第16話:城の実験室3
トンネル状の空間
崖の中に掘られた城の貯蔵施設
貯蔵施設には木の樽の匂い
そして家畜の飼い葉の匂い
■コークリットの視点
実験室用に与えられたトンネル状の貯蔵庫。
その貯蔵庫の出入り口付近にテーブルが置かれ、その上に子豚が眠っている。
解剖して、腸内にある異物の状態を確認するためだ。
「さて……魚と違って、生きたまま解剖しなくてはなりませんので、ちょっと準備が必要ですね」
「え!? 生きたまま!?」
「はい。霊力は生命に宿るものなので、子豚を死なせると霊力が消えて『 異物 』に何らかの影響を与える可能性がありますので」
……と言いつつも、それは考えすぎで子豚を死なせたとしても、異物の霊力は消えないかもしれない。でもより確率が高い実験を行いたいのも事実だ。
「な、なるほど……では準備とは?」
「まずは子豚が痛みで起きないよう、あるいは異物を取り除いた瞬間起きないよう、麻酔効果のある薬を作ります」
「麻酔効果のある薬!?」
そう麻酔だ。このようになると考え、ファーヴルの集落を回る際に森の中でいろいろな薬草を採取しておいたんだ。本当は魔法で眠らせられるといいんだけれど、聖魔法にはそういった魔法はないので。聖霊と対極に位置する魔霊による『 闇魔法 』には眠りの魔法があるようだが。
さて俺は採取した複数の薬草をすりつぶしながら、この貯蔵庫に貯蔵されている酒を少しもらって麻酔効果のある薬を作ると、『 索霊域 』を広げ『 霊従者 』を出し、霊従者に子豚を押さえさせると子豚の口に麻酔薬を流し込んだ。しばらく待ってから俺は『 拡大球 』を出現させる。
「では準備完了です。解剖を始めます」
「は、はい!」
獣の血はあまり触れない方が良いので、霊従者の一体に解剖させる。子豚の霊力が集まっているのは、後ろ足のちょうど真ん中あたりだ。小刀を当てると一気に切開する。まだ皮下脂肪が薄いから一度の切開で内臓が見えるところまできた。
さあ血が大量に出る前に、一気に進めていこう。うねうねとした腸が拡大球に映されていて、霊従者が腸と腸の間に手を突っ込むと、問題の場所を探していく。
「む、見つけた」
ある腸の部分。
そこに霊力が多く集まっている。
腸を透かして霊力の光があふれ出ている。
「ここだ。この内部にあります」
やはりフンとしてまとまっているのだろうか……それだとあまり見たくないが、まあしょうがないよな。
霊従者に腸を切開させる。
と、予想外のモノが! 出てきた!
「!?」
「え!?」
切開した腸の内部にあったもの。
それはフンではなかった……
「なんだこれは……?」
「え? 何でしょうか、これ……?」
二人で拡大球をまじまじと見る。
「丸い……石?」
そう。腸を切開してそこにあったモノ。
それは……石。
表面がザラザラしていて、色は全体的に白っぽい、石だ。ややデコボコしているが、丸みを帯びた、大きさは直径七~八ミリ程度の、石だ。
「拡大球よ。この石だけ拡大だ」
俺の意思に従って、丸石が拡大される。と。
「これは……白い粒子状の砂が……霊砂?が、集合して固まっているのか?」
そう、この白っぽい丸石は、白い霊砂が集まってかっちりと固まっているように見える。表面がザラザラに見えるのはそういうことか?
「霊砂? 霊砂が原因なのか?」
初めて聞くぞ、そんなこと……
間違いじゃないのか? 俺は石に集中する。
「霊力は……やはりこの石に集まっている。これが原因なのは確かだ」
俺は霊従者に、慎重に取り出すように念じる。一体の霊従者が切開部分を広げておき、別の霊従者が慎重に石を取り出す。
「よし、ではこの皿の上に」
取り出した石を空いている皿の上に乗せる。おお、球体だからコロコロと転がりやすくて、皿を机に置くまで予断を許さない。
「何でしょうか……? これは」
アルバート少年の質問に、俺は答えられない。
「調査が必要ですね。まずは子豚の傷を癒しましょう。『 回復球 』」
俺は子豚の前に出すと、魔法陣が出現した。そして魔法陣はすぐに金色に輝く球体に変化すると、子豚を包み込む。すると子豚の腸の傷がふさがり、切開した腹部も、何事もなかったかのように、傷跡さえ残さず癒える。
「おお! 傷がなくなった!」
子豚の生命エネルギーたる『 魂力 』を使って治すわけだが、まだまだ子豚の生命エネルギーはあるようだ。俺はさらに『 毒消去 』の魔法を使い、子豚を眠らせた時の麻酔薬を体から消滅させた。
「起きるかな?」
しばらく待ってみるが起きる様子がない。
「そうか。子豚の霊力はこの石に吸い取られているから起きないか」
「なるほど」
霊力は眠っていれば自然に回復するから、今日一日眠らせておけば明日には起きるだろう。
「ではもう一匹、解剖してみます」
「はい!」
同様の手順で念のための麻酔をかけ、テーブルに乗せ、腹を開く。とやはり、白くて表面がザラザラした石が見つかった。
「やはり、出ましたね神殿騎士様!」
「はい」
俺は石を見た。
さてどうするか……
どのように調査すれば……と問いつつも解剖中に頭に浮かんできた幾つかの調査ポイントを整理してみた。
まずはこの石を構成する砂の一粒一粒が、どのような霊砂なのか、だな。
つまり『 属性 』を調べるんだ。
そう、霊砂はそもそも霊力を含んだ鉱物が砕けたものだが、その鉱物も炎の属性を持っていたり、氷の属性を持っていたり、様々ある。
炎属性の霊石は火山帯などにありやすく、氷属性の霊石は凍土や雪山の高山などにありやすい。無属性の霊石もあり、無属性ゆえにそれらは俺の魔法の鎧のようなものに加工できたりする。
体内から見つかったこの霊砂はどんな属性なのか……?
石を分解して一粒一粒調べてみよう。
その属性が分かれば、どこの鉱脈から来たものなのか調べて、その近辺で何らかの問題があったからこのような怪異に発展した……という相関関係が分かってくるかもしれない。
まずはこの石を構成する砂が、何なのか。
そして次に石が出来上がっていく過程も知りたいな。
魚の内臓の中では粒子状の砂だったのに、別の生物の体内では集合して石になっていく理由なども、過程を観ることで分かるかもしれない。今、眠そうにしている子豚がいるが、あえて解剖して異物の大きさを確認しよう。
そうすればこの石が霊力を集めるメカニズムが分かるかもしれない……
きっと調べて行くうちに、さらに調査すべき謎が出てくるだろうから、まずはこれらの内容から調べるか。
とりあえず方向性は見えてきたな。
俺はアルバート少年に向き直った。
「では、ラーディン卿に報告に行きましょう」
「はい!」
◇◇◇◇◇
深夜。
満月が天で輝く。綺麗な月夜だ。
夜空には幾つもの綿雲が流れて、森の上にまだらな影を落とす。
静かな夜だな。
実験室にいる俺は、外の空気を吸おうと窓辺にやってきた。
「明るい月だ……」
トンネル状の貯蔵庫の、明かり取り窓から青白い月光が斜めに落ちる。
綺麗だなあ。
雰囲気があって……情緒があって……
そういえば俺は、異国の地にいたんだった。怪異のことを考えすぎていて、こんな夜空と夜の森を見て心を落ち着かせるってことを忘れていた。
どこにいても、月光は美しい。
少し風が出てきたかな? 時折、強い風が窓を叩いて。
月に照らされた森を眺めながら、昼間のことを思い出す。
ラーディン卿に報告をして、魚の内臓や巻き貝の内臓を食べないように御布令を出して貰ったあと、俺はファーヴルの集落を回って同様の話をした。
相変わらず、話を聞いてくれない人々もいたけれど、嬉しかったことはあのハーフオークが心を開いてくれたことだ。
どうやら俺があの時教えたとおり、ロープで母親の体と自分の体を繋げていたところ、夜に出ていこうとした母親に気がつけたようだ。
洞窟に入れてもらった俺は、寝入ったままの母親に異物消滅の聖魔法をかけて意識を取り戻せた。ハーフオークは泣きながら喜んでくれた。母親は俺を見て驚いていたな。久々に人間を見たといっていた。母親は体力が落ちていたから手持ちの食料と滋養強壮の薬を渡しておいた。そして魚と巻き貝の内臓が危険だということを教えておいたから、大丈夫だろう。
「さあて、続きをやるか」
俺はテーブルの方に振り返った。そこには聖魔法で作り出した明るい光の中で、五体の霊従者がそれぞれ作業している。
俺が休憩を取っている間にも、脳や感覚は五体の霊従者と繋がっていて、霊従者たちの調査している内容が頭に入ってくる。むう、休んだ気にならないが仕方ない。
まず一体の霊従者が『 眠りかけ 』だった子豚を解剖して例の石を取り出すところにかかっている。さあ、まだ完全に眠るまでに行かない状態の石はどうかな?
そして一体の霊従者が魚の内臓を切り開いて、三体の霊従者が内臓の粒子状の砂を取り出し、一粒ずつ霊砂か否かで分けて行く。小さな小さな粒子状の砂を一粒ずつ仕分けする繊細な作業を共有化しているから、三体分の作業が俺の脳と感覚にのしかかってきて、非常に疲れる……
「ふう……」
しかし休んでばかりもいられない。俺も調査を再開する。
俺がやっている調査は、取り出した石の分析だ。何の属性を持っているのか、どのようにして粒子状の砂はくっついているのか、霊力をどのように吸収し蓄えているのか……ほかにも色々な疑問が出てくる。
まずは属性だが……複数の属性を感じる。全てが同じ属性の粒子状の砂ではないということか? 子豚から取り出した二つの丸石だが、一つの方からは草原属性の霊力と炎属性の霊力が、もう一つの方からは大地属性と炎属性の霊力が感じられる。
共通しているのは炎属性か……
まあ、属性は地水火風の属性が多いからな……怪異の真相に迫るような、決定打となるようなものではないか……
次に粒子状の砂同士がくっついているメカニズムだが……拡大球で観ながら砂の一粒を針で削ってみる。何度かガリガリやると何粒か取れた。ううーむ、かなりしっかりくっついている。一部の昆虫のように粘着成分の分泌物で接着しているのか? 磁石が砂鉄を引き寄せるようなものではなさそうだが。
と、その時。
解剖役の霊従者が見つけたものを共有した俺はハッとした。おかしいぞ!?
「何だ!? それは!?」
俺はその霊従者の元に駆け寄った。そして肉眼で直に観る。マジか!?
おかしいぞ!?
「体内にある石が違う!?」
そう! 眠気が『 強くなってきた 』程度の状態にある子豚から取り出した石は、まずその大きさは当然ながら小さく、直径三~四ミリといったところだ。でもそこじゃない!
俺が驚いた部分は石そのものだ。朝、完全に眠った子豚から取り出した石は白色だが、今取り出した石は!
透明な!
美しい青色だ!
「透明な青!?」
青い透明な粒子状の砂が集まり、塊となって小さな小さな石を作りあげている。凄いな、青い透明な砂の一粒一粒が光を反射してチカチカ瞬いている。
「完全版の石との違いは……もしや」
俺は白い石を手元に持ってくると、小刀を手に取る。
「割れるかな?」
その小刀を石に当てるとギリッと押す。白い砂がパラパラと落ちると、ガリッと音を立てて白い砂が割れた。
「やはり……」
割れた白い石の内部。
中心には、あの透明な青い砂の塊がある。
「この青い透明な砂の塊が元凶なんだ……」
そう、青い透明な粒子状の砂が体の中に入り、集まって結合することで、『 霊力を奪う力 』が強くなって行くのだろう。
俺は粒子状の砂を仕分けしている霊従者の元に行くと、分けて集めている粒子状の砂を拡大球で見た。
「あるな……青い透明な砂が」
ある。あるんだ、青い透明な粒子状の砂が。
集まった霊砂の二割強が青い透明な粒子状の砂で、六割以上が白っぽい粒子状の砂、後は黒や灰色など様々だ。
この青い粒子状の砂が魚の体内から動物の体内に入ることで異変が起こる。
どのようなメカニズムで……?
寄生虫なら分かるが、粒子状の砂だぞ!?
俺は早速霊力の属性を観てみたら、意外な属性に驚いた。マジか?
「炎属性だって? こんな青くて透明なモノが?」
水ではない? いや……待てよ。
確か宝石の属性の多くは炎だ。
旧火山の、隆起した深い深い溶岩脈の層などから宝石類が見つかることから、宝石は超高温や超圧縮で作られると、法王庁の学術研究室が論文を出していたか……
炎属性の粒子状の砂が霊力を集める……か。
「そう言えば……」
俺は思い出した。
異物を除去した子供たちが「夢を見ていた」と言ったな。
綺麗な場所、と。
宝石が沢山ある場所、と。
この青い粒子状の砂は、まさに宝石を粉末状にしたものと言える。
例えば。
炎属性の霊力を含んだ鉱脈や宝石の鉱脈から、大河に砂が流れ出て、魚や貝に取り込まれ、食物連鎖を経てこのような怪異を起こしている、という可能性はどうかな?
その場所に何かがあって引き寄せられる。
宝石に引き寄せられる。
仮説としては悪くなかろう。
だとすると、なぜ今だったのか。
地震やら噴火やら、自然災害があったのか?
色々分からないことだらけだ。まとめるか。
・青い粒子状の砂について
疑問①特殊な炎属性の霊砂か?
疑問②なぜ魚介類で粒子状の砂のままなのに、人間や動物が取り込むとかたまって石になるのか?
疑問③周りの白い粒子状の砂は何か? 霊砂か?
疑問④なぜ今なのか?
疑問⑤なぜ対象者を操るのか?
まずはこのくらいか。
②③に関しては、実は思い当たるフシ、仮説がある。それは霊従者に調査させよう。
①④に関しては、土砂崩れか何かがあったからか? しかしそうすると①④から⑤に繋がる理由が分からない。
だが①④に関しては「大河の上流」から流れてくることは間違いない。
上流で何かがあった。
よし、明日から大河を遡って調査を開始しよう。上流へ行き、例えば土砂崩れ跡を調べたり、あるいは何らかの鉱脈を見つけたりだ。大河に関わっているハズだから大河をズレずに進む。
ただ、もし「大河の中」で起こっていることだったら厄介だな。土砂崩れのような直接的な証拠が外から分からない。
探索圏の最大感度か?
炎属性の霊砂の霊力反応は覚えた。だから『 探索圏 』の感度を最強クラスにすれば、これほど小さな粒子状の砂でも感覚網に拾えるとは思う。
だが問題がある。それは
・最大感度の維持に莫大な霊力が必要となる
・維持していたら他のことができなくなる
の二つだろう。
前者は最大感度を維持することで霊力が尽きかけているとき、魔獣や巨大生物に襲われたら死は免れない。
後者は超微細な粒子状の砂の反応を把握するために感覚の集中を維持していたら他のことに手をかけていられない。
くそ、こんな時法王庁の支援があれば。
聖戦士に周りを固めて警護して貰って、全力集中できるんだが……
「孤立無援」
団長の言ったその言葉が重く圧し掛かる。一人で大丈夫だと思ったけれど、思い上がりも甚だしいことだったか。あるいは甘すぎた考えか。
いや、落ち着け。深呼吸しろ。
「ふううー。頻繁に貝類を調べるべきか」
貝類を調査した地点で青い砂が混入していなかったら、「行き過ぎた」ということだ。貝類が目安になる。
そして状況に応じて探索圏の最大感度を短時間で行うことで霊力の温存を図るような計画だろうか。
地道に行く!
よし。方向性は見えた。
俺は再び青い粒子状の砂に集中した。
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