第27話:泥沼2


 立ち枯れた樹木

 腐った下草

 毒にまみれた沼


 大柄な騎士が少女を横抱きする



 ■システィーナの視点



『貴女は、愛情深いのですね』

 無表情だけれど優しいまなざしで、コークリットさんは言った。

 はわわ、そっ、そんなこと言われたの、は、初めてっ!

 はわわわわっ!

 か、顔が! 近かったあぁ~~!

 お、大きな体だったあぁ~~!

 私を軽々と横に抱っこしてっ! はわわわわっ!

 私を下ろした後、コークリットさんは走ってケンタウロスの元へ。はわわああ~~、行っちゃったあ~~っ! はわわああ~~、鎧姿! カッコいい!

 っていうか、私どうやって助かったんだろう!?

「シスッ大丈夫か!?」

「シス!?」

「姉さん!?」

「あっ! アル!」 私はハッとした「怪我はないっ!?」

「「お前だ!」」

 いや、無我夢中で押し倒したから!

 聞いたらコークリットさんがいつの間にか倒していたって! そうだよね、彼に抱っこされてたし! ああっ私、また助けて貰ったんだ!

 そして、またハッとした。他の怪我人は!? コークリットさんは倒れたケンタウロスを助けている。次の瞬間、コークリットさんがこっちを見て叫んだ!

「助けてください!」

「!!」

 やっぱりいた!

 私は走り出した!

「行こうっ! 皆!」

「「あっ、シス!」」

「テルメルク! 水だ! 水を持ってこい!」

 コークリットさんが叫ぶ! え!? 気づいて!?

「はっ、はい!」

 隠れていたテルメルク君が駆け寄る!

「はいこれ! 神殿騎士様!」

「よし! 二つも水筒持ってたんだな! でかした!」

「はいっっ!!」

 ああっ、テルメルク君嬉しそう! 可愛い! さっきのズル賢いのは何だったの!?

 毒水を被ったケンタウロスは歯を食いしばって唸っている! 皮膚や目から毒が! とコークリットさんは水筒の水を頭からかけようと! あっ!

「待って! 水精霊ウンディーネで効率よく洗浄できるわ!」

「え!? 本当ですか!?」

「はい!」

 私は水筒を二つ借りる。うん、合わせて一リットルあるわ。充分!

「『 水精霊、姿を取ってこのケンタウロスの毒を抽出して』」

 水精霊の紋様が宙に浮かぶと、水精霊は水筒から宙に浮かび上がってスライム状態になる。

「「おお!」」

 コークリットさんとテルメルク君が驚く。いやいや、まだまだ!

 スライム状の水精霊はケンタウロスの頭に触れると口と鼻を残して頭部を覆い尽くす。

「「おお!」」

 まだまだっ! 水精霊は毒を浮かすと、その毒を一ヶ所にまとめて行く。しばらくすると水精霊は頭から離れてまた宙に戻った。宙に浮く水精霊はフヨフヨとしながら、集めた毒水だけを「トプンッ」と切り離した。

「できました!」

「凄い! さすがだ!」

 コークリットさんが目を見張った。よし無表情が少し崩れた! えっへん! やった!

「よしこれなら! 『 毒消去』」

 コークリットさんは左手をかざすと魔方陣が現れて。青白い顔で荒い息を吐くケンタウロスが光に包まれた。おお、これが聖魔法なのか。魔法陣が出るのね。たぶん、彼を守護する聖霊の印なのだろう。

「はあっ!」 苦しんでいたケンタウロスの若者が息を吹き返した。「た、助かった! ああ、ありがとうございます!」

 よし! やったあ!

「よし! このまま他の人たちも助けましょう」

「「はい!」」



 ◇◇◇◇◇



 アルやスラン嫌味男ローレンも手伝って。精霊魔法と聖魔法で、全員の無事を確認したところで、コークリットさんは次の調査に入ったみたい。

 魔法で千里眼というものを飛ばした後、二人の従者を出すと、一人はデルモスの胴体を解体させている。

 ふげえ、気持ち悪い。直視できない。

 ふげえ、凄い臭い。

「凄い臭いだな」

 嫌味男が顔をしかめる。

 エルフもたまに肉は食べるけれど、多くが鶏肉で内臓は小さくって。直視できないほどの内臓を、風の守りを使っても臭い内臓を、彼に似た従者が解体している。

 コークリットさんは眉間にシワを寄せて。

 視覚や嗅覚、触覚情報を共有しているって言ってたから、たぶんコークリットさんが解体している感覚なんだろうなあ。ひゃあっ、寄生虫が従者に飛び付いて来た! ひゃああっ!

 こんな酷い状態なのになぜ解体するのか、私は彼の考えていることに興味がわいた。

「わざわざ解体するのは何故だ?」

 正気の沙汰とは思えん、とまた嫌味を言う。

 もうっ! 何か考えがあるからだよ! 見守って上げようよ! 私が言うと嫌味男は不機嫌そうに鼻を鳴らして。アルと弟がアワワッとした。

 一方もう一人の従者は。

 水中呼吸の魔法を使って沼の底へと降りて行る。どうやら卵を取ってくるみたい。とコークリットさんが言った。

「どうやらこの毒水は卵を守るためと、孵化のために親が排出しているようですね」

 そうなんだ!

 解剖中のデルモスの腹の中から、超濃縮された毒袋が出てきたみたい。それが毒沼の水の成分と同じらしい。別の聖魔法で成分を比較したって。

 すると毒沼から巨大な卵を持った従者が上がってきた。従者は精霊魔法のおかげで汚れてさえいない。良かった良かった。

 コークリットさんは大きな卵を調べる。ううーん、禍々しい紋様の卵だ。

「ふむ。卵からも毒素が出ていますね。しかし弱いようだ。霊力の反応も弱い」

 もうすぐ死ぬかもしれないという。

「孵化のためには濃い毒沼が必要なようです。毒沼を求めてデルモスは北西からやってきたものの毒沼がなく、泉を自ら毒沼化しようとしたようですね」

「なぜそう言える?」

 と腕組みで不機嫌そうな嫌味男。

 もうっ! 何なのその態度は、くわああ! と怒ろうとしたらアルが「火精霊にオリーブ油を注いじゃダメ!」って、私の口を押さえる! モゴオオオオッ!

 何!? 何のこと!?

「千里眼という魔法で、ファラレルの森に点々と存在する毒沼化した泉を調査してみました。北西に向かってここから離れるごとに水が綺麗さを取り戻しています」

「離れるごと? ほう、なるほど。デルモスが立ち去った順に綺麗さを取り戻しているということか」

 くわああ、何だその偉そモゴオオオオッ!

「そうです。またその綺麗さを取り戻しつつある泉の中に、霊力反応のない卵が残されていました」

「ほう? 卵が孵らずデルモスが放棄したということか」

 くわああ、何だそモゴオオオオッ!

「そうです。仮に死んだ卵でも毒を吐き出し続けるならば、毒沼化は改善されない。しかし他の泉では改善しつつある。毒沼化は親が行っていたと言えるでしょう」

 とテルメルク君が。

「じゃあ神殿騎士様がデルモスを倒してくれたから、毒沼化も毒ガスも、森の腐敗化も終わるんだね!?」

「ああ、終わる」

「「おおっ!」」

 ケンタウロスたちが喜ぶ。ハイタッチしたりステップを踏んだり、うふふ。

 なるほど。毒の原因がデルモスの仕業という確証を得るために解剖したのね。

 ケンタウロスたちのために……

 コークリットさんは無表情だけれど、優しそうな目でケンタウロスたちを見ている。

 でも

 なぜかしら

 私には悲しそうな感じに……

「気のせい……?」 私は呟いた。

「何か言った?」 弟が聞き返すけれど「何でもない」と答えた。

 答えたけれどもなぜかしら。

 とても気になるの。何で悲しそうに?

「ああ解決かあ! さすが神殿騎士様!」

 とテルメルク君の喜びの声に、私は気づいた!

「ああっ!」

「「え!?」」

「「どうした!?」」

 皆が私を見る!ああ、いや何でもないです!

 いや、本当は何でもある!

 いや、解決しちゃったらばね!?

 コークリットさんは自分の捜査の方に行くってことになるから、ここでお別れじゃない!?

 助けて貰った恩返し、できなくなる!

 どどど、どうしよう!

 私の内心など知る由もない若いケンタウロスが問う。

「じゃあ、少しずつだけれど泉は元に戻るんですね?」

「はい、戻ると思います。がこの腐敗した森の部分が元に戻るかどうかは……」

 とコークリットさんが私たちを見る。

 うん、私は森を元に戻せると思った。エルフなら! やっと役に立てる! と思ったけれどもコークリットさんへの恩返しじゃないしなあ、と思っていたら。

「心配無用だ。このくらいなら我々エルフが力を使えば元に戻る」

 ええ!? 嫌味男が! そんな発言を!

 ええ!? ビックリ!

 嫌味男がそんなことを言うとは! 意外!

 とビックリしていたらアルが小声でため息混じりに。

「見直してあげなさいよ、シス」

「う、うん。見直したよ!」

 どういう風の吹き回しだろう? コークリットさんを見習ったのかな? そうしたらアルがまた小声で「引き合いに出しちゃダメ」と。え? 何で?

 とケンタウロスたちが首をかしげる。

「しかしなぜデルモスはファラレルの森に?」

「ああ、上位種のベヒーモスはリートシュタイン山系の一つに君臨していると聞く。下位の一眷属であるデルモスも、リートの大断崖の上にある山海地帯に棲息しているハズだが……」

「そうなのですか? 確かにこれほどの生命力を持つ魔獣はもっと中心部にいそうですね」 とアゴに手をかけるコークリットさん。「リートシュタイン山系か、その付近の山海の方で何かが起こっているのか……?」

 とコークリットさんは呟くと、私はその考えが頭をよぎった。

「ねえスラン?」

「何? 姉さん」

「風の峡谷の氷河化も、何か関連しているのかしら?」

「やはり姉さんも?」 弟も同じ事を考えていたみたい。「関係があるのかな……?」

 私と弟は考え込んだ。

 デルモス。

 風の峡谷の氷河化。

 オークの集団。

 同時期に。

 偶然かしら?

 ううーん、関連性があるなら協力関係を結びたい。それで、その流れの中で恩返しするの。良い考えじゃない?

 今朝、コークリットさんは「協力関係を結びたい」って言ってたし、嫌じゃないみたいだよね。何か言いづらそうだったけれど。

 弟なら上手く交渉できないかな?

 そんな感じで弟に言ってみたら。少し考え込んだ後。

「分かった。うまく行くかは分からないけど。まずは相談してみよう。コークリットさん、いいですか?」

「はい、何でしょう」

 弟が切り出す。ううーん我が弟ながら頼もしい。弟は他種族との交渉をもう二百年くらいしてきたから得意なんだ。

 コークリットさんは静かに弟の説明を聞いてるんだけれども。ああ~、弟の身長と頭一つ分以上違うから首をおって。その首は長くて太いなあ。肩幅も凄い。

 エルフには絶対いないタイプだ。

 人間はこんな感じなんだあ。凄いなあ。

「……谷の氷河化? ヴァルパンサードの出没? ソールさんは昨日、オークやオーガーの出現だけを話されていましたが……」

「あ。もしかしたら、エルフの里から百キロ近く離れた場所の話なので無関係と判断したのかも」

 ううーん、どうかな。

 たぶんソールのことだから「厄介な話しをすると協力関係を結べないかも」とまずはオークやオーガーだけの話しをしたのかも。

 話さない方が良かったかな?

「氷河化、ヴァルパンサード、オーク」 コークリットさんはふと私を見て言いにくそうに「オーガー」

「忘れてくださいっっ!!」

 もうっ! もう~~~っっ!!

 アル! 吹き出すんじゃないの! 義妹になったら物凄いイジワルしちゃうからねっ!? あ、弟も嫌味男も、テルメルク君まで笑って! もうっ! もう~~っ!!

 コークリットさんはまたアゴに手を当てて考え込んで。はわあ~、端整な顔立ちだなあ。赤みを帯びた髪を上げて額が見えて。荒々しいのに凄く理知的で。線の細いエルフとは全く異なるタイプだなあ。

 そんなコークリットさんは、私と弟を見てこう言った。

「エルフの里や風の峡谷は方向的にはどちらでしょう? 北西でしょうか?」

「エルフの里はここからだと東です。風の峡谷はそこから真北と言えます」

「東……マヌーは南……無関係か……?」

「?」

 無関係? あっ! 分かった!

 一連の出来事は、位置や方向的に『 無関係 』ってこと? いや、それはマズイ! 一人で行っちゃうっ!

 すると弟が切り出した。

「コークリットさん。湖沼地帯へ流れ込む川を遡るつもりでしたら、エルフなり、ケンタウロスなりの力が必要になってくると思いますよ」

 考え中だったコークリットさんは、顔を上げて弟を見た。

「やはりそうでしょうか?」

「はい。川によっては蛇行を繰り返すことで数百キロあるものも。短くても多くの川はリートの大断崖という高さ千メートルはある断崖から流れ落ちたり染みだして来ます。仮に大断崖まで行かずとも、目的の場所に着く前にこのような毒ガス地帯もあるやもしれません」

「なるほど」

 ううーん、うまい。口八丁だよね、弟。

「実は昨日、ソールさんに協力関係を結びたいと言われたのですが、お答えを保留していたのです」

「ええ……そうお聞きました」

 弟が私を見ると、アルや嫌味男も私を見た!

 ちっ、違うもんっ!

 私がやらかしたせいじゃないって言ってたもんっっ!!

「一人しかいない私は、分担して何かを行うことができません。もし私に協力いただくと私からは協力できないばかりか、あなた方の貴重な戦力が奪われる結果になると」

 ああっ! それで!

「なるほど。そうだったんですね」

「はい。自分も協力を得たいものの皆さんの迷惑になることと、大河を遡るという危険な行為につき合わせるのも……」

「それはおかしい!」 私はムッとして言った。「何か違う!」

「「え?」」

 皆がキョトンとした。

「違う! 何か違う!」

 皆が私を見て、次の言葉を待つ。

 でも、うわあああっ! そのを説明できない!

「何か違いましたか? 申し訳ありません」

 と頭を下げるコークリットさん。謝る必要はない!

「神殿騎士様、気にすることはないよ!」 とテルメルク君。

 そうだそうだ! とハルデルクさんが。

「テルメルクの言う通りだ。毒におかされた仲間の治癒をしてもらい毒沼化の理由となったデルモスも退治してもらいました。助けられっぱなしは我々も面白くない」

「ではこうしたらどうでしょう」 弟が提案する。「コークリットさんの調査は時間がかかるなら、先にヴァルパンサードの方だけでも解決して貰えれば。里まで馬の足で半日ほどの距離なので大幅な時間はかからないかとは」

 うんうん、馬なら確かに半日くらいで行ける!

「うむ。デルモスを倒した手並みならヴァルパンサード退治も容易そうだ」

 と嫌味男。

 ちょ、退治じゃないでしょ!

「移動に半日ほど。最短で一日半か? いや今が昼だと最短で明後日か」

 考えるコークリットさんに、弟が。

「一見すると遠回りに感じるかもしれませんが、もしかしたら最終目的には最短になるかも」と弟は続けた。

 なるほど、急がば回れってことね。どうかな? お願い! コークリットさん! ああ顎に手をかけて悩む姿がカッコいい。と弟が。

「ネックは日数ですか?」

「はい。昨日から最短で四日、調査ができなくなると」

「代わりの方はおられないので?」

「ええ、残念ながら」

「先ほどの魔法の従者は?」

「あれは、私から離すには霊力の問題があります」

「霊力?」 弟は私たちを見て「我々の霊力は使えませんか?」

「え?」 コークリットさんはわずかに目を大きくして「そうか、行けますね」

 おお! 大丈夫なんだ! 私は手を上げた。

「はい! はいっ! 私の霊力を使ってください!」

「では我々と協力関係を?」

「はい。結ばせていただきたいです」

「「おお!」」

 やった! 協力関係決定!

 コークリットさんに恩返しできる!

 弟は本当にこういうのが上手い。

 思ったこと、感じたことを端的に説明できるから本当にうらやましくて。だから私はいつも弟みたいにできないことを歯がゆく感じるの。

 今回も『 何かが違う 』と感じた部分を言い表せなかった。


 でも後日それが分かったので、またそれはそのうち。


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