第20話:ルーパスの丘陵地帯



 森の核を思わせる巨大な老樹

 枝葉の屋根からは光が木漏れる

 優しげな翡翠色の光

 光は大地に集まる人々へ降り注ぐ

 美しい妖精たちに



 ■森妖精システィーナの視点



 翠玉エメラルドの光の雨が降り注ぐ。

 ああ綺麗。

 うん。気持ちが締まる。

 革の胸当てに、太ももまである革のブーツ。

 前腕を守る革の籠手に各種の防具類で身を固め、背には弓矢の筒を背負い、ベルトにはスローイングナイフを複数挿す。と、グッと気持ちが引き締まる。よし!

 遠征の出発前だ。いやがおうにも気持ちが引き締まる! よし!

「シス、準備はできた?」

 親友のアルが同じ防具に身を包んで。ああ、大人っぽいアルが身に付けると、凛とした印象で……いいなあ。戦乙女ヴァルキリーだよ。

「シス?」

「ああ、うん! 準備は万端だよ!」

 私は一角馬ユニコーンの鞍に荷物をくくりつける。

 よし!

 周囲を見ると、同じように具足姿のエルフたちがウォーエルクに荷物をくくりつけている。私を入れて総勢二十名。男性十六名、女性四名の部隊だ。おお~、カッコいい!

「「気を付けて」」

「「無理しないよう」」

 里に残るエルフ女性たちが幸運のまじないを掛けてくれる。ありがとう! 周囲でも里に残るエルフたちが遠征部隊に檄を入れている。このような異常事態は、ここ百年はなかったからだ。

 父さんが声を張る。

「里に残る者は防備を整え、地精霊ノームの核作りと薬の準備を」

「「はい!」」

 父さんがウォーエルクに跨がると、遠征部隊の皆が跨がり始めた。よし! 私も! とその時。

「お姉ちゃん!」サテュロスの女の子が駆け寄る。「お兄ちゃんとお母さんと皆を助けて!」

「うん! 任せて! 助けてくるからね!」

 私は両膝をついて女の子を抱き締める。ああホワホワの頭が気持ちいい! と後ろからブツブツと。

「また安請け合いを……」

 くわあああっ! アルまで吹き出して! 見世物じゃないんだからね! 私は嫌味男を無視したまま、一角馬に跨がった。

「出発!」

 目がいいスランを先頭に、大老樹の広場から森の中へと駆けて行く。よし、私も!

「行ってきます!」

「「頼むぞ!」」

「「気をつけて!」」

 皆の声に心が高揚する! よし! 頑張るぞ!

 ウォーエルクや一角馬は森の中を飛ぶように駆ける。おおっ凄い! 森の中とは思えない速度! 早すぎて緑色の光のトンネルを駆けているみたい!

 幾つもの幹が後ろに流れて、天を覆い尽くす枝葉が流れる。

「迷いの森を抜けるぞ!」

 早っ! 誰かが叫ぶ! 分かったわ!

 そこからは、危険な世界だ。妖魔がいるかもしれない森になる。

「今のところ、いない!」

 弟が叫ぶ! 分かったわ!

 私たち一団は大樹の柱の間を駆け、隆起した断層の壁と並走し、斜めに倒れる大木の梁をくぐり、小川を飛び越え、谷にかかる倒木の橋を渡る。

 樹上から何事かと私たちを見る小動物たち。ゴメンね!

 待っててね、サテュロスたち! 助けるからね! この先、オークやオーガーがいるかもしれないけれど、手練れの戦士たちが多いから! 心強い!

 かなりの距離を一角馬に任せて走る! と、緑のトンネルの先が明るくなってきた!

 森を抜ける!

「よし! 一旦止まるぞ!」

 森を抜ける手前で止まる私たち。森を抜けると見晴らしの良い大地になるから、オークやオーガーがいないか確認するためにね。

 皆が馬から降りて、森の中から外の世界をそっと見る。

 私は愛馬の首をさすりながら見てみると……

 ほわぁ~~……

 思わず感嘆のため息を漏らしてしまった。

 低い樹木の枝葉の先に、広々とした世界が待っていたから……

 広い。広いなあ……

 枝葉の先には、なだらかに下る草原が広がっているの。だだっ広い、なだらかに下る大草原。シロツメ草やたんぽぽが咲き誇っていて。緑の園に色づく白や黄色。うふふ、無邪気な草妖精コロポクル(小人)が喜んで滑り降りそう。

 でも滑り降りたその先はまた上りになっていて……緩やかに波打つような丘の波が、遠くの方まで続いている。その丘には大小様々な形の巨石が下草の中から飛び出していて。カルスト台地なのね。岩は大きいものによっては高さ五メートルはあるかしら! 鮮やかな緑の草原から飛び出すモニュメントのような巨石群……ほわ~。

 ここがサテュロスが暮らす丘陵地帯、ルーパス丘陵なんだ。

 もう広々とした丘が長閑で、牧歌的で。この丘の原が数十キロ先まで延々と続いている。丘には所々に樹林があって、大海原に浮かぶ浮島のようで。うふふ、可愛い。ああ空が広いなあ。エルフの里は森の中だから樹冠の屋根で閉塞感があるけれど、ルーパス丘陵は遮蔽物がなくて空が遠くまであって。雲がたくさん流れていく。ああ雲の影が丘を流れて行く様がもう。こんな景色もいいなあ。

「何だその締まりのない顔は? 観光に来たのかお前は」

 くわあああっ! 腹立つ! フンッだ! アル! 笑うんじゃないの! 将来の姉に! いびっちゃうからね!?

「見える範囲にはオークやオーガーはいないようです」 と弟。

「うむ。オークどもは夜行性であるゆえ、丘の谷間や巨石の影に身を潜めている可能性はあるな」

「「はい」」

「サテュロスの集落はどこかしら?」

 私は弟に訊く。サテュロスの家は、巨石に同化するように建てていたり、丘にトンネルを掘っていたり、外敵に見つかりにくくしているから分かりづらいの。

「うん。ここから見えるのは太陽の当たりにくい北側斜面だから、南側斜面に多いと思う」

「水の確保から丘の下が多いかもな」 と他のエルフ男性。なるほど。

 と父さんが皆の前でこれからのことを話す。

「では手筈通り、ここで二隊に別れる。私の率いる隊は南東回りでサテュロスを探しながらマヌーの湖沼帯へ向かう。ソールの率いる隊は南西に向かいながらサテュロスを探しケンタウロスの周遊地に向かう。どちらも一定のサテュロスを見つけられたら保護してさらに部隊を分け、里にサテュロスを連れて戻る隊を作る。いいか」

「「はい!」」

 父さんは湖妖精の元へ向かう一隊を率いる。もう一隊は五百三十歳のソールシュタインが率いる。ソールは紅葉しかけのイチョウの葉に似た黄緑色の髪が特徴のエルフで、大地の精霊系統が得意で。大地系の使い手の中で一番のエルフだ。私とアル、弟と嫌味男はソールの隊に入って、サテュロスとケンタウロスの方へ向かう!

「出発!」

 馬に乗り一隊十名で、そこから別れて走る。そっちの皆、気を付けてね!

 さあ、なだらかな斜面を駆け降りると! ひゃああ、爽快な気分! 遮蔽物がないし、風をダイレクトに浴びるから? ああ、草原は陽射しが暖かい! ウォーエルクや一角馬の足音に、花に止まっていた蝶がびっくりしてる。

 さあ、なだらかな斜面を下ると今度は上りだ!

「なるべく丘の上を走って、皆で広範囲を見よう!」 とソール。

「「了解!」」

 馬たちは丘の石をよけながら上ると、ここら辺では一番高い高台に到着。おお、見晴らしが良くて風が気持ちいい! と宙を舞いながら、半透明の風精霊シルフが遠くからやってきた。

「『サテュロスの集落はないかな?』」

 ソールが聞くと、風精霊は南西の方角を指して笑顔で行ってしまった。ああ、もうちょっと情報が欲しかったけれどしょうがないか。精霊は簡単な意思疎通くらいならできるんだけれど複雑なことはできなくって。

 風精霊が指し示した方を見ると、丘は山の稜線のようにつながっていて、奥へ奥へと私たちを誘っているよう……

「よし、では尾根伝いに進もう」

「はい!」

 二列になり、左右を見ながら尾根を進む。

「巨石の陰に気をつけろ!」

「「はい!」」

 そう、巨石の陰にオークらが潜んでいるかもしれない! あるいは巨石の陰に逃げ延びたサテュロスがいるかもしれない!

「もっと広がって探せないかしら!?」

「ダメだ!」 と嫌味男!

「なんでよ!?」

「勘違いするな。あくまでも我々はケンタウロスに共同戦線を持ち掛けることがメイン。サテュロスの捜索は『ついで』だ。隊列を広げることで別のリスクが出てくる」

「~~~っっ!」

 私は反論できなかった! うう~~っ!

「見つけた! 集落がある!」 弟が指さす。

「えっ!? どこ!?」

 左側の丘の中腹に、森とも林とも言えないくらいの樹木の密集地があるけれど、丘の上からだと分からない!

「上手に樹林の中に隠れてる」

 私たちは丘を下っていくと樹林の前で下馬した。

「誰かいるかな!?」

「今のところ、動く影は見えないな」

 高さ五メートルもない広葉樹の林は斜面から斜めに生えていて、木陰を作っている。木陰の中には巨石もあって苔むしている。

 と林の中に、斜面が盛り上がっている場所がいくつもあって、その盛り上がった斜面に扉と窓がついている! ええ?

 斜面に扉と窓! 洞窟型の家だ! 弟はよく見つけたな!

「窓が割れてるな」 ソールがつぶやく。

 ああ! 私が見ていた家の先にも家々があって、そちらは窓が割れ、扉が壊れている! 思わず駆け寄ろうとしたら嫌味男が私の前に立ちはだかって。嫌味男は警戒しながら樹林に入ると壊された扉の家を覗いた。

「誰もいない。が、これは酷いな」

 私も嫌味男の脇から家の中を覗く。

 と、家の中が……! 机も棚も、全部が壊されていて! ああっ、床が! どす黒くなった何かの跡が……! ああ、家の中から異臭が……!

「外にも戦った痕もあるな」

 広葉樹の幹に弓矢が刺さっていて……そこかしこに戦いの痕跡がある。

「家々は十世帯か……む。向こうの方からひどい臭いがするな」

「はい」

 集落の奥へ歩いて行ったソールと弟が、斜面から飛び出る巨石の方へと向かうと同時に立ち止まった。

「「これは……」」

 二人とも鼻と口元を押さえて……

 少ししてから二人は戻ってきた。

「ど、どうしたの!?」

「……見ない方がいい」 とソール。

「こ、答えになってないよ!?」

「姉さん。二体ほど遺体があって……食われて、骨だけに……」

 サテュロス特有の巻き角のついた頭蓋骨が二つあったそうで……ううっ! おそらくオークかオーガーによって食われたと……ううっ

「おそらく一週間以上前だろう。突然襲われたのではないか」

 うう……

 助けられなかった……とその時!

「カタ……」

「「!!」」

 私とアルの後ろ! 壊された家の窓の向こうに何か隠れた! 小さな影だった!

「だ、誰かいるの?」

 私が窓越しに声をかける。

 皆に緊張が走って、男性エルフたちが弓やレイピアを構える。

「怖がらなくていいの。私たちは北の森のエルフよ」

 できる限り優しい声で話しかける。

 すると女性の声に反応したのか、恐る恐る壊れた窓から巻き角が見えて、怯えた目がこちらを見る。アルが皆に武器をしまうよう指示する。

「私はエルフのシスティーナです」

 私は急ぎ髪の毛をほどくと両膝をついて両手を広げる。

 どうかな、今の私は髪の毛も短くてサテュロスでいうと十五~六歳の子供に見えるから、警戒心が和らぐんじゃないかな? こんな時は、小柄で幼く見えるのは利点になるかしら?

「エルフ……?」

 小さな可愛らしい声がする。

「うん! エルフだよ。怖がらなくていいよ」

 すると壊れた扉の向こうから小さな影が姿を現したの。

 それはサテュロスの子供で、たぶん五~六歳の男の子で。

「よく頑張ったね。こっちにおいで」

 私が言うと、男の子は泣きながら私の腕の中に飛び込んできた。

「うわああんっ! 怖かったようっ!」

「よしよし……よしよし……えらかったね」

 ほわほわの頭を撫でる。

「ううう~~、淋しかったようっ!」

「うん、頑張ったね! えらいね」

 ああ、ずっと隠れていたのか顔も頭も、服も埃だらけで……

「お姉さんと一緒に行こう? 他のサテュロスの人たちも探しているの」

「うぅぅっ! うんっ! うん~~っ!」

 男の子はマテオ君という六歳の子で、二週間近く隠れていたという。サテュロスの食事はイザというときは、この草原に生えている草で大丈夫だから何とかなったみたい。

 私たちは、この集落でさらに生き残りの人たちがいないか捜索したけれど、残念ながらいなかった。私たちはマテオ君を馬に乗せ、彼の記憶を頼りに隣の集落に行ってみた。



 ◇◇◇◇◇



 数時間後。

 四つの集落を回った私たちの元には、八名のサテュロスの子供がいた。皆、親や兄弟が家や洞窟に隠してくれたのだという。

 その六つの集落とも、オークやオーガーによって襲われたようだ。

 集落は酷い有様だった……

「子供が八人か。予想外だった。大人が多いと思ったのだが」

 とソールが言う。

 大人だったら、ここからエルフの里まで歩いて連れていることが可能だったけれど、子供だと里までの数十キロを歩かせるわけにもいかない。

「部隊を分けるのは難しいな」

 皆がうなずく。

 私たちエルフは十名で、元々五名がケンタウロスの元へ残りの五名が生存者をエルフの里まで連れて帰る予定だったのだけれど……

「エルフの里よりもケンタウロスの集落の方が近そうですね」と弟。

「うむ。一旦子供たちを連れていって、ケンタウロスと共同戦線を結べたら、ケンタウロスの背に乗せてエルフの里に戻った方がいいかもな」

「「なるほど」」

 確かにその方が戦力の分散もない。

 それが良いかも。

「では行こう」

「「はい!」」

 私たちは再び馬に跨がった。


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