第26話:泥沼


 天から降り注ぐエメラルド色の光

 光の中に集まる人影

 馬獣人ケンタウロスと人間



 ■コークリットの視点



 集落の外に大勢のケンタウロスが集まっている。

 多くのケンタウロスは私服だけれど、物々しい格好の若者たちが数人。

 上半身は革の胴鎧。剥き出しの二の腕には線状の刺青や腕輪。

 弓を持つ者、槍を持つ者、色々。

 勇ましいな。歴戦の戦士といった感じだ。はあ、人間は俺一人という感じで、孤立感があるなあ。まあ法王庁にいても孤立してたから、俺はどこでもボッチかあ、はあ。

「神殿騎士殿。お待たせしましたの」

 長老がヒョコヒョコとやってきた。くく、ロバのイメージだ。

「今日はこの戦士たちが同行いたします。森や泥沼に魔獣がいてもこれらが相手を致しますので」

「それは心強い。皆さんよろしくお願いします」

「こちらこそ。昨日は仲間を助けていただき、感謝しております。私は戦士の長ハルデルクです」

 と、いい筋肉をしたハルデルクさんが握手を求めてきた。おお凄いな! 俺も結構いい筋肉をしていると思うが、ハルデルクさんは二の腕が剥き出しだから、遥かによく見える! 人間でいうと三十代ってところかな?

 他四名の若い戦士たちが代わるがわる握手を求めてきた。おお、嬉しいな。実は法王庁には、同年代の友達がいないから、俺。何だか嬉しくて顔も胸も熱くなる。種族を越えた友、みたいな? そういうのに憧れる。

「神殿騎士殿、お待たせしました」

 ソールさんがエルフの戦士たちを連れてやってきた。おお、スランさんにローレンさん、システィーナさんにアルティーナさんだ(長いからシスさんアルさんにしよう)

 皆、革鎧に弓をたすき掛けしている。ああ、吟遊詩人の謳う物語で聞くエルフの戦士そのものだ。格好いい。ううーん、筋骨隆々のケンタウロスとは真逆で、シュッと細身で素早そうな印象を受ける。絵になるわ、格好いい!

 と、ふとシスさんと目が合う。「朝はどうも」といった感じで頭を下げると、彼女は途端に頬が赤くなった。くく、可愛い。照れ隠しの笑顔で手を振ってくれた。

 うーん、可愛い。

「何を笑ってる? 遊びに行く気かお前は」

 ローレンさんが言うとシスさんは頬を膨らませてソッポを向いた。くく、仲いいな。絶世の美貌を持つアルさんが相好を崩して楽しそうに頬をつつく。いいなあ。

「神殿騎士様!」

 テルメルク君が駆け寄って来た。お、弓矢を持ってる。あれ? 行くのか? というか、水筒とかロープとか沢山持ってる。遠足か!

「僕も連れて行ってよ! お願いだよ!」

「こりゃ! テルメルク! 子供は引っ込んでおれ!」 長老が叱る。

「僕も行きたい!」

「ダメじゃ」

「僕も調べたい! 何で毒ガスが発生したのか」

「ダメじゃ!」

 ううーん、連れていってやりたいなあ。

 目の届く範囲にいれば最大限危険を取り除くことができる。調べたい欲求、誰でも持っている探求心や好奇心を大事にしてやりたいんだが。

 でも、マズイか。

 長老がダメというなら部外者の俺が口出しすることじゃないし。

 押し問答しているなかで、なぜか嬉しそうなシスさんが小走りに近づいてきた。頬が少し赤くて可愛い。

「うふふ、コークリットさん。私が風の精霊の守りを」

「いや、私がかけよう。『 風精霊シルフよ、彼の者を風で守れ 』」

「ああっ!」

 シスさんが悲鳴を上げた。彼女が魔法をかける前に、ローレンさんが素早く俺に魔法をかけて。くくく。ローレンさんはシスさんが他の男に近づくのが嫌っぽいな。っていうか、シスさん悲鳴を上げるほどのことか?

「ちょ、ちょっ! ローレン! 何するのよ!?」

「ふん」

「もうっ! もう~~っ!!」

 ぷーっ! 凄いホッペだな! 間近で見るとこんなに膨らむの? 可愛い! ああ、またアルさんが相好を崩して「膨らんだ、膨らんだ~!」と嬉しそうにその頬をつついて。優しそうなスランさんが笑顔で二人を見守っている。

 いいなあ。うらやましい。ああ、故郷に戻れば俺も兄弟姉妹たちがしてくれるよな。今は我慢だ。

 ケンタウロスの戦士皆にも精霊魔法がかかる。と向こうの方でシスさんとテルメルク君が何やら相談しているな。何だろう?

 俺は霊力を使って耳を強化する。

「お姉さん、僕にもかけて!」

「え? 長老にいいって言われたの?」

「こっそり見るだけだから!」

「え? じゃあ許可おりてないってこと?」

「僕が連れてきた神殿騎士様なんだ! 僕が見届ける義務があるんだ!」

「ダメって言われたでしょ!?」

「お姉さんが黙ってくれてたら大丈夫!」

「ダメよ! 長老に黙ってそんなこ」

「僕も黙っててあげるからっ!」

「え?」

「他のエルフたち、矢を射ったこと知らないんでしょ?」

「~~~~っっ!?」

 わっりい~~っっ!!

 テルメルク、悪い奴だなあ! くくく、あいつ末恐ろしいなあ! ああ、あの悪ガキぶりは故郷に残した弟たちのカッツォにマルコみたいだ!

「い、言っちゃダメ!」 シスさんの慌てっぷりったら! 可愛い!

「それはお姉さん次第だよ!」

「~~~~~~っっ!?」

 ははは、シスさんは泣く泣く魔法かけてる! 可愛い! 可愛い!!

 まあ、俺が気をつけてやればいいな! 大丈夫!

「では行きましょう!」



 ◇◇◇◇◇



 川を渡って数キロ。

 途中で魔獣に襲われたけれど、ハルデルクさん率いるケンタウロスたちが追い払ってくれて楽ちんだったなあ。

「あそこからです!」

 ハルデルクさんが言う。

 森の先の方が、明らかに色合いが違う。むう、全体的に茶色い。草も樹も枯れ果てているんだ。

 俺は索霊域を展開する。ちょっと小さいが。

 実は、索霊域は分割できる。小さく分割して、ラーディン領の研究施設に張って、一人の霊従者を配置して調査を続けてるんだ。

 その代わり霊力をかなり使う。だから今、索霊域を大きく展開できないんだ。この旅では霊力を温存しながら進まないと行けない。

「さあ、そろそろ差し掛かりますね」

「「はい」」

 エメラルド色の光が落ちる森が突如終わって。

 先が明るいんだけれど。

「酷いな」

「はい」

 枝から葉が全て落ちている。

 ねじくれた枝の間から空が見える。その空もやや茶色に見える。大地から立ち上る煙によって。

 ううーむ、下草が枯れて大地が剥き出しになってるんだが、そこから体に悪そうな霞のような煙も立ち上って……

「前は臭かったが、今は臭いがしないな」

「風の守りのお陰だな」 とケンタウロスたち。

 本当だったら、腐臭がするらしい。当然か。

 森が腐っている。

 確かに、その表現があっているようだ。生命の気配がない。

 酷い有り様の森を歩む。

「酷い。あの幹、ボロボロになってる」

 シスさんがつらそうに言うと他のエルフたちが頷く。

 本当だ。

 枝さえも落ちて、太い幹がボロボロになっている。樹の面影がない、ただの朽ちた柱だ。

 と俺は後ろに気を配るとテルメルクがコソコソ着いてきている。ヨシヨシ。

「神殿騎士殿。見えてきました」

「はい」

 前方に、泥の沼が見える。

 よしまずは目視による観察開始。

 まずは形だが。ひょうたんを引き伸ばしたような形で奥行き三十メートルくらいの沼だ。

 沼の縁も泥だらけで滑ってドボンと行きそう。沼は大地よりも五十センチくらい低いな。

 泥の水面からはボコッ、ボコッと気泡が。重そうな感じだ。

 色は黒みがかった茶色。

「本当に、泉だったのか?」

 斜め後ろでローレンさんがスランさんと話す。

 そう思ってしまうほどの汚れた沼への変貌ぶりだ。

 周囲がどうなっているか確認しながら歩くと、ハルデルクさんやケンタウロスたちもそれぞれ沼を警戒しながら周囲に広がった。一方、エルフたちは周囲の朽ちた樹をそれぞれ確認している。

 さあて。どうやって、何を調べるか。

 まあこんなところか。

 ・泉が泥沼化した理由……………索霊域で内部の霊状態を確認

 ・青い砂粒が関係しているか……拡大球で泥を確認

 とりあえず、索霊域で泥沼の中を調べよう。自然現象でない可能性が高いから、何かしら見つかるはず。

「では、沼の中を調べてみます」

「「はい」」

 俺は泥沼の縁に立って、まずはひょうたん型のデカイ方の沼を探る。深さは結構あって五メートルくらいだな。生命の反応は……

「なんだ、これ?」

 俺はすぐにそれに気がついた。

 はっ!? 何だ!?

「な、何ですか? 何があったんですか?」 とハルデルクさん。

「「え? な、何かしら?」」 女性エルフたちが狼狽える。

「丸いモノがある」

「「丸いモノ!?」」

 そう、丸いモノ。

 そしてそれは生命反応がある! 俺はハッとした!

「卵だ!」

「「卵!?」」

「沼の底に! 大きな卵がある!」

「「大きな卵!?」」

 大きさ七~八十センチの巨大な卵が底にある! 卵内部に霊力の反応もある!

 とその時!

 ひょうたんの小さな方の沼から俺の索霊域の中に侵入してきた生物が!

 沼の表面が揺れ動く!

「何か来る!」

「「えっ!?」」

 デカイ!

 魔獣だ!

 刹那、俺の感覚は研ぎ澄まされ、そこからはスローモーションに!


 デカイ指が! 四本指に鋭い鉤爪が!

 沼の縁に!

「下 が れ!」

 ド オ オ ッ!!

 泥の柱が!!

「「う お お お おっ!!」」

「「きゃ あ あっ!」」

 汚泥なのか汚水なのか、黒いそれらをまき散らしながら!

 巨大な魔獣が! 飛び出した!

 何だコイツは!?

 ド ド ドチャッ ドチャッ! ボ ダ ダ ダッ!!

 泥の塊が!

「「う わ あ あ あ!」」

 泥を浴びるケンタウロスたち!

 ヤバイ! あれは毒を含んでいるんじゃっ!?

 魔獣は俺から離れた陸地に!

 ド チャ アッ! 身を乗りあげ!

「グ モ オ オ オ オッ!!」

「「う わ あ あ あっ!!」」

 耳にっ腹に響く音の振動! ぐわああっ!

 俺の位置からは! 魔獣の横の姿が!

 全体像は牛に近い!

 顔も角も牛! しかし口が耳まで裂けている!

 その口にはサメのような牙!

 四肢が異様に太い! 肥大した筋肉!彫刻か!?

 あれはっ!

「デ ル モ ス!」

 ベヒーモスの眷属! 小型の下級亜種!

 体高三メートル、体長四メートル!

「グ モ オ オ オ オッ!!」

「「う わ あ あ あっ!!」」

 耳に腹に響く音の振動! ぐわあああっ!!

「「きゃ あ あっ!」」

 女性たちがしりもちを!

 ヤバイッ!

 そうっ、女性たちの真正面!! 五メートルもない!!

 デルモスは叫び声をあげたままの口で!

 舌が! ヤバイ!

「『 全 纏 装 』」 魔法の発動! 俺の眼前に巨大魔法陣!

 同時にデルモスは舌が! カメレオンのように膨れ上がる!

 俺は剣に手をかけながら!

「『 聖 剣 技 』」 次の魔法の発動! 左手を刃に添えながら!「『 なみ きりの 太 刀 』」

 引き抜かれていく刀身に魔法の光! これは波動掌を刀身に纏い、斬撃を強化する技!

 同時にデルモスの舌が! 前に! 射出!

 ド オ オ ッ!

「「きゃ あ あっ!」」 シスが、アルの前に割って入る!

 アルを手で! 大地に押し倒す!

「シ ッ」 ローレンが、叫ぶ!

「姉 っ」 スランが!

「『 飛 翔 脚 』」 俺はさらに魔法を発動! 右足の裏に、魔法陣!

 ダ ン ッ!

 これは超加速移動の魔法! 全纏装の魔法陣を神速で通過! 鎧を纏う!

 瞬間、俺が見たものは! デルモスの舌が、シスに! 巻き付き! 速っ!

「「き っ!」」 悲鳴!

 間に合わない! 舌を斬るのは!

 俺とデルモスの距離! 約八メートル! シスの体が! 宙に! 引き寄せられ!

 ヤバイ! 一瞬! 絶望感が! 舌を斬るのは! 無理!

 俺は宙を飛びながら! 剣を半分引き抜きつつ!

 シスが! 宙を! デルモスの口内まで、あと二メートル! 俺は、あと五メートル!

 舌斬りは、間に合わないっ!

 俺は左足に飛翔脚の魔法を発動!

 ダ ン ッ!

 さらなる超加速!

「ゃ あ あ っ!!」

 シスが! デルモスの口の中に! 入ったと同時!

 口を閉じる前!

 俺の聖魔法を纏った剣が!

 デルモスの喉に!

 ス ル ッ!

 熱したナイフでバターを刺すような感覚!

 何の抵抗もなく!

 ル ル ル ル ッ!

 何の抵抗もなく!

 俺は剣を振り上げる!

 ピ ン ッ!

 頭と胴体が! 一刀のもと両断!

 よしっ!

 俺の目の前には! 宙に浮く、デルモスの巨大な頭部!

 デルモスの目が俺を見た!

 デルモスもまだ、何が起きたか! 分かっていない!

 シスは、まだ口の真ん中! デルモスの目の位置より前!

 行ける! 俺なら!

 振り上げた剣をまっすぐ下ろす!

 ス ル ッ!

 デルモスの目の位置から再び剣が入る!

 ル ル ル ル ル ッ!

 剣は上顎を何の抵抗もなくすり抜け、舌の付け根をすり抜け、下顎をすり抜ける!

 ピ ン ッ!

 フィガロ団長直伝の! 精妙な太刀筋!

 上顎が宙に! 下顎が宙に!

 システィーナは、舌が巻き付いたまま!

 宙に!

 俺は切断面の前! 太い骨! 赤い筋肉! 食道! 血管! の正面!

 このままだと! 俺もシスも切断面からの血を浴びる!

 着地した右足を軸に体を錐揉み回転! 回し蹴りをデルモスの肩に! 同時に!

「『 波 動 脚 』」

 ダ ン ッ!

 左足の裏より波動! 血が噴き出す前に! デルモスの胴体を真横に!

「あ あ あっ!」

 シスの叫び声!

 俺は剣の魔法を解き、大地に刺す!

 そして落ちてきたシスさんを両腕で受ける!

 俺の時が動き出した。


「あああああっ!」

 ズドンッ! と吹き飛ばしたデルモスの胴体が大地をたたく!

「ああああっ!」

 なおもシスさんは叫ぶ。

「大丈夫です、システィーナさん!」

「ああああっ! あああれ!? あれっ!? あれっ!?」

 シスさんは我に返る。

「あれ!? あれ、鎧!? あれ!? 私!?」

 はあーっ、見たところケガはない。良かった。シスさんは目を白黒させながら周りを見回す。そして俺にお姫様抱っこされていることに気がついて「ひゃあっ!」と顔を真っ赤にした。

「……」

 俺は思った。

 シスさんは、素晴らしい女性だと。

 勇敢な女性だと。

 とっさにアルさんを庇って、身を挺した。たぶん考えるより先に体が動いたんだろう。

 それは普段からアルさんを大事だと思っているから。とても。

 それはひとえに……

「貴女は、愛情深いのですね」

 サテュロスの幼女を守ろうとしたように。

「ええっっ!?」 シスさんは耳の先まで赤くなった。「~~~~っっ!?」

「シスッ!」「姉さんっ!」「シスッ!」

 他のエルフたちが駆け寄ってくる。俺が下すとローレンさんが腰に巻き付いた舌をはぎ取って、皆でケガがないか確認している。

「わあああんっ! シスのバカバカバカ~~~ッ!」

「この愚か者が!」

「ああ良かった、姉さん!」

 俺はハッとすると、ケンタウロスの戦士たちを見た。確か、泥水を浴びていた!

「うわああっ! 目がっ! 目があああっ!」

「うわああっ! 肌がっ! 痛い!」

 マズイ! やはり毒だ!

 俺はケンタウロスたちに駆け寄った。

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