銅色の肌だ。ハルデルクさんより細身かしら? でも十分逞しい。二人は兄弟ということで、エルさんが兄でエムさんが弟みたい。


 今、ここにはエルフが四名、ケンタウロスが四名いる。ケンタウロスのうち一名は子供のテルメルク君だ。そしてもう一人……


「では皆さん、集まっていただいてよろしいでしょうか」

 背の高い、人間の男性が声を出した。うふふ、凛々しいなあ。背が高くて、逆三角形の体をしている。端整な顔立ちがもう。いつか笑っている顔も見たいな。


「シスさん?」

「ああっ! はい、ごめんなさい!」

 皆が岸辺に広がる草地に集まっていたので、私も慌てて駆け寄った。うふふ、これからコークリットさんの調査の協力をするんだ!

 するとコークリットさんが、なぜ自分がこの地に来たのか、今人間の世界で何が起こっているのかを最初から話してくれた。


「子供たちが霧の日にいなくなる」

「青い砂が体に入ると、集まって霊力を奪う」

「青い砂が魚貝類に入っている」

「鉱脈か何かから流れてくる?」

 口々に皆が言う。ええ、何その事件?


「あの、コークリットさん」 私は好奇心から「その石を見せてもらっても?」

「はい、これなんですが。何か心当たりがあったりしますか?」

 コークリットさんは、固まって石になった砂粒を皆に見せてくれた。うう~ん、キラキラと日の光を反射してとても綺麗……一見すると、宝石が粉になって、再度結集したみたいな感じ?


「フム、まるで宝石が粉になって、また再度集合したようだな」 と嫌味男。うわあ、同じこと考えてた。

「霊力を感じますね」 と弟。

「ええ。炎属性のもので」

「フム、なるほどな。それで鉱脈か」

 確かに、宝石の多くは火山などで出土するし、その多くが炎の属性を持っているから。


「調査を重ねて、このマヌー湖沼地帯までやってきたんですが、この湖沼のどれかから湧き出してくるのか、それともさらに上流の方から流れてくるのか、調査するのに難航しておりまして」

「ああ~、そりゃあこんだけデカいんだ。そうだろうよ」 ハルさんが腕組みをする「なんだ、人間は神殿騎士殿一人に丸投げなのか?」

「少し事情がありまして」

 言い澱むコークリットさん。何だろう? どんな事情かしら? 彼はごまかすように続けた。


「悩みながらも、まず手始めに川から調査を開始しました」

「「なるほど」」

「①川に入り、②貝類を採取して、③解剖して青砂の有無を調べるという方法でして、④護衛も必要と、とにかく時間がかかってしまい」

「そうだろう」

「協力いただきたいのは分担なんですが……その前に、もっと他に簡単にわかるような方法はありますでしょうか? 例えば精霊に聞いたりとか調べさせたりとか?」

 ううーん、それは難しいなあ。弟が先に言った。


「川底からまとめて砂を持ち上げるとか軽作業はできますが、川底にあるか分からない砂粒を捜索するようなことはできないです。やはりコークリットさんの方法になるかと」

「なるほど。ではやはり貝類を集めて……となるか」

「そうだと思います。ですが、それなら水精霊で簡単ですね」

「え?」

「ふふ。言葉でいうより、実践してみますね」

 弟は川岸まで進むと精霊の言葉で「『 水精霊よ。貝類を一つ持ってくるように 』」と命令した。それからほんの数秒待つと、止まったような緩やかな川の水面が盛り上がり、海蛇のように水が鎌首をもたげる。


「「おお!」」

 エルフ以外の男性陣が皆どよめく。うふふ。川面から伸び上った水の蛇は弟の前までやってきて、弟の差し出した手にポトリと貝を吐き出す。そこには、手のひらサイズの大きな巻貝があった。


「こんな感じです」

「「おお~!」」

 コークリットさんもハルさんも、皆が拍手している。うふふふ。


「これは凄いな。これならわざわざ濡れながら川底を探すようなことはしないで済む」

「ええ。我々エルフがこのようにして各川から貝類を採取して、ケンタウロスの皆さんに運んでもらう、というのが一番かと」

「おうよ! 任せろ!」とハルさん。

「でも川を渡るのが大変じゃない?」 とテル君。ブルっと体を震わせる。「お、溺れる可能性も」

「フッ、それも心配無用だ」 と偉そうな嫌味男。「我々も次の川へ行くのに濡れるのは御免だからな。橋を作る」

「「橋!?」」

「フッ、まあこんな感じだ」

 と嫌味男は地下茎を持つ植物を手に「『 土精霊と樹精霊よ、川を渡る橋を作れ 』」と精霊に命令すると、川岸の土と地下茎がニョキニョキと盛り上がって行く。


「「おお!」」

 皆がどよめくなか、対岸からもニョキニョキと土と地下茎が盛り上がってきて、数分で川幅十五メートルはある川に橋が架かった。


「と、こんな感じだ。行く先々へ橋を架けると」

「凄い! さすがだ!」 とコークリットさん。

 むむ、私も何かしたい! 凄いって驚かせたい!

 と頭をひねっていたらアルが。


「ふふ、橋や貝類は男性陣に任せて、私とシスは生活拠点を作りますね」

「ああ、大事ですね!」 とコークリットさん!

 うわあああっ! アル~~~っ!! そんな重要なことを思いついたんだったら、私に言わせてよう~~~っ!!


「少し入ったところに開けた場所があったから、私とシスでそこに男性陣の宿舎と女性陣の宿舎を作りますので」

「うん、食事の準備も任せていいよね?」 と優しく微笑む弟。

「ええ、任せて」 嬉しそうにほほ笑むアル。

 くわあああ~~っ! いつの間に、そんな仲睦まじく~~~っ!? っていうか、前からこんな感じだったかな。私が気づかなかっただけで……くうぅ~~!


「フッ、食事はアルに任せておけば安心だ」

「ちょっ! な、何ですってええ~~!?」

 それじゃまるで私の料理の腕が悪いみたいじゃないか! エルフの里では、全員が食堂で食事を食べるんだけれど、調理は女性たちが持ち回りで全員分の食事を作っていて、私が作るときは一度たりとも「不味い」と言われたことはないやいっ! 嫌味男だってお代わりするじゃないか!

 はわわっ、コークリットさん、いい加減な話を真に受けないかしら!?

 と思ったら彼は考え込んでいて。ほっ、聞いてなかったみたい?


「凄いな。私一人のときは、もうどうなることか先が分からなかったんですが」

 彼は、自分一人の場合二百五十日かかる可能性があったことを話した。まあ、一人じゃそうなるでしょう!


「協力関係を提案できて良かったです」 と人好きするような笑顔の弟。

「ありがたいです!」

 コークリットさんは、表情は変わらないけれど「感謝の心」が凄く伝わってくる。

 もう~~、感謝しているのはこっちの方だよ~~。色々助けてくれて。

 彼は一人ひとりに握手していっている。うふふ、テル君嬉しそう。


 はわわ……私の番だ。て、手汗が出そう!

 ガシッと大きくて暖かい手が私を包む。

 はわあ~~、大きくてゴツゴツした手だああ~~

 コークリットさんは皆に向かって最後に頭を下げる。もう、いいのに~~!


「では、男性陣には貝類調査の担当をしていただき、女性二人には生活拠点をお願いする役割でよろしいでしょうか」

「「はい!」」

「「任せろ!」」

「そして大変申し訳ないのですが、私はいったん人間の世界に戻り、新たな被害者が出ていないか確認してきたいのですが」

「なるほど、確かに一週間ほど留守にされてますもんね」

 彼はそんな状況にも関わらず、ケンタウロスを助けて、エルフの問題も解決してくれたんだ。彼が申し訳ないと思うことはないと思う!


「私の分身たる霊従者を二人出して行きます。どなたか霊力の維持をしていただければ問題なく働けると思いますので、いかがでしょうか?」

「はい! はい!」 私は手を挙げた「私が維持します!」

「フンッ、騒がしい」

 くわあああっ!

 コークリットさんは従者を出現させると、懐から石を取り出してそれに何かのおまじないをかける。ああ、霊玉ね。その霊玉を私に手渡した。


「結構な霊力を要しますので、何人かで代わる代わる維持した方がいいかもしれません」

「なるほど、じゃあアルと二人でやりますね」

 私は霊玉を受け取ると、ドッと霊力が吸われていくことに気づいた。ほわああ、確かに凄い霊力を使いそうだよ!? ええ、彼はこんなに霊力を使いながら従者を出していたんだ!? 凄いよ!?


「神殿騎士様! 僕も人間の世界に行ってみたい!」

 テル君が目をキラキラさせた!

 ええっ、それなら私も行きたい! し、しまったああっ!


「ダメだ! 何を言ってるんだ!」 とハルさん。

「僕も人間の世界を見てみたい!」

「ダメだ!」

「神殿騎士様! ダメですか!? 人間がどんな生活をしているのか、人間とはどんな存在なのか、知りたいんです!」

 ああ、そうだよね。分かる!

 私も、コークリットさんという人を知る前は、人間に興味がなかったけれど、今はちょっと興味がある。私も行ってみたい! とコークリットさんは片膝をつくと、テル君と同じ目線になった。


「すまない。今は時期的によくない」

「ええ!? 何でさ!?」

「今、人間の世界では怪異が起きている。良い人間もいるけれど、そのような者でさえ不安や恐怖から不穏な状況になっていて、他種族を素直に受け入れる体制になっていないんだ」

「うう~~っ」

 なるほど、そうか……確かにそうだよね。こんな変な怪異が起きてるなら、確かに。


「この怪異を解決できて、長老やハルさんが許してくれるなら案内したい。それでどうかな?」

「本当!?」

「ああ」

 うん、そうだよね。ああ、私もいつか人間の世界を見てみたいなあ。


「人間世界で何か問題が起きていなければ、明日か遅くとも明後日には戻れると思います。貝類の収集と、拠点の整備をお願いしてもよろしいでしょうか」

「「任せろ!」」

 皆がコークリットさんに力強くうなずく。彼は立ち上がると、ウォーエルクにまたがった!


「ありがとうございます。では行ってきます!」

「「おう!」」


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