第36話:青砂調査3(マヌーの川)
遮蔽物のない広々とした世界
青い空に流れる白い雲
それらを映す美しい湖沼の水面
澄み渡る美しい湖沼の世界
■システィーナの視点
はわあ~夢のように素敵。
マヌー湖沼地帯。
大小様々な湖や沼がたくさん続いていて、見渡す限りに広がっているの。湖沼は輝くように鮮やかな緑の下草で隔てられ、虫食いの巨大な葉のよう……
でも虫食いというよりは、巨大な一枚葉に浮かぶ水滴かしら?
だって水滴に、沢山の雲が映っているんだもの。
連なる湖沼の水面すべてが空の青さを映し出し、白い雲が湖面から次の湖面へと流れていく。雲が水鏡を見下ろして身だしなみをしているのかしら。
ほわあ、胸がつまる。何て美しい世界なの。
遠く彼方からたくさんの
「はぁ……」
なぜかため息がこぼれた。はぁ。何でだろう? この景色のせいかな。何だか胸が切ないような、悲しいような、淋しい気持ちになるんだもの。
「はぁ……」
静かな湖畔に腰をおろして、膝に顔を乗せる。はぁー、頬がぶにーっとなってるのが分かる。こんな酷い顔、他人には見せたくないけれど、今はいないし……はぁ。いいよね。
「はぁ……」
水面がもう綺麗で美しくて。でも無性に切なくなる。はぁ……胸の中心にぽっかりと穴が開いたみたいで……おかしい。こんな症状初めてで……どうしちゃったんだろう?
「「はぁ……」」
ん? ため息がダブった。
もう一つのため息の方を見れば、とぼとぼと歩いてくるテルメルク君が。ああ、肩を落として。私もちょっと気分が落ちて体が重いけれども。放っておけないから、グッとお腹に力を入れて立ち上がると、テル君の方に向かう。
「どうしたの? テル君」
「ああシス姉ちゃん」 テル君は私を見ると「はあ」
「ふふ。もう~どうしたのよ」
と言いつつ理由は分かっているんだけれども、とりあえず聞く。
「はあ。僕も神殿騎士様について行きたかったなって」
「そっかぁ」
うん、やっぱりそうだよね。分かってたよ。
テル君はコークリットさんが人間の町に戻ると聞いて「一緒に行きたい!」って言ってたもんね。
でもハルさんが反対したし、コークリットさんも「今は……」って言ってたもんね。テル君の気持ち分かるよ。
だって。だって、だって!
私も行きたかった~~っっ!!
私も行きたかったんだ~~っっ!!
テル君を諌める時のコークリットさんの心が伝わってきて。断るのが辛そうな彼の心を感じて、「私も連れて行って」と言い出せなかったあ~~~っっ!! うわああああ~~!!
「「はあ……」」
「ブッハッハ、二人して何をため息ついてるんだ」
後ろからハルデルクさんがやって来て。ああ、凄い筋肉だなあ、コークリットさんくらいあるかも。ハルさんは、槍を肩にかけてるけれど、ほわあ! その後ろには真っ二つになった魔獣が! 猪に似た三メートル級の魔獣で、ロープで引きずって来たみたい!
「うわあ! ハルさん、それどうしたの!?」 と驚くテル君。
「ああ、調査中に襲って来たから返り討ちにした」
「さすがハルさん!」
「調理して食えないかなって持ってきた、ブハハ」
ヨダレを拭くような仕草でハルさんはニカーッと笑う。ハルさんは開けっ広げな性格で、エルフにいないタイプだから気さくに話せる。
「システィーナさん、今晩のおかずにどうです?」
「い、いやあ~~? ちょ、ちょっと固そう?」
うう~ん、見るからに筋肉質な肉だし、それとちょっと……臭そう? ごめんなさい!
「噛みごたえあるんじゃないか? ブッハッハ。まあ脂肪分が少ないから干し肉にするか~~」 と向こうへ行こうとして「おっと忘れるところだった」
とハルさんは腰にくくりつけた網を外す。
「霊従者の旦那方に新たな貝類を持ってきたんだ」
「あ、じゃあ預かりますね」
私はハルさんから荷物を預かった。そこにはゴロゴロと大きな巻貝や二枚貝がたくさん入っている。三十五番目の川から採ってきた貝のようだ。
「テル君、行く?」
「行く」
テル君とともに湖畔の森の中へと入る。
はぁ、森の中は優しい緑色の光が降ってきて、枝葉も優しい音色を奏でているので心が和むなあ。と、大樹の根元には大地の精霊で作った仮のテーブルがいくつもあって、大柄な二人の騎士がそれぞれ作業を行っている。目元をマスクで隠しているコークリットさんの霊従者だ。
見ていると大樹の根に腰をかけていた
「お疲れ、姉さん。もう交代だっけ?」
「ううん。そこでハルさんに会ってね。追加の貝類を受け取ったから持ってきたの」
「そうなんだ。ありがとう」
弟は受け取ると、大地の精霊に命じてまた一つの台を作り上げた。そこに今渡したばかりの貝の袋を置く。私はそれ以外の台を見渡して、置かれているものを見て感心する。
「ほわぁ~、凄い凄い! もうこんなに解剖されているのね」
そうなの、ここには無数の台が並べられていて、その上には今まで採ってきた貝類が解剖されて置かれている。内臓を取り出して、砂粒が選り分けられているの。
「本当だ、さすが神殿騎士様の霊従者だ!」
テル君もグルリと見渡して感心する。けれど、当の霊従者たちは黙々と作業を続けるばかりで反応がない。
「「はあ」」
私とテル君は同時にため息をついた。つまんない!
コークリットさんそのものなのに、何の反応もなくてつまんない!
こんなにソックリなのに、つまんないっ!
「いや二人とも、魔法で作られた従者なんだから」
弟が苦笑する。分かってらい! でもつまんないんだい!
うう~~っ! こんなにそっくりなのに! 体が大きくて、体重が重そうで、背中から腰が逆三角形で、端整な顔立ちで、とっても凛々しいのにっ!
私は黙々と解剖をする霊従者を見た。
「はあ」
私は思い出した。黒豹のために汗を流していた彼を。苦労して汗を流していた彼を。
そんな彼が本当に尊敬できて。
心の奥底から尊敬の念がこみ上げてきて。
だから汗を拭いてあげたくて、拭いてあげたくて……気づいたら本当に拭いていた自分に驚いてしまった。男の人にそんな気持ちになったのは生まれて初めてだし、汗を拭いてあげたことも初めてだしで、私自身恥ずかしくて赤くなってしまったけれども。
彼の感じている心地よさが伝わってきて……
私、嬉しくて嬉しくて……
はあ、でもこの霊従者は黙々と作業しているだけだし。
「姉さん、そろそろ霊玉持ちの交代をいいかな?」
「ん。わかった」
私は弟から
いやはや、この霊従者の維持って結構大変だったんで、私たちエルフ四人で代霊玉を持つことにしたんだ。アルと
時々、魔物が襲ってくるのでハルさんたちケンタウロスが護衛してくれたり、採取した貝類をここまで届けてくれたりしているんだ。
そうやって二日経った。二日目にして三十五番目の川から貝類を採取してきたという。うふふ、コークリットさんは「一人でやるには一日五本の河川がやっとだと思います」と言っていたので、凄いペースよね。
大地からは三十五本の土の台が盛り上がっていて、そこには細かく解剖された貝類が置かれている。パッと見ると、彼が探している青い砂粒はなさそうだけれど……
「ふふ」
私は黙々と作業する霊従者二人の後ろに座って、その大きな背中と引き締まった腰を見つめた。うふふ、本当に凄い体だなあ。重いんだろうなあ。うふふ。私は一人の霊従者の後ろに立って、解剖作業を覗いて見た。
「……」
ああ、後ろから見ると首筋が……はわぁ~長くて、太くて、逞しくて……汗を拭いてあげたんだよなぁ~~、うふふ。
私は思わずその首筋に触ってみた。
「は、御用でしょうか?」
「うっ、ううんっ! 何も。続けて続けて」
ビックリしたあ~~! やっぱり反応はするよね。ああでも、首筋から肩がまた格好いいなあ。うふふ、肩から腕もいいなあ。背中から腰にかけてもいいなあ。はあ、キュッと引き締まったいい腰してるなあ。背中が広いから特に腰が強調されて。はあ、重いんだろうなあ。うふふ、百キロ近くあるって言ってたもんね! 私の二倍以上かあ~~、納得の腰つきだよね。はあ~~、どっしりとしたお尻がもう~~。
あれ? これ本人じゃないし、触りたい放題じゃない!?
「うふ、うふふふふ」
私は肩に触れて。霊従者が反応するけれど「何でもないから続けてて」と言うと従者は続ける。
うふふ、肩に触れたまま、背中の筋肉をなぞって、そのまま腰を触ってみて。いい腰~~! さらにそのままどっしりとしたお尻を触ってみた。おぉ~~う、どっしりぃ~~! うふふふふ。
「さっきから何してんの、シス姉ちゃん」
「ほわああああああ~~~っっ!?」
ほわああああああっ! 心臓が! 飛び出るかと思ったあああっ!
ええっ!? 後ろを見たらテル君が! 怪訝な顔で!
えええっ!?
「な、ななななんで!?」
「なんでって、さっきからいたじゃん」
ひやああああっ! さっきから!?
ひやああああっ! てっきり弟と一緒に行ったと!
ひやあああああああっ! こんなところ見られるなんてえええ~~っ!?
真っ赤になっていたら、テル君がイジワルそうな笑みになった!
「でししししっ! シス姉ちゃん! 霊従者に触ってたね!」
「はわっ、はわわわわっ!」
「でししししっ! 色んなところ触ってたね!」
「はわぅっ! あぅぁうっ!」
「でししししししっ! お尻触って喜んでたね~~っ!!」
「〇✕△□~~~~~~~~~っっ!!」
はわあああ~~っ! また変なところ見られたあああ~~っっ!! 私は両膝をついて祈る体勢に!
「おおおお願い~~! 誰にも言わないで~~っ!」
「でししししっ!」
「お願い~~っ! 誰にも言わないで~~っ!」
「でししししっ!」
「一生のお願い~~~っ!! コークリットさんには言わないでえええ~~~っっ!!」
「でし~~しししししっ!!」
そんなイジワルな顔で笑わないでええ~~っ!!
約束してええ~~~~~っ!!
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