第9話:大断層の洞穴
ラーディン領よりはるか彼方の樹海の中
高さ三百メートルを超える大断層が聳える
聳える大断層は東西数百キロに亘りのびる
リートの大断層
その大断層の人知れぬ洞穴の中
色とりどりの光が幻想的に輝く
光の中に犇めく様々な人影
妖精や獣人の影
■森妖精システィーナの視点
「おお~。始まってるなあ~」
私は洞穴内を見渡してワクワクしてきた。
ペガサスが飛び回れそうなほど大きくて幅広い洞穴内には、淡く光るマジックマッシュルームが赤や緑の光を妖しく発していて。
その光を頼りに、様々な種族の妖精や獣人がお店を開いて、物々交換をしあっている。
そう、今日が年に一度の妖精や獣人たちのマーケットが開催される日でね。私たちエルフの里からも二十名ほどで物々交換するためにやってきたの。うふふ、金色鹿のファルコの狩りも大成功でね、秘薬もたくさん作れたんだ。
艶やかな岩肌の洞穴内は独特の音の反響があるからか、妖精や獣人たちの声が響いて気分が盛り上がってくる。うふふふ。
「さて、出遅れてしまったな。どこら辺に店を出すか」
ジーク父さんがウォーエルクの首を擦りながら辺りを見渡す。洞穴内には既に多くの妖精や獣人たちが開いていて、広いからこそ思い思いの場所に店を開いている。まあでも、皆共通しているのは高さ三メートルを超えるマジックマッシュルームの根本ね。何せ傘が赤や緑の光を発して明るいから。
「族長、あそこが空いています」
長旅でも艶っぽい美しさの失われないアルが指さす。
「うむ、そこにしよう」
私たちも空いているマジックマッシュルームの下に移動して店を開いた。近くにいるのは獣人族のサテュロスね。
サテュロスは下半身が羊で頭から羊の巻角が出ている可愛らしい種族で。おお~、七~八歳かなあ。可愛い女の子のサテュロスが私を見ていて。ああ、今の私は髪が肩までと短いから「ちょっと年上のお姉さん」に見えるのかな。ニッコリ笑って挨拶したら、恥ずかしそうに顔を赤くしてお母さんサテュロスの後ろに隠れちゃった。か、可愛い! 可愛いっ!
「余所見をしていないで手伝ったらどうだ。それでなくともお前の用意が遅くて出遅れたのに」
とまた嫌味な声が! くわああっ、嫌味! 可愛い者を見た後の気分が! 台無し!
「分かってるわよっ! フンだっ!」
私は神経質そうな表情の
くわあああ! 笑いごとでも見世物でもないんだからねっ! 私の膨らんだ頬を「膨らんだ、膨らんだ~」と嬉しそうにつつくアル。こらあ! 何すんだ!
「おお、エルフの。待ってたぜ」
と早速私たちの元にやって来たのは、上半身は人間で腰から下はライオンの体である獣人族のライオロスだ。はわわ、顔もライオンっぽい厳つい感じで声もドスがきいてる! 上半身は服を着ているけれど盛り上がった筋肉は隠せない。怖い! 身長は百七十センチ前後だけれど威圧感が半端ない! 獣人の皆さんはだいたい上半身に服を着て、四本足の胴体部分は
ライオロスは三名ほどでやってきた。
「この霊玉とエルフの薬を変えてくれや」
彼らは私に霊玉を手渡して言う。霊玉は霊石を加工して霊力を収斂した玉石でね。霊石より価値が高いんだ。霊玉の霊力を使って魔法を発動することもできる。妖精や獣人にとってはこの霊玉が貨幣の代わりなの。
うう~ん、でも厳つくて怖いなあ、よりによって私に来て。そうだ心の色はどうかな? 妖精は心、霊力の色で善意を持っているか悪意を持っているか分かるの。厳つい彼らの心根は……善意が勝ってるな! 良かった!
私が話そうとしたら、彼らの前に出たのは優しげな細身の美少年の
「はい、どのような症状用ですか?」
「そうだな。主に裂傷だな。あとは火傷」
「では確かに、どちらもこの『 樹脂糊 』で大丈夫ですね」
弟が手のひらサイズの瓶を五つ出した。この瓶の中にはエルフの秘薬、『 樹脂糊 』が入っていて傷に塗ると樹脂糊が仮初めの細胞になって、自己修復するまでの繋ぎの細胞になる。腕を切断されても切断面が綺麗ならくっつくし指も動かせる。そう説明すると。
「おお、そりゃあいい。ありがとうよ」
獣人族は魔法が使えないから回復系の薬をいつも大量に交換していくんだ。特にライオロスとケンタウロスは戦闘民族だからケガが絶えないみたい。
と弟は穏やかな口調で。
「ライオロスの皆さんは山海南東部の高地に住んでいましたね。何か変わりはありませんか?」
そうそう、情報交換もマーケットに来た理由の一つでね。どの種族も基本的には自分の住む地からはほとんど出ることなく暮らしているから、どこで何が起きているかとか情報交換するの。
「ああ~、飛竜が相変わらずうるさいが特別はないな。樹海の方はどうだい?」
私たちの住む森は、山海東部に広がる樹海でね。エルフの里を中心に見ると南東に霧の森があって北西に巨大樹の森がある。
「我々の住む樹海の方も特別はないですね。でも何となく森が騒がしい気がするのですが」
「ほう、森が……?」
その後も続々と獣人の皆さんや妖精の皆さんが訪れて薬草を交換しつつ、情報収集して。
としばらくすると父さんが。
「では我々も販売組と調達組に分かれよう。アルとスラン、ローレンとシスの四人で例の物を交換してきてくれるか?」
「「はい!」」
むう~~、嫌味男もか~……
イヤだけれど、父さんの依頼ならしょうがない。私は不満と嫌悪の心の色を露にした。普段、妖精は心の色を隠しているのだけれど、今あえて出した。いや、いつも出してるか嫌味男関連の時は。都度都度、誰かが私の心の色を見ていたら分かるだろう。
と気を取り直してアルの腕を取った。
「アル、サテュロスのところに行こう」
「ふふ、分かったわ」
もうさっきの子供が可愛くて可愛くて。サテュロスの元へ行くと、たくさんの羊毛糸と布地が置いてある。さすがサテュロス! サテュロスは十人くらいいて忙しそうに布地を籠から出している。
「布地と霊玉を交換していただけますか?」
「はい、もちろん」
サテュロスは下半身が羊なんだけれどライオロスやケンタウロスとは違い二本足なのよね。だから私たちと変わらない服を着ているんだ。頭に巻角がなかったら人間と分からないだろうな。背も私より低くて百四十センチくらいだから、もう可愛らしくて!
サテュロスの生地は丈夫だし色鮮やかなものも多いので、獣人の皆さんも妖精の皆もたくさん買いに来ている。ああ、さっきの可愛い子供がお母さんの後ろに隠れながら私を見ていて……か、可愛い! 髪の毛がモフモフと柔らかそうで、触ってみたい!
「最近、森の調子はどうですか?」
スランが聞く。サテュロスの住み処はエルフの里からだいぶ南の丘陵地帯にあってね。何度か近くを通ったことがあるのだけれど、丘に生えた木の下に隠れるように小さな家々がたくさん並んでいて可愛かった。人数的には獣人族の中では一番多いみたい。
「特に変わりはないですね。人間による襲撃もないので、樹海はやはり安全でいいですね」
実はサテュロス、百年くらい前までは平野部の草原地帯に住んでいたのだけれど、人間のせいで樹海内の丘陵地帯に逃げてきたの。可愛らしい見た目の通り戦闘力が弱いし、他の獣人のように四本足でもないから人間と同じ住環境にいられるということで、人間は彼らを「奴隷」として働かせているのだとか! 赦せないわ!
「何かあったら、エルフの里に来てくださいね」
と私が言うとお母さんサテュロスが笑顔になった。その後ろに隠れている女の子もニコッて笑って! 可愛い! と嫌味男が。
「族長に無断で勝手なことを言うな。さあ、
嫌味男が先を促す。もう! あの子と話したいのに! 私が頬を膨らませるとアルが面白そうに頬を指で刺して。もう、オモチャじゃないんだって!
後ろ髪を引かれながら男性陣の後をついていくと、ニンフが店を広げている。ニンフは淡水に住む水の妖精で耳部分が魚のひれになっている。透明で綺麗……妖精の多くは美男美女が多いのだけれどニンフも美男美女ばかりだ。ちなみに海に住む水の妖精が人魚姫に代表される海妖精ね。
「五十リットル用の貯水石を四つほど欲しいのだが」
抑揚のない嫌味男が言う貯水石とは、ニンフが作り出す特殊な石で、水を吸い込む力がある石なの。大きさは手のひら大なのだけれど、ぐんぐん水を吸い込んで、合言葉で水を放出するという優れもので。生活にも旅にも重宝するんだ。とニンフの若い女性が笑顔で。
「はい、こちらですね。エルフのジュースと交換でお願いできますか?」
エルフのジュースとは、エルフの里で作っている何の変哲もないジュースで。でもエルフは果樹一本から様々な成長魔法を駆使して大量多品種の果物を育てて、果汁ジュースにして交換してるの。
嫌味男が懐から袋を取り出すと、中から貯水石を並べていく。
「ではこの貯水石の中に白葡萄と赤葡萄、青林檎と赤林檎が二十リットル分ずつ入っている。これでどうだろう」
「わあ!」
ニンフの美女が喜ぶ。
うふふ、良かった。こちらまで嬉しくなるよ。
「何よローレン、鼻の下がのびているんじゃないの?」
「……のびるか」
忌々しそうな嫌味男。とアルがイジワルそうな笑みで。
「そうよね~、ローレンがのびるとしたら……笑顔の……ふふ」
「フン」
と不機嫌そうに先に歩いていく。
「へえ~、嫌味男でも好意を持ってる女性がいるんだ。意外」
「「……はあぁ~」」
とアルと弟。何よ! 何でいつもため息つくんだ!
私が怒っていると、嫌味男がケンタウロスの元へ行っているので「よし」と弟が駆け寄っていく。ああケンタウロスは季節に応じて色々な地を旅しているからなあ。たぶん森が騒がしいという、彼の欲しい情報が得られるかもしれないもんね。
ケンタウロスは千年くらい前まではダロス島平野部の草原地帯を一年かけて移動しながら暮らしていたらしいのだけれど、いつの間にか平野部に人間たちが国を作ってしまって。土地を巡り戦争をしていたらしいけれど、多勢に無勢で山海と樹海の方にやって来たんだって。今も樹海を移動しながら一年くらいかけて一周するみたい。
彼らの旅の話は面白くて。いつか私も連れていって貰おうかしら? エルフは島の南東(私たち)、南西、北東、北西に四部族いるのだけれど、数十年に一度代表者が集まるくらいなので、ケンタウロスと一緒に旅をしながら回ろうかしら?
「やめておけ、ケンタウロスにも他の地域のエルフたちにも迷惑がかかろう」
と嫌味男が! 何なの!? あの男! アルがいつもの妖艶な笑みで。
「他の地域のエルフ男性に惹かれたり、逆に見初められたら困るんじゃないの?」
ってことは、良いことじゃないか! 嫌味男には関係ないでしょっ! って言ったらまた盛大にため息を! くわああっ! 何でため息をつくんだあっ! くわああっ!
そんなことがありつつも物々交換をしていって。
日が暮れる頃に妖精と獣人の有志で親睦の宴を催したりして。大きな焚火を囲んで戦闘部族の戦いの舞や売れ残った酒やら飲み物やらを皆で出し合ってのどんちゃん騒ぎ。うふふ。私もサテュロスの皆さんといっぱい話しができて、あの女の子とも遊ぶことができて、もう大満足で。
夜が更けていった。
◇◇◇◇◇
早朝。
酒を飲みまくった獣人たちの大いびきが響くなか、早起きの妖精たちが帰り支度を進めている。ウォーエルクに荷物を積む父さんに、スランが話しかける。
「族長。妖精や獣人からは特に目立った情報は聞かれませんでしたが、調べたい場所があるのです」
「うむ? どこだ?」
「この大断層に沿って東の地なのですが」
「ふむ……」
エルフの里はここから南東に百キロほど行ったところなのだけれど……どうやら妖精や獣人の話しから、あえて挙がらなかったここから東の地が「騒がしい場所」だと考えたのかもしれない。なるほど、ありうるわ。なぜならば……
「このリートの大断層には、奥深い峡谷が幾つもあります。どこかの峡谷の主が暴れているから森が騒がしいのかも……」
「なるほどな」
そうなの、東西に数百キロのびるリートの大断層は幾つもの奥深い峡谷があるんだけれど、断層の上の大地から流れ落ちる肥沃な水によって植物が豊かで。その豊かな植物を昆虫が、さらに昆虫を狙う小動物が、その小動物を捕食する動物が、さらに魔獣や幻獣が……という食物連鎖で、生命の楽園のような場所になっている。
その楽園を縄張りとする魔獣や幻獣がいて、それらの存在が何か影響を与えているのかも……とスランは考えたのかもしれない。
「よし。では少数で行こう。私とスラン、後は……」
「私も行きます!」 と手を挙げたら。
「いや、私が。魔獣や幻獣がいる場所ならいざという時、戦える者だろう」
と嫌味男が! むっ、私だって戦えるわよ!
「よし、ではこの三名で。他の妖精や獣人にも声をかけてみよう。残りの者は帰路に着くように」
「えええ~~っ!?」
「「はい!」」
うわあ~~、行きたかったのに! 嫌味男めえ~~っ! また嫌がらせだ!!
「いいじゃないの。危険だからシスを心配してよ」 とアルが言うけれど!
うう~~っ! 私も行きたかった!
父さんたちがニンフやケンタウロスに声をかけている姿を、私は恨めしい気持ちで眺めていた。
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