第31話:ヴァルパンサードの洞穴①

 

 天井の高い洞穴の中

 薄暗い洞穴に漆黒の塊がうずくまる

 美しい毛並みの巨大な黒豹

 黒豹を心配そうに見つめる二つの影

 背の高い神殿騎士と小柄な森妖精



 ■システィーナの視点



 ああ、ひどいケガだ。

 顔の肉が剥がれてしまって、骨が見えてしまっている。うう痛そう。眼球もひどい損傷で。

 これは全部治すとしたら大量の薬と時間が必要になるかもしれない。それでもうまく行く可能性はとても低いだろう。

 幾つも問題があるからだ。

「どうしよう」

 一つは、広範囲の傷口から病原菌が入ってしまっているようで、生命の息吹が弱いこと。どんなに良い薬を使っても、体全体が病に侵されていたら治るものも治らない。

 さらにはケガをしてから大分経ってしまっているから、壊死した細胞が邪魔になってしまう。うまく取り除かないとせっかくの薬や時間がダメになってしまうけれど、これは壊死細胞を取り除けるだろうか!? それが二つ目。

 でも最大の問題がある。その最大の問題がクリアできないと上の二つをクリアしても何もならない。

 どうしよう?

 私がどうするか悩んでいたとき、上から声をかけられたの。

「システィーナさん。治療にあたって相談があります」

 ああ、そうだ。毒消しとか、聖魔法を使うコークリットさんがいる! もしかしたら何とかできる魔法があるかも?

「はい! 何でしょうか!?」 私は期待を込めた目で見た。「聖魔法で治りますか?」

「いえ、残念ながら」

 表情は変わらないけれど何となく申し訳なさそうな心が伝わってきた。コークリットさんは聖魔法の回復魔法の特性を、事例を挙げて教えてくれた。

「そうなんですね」

 凄く分かりやすかった。回復であって再生ではない、か。私の悩みとちょっと逆だな。

「精霊魔法では、再生の魔法はありませんか?」

「残念ながらありません。精霊魔法ではそもそも回復や治癒系の魔法はないんです」

「え、そうなんですか? 長命だから凄い魔法があると思ってたんですが、ケガをしたらどうするんですか?」

「ケガをしても」 私は二の腕に手刀を当て「例えば腕を失っても再生するんです。再生の早さは年齢とか性別で個人差がありますが」

「おお、そうなんですか!?」

 コークリットさんは目を大きくして驚いていた。

 お、ちょっと表情が出た。うふふ、いいな。もう、もっと出していいのに。私は思わず笑みがこぼれた。

「うふふ」 おっと、まずいまずい。私は手で緩む口元を押さえて「特に再生力が高い種族が地妖精ドワーフで。次が草妖精コロボクルかしら。森妖精エルフは再生力が低い方ですけれど、腕くらいなら一ヶ月もすれば再生できます」

「おお、凄いな!」

 実は森妖精は再生力が比較的弱いからこそ、その血を薬にして他の種族に使えるみたい。地妖精は強すぎて逆に駄目みたいね。

 そして再生力の高さは寿命に反比例して、地妖精の寿命は二百年ちょっとで、森妖精は八百年くらいなんだ。さらに寿命の長さは子供の生まれる数にも反比例してドワーフは多めでエルフは少ない。まあドワーフが多いと言っても、人間ほど子供は生まれないから、うまくできてる。

 とコークリットさんが続けて。

「先ほどは何に悩まれていたんですか?」

「え?」 え、何で知ってるの?

「難しい顔で『 どうしよう? 』とつぶやかれていましたので」

 えっ!?

 ああっ! 私のこと、見てたんだっ!?

 ひゃあ、難しい顔って! へっ変な顔してなかったかなっ!? もうっ、もうっ! もっと普通の時に見てくれてればいいのに! 悩んでいる時の顔なんて~~っ!! ああもう~~~っ!!

「~~~~っ!!」

 もう~~っ!! ど、どんな顔してた!? 眉間にシワとかなかった!? ヒドイよ、うわああああんっ!

 頭の中がもうグチャグチャだあ~~~っ!!

「?」 首をかしげるコークリットさん! 「どうしました?」

「え、ええ~と! あああの! その!」

 ああ頭が~~っ! そ、そんな端整な顔でマジマジと見ないで~~~っ! 顔が火照る~~っ!

「?」

 お、落ち着いて私!

「く、くすりを」 声が上ずった! 「薬を使いたいけれど、色々問題があるな~って」

「薬? 傷薬ですか?」

「は、はい。いえ、傷薬というか」 私は腰のバッグから薬を出して「少しくらいの肉体の欠損なら代用になっていずれ細胞になる秘薬です」

「えっ!? そんな凄い秘薬が!?」

「はわっ」

 はわわ、凄い食いついてきた! 顔が近くなった! ひゃあっ!

「詳しく教えてくれますか!?」

「は、はい。た、例えば」 お、落ち着いて、私! 実例を挙げてみよう「飛竜の鉤爪で胴体に穴があいた獣人がいまして」

「はい」

「その穴に秘薬を流し込むと、秘薬は内臓なら内臓の欠損部分の代わりを務め、筋肉なら筋肉、骨なら骨、神経なら神経、脂肪なら、皮膚なら、と周囲の細胞の代わりをしつつ、いずれその人の細胞に変化し肉体を再生させるんです」

 ふう~~、話していたら落ち着いてきた。

「ほ、本当ですか!? 凄いな! いうならば万能細胞薬か!」

 凄いぞ、それは! と興奮を隠しきれない様子のコークリットさん。

 おお~、意外な一面だぁ。うふふ可愛い。子供みたい。うふふ。そうだ!

「ある獣人が二の腕から先を失う大けがを負ったらしいんですが、傷口に毎日秘薬を塗っていたら塗った分が骨や肉になって、数ヶ月で元の腕に戻ったとも言ってました」

「ええ!? 凄いなそれ!」

 コークリットさんは興奮のあまり髪をガシガシと掻いて。うふふふふ、意外! 表情には出ないけれど、感情豊かなんじゃないかな、この人!

「骨や腱、関節や筋線維、神経、血管……すべて再生!? そんな凄い秘薬の何に悩む必要があるんですか!?」

 私は緩んだ口元を隠した。彼は真剣なんだもん、笑っちゃだめだよね。

「はい。色々と問題があって」

「どのような問題ですか?」

 私は黒豹に向き直って傷口を示した。

「まずは傷口付近の細胞の状態がよくないといけません。この黒豹の場合は壊死した細胞が問題で。壊死細胞が邪魔をして秘薬も腐り落ちるところが一つで」

 そう、壊死した部分を取り除かないといけないの。かなり根気のいる作業になるよ、これ。だからこの薬は、ケガした直後が最も効果的なの。

「なるほど壊死か。一つというとまだあるんですか?」

「はい。生命力が弱いのも薬の効果を妨げます。傷から病原菌が入ってしまって、生命力が弱ってしまっているようです」

「そうですね、確かに」

 病原菌を殺す薬を与えて、栄養あるものを食べさせないといけない。

「そして最後が最も難しくて」

「どのようなものでしょう?」

「はい。ケガの範囲が広すぎることなんです」

「ケガの範囲?」

「はい。秘薬はあくまでも、欠損した細胞と細胞のつなぎ役。ごく狭い範囲での肉体再生に効力を発するんです。例えば筋肉と筋肉の欠損部分のつなぎや、内臓の欠損部分のつなぎとか」

「なるほど、狭い範囲の欠損部の再生か」

「はい、この黒豹のように頭部の三~四十パーセントの皮膚や筋肉がめくれてしまっていると、ちょっと。広範囲に筋肉を作り、広範囲に皮下脂肪、皮膚、神経、血管……つなぎ役の範囲を超えてしまっていて」

「確かに」 彼はアゴに手を当てた「しかし、秘薬の範囲を越えた状況とはいえ、塗っておけば徐々に回復はされるはずか。腕が徐々に再生されたことからすると」

「そうですね。たぶん徐々には」

「具体的に、どのように再生されますかね?」

「うう~ん」 私は腕組みした「顔の構造順に治るでしょうけれど、具体的な構造がどうなのか」

「顔の構造は、骨、骨に結びつく腱があって筋肉につながり、皮下脂肪、皮膚という構造ですが」

「なるほど。では腱はできて一部筋肉ができるかしら……」

「ふむ」 彼は考え込んだ。「秘薬が腱や筋肉として再生される時間はどのくらいでしょうか?」

「たぶん、二週間くらいです。生命力が溢れていたらもっと早いでしょうが。二週間後、また秘薬を塗りに来たとして、生命力が戻っていたら皮下脂肪に一週間、皮膚に一週間というような時間でしょうか」

「なるほど」

 整理すると、問題は壊死部分を取り除く方法と、生命力の弱さ、修復する範囲。それらかしら。

 壊死部分を取り除いて生命力を上げさせ秘薬を小範囲に塗ってしばらく待ちつつ、また別の壊死部分を取り除いて薬を小範囲に塗って……を繰り返すかどうか。

 根気のいる作業。たぶん一ヶ月以上かかる。

 治される側も時間と体力が必要で。

 それでどうしようと。それにコークリットさんは怪異の捜査で急いでいるみたいだし。

「ふむ」

 私の話しを聞いた後で、コークリットさんはアゴに手を当て考え込んだ。

 ああ、ああもう。エルフ男性にはない精悍で凛々しい顔立ちに、何だか分からないけれども見惚れてしまうの。彼を見ていると胸がドキドキするし。

 うう~~、ここ最近何だかおかしいなあ、私。

 オーガーに見間違えた申し訳なさからかなあ? はあ。

 そんな私に気づきもせず考え込んでいたコークリットさんは、親黒豹をつぶさに見始めた。あれ? 彼はケガをしていない背中や足を見たりしている。

 何で?

「ふむ。なるほど。あとは」 コークリットさんは私に向き直る「麻酔薬か睡眠薬の強力なものを作れませんか?」

「え? 麻酔薬か睡眠薬? 強力なもの?」

「ええ。できれば刺しても焼いても起きないくらい強力なものです」

「ええ!?」

 刺しても焼いても起きないくらい強力なもの?

 いきなりなんでそんな話になったんだろう? 何を考えているんだろう?

「無理そうですかね?」

 彼は表情は変わらないけれど、「困らせて申し訳ないなあ」という心が伝わってくる。もう、そんなの気にしなくていいのに。

「ええと、そうですね」 私は親黒豹を見た「どうでしょうか? この黒豹の巨体に見合う分量がどのくらいか、ちょっと」

「ああ、なるほど」

「どういうことですか? 麻酔薬や睡眠薬が必要って?」

「はい。今日の処置で終了する治療法を思いついたのですが『 痛み 』が問題で」

「えっ!? 今日で!? 終了する治療法!?」 ええ!? 今度は私が驚いてしまった!「ど、どんな方法ですか!?」

「はい。まず病原菌の問題ですが、そこは病気を快復させる魔法で対応可能です」

「病気の快復魔法!」

 おお! そんな魔法があるんだ!

「次に壊死部分の問題ですが、聖魔法で浄化の魔法というものがあります。それですべて壊死細胞は浄化できます」

「じょ、浄化の魔法!」

 そんな便利な魔法が! うわあ、凄い!

「ただこちらの魔法に問題がありまして」

「な、何でしょうか?」

「壊死細胞を浄化するのは焼けるような痛みが走るんです」

「焼けるような痛み!」

 ああ、それで! それで麻酔か!

「人の場合は麻酔か眠らせて使うんです。黒豹も痛いでしょうからね」

「~~~~っ!!」

 私は嬉しくなってしまった。

 この人は黒豹の痛みまで考えて上げられる人なんだって!

「そして麻酔薬か睡眠薬が必要な理由がもう一つありまして」

「もう一つ?」

 何かしら?

「はい、実は……」

 彼は説明してくれた。私では考えもつかなかった方法を。

「ええっ!?」

「できませんかね?」

「いや、試したこともないです。そうか、私たち妖精は放っておいても治るから……」

 ほええええっ! 面白い発想!

 よく思いついたな、この人! ええ、何それ!? でもやってみる価値はあるかも!

「麻酔薬か睡眠薬かあるといいんですが」

「あっ!」 私はハッとした「そういえば!」

「はい」

「眠りの精霊の魔法があります!」

「眠りの精霊!?」 彼は目を大きくした「どのような魔法ですか?」

「眠りを司る精霊なんですが、術者が魔法を維持している間は眠りから覚めないんです」

「おお! では痛くても起きませんか?」

「はい! 起きません!」

「それは凄い!」 と彼は喜ぶ。

 はわわ~~、何だか嬉しい! 彼が喜ぶと何だか嬉しいの。

「あとは」 コークリットさんは考え込む。よく考える人なんだなあ「私が例の処置をしているところを仲間の黒豹に見られると『 傷つけている 』と勘違いされる可能性があるな。何か目眩ましができないかな」

「なるほど。目眩まし」

 確かにそのとおりだ。私はその方法に心当たりがあったので聞いてみる。

「闇の精霊をカーテン状に広げると見えなくなると思います」

「闇のカーテン! いいですね。念のため光の精霊も周囲を飛び回らせてそちらに意識を持っていかせることはできますか?」

「二段構えですね!」 私はVサインを作って「もちろんできます!」

「ふふ」 彼は目を細めた。「頼もしいです」

 はわああ~優しい心。表情は乏しいけれど、優しい心が伝わってくるの!

 どうしようっ!

 私、嬉しい! 嬉しいの! 彼の心が伝わってくると、嬉しい!

 どうしてだろう!?

 もっと、こうしていたい!

「他に懸念されることはありますか!?」

「そうですね、施術をシミュレーションしてみましょう」

 というと彼はアゴに手を当て目を閉じた。

 はわあぁ~、凛々しい! 凛々しいよう! 私、おかしいよう!

 コークリットさんがシミュレーションしたことを、あーすればいい、こーすればいい、とお互い知恵を出しあって!

 楽しい! 嬉しい!

「よし! 懸念点と対策は出尽くしましたね」

「はい! 念のため、他のエルフたちにも手伝ってもらいますね!」

「そうしましょう」

 私たちはグータッチした! うふふ、グータッチ! うふふ~~、やる気満々になった~~!

 よ~し! やるぞ~~!


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