第25話:ケンタウロスの集落2
太い柱の園
広々とした平坦な森
森を蓋する天井も平らか
平行な森を歩む馬とエルク
馬とエルクをひく美しい若者たち
美しいエルフたち
■システィーナの視点
うわあああん!
何てことをしちゃったんだろう!
間違えて人を射ってしまうなんてっ! しかも二発も! うわああん! うまく避けてくれて良かったああ!
「うああぁ~~」
頭を抱えた私を見て、美しい顔のアルが吹き出した。
「どうしたのよシス。オーガーって間違えてへこんでるの? シスらしい間違いよね、うふふ」
違うんだよう~~。間違って射ったからへこんでるんだよう~~。って、私らしい間違いってどういうことだ、こらぁっ! 未来の姉だよ!?
「ああでも大きかったね。僕も巨人だと思った。ふふ」
とフォローしてくれる
うう、思っただけならいいじゃないか~~! 私はさらに弓矢を射っちゃったんだあ~~!
「私、人間って初めて見た。あんなに大きいんだね」
アルが感心している。うん、私も初めて見た。と別のエルフが言った。
「そうか。二人は冒険商人にはあってないからか。でも人間の中でも特に大きいと思う」
「「へえ、そうなんだ」」
冒険商人は、危険をおかしてまで森の中の取引地までやってきて色々な妖精や獣人と物々交換などをしに来る人間の商人で。エルフは薬を、商人からは反物とか陶器を交換している。
年に数回、わざわざ数日かけて離れた取引地に行くんだけれど、男性エルフしか行っちゃいけないことになってる。
人間は危ないからって。
だから、あんなに大きいって知らなくて!
うわああああん!
「お姉ちゃん……」
弟の背中で、サテュロスの幼女が青白い顔で、落ち込む私を心配して。
ふうう~~、情けない! 幼女に心配されて!
他のエルフたちもサテュロスの子供たちをウォーエルクに乗せたり背負ったりしてる。
八名のエルフでケンタウロスの集落へ向かうと、ゲルが沢山あって。外で作業していたケンタウロスたちが私たちに気がついてビックリしていた。
「おおエルフの! どうされた?」
駆け寄って来た若いケンタウロス。と弟が挨拶する。
「こんばんは、遅くに申し訳ありません」
はわあ、大きい! さっきの人みたい!
うああ、それで恥ずかしい行動を思い出した! ああもう、ああもう~~!
穴があったら入りたい~~!
私が一人で悶々モヤモヤしていると、いつのまにか多くのケンタウロスたちが集まっていて、弟が談笑している。本当に我が弟ながら、人当たりがいいので感心する。
とその時、後ろの方から声が。
「神殿騎士様! じゃあ明日、拡大の魔法見せてね」
「ああ、いいよ」
振り返ると、四人の人影が薄暗くなった森の向こうから見えてきて。ああ、来た!
私は恥ずかしくて、そして申し訳なくて、弟の後ろに隠れた。
「スラン。待たせたな」 とソール。
「いえ。今挨拶していたところです」
弟は集まっていたケンタウロスたちに、この隊のリーダーであるソールの紹介をした。
私はというと、弟の陰からあの大きな人を見てみた。
ああ、表情が読み取れないけれど凄く端整な顔立ちをしていて。何でオーガーと間違えたのかしら。この人がかばってくれたように、幼女が心配で焦っていたのかも。
大きな人は、ソールたちの話に加わらず、周囲を見ている。と、あれ? 表情は変わらないのだけれど、目元が少し柔らかくなったような気がしたので、思わず視線を追うと……
「……」
そこにはサテュロスの子供たちが。
ああ、優しいまなざし。表情は変わらないのだけれど。
霊力も、優しさを放つとても暖かな色で……
うん。悪い人間ではないみたい。そうだよね、人間も悪者ばかりじゃないよね。とソールの声に私は我に返った。
「長はどなただろうか?」
「ああ、長老はゲルの中にいるかな」
「ではご挨拶にうかがわせて貰おう。突然で申し訳ないと」
「じゃあ案内しましょう」
ケンタウロスの若者が道を開ける。
と弟が小声で。
「早かったですね」
「うむ。ケンタウロスの長も含めて話そうと思ってな。スランも同席してくれ」
「はい」
「神殿騎士殿も良いかな?」
「はい」
ああっ、弟が動いたから!
隠れ箕がなくなって!
うわあ!
あの大きな人と目が合った!
「~~~っっ!!」
いきなりだったから、私は固まってしまって!
と思ったら、大きな人は何事もなかったかのような涼しい表情でフイッと顔を背けた。そしてソールと弟の後について行ってしまった。あれ?
ああっ!
怒ってる!
怒ってるよね!?
私に殺されかけたんだもの!
ああそうだ。それに私、謝ってない!
オーガー扱いした上、二発も射って! 謝ってない!
ああっ、謝ってないし、さらにかばってもらったお礼も言ってない!
恥ずかしさが先に立って、すっかり忘れてしまって……!
うわああああ!
◇◇◇◇◇
ソールと弟がケンタウロスの代表者と話を進めている間に、私たちはケンタウロスの集落の一部に住居を準備する。
今晩眠る場所を作らないと。
「おお、凄い! エルフの住居は魔法で作るのか!」
ケンタウロスの若者たちが目を丸くする。
うふふ。今私たちは魔法で住居を準備しているの。大地の精霊と植物の精霊を利用して。
大地の精霊で壁を作って、丈夫な地下茎を持つ植物を内部の骨組みにして補強するんだ。三十分もかからずに、土と葉でできた家が完成した。
特に可愛らしいのが、屋根がこんもりした葉っぱで。土壁の骨組みとなった地下茎のある植物がそのまま屋根で葉をいっぱい広げているんだ。
「わあ、凄い!」
サテュロスの子供たちが喜ぶ。うふふ、可愛い!
つらい思いをしたハズだから、何とか癒してあげたい。
「今日はお姉ちゃんたち二人と皆で寝ようね」
「「はい!」」
しばらく子供たちと一緒に遊んでいたら、弟が戻ってきた。
「姉さん、お疲れ」
「うん。どうだった」
「うーん。そうだな……」
弟は腕組みをした。
あれ? 共同戦線の件、芳しくないのかな?
弟が戻ってきたことを知った他のエルフたちが集まってきた。
「スラン。どうだ? 共同戦線の件は」
「うん。大筋では合意できているんだけれど、ケンタウロスの方でも色々と問題があってそちらの解決を優先したいらしい」
「ケンタウロス側の問題?」
「うん。どうやら以前集落があった場所の近くで毒ガスが発生して、慌ててこちらに移ってきたらしい」
「毒ガス!」
「どうやら元は綺麗な泉だった場所が、毒ガスの発生する泥沼になったらしく」
「ほう」
「その綺麗な泉はいたるところにあるらしいけれど、点々と泥沼に変わっていっているらしい」
「なんだって!?」
ええ!? それは結構厄介な話じゃないの!? 原因を探るのも厄介だし、分からなかったらどんどん毒沼が増えて行ってさらに厄介なんじゃ!?
「うん、そうなんだ。そこで我々と神殿騎士コークリットさんの力が必要らしく、それ次第で……ということらしい」
「「我々の?」」
「「神殿……コークリットさん?」」
「そう。あの大柄な人間は神殿騎士といって人間世界ではそういった不可解な事件を解決する騎士らしい。そのコークリットさんが調べてくれるらしいけれど、毒ガスが発生しているから我々エルフが風の精霊魔法で毒ガスから守ってほしいのだという」
なるほど。風の。
っていうか、人間の中ではそういう立派な人だったの!? うわああ!?
「ほう、若そうだが意外に優秀ということか。オーガーと間違えて大変失礼なことをしたな。エルフの信頼性を揺るがす問題になるだろう」
と嫌味男! くわああ~~、嫌味! でも怒ることもできない~~~!
「そういえば神殿騎士殿は先ほどソールの依頼に難色を示していた。怒っているからではないか?」
くうううう~~っっ!! 嫌味~~っっ!!
「怒ってるようには見えなかったけれど。調査にはケンタウロスは五名ほどついていくらしい。ソールが『 我々も三~四名行けば全員分の精霊魔法は十分だ』と話していたので、人選を──」
調査の同行!私は真っ先に手を挙げた。
「はい! 私、行きます!」
罪滅ぼしに私は協力しなくちゃ。
罪が滅ぶか分からないけれど。
「じゃあ僕も」 と弟。
「じゃあ私も」 とアル。
「ならば、私も行こう」 と嫌味男。
「じゃあ、この四人が同行するということで。とりあえず今日は遅いので、コークリットさんもケンタウロスのゲルで休むらしい」
うう~~。明日こそ謝ろう。
◇◇◇◇◇
翌朝。
まだ太陽が水平線から顔を出す前の時刻。私は目を覚ました。
魔法で建てた小さな家に可愛らしい寝息が幾つも聞こえる。うふふ、可愛い。寝床から出ると少し肌寒くて。
あれ? どこかからかすかな音が。風切り音。弓矢を手に外に出てみた。
「ああ、ヒンヤリしてる」
そうなの、ファラレルの森はヒンヤリと湿っていて。朝靄が大地や草木から出て、世界をほんのりと白い景色に変えているの。ああ、いいなあ。なぜか胸がキュゥッとなる。まだ草木も、眠っているわ。
ああケンタウロスたちのゲルが、朝靄の中でぼんやりと光っている。あれはマジックマッシュルームのほのかな灯りね。素敵。
そんな眠ったままの森の奥から、何かが聞こえてくる。
ヒュヒュヒュヒュッ!
鋭い風切り音だ。
「……」
私は息をひそめると、静かにその音のする方へ行ってみた。
すると。
ヒュヒュヒュヒュッ!
ああ! 大きな人影! 大きな人影が何かを振り回している!
ヒュヒュヒュヒュッ!
あれは神殿騎士という、コークリットさんだ。コークリットさんが全身を動かしながら、もの凄い勢いで何かを振り回している!
スヒュンッ!
という乾いた音が最後にして。ああ、大剣だ! 大剣を振り回していたんだ!
って、ええ!? あんなに長くて重そうな大剣を、あの速度で!?
「~~~~っっっ!!」
私は目をパチクリさせていたら、コークリットさんが私に気がついた。
「!!」
「あっ、あの、その!」
また、しどろもどろになっていたら!
「ち、違います!」
「!?」 何が!?
「オーガーではありませんっ!」
私は自分が弓矢を持っていることに気づいた。
「~~~っっ!!」
ああっ! コークリットさんは、また私に弓を射られると! 勘違いして!
「もうっ! もうっ! 分かってます!」
私は顔どころか耳の先まで熱くなって!
うわあっ、もうっ!! もうっ! 恥ずかしい! 何で赤く!? もうう~~っ!
「ああ良かった。そうでしたか。てっきり」
コークリットさんは無表情だけれど、安堵したみたいで肩の力が抜けて。大剣を鞘に納めた時、ハッとした。
「もしや……うるさくて起こしてしまいましたか? 申し訳ございません」
「あ、謝らなくていいです」 私は慌てて両手を振る。「いつもこのくらいの時刻に起きてしまうので」
いや、謝るのはこっちだよ。
ああ、そう今こそ! 謝るチャンスだ!
「あの。こちらこそ……昨日は。申し訳ございませんでした」
私は腿に手をついて深々と頭を下げた。
「オーガーと間違えたばかりか、矢まで……。回避していただかなかったらと思うと」
死んでた……よね。ああ、ひどいよなあ。はあ、私のバカ。バカバカ。すると……
「え?」
コークリットさんはキョトンとして。
「え?」
私の方までキョトンとしてしまった。え?
「「……」」
妙な沈黙が。何を考えてるんだろう? と……
「……良い腕前でしたね」
「は?」
何? 何て? 良い腕前?
無表情だけれど、からかってる?
あっ、嫌味!?
この人も嫌味男のような人!?
そういうこと!?
まじめに謝っているのに! もうっ!
「それは、嫌味ですか?」
ああでも。うん。嫌味の一つでも言いたくなるか~~、はあ。
とコークリットさんが「ああ」という感じで額に手を当てた。
「申し訳ありません。その。昔からよく殺されかけて。防ぐと舌打ちされたり、ため息をつかれたりしていたので」
「は?」 何て?
「誠実に謝られたのが初めてで。どうすればいいかと。何か言わないと、と言葉を選んだつもりなんですが」
嫌な感じでしたね、とまた頭を下げて。
「~~~っっ!!」
何か言わないと? もう、何それ!
しかもよく殺されかけてって、何それ!?
よもや謝られると思わなかったし、からかったわけでも嫌味を言ったわけでもないと、彼も誠実に理由を説明してくれたので、何だか悪い風にとらえた自分が嫌になって。
そうだよ、かばってくれた人が今さら嫌味を言ったりしないよね。
はあ。何で私ってこうなんだろう。
「こちらこそごめんなさい。私の方が悪かったのに」
「そんなことはないですよ。幼い子供を守りたかったんでしょう? 自己紹介が遅れましたが、私の名前はコークリットと申します」
「あ、そうでしたね。私はシスティーナと申します。うふふ」
何だかおかしくって笑ってしまった。
彼は無表情だけれど霊力は優しくて、凄く凄く優しくて、包み込まれるよう。だから安心感があって、とても落ち着く。
何でこんな霊力の持ち主をオーガーに見間違えてしまったのかしら。
無表情だから? 体が大きくて無表情だから?
わざと無表情を装おっているのかしら?
私は彼に興味が沸いてしまって。
見るとはなしに彼を見ると、胸の開いたシャツを着た彼は物凄い肉体で。筋肉バキバキだよ! こう……高密度な筋肉! という感じ。肩幅も凄くて背も高くて。はわああ~、凄い凄い! エルフ男性にはいないよ!
とガン見しすぎていたせいか、彼は太い腕を肩に回してストレッチするような仕草で開いた胸を隠した。顔をわずかに背けているのは恥ずかしいから?
はわわ! みっ見すぎた、こっちが恥ずかしい!
「か、体っ! 本当に大きいですよねっ!」
「はい。オーガー並みです」
「もうっ! やっぱり嫌味じゃないですか!」
「ふふ、お約束みたいなものです」
ずいぶん砕けた人だ。やっぱり無表情を装おってるみたい。
「もうっ、からかって!」 私は頬が熱くなるのを感じてごまかしたくて「さっきのあれ、トレーニングですか? 凄いでした」
私は持っていた弓を振り回した。
「ああ、剣舞ですか? はい、体がなまらないようにですね」
「その剣、たぶん重いですよね」
こんな大剣、初めて見たもの。
持ちたいな。持たせてくれるかな?
私が身振り手振りするとコークリットさんが気付いたようで。
「気をつけて」
「はっい、重っ!!」
ズシッ! っともう! バランスを崩すくらい! はあっ!? 何これ!?
こんな重いものを! 片手で! あの速度で!?
はあっ!?
「な、何なんですか、これ!?」
「剣ですね」
「分かってます!」
我ながらおかしな会話だと思う。
「何なんですか、この重さはってことです!」
「ああ。ふふ、このくらい重くないと敵は倒せませんから」
お。だいぶ表情が緩んだような。
お。何だか嬉しい。うふふ。
あ、そうだ! 今でしょ!
「あの! 昨日はかばってくれて! ありがとうございます!」
お礼を言ってなかったの。私はまた太腿に手を当てて頭を下げた。
「ふふ。怒られませんでしたか?」
「はい! お陰様で。あの。ソールの『 協力関係 』の要請に難色を示されているのって。あの、その」
「?」
言いづらい。私は指をモジモジしてしまって。うう。でも、何とか言った!
「私が、その、や、やらかして。しまったから、ですよね」
「え?」 彼は首をかしげて「いえ、違いますよ?」
「でも」
「私も別の捜査で来ていまして、そちらの捜査との兼ね合いがあり」
「そう、なんですか?」
「私の方こそ、協力関係を結びたいのですが」
「そうなんですか!」
じゃあ、お詫びも兼ねて協力してあげたい!
彼には申し訳ないことを二度もして、さらにかばって貰ったから。
どんなことを調べているのかと、聞こうとしたら。
「シス~~! どこ~~!?」
アルが私を呼ぶ声が。
「あ、呼んでる。しまった、こっそり出てきたから。ごめんなさい、行かなくちゃ!」
「はい」
「毒沼には私も行きますので!」
「そうですか。お願いしますね」
「はい!」
「シス~~っ!?」
ああもうっ! いいところだったのに!
「じゃあまた後で」 私は手を振る。
「はい」 彼も手を振る。
はわああ~、大きな手! 私の頭をすっぽり覆いそう!
残念だあ~~。
もっと話したかったけれど、走り出した私。
「あれ!?」
あれ!? 私、何で……
何でこんなに残念な気分になっているんだろう?
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