第19話:集会の間



 幾千年と齢を重ねる大きな老樹

 幾千とシワが刻まれた太い幹

 幹の至るところから飛び出す枝葉

 枝葉に隠れるようにへばりつく家々

 キノコのような家々

 エルフの里



 ■森妖精システィーナの視点



 大老樹の幹を飾るような螺旋回廊。

 そこかしこでさえずる鳥たちの声が優しく降ってくる。その中層階にある空き部屋で。サテュロスの女の子が額に汗をかきながら苦しげな表情で眠る。

「うぅ……っ」

「しっかり! 頑張って!」

 私は女の子の小さな手を握りながら、額の汗を拭う。右肩の矢傷が熱を帯びて、全身が熱くなっている。汚れた矢から病原菌が入ってしまったのかもしれない。病原菌は火の精霊の力をもって対象者を焼き、苦しめる。私は少女に手をかざした。

「『 体内の火の精霊は力を弱めなさい 』」

 精霊の言葉で病原菌の火の精霊を弱める。

 少しすると少女の苦しげな呻きや表情はなくなって安らかなそれに変わる。

 良かったぁ……

 手を握っていると、女の子の目が開いた。

「……」

「気がついた?」

「……」

 女の子はボーッとしながら天井を見つめる。うふふ、天井は扇を開いたような骨組みだから珍しいかな? エルフの家は大樹の幹にくっつくキノコのような感じだからきっと独特よね。

「気分はどうかな?」

 女の子はやっと私に気がついたみたい。大きな可愛い瞳に私が映るのがわかる。

「……ここ……どこ?」

「ここはエルフの里よ」

「エルフの……」 女の子はハッとして起き上がろうとした瞬間、右肩を押さえた。「ううっ!」

「起きちゃダメ! まだ安静にしてて。傷口が開いちゃう!」

「み、皆は!?」

「皆……?」

「お兄ちゃんは!?」

「……」

「お兄ちゃん!」

 女の子は肩を庇いながら起き上がって室内を見回す。ああ、どうしよう……

「お兄ちゃんっ!」

 ああ、女の子はボロボロと涙を流して……ううぅ。可哀そうだよぅ……

「うわあああんっ! お兄ちゃあああんっ!」

「お兄ちゃんと……はぐれてしまったの?」

「に、逃がしてくれたのっ! 私をっ! 逃がしてくれたのっ!」

 泣きながら訴える少女に、私も目頭が熱くなる。私は震えそうな声を抑えて、ゆっくりと聞いた。

「何が……あったの?」

「オッ、オークが! オーガーが! 村を襲って来たのっ!」

 ああ、やっぱり。

 やっぱり。

 泣き出した少女を胸に抱き締めながら、私は何が起こったのかを聞き出す。少女の柔らかな巻き髪にアゴを乗せて頬擦りしながら……すると少女はしゃくりあげながら話してくれて……

 少女の名前はアトラちゃんで九歳だと言った。アトラちゃんは両親とお兄さんとともに、村で平穏に暮らしていた。お兄さんは三つ上で頼りになるお兄さんだという。

 村はこのエルフの里の南にある丘陵地帯にあって十数軒が丘の断崖高くに建てられていた。村とも言えない集落は、唯一急な階段を封鎖すれば難攻不落の要塞だったのだけれど……

 ある夜突然オーク十数匹とオーガー数匹が襲いかかって来たのだという。巨大なオーガーを踏み台に、オークが次々と集落に雪崩れこんだ。

 父親は必死に戦い……その戦いで多くの大人の男性は命を失ったという。抵抗する者は殺され、あきらめた者は捕まり、ロープで手首を縛られ、首に縄をかけられ列になって歩かされた。

 北へ向かって連れて行かれて……エルフの里に近づいたことを感じた時、休憩になった。

 その時、兄が隠し持っていたナイフでアトラちゃんのロープを、他の何人かのロープを切って逃がしてくれたって。皆がバラバラになるように逃げろって言われて……

 皆がどうなったか。

 お兄さんがどうなったかは分からず……

「教えてくれてありがとう。お姉さんが、助けるから……エルフの皆が助けるから……ゆっくり寝ていて?」

 泣き続けるアトラちゃんを抱き締めて。

 安心感を与えて。

 再び寝かしつけると、外へ出ないよう蔦の精霊魔法で扉を開けられないようにしてから私は螺旋回廊を降りた。



 ◇◇◇◇◇



 大老樹の幹を飾るような螺旋回廊。

 その最下層に建てられた集会の間に多くのエルフたちが集まっていて。ほぼ満席で九十名くらいいるかしら。

 緑の草原のような絨毯に皆が胡座をかいて、三重四重の輪を描いてガヤガヤと話し合っている。だいぶ白熱しているようで、私が入ってきたことに気がついていない。

 皆の話す内容を聞くと、追ってきたのはオークだった、とか迷いの森に入って別の場所へ抜けた、とか。

 皆で情報共有していたみたい。

 と皆の中央に父さんとスランいて、私に気づいた父さんが話しかけてきた

「どうだった? 少女は気がついたかな?」

 父さんの言葉に皆が私に気がつき静かになった。

「はい。目を覚ましました」

 私はアトラちゃんに聞いたことを話した。すると再び騒がしくなる。

「十数匹のオークと数体のオーガーか」

「オークだけならまだしも……」

「この不思議な森の存在を知ったオークが、興味に駆られて再び来るかもしれぬぞ」

 確かに……おかしいからこそ「何かある」と思ってやってくる可能性があるもの。

 完璧とも思える迷いの森にも、幾つかの弱点があるので、万が一その弱点を狙われたら大問題なの。迷いの森を破られたら、私たちは非常に危険な状況に陥ることになるわ。

 ああもう。

『 風の峡谷の氷河化 』もあるし!

 何なのかしら!?

 この一連の問題は!

 皆が再び話をし始める。とアルが手を振っていたのでエルフたちをよけながら隣に座った。

「どんな話しになってたの?」

「とりあえず、ざっくばらんに皆で色々な意見を出しあって族長が聞いている感じね」

「なるほど」

 父さんはよく皆に話し合いを聞いて総合的に判断する。本当にビックリなの。ここにいる九十名くらいのエルフたちの、思い思いの話しを聞いていて意見を拾い上げて構築するというか……

 だから私も案を、意見を行っておかないと。

「サテュロスを助けに行けないかしら?」

「ええ!?」

 アルが驚く。と、突然後ろから声が!

「何をバカなことを言ってる?」

「ひゃっ!?」

 予想だにしなくて! ビクッとして振り返ると、そこには嫌味男が! ひゃあっ、いっ、いつの間に!? 私が座った時にはいなかったでしょ!?

 わざわざ来て!

 それで盗み聞きして! 気持ち悪い!

「な、何よいきなり! 何がバカよ!?」

「わざわざ危険を犯してまで助けることだ。何のメリットがある?」

「はっ!? メリット!?」

 はあっ!? かどわかされた人を助けるのに、メリット!? はあっ!? はああっ!? 何なの!?

「信じられない! 話しに入って来ないで! 私とアルの話しなんだから!」

 気持ち悪い! 大嫌い!

「ふん、アルよ。さぞや不安だろうな。シスがサテュロスを助けに行けば、スランも必ずついて行くぞ」

「……っっ!」

「はっ!? 何でアルが出てくるのよ!」

 わけ分からない!

 私はアルの同意を得ようとしたらアルは見る間に頬を赤く染めていって……あれ!?

「見ろ。自分のことも鈍いが、親友が自分の弟へ抱く想いでさえ鈍いとはな」

「えっ!? えっ!!」

 私はもう一度アルを見た。

 するとアルは赤い顔を隠すようにうつむいてしまった! か、可愛い! じゃなくてっ!

 えええ!? アルが! スランを!?

「……ひ、ひどい。こんなところで」

「ふん。今でなければ伝わらんだろう。我々エルフは再生能力や寿命に特化しているゆえ、腕の一本や二本失ったとしても一年と経たずに生えてくる。だが愛する人のそんな痛々しい姿、見たくはあるまい?」

 そ、そうか。本当にアルは……

 ああ、だからアルはあの時、蒼白になっていたのか。私がサテュロスを助けに行きたいと言えば弟も行ってしまうと。

 そうすれば弟がケガをしたり、あるいは命を失ったりする可能性があると。

 でも……

「ケ、ケガ……するとは……限らないじゃ……」

「オークでさえ我々の二倍の体重に頭一つ大きい身長だ。オーガーに至っては言わずもがな。そんな相手にケガを負わずに勝つ自信があるのだな、お前は?」

「……」

「腕や内臓で済めばむしろ良い。再生するからな。だが脳や心臓、あるいは首を刈られれば確実に死ぬぞ!? 再生能力以前に我々とて生物だからな」

「……」

 嫌味男の言いたいことは分かる。

 悔しいけれど分かる。私だって、弟は大切な人だし、親友アルも大切な人だ……

 大切な人たちが傷つき、最悪命を落とす可能性があることは、分かる……

 分かるけれど。

 分かるけれど。

「大切な人たちが傷つくかもしれないから……だから……現に傷ついている人を見殺しにするなんて……できない……できないよ」

「「……」」

 分かるよ。

 自分よりも大きくて強い敵を相手に、捕まったサテュロスを助け出そうなんて、いかに甘い考えなのか。分かるよ……

 でももし自分たちが。

 同じ立場になったら。

 自分が見捨てられる分にはいい。我慢する。

 でもアルが見捨てられたら。

 弟が見捨てられたら。

 大事な人が見捨てられたら……嫌だよ。

「ふう……」 嫌味男がため息をついてボソボソ言う。「まあ、そこがお前の良いところか……」

「え……?」

 何て?

「何でもない。スランやアルが傷つけばお前も悲しむだろう。しかし同様にお前が傷つけばスランやアルも悲しむし、私も……お前のそんな姿を見ると胸が痛くなる」

「……何で嫌味男ローレンが?」

「「はああ……」」

 アルと嫌味男が盛大にため息をつくと、父さんが手を叩いて皆の注目を集めた。

「皆の意見、よく分かった。おかげで考えがまとまった。ありがとう」

 そう言うと、今度は弟が立ち上がった。

「それでは今後の方向性について説明したいと思います」

 弟は皆を見渡すと指を二本立てた。

「これから二つのグループに分けます。一方は迷いの森を出る組、もう一方は迷いの森に残る組にです」

「「迷いの森を出る組!」」

「「戦いに行くのか!?」」

「その中間です」 弟は続けた。「迷いの森を出る理由は、南の湖妖精ニンフや南西のケンタウロスと共同戦線を結ぶために行きます」

「「共同戦線」」

「今回のオークとオーガーの進行は、妖魔たちの単なる縄張り拡張とは異なるように考えるためです。それは、洞穴の市帰りに確認したオークらの大集団のほか、風の渓谷の氷河化、さらに今姉が聞き出したオークらの行動からです」

「「オークらの行動?」」

「オークやオーガーが、サテュロスの集落を襲い、北へ連れ帰る行動。通常では見られない行動です」

「「なるほど」」

「何かをさせるために連れ帰っているかもしれない。それが後々、我々エルフだけの脅威で済むか分からないため、他の妖精族や獣人族と共同戦線を結び、オークらとの戦いに共に備え、さらに共に調査するということです」

「「なるほど」」

 他の妖精族や獣人族と手を結ぶため外へ……

 ああ……やはりサテュロスは……助けられないのか……。私は肩を落とした。

「また、湖妖精の里やケンタウロスの集落へ行く手前に、件のサテュロスの住む丘陵地帯があるため、まだ無事な集落があれば注意を促し、場合によっては保護します。もし仮に捕まっていた場合はエルフ側に被害が出ないことを前提に、できる限り救って行きます」

「っっ!!」

 保護に、救出! ああ、良かった!

 良かったあ~~っ!!

「良かったね、シス」 とアル。

「うん!」

「被害が出ない程度だぞ」 と嫌味男。

「分かってるわよ!」

「外へ向かうメンバー、遠征隊には主に男性の戦士を連れて行きますが、回復力に優れる女性も参入してもらいます。薬も多めに持っていくため、中に留まる女性から薬に使う血液の提供を依頼します」

 よし! 私も遠征隊に立候補しよう!

「シスが行くなら私も行くね」

「う、うん……」 そうか……私が行けば弟も。「う、ゴメンね」

「ううん、元々スランは遠征隊に入ってるだろうし……彼の帰りをヤキモキして待つなら一緒に行きたいから」

 弟の方を見て心配げな表情をするアルは……か、可愛い! 美女と言うよりも少女のように可愛らしくて! 可愛い!

 ええ~、もし弟と結ばれたら、私は彼女のお姉さん!? ひゃああ~! 守ってあげなくちゃ~!

「その様子だと暴走しそうだな」 とため息の嫌味男。「お前が暴走しないように私も行こう。見張りのためにな」

「失礼ね! 暴走なんてしないわよ!」

「ふん、どうだかな」

「もうローレンは……」 アルが呆れる。「そんな憎まれ口だからいつまでたっても……」

「え?」

「ふん」 と嫌味男は視線を変え、手を上げた。「ああ、私も行く」

 どうやら遠征隊の立候補を募っていたらしい。慌てて私もアルも手を上げる。

 遠征隊は大体二十名くらいで考えているみたいで結構いる。女性は少ないからすぐ決まるかも……

「では男性エルフの方は後程決定しよう。出発は明後日。ここに残る者も、いざという時のために戦闘準備を怠らないように」

「「はい!」」

 父さんの掛け声で、皆の心に火の精霊が宿った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る