第15話:城の実験室2

 

 トンネル状の室内

 室内に漂うひんやりとした空気

 空気に混じって匂う飼い葉の香り

 出入り口付近に作られた子豚の寝床の飼い葉



 ■コークリットの視点



 崖に沿って掘り抜かれたトンネル状の室内。

 小さな明かり取りの窓がトンネルの奥まで点々と続いて、斜めに陽の光が射して。

 うーん、いいね。

 独特の雰囲気を醸し出している。室内の奥まで酒樽や備蓄の食糧、武器などが置かれてある。

 その室内の出入り口付近に柵が張られ、子豚が十匹と木桶に入った魚たちが俺とアルバート少年の前にいる。

「では準備をします」

 俺は一言断りを入れると、室内を満たす程度の索霊域を広げた。やはり霊視より、索霊域の方が霊力の把握が細かくできるからね。そして霊従者を五体ほど出現させて待機させておく。

「ではまず魚に異常があるかどうか……」

 俺はそういうと、目の前の魚たちを見据えた。

 魚は全部で五種類。オス・メス揃っている。


 ①体長十センチ未満の小魚アラ

 ②体長二~三十センチ前後のカルラ

 ③体長四十センチ超の魚サトラ

 ④体長六十センチ超の魚タイラ

 ⑤体長百センチ超の大魚ナルヒラ


 魚たちの霊力は普通。この時点では問題なし!

「さて、どの魚から調べるか……」

 とりあえず、ちょうど中間的な③のサトラから行くか……エラを指で引っ掻けると、そのままたらいから持ち上げる。うおお、活きがいい! ビチビチとはねる!

 ガンッ! と首をはねる!

「ではここで、別の魔法で拡大します」

「拡大!?」

 俺は左手を魚にかざし、右手を前に突き出して魔法を唱える。

「『 拡大球 』」

 両の掌に魔法陣が出現すると、次の瞬間左手の魔法陣は水晶玉に変化。まな板の上の魚を包む。そして右手の前には大きな水晶玉が出現した。

「おお! 神殿騎士様! 凄い! 魚がこんなに大きく映し出されています!」

 そう、右手から出た水晶球の中には、左手から出た水晶球の中にある魚が大きく映し出されている。これが拡大球の魔法だ。

「大きい! 魚は拡大するとこうなっているのですね!」

「ええ。拡大すると、普段気にしないものも別の物に見えるので探究心がわきますよね」

「はい!」

 ふふ、正直でいいな。

 彼は恵まれた環境にあるから勉学なりに励んで欲しい。勉学から文明はより良いものに発展していくからね。そして良い領主となって領民や子供たちにも還元して行って欲しいな。

「では、この状態で内臓を調べてみましょう」

「はい!」

 おれは手際よく小刀で内臓を傷つけないように魚の腹を開いた。拡大球に魚の内臓がドアップで映る。

 ううーむ、グロいな。この赤い臓器が肝臓かな。俺は肝臓を取り出すと切り開いてさらに拡大してみる。赤い細胞がドアップで映って。

「ふむ……粒子状の砂のようなものも特別はないか」

「そ、そうですね」

 アルバート少年はさすがに気持ち悪いようで。むう、逆効果だったかな?

「では次は胃と腸を確認してみましょう」

 早速、胃を切開してみる。

 と、胃の中に消化し始めた小魚が。メダカかな? 何かの稚魚か、だいぶ溶け始めている。パッと見おかしいものはなさそうだな。

 さて、では念のため胃の粘膜部分も拡大球で見てみるか。

 と……

「おや?」

「あっ!」 アルバート少年が叫ぶ。「粒子状の砂!」

 そう。粘膜の部分に、白や黒の粒子状の砂がついている。

 これか!?

 いやー、しかしこんなに簡単に見つかるとするとなあ……関係ないような気も。魚が川底をあさるのはよくあるだろうから内臓に入っただけか。

「うーむ。これが問題の粒子状の砂か、本当にただの粒子状の砂なのか……」

「そうですね。判断がつかないですね」

 と索霊域で霊力の感覚が鋭くなっているので分かったが、この粒子状の砂の何割かが霊力を帯びている。

「いくつかの粒子状の砂から霊力を感じます」

「え!? じゃあやはり何らかの問題を起こす粒子状の砂なのでは!?」

 拡大球で粒子状の砂を拡大してどれが霊力を持っているか、どれが普通の粒子状の砂か、少し分けてみる。

「二~三割が霊力を帯びているな……これは、霊砂だろう」

 そうエイデン村のアルト君の部屋を探索圏の魔法で調べたとき、隣の家の屋根に霊力がパラパラと散見されたが、あれは霊石が砕けた霊砂だった。今見つけた砂もその霊砂だろうか……

「いくつかこの粒子状の砂を取っておいて、残りはそのままにして子豚に食べさせましょう」

「はい!」

 その後、さらに腸の方も調べる。フンが作られているようだ。と、フンをどけていくと……

 腸内にも粒子状の砂が散見される。

「神殿騎士様、腸にもありますね」

「そうですね」

 ふーむ、こんなに簡単に見つかるとすると……

 やはり違う気がしてくるが、とりあえず先ほどと同様に、いくつか粒子状の砂を取り分ける。

 そのほかにも、心臓や脳、浮袋の中を確認するも、粒子状の砂があったのは胃と腸だけだった。

「この調子でほかの魚も調べてみます」

「はい!」



 ◇◇◇◇◇



 ふうー、やれやれ……

 数時間経ち、すべての魚の内臓を調べ終わった。ふうぅー、やれやれ……

 調べ終わった結果、程度の差はあれ多くの魚の胃と腸にあの粒子状の砂が入っていた。まあ、大きな魚になればなるほど、粒子状の砂が多い感じかな?

 むう、これが本当に「当たり」なのかどうか……

 取り分けた粒子状の砂を拡大球で確認する。

 丸みのある小さな小さな粒子だ。気を付けないと、呼吸でどこかへ飛んで行ってしまいそうだ。

 これはやはり霊砂だろうか? 霊力を感じるものもある。

 それなら魚の胃や腸に含まれているとしても理解できる。子供が川遊びをしてそのまま家にまで砂をつけて持って帰ってきてしまうくらいの川底だから、魚が川底をあさって取り入れてしまうということはありうる。

 しかしその粒子が悪さを起こすのか?

 だとするともっと被害が増えそうだが。何せここは霊石の採掘場だから……

 いや。

 もしや、粒子状の砂になる前の『 元となる霊石 』が違うのか?

 と、しばらく考えているとアルバート少年が。

「神殿騎士様。魚の肉団子が出来上がりました」

 アルバート少年の前には皿が十枚置かれ、それぞれに魚の身で作った肉団子ができている。一皿で二十個以上あるか……アルバート少年が良い汗をかいている。

「ありがとうございます。大変な仕事をさせてしまって申し訳ありません」

「いえ、大丈夫です! さあ! こちらが内臓と身をすりつぶして作った肉団子で、こちらが身だけの分です」

 アルバート少年は指し示すそこには、①魚の種類で分けつつ、②同じ魚でも内臓入りか身だけで作ったか、でも分かれている。

 とりあえず領民なりファーヴルなりは、生で食べているわけではないので熱湯で湯がいてもらってある。

「ありがとうございます、本当に助かります」

「はい! 捜査に協力できて自分もうれしいです!」

 ありがたい。

 俺が解剖している際、アルバート少年が霊従者たちとともにすり鉢でずっとゴリゴリと切り身をすりつぶしてくれていたんだ。

「では、子豚の一方には内臓入りの肉団子を、一方にはただの肉団子を食べさせてみましょう」

「はい!」

 子豚は全部で十頭。ちょうどアラ、カルラ、サトラ、タイラ、ナルヒラの内臓入りとなしで分け与える。

 子豚は待っていましたとばかりに勢いよく食べる。うん、やはり豚は何でも食べるからいいな。

「この調子で一日中いつでも餌を食べられる状態にしておき、様子を観察していきましょう」

「はい!」

「そして、観察の合間に領内の大人の方々も霊力がおかしくなっていないか調べることにして、さらに大河へ行って霊砂を拾って比べてみましょう」

「はい!」

 俺の留守中に異変があると嫌なので、索霊域の分離と霊従者の召還をするか。実は索霊域と霊従者へ送り込む霊力を維持できれば、俺がこの場にいなくても分離したまま活動させることができる。

 分離して活動させる時間によって、霊力を大量に消費する必要があるので普段はしない方法だが、留守中だけ念のため分離して観察させておこう。

 食事量や頻度、意識の変化を記録させるか。

 俺は魔法を使うとアルバート少年と共に、領内の大人たちに異常がないか診察することにした。



 ◇◇◇◇◇



 実験二日目。朝方。

 子豚たちは特に見た目上は異変なく、元気にしている。

 ううーむ、柵の中を走り回っている姿は見ていてかわいいな。実験台にして申し訳ない。夜も千里眼を配置して見ていると、子豚は食欲旺盛でふと起きた時にムシャムシャ食べている。

 さて霊力はどうかな? 十匹とも霊視してみると、今のところは何ともなっていないな。

 ちなみに昨日、エイデン村へ行って大人たちを霊視したところ、わずかに霊力が下腹部に集まっている村人がいた。

 ただ、それがこの異物のせいなのか? は微妙すぎて聖魔法で異物を消滅させることはしなかった。本人や家族に「意識が薄くなってきたらすぐに連絡を入れるように」と伝えて帰ってきた。

 そして大河に行って砂も集めてきた。

 その中にわずかながら霊砂が見られて、拡大球で比べてみるとおおむね形は同じだったが、その『 性質 』は幾つかの違いがあるようだ。

 ここでは調査方法に限界があるな。

 やはり法王庁の『 霊学研究院 』くらいの研究機関が必要かもなあ……

 まあいい。今日はビーデン村だ。

 ビーデン村でもやはりわずかに霊力の異常がみられる村人たちがいた。ただこれも「異物が原因か?」と言われると微妙なレベルの異常なので、エイデン村同様、指示を与えておいた。

 いずれかのタイミングでファーヴルの元にも行きたいと思う。

 特にあのハーフオークの母親を助けてあげたい……

 帰り間際に伝えておいた「ロープでしっかりつないでおいて」という俺の言葉が届いてくれていればいいな……



 ◇◇◇◇◇



 実験三日目。朝方。

 子豚に少し動きが。

 魚の内臓入り団子を食べている子豚グループのうち、二匹の動きがやや遅くなったかな? 他が走り回っているのにこの二匹はノロノロと動きが重く、鈍い。

 この二匹が食べている魚は、カルラとサトラの川魚だったな……

 領でもファーヴルの集落でも、手頃な大きさゆえに最も食べられているポピュラーな部類の魚だ。

 子豚の霊力を視ると昨日より体全体の霊力が薄くなっているか……とりあえず餌を補充して、いつでも食べられる状態にしておく。

 さあ今日はシーラン村だ。

 シーラン村でも大人の中に霊力の異常がみられる人たちがいた。話を聞くと魚を丸ごと食べる、というよりは巻貝を食べているようだ。巻貝は、サザエのような大きいものが獲れるようで、酒の肴として食べているようだ。

 なるほど、巻貝は身の奥に内臓があって、二枚貝より内臓が大きいな。

 それか?

 村ですぐに巻き貝を手に入れ、解剖して拡大したら、細かい粒子状の砂が少し出てきた。やはり粒子状の砂があった。

 とここで、千里眼でずっと観察している子豚たちに「例の徴候」が顕著に現れ始めた。

 そう例の二匹の子豚たちだ。あの二匹の子豚たちだけ長い時間ずっと動かず、餌場にじっと座っているんだ。動くのが億劫、とでもいうか……目は開いているもののその光は曇ってきたなと見える。それでも食欲はあるようで、餌場から離れることなく、モシャモシャと緩慢ながら団子を食べている。

 霊視をしてみると、朝に視た時よりも全体の霊力がわずかに薄くなって、腹の方に霊力が集まっている。一方同じ種類の『 魚の身 』だけを食べている子豚は全く変化がなく元気に動きまくっている。

 これは来たか……?

 この子豚たちの食べている魚は大きすぎず小さすぎず、手頃なサイズの魚だから内臓入りの肉団子を作るのに何匹もさばいた。それゆえより多くの粒子状の砂が入ったのかもしれない。

 そうだ、身と内臓の配分もあるか。

 例えば、体長六十センチ以上のタイラやナルヒラで作った場合、身が多い分たくさんの団子が作れたわけだが団子一つあたりの粒子状の砂の混入量は少なく、摂取分量は少ない。

 逆に体長十センチのアラで作った場合は、たくさんの魚を使ったがそもそも胃や腸が小さくてそこに取り込まれていた粒子状の砂もまた少なかった。

 体長二~三十センチの魚が最も内臓を使い、その粒子状の砂の量が、結果的に多くなったといえる。

 さあ、どうなる……?

 このまま子豚たちが食べ続けたら明日どうなるだろう……?



 ◇◇◇◇◇



 実験四日目。早朝。

 例の二匹の子豚たちが、昨日からずっと餌場から動かず座り込んだまま、寝ている。

「大丈夫か?」

 体を揺すっても起きない。

 叩いても起きない。

 こりゃあ、早いな……症状の進行が。

 確かに領の子供たちも症状が出るまで数日間だったが、子豚だと霊力が小さい分さらに早いかもしれない。

 また、ほかの魚の内臓入り団子を食べている子豚たちにも影響が出始めてきた。少し動きが鈍くなってきたんだ。一方で、魚の身だけの子豚たちは朝から変わらず元気に動き回っている。

「神殿騎士様! これは完璧ではないですか!?」

 アルバート少年が興奮して叫ぶ。

「ええ。あることを確認してからラーディン卿に報告して、魚の内臓と巻き貝の内臓を食べないように領内に御布令を出してもらいましょう」

「はい! え? あること?」

 アルバート少年は怪訝な顔をした。もう、魚の内臓以外で何があるのか、といった表情だ。

 いやいや、まだまだ。

 俺は眠った子豚を見ながら言った。

「解剖して、腸内の異物を取り出してから行きます」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る