妖精と獣人の世界

第8話:巨大樹の森のエルフ


 巨大な樹木の森

 巨人さえも隠れる太い幹が天へと伸び上がる

 見上げる天には、縦横無尽に分かれる逞しい枝の数々

 多様な枝の一つ一つから萌える青々とした葉

 枝葉によって作られるドーム状の天井


 枝葉の天井から木漏れる美しい光の筋

 筋は地上まで落ちず広い空間に消える

 独特な深緑色の光に包まれた妖しい空間

 妖しい空間に漂う深林の香気

 重い香気は森の底に沈む


 森の底には起伏に富んだ草の原が広がる

 草原の生える巨大樹の根元

 巨大な根に隠れる人影

 美しい男女たち


 美しい、森の妖精たち



 ■森妖精システィーナの視点



 スゴいなぁ……

「はぁ……」

 私はため息をついた。

 スゴい。

 何度来てもそう思うの、ここの森は。

 一本一本の大きさがもうエルフの里とは桁違いで。エルフの里の古樹も大きいのだけれども、この森の樹木の方が二倍くらい高い。高さは八十メートルくらいあるかしら? 幹は、直径二十メートル以上はあると思う。とっても太くて大きい。

 幹を支える根も立派で。

 地表に見えている部分でも大きく広がっているけれど。大地の中ではどれほど深く、広く、根を張っているのかしら?

 その根が支える幹は健やかに天へ伸びていって、ただひたすら幹だけが真っ直ぐ伸びていって……何て艶やかで歪みのない幹だろう。その幹の先、樹冠 (樹木の上部で葉が茂っている部分)はまるで花が開くように枝が放射状に広がって……不自由な大地の中より、自由な空に大きく手を伸ばしているよう。

 青葉が屋根となって太陽を遮っているの。

 だから森の中は深い緑色の宝石、エメラルドグリーンの光に満たされていて。ああ綺麗。

「すうぅ~~……ふうぅぅ~~……」

 巨大樹の幹や枝葉からは霧のような香気が放たれていて。ああ清々しい。鼻や胸がスッとするような香りが立ち込めていて。はぁ。心も体も洗われるよう。

「すうぅ~~……」

 香気を胸一杯に吸い込んだ私の名前はシスティーナ。

 あと二年で二百歳となる森妖精エルフで、エルフ特有の切れ長の目に、瞳は翡翠色をしている。

 顔は卵型。だからか見た目はちょっと悩みどころで、少し幼くみえて……もうちょっと大人っぽくなりたいなあ。前髪を作ると子供っぽくなるからオデコを出してる。

 髪は金髪。短い。今は。

 今はアゴの下までくらいの金髪でね、緩く波打っている。短い髪には理由があって。短いから、ちょっと幼く見えるかなあ。うん、たぶんそうだよね。長かったら大人っぽいはず!

 身長は小柄なエルフの中でもやや小さな方で……百五十センチ、くらい? それもあって幼くみえるのかも。も……もうちょっと欲しい、かな。もうちょっと……

 あ、この巨大樹から発散される香気を吸い込めば大きくなるかな!?

「すうおぉぅ~~……」

 私はもう一度、さらに大きく深呼吸して香気を胸一杯に吸い込む。ああ背が高くなったような気がする。けれども吸い込みすぎると胸や胴が当たって苦しい。

 そう今、革鎧の胸当てや胴鎧をしてるのできつくって。さらに私はロングボウをたすき掛けして、足は若草色のホットパンツに太ももまである革のブーツを履いているので、まさに「狩人」の格好をしている。

 そう今私は鎧を身に纏い、狩人の格好で、愛馬の一角馬ユニコーンを休ませているの。エルフは一般的に男性しか狩りをしないのだけれども。ではなぜ、女性の私が鎧を纏って巨大樹の森にいるかというと……

「フンッ、何を呑気に深呼吸してるんだお前は」

 むむむっ!

 せっかく清々しい気分になっていたのに、それを台無しにするようなトゲのある声が! しかも「お前」って。何様!? 偉そうに言われる筋合いはないわ!

 私は露骨に! 眉間にシワを寄せながら不快感を隠さず、目だけをそっちに向けた。その声の主と正面を向きあいたくないからっ!

 そこには三角帽子トリコーン(両脇と後ろが折り返されて上から見ると三角形に見える帽子)を被ったエルフの男が! 神経質そうな、いや実際に神経質な男で名前はローレンシュタイン二百五十歳。艶やかな長い白髪を後ろで結んでいて。ローレンも革鎧を纏ってロングボウをたすき掛けしている。

 神経質さを表す鋭い目で周囲を見ながら再び口を開いた。

「我々が何をしにこの巨大樹の森に来たか。自分の役割を分かっているのか?」

 くわああっ! 嫌味!

 くわああっ! 腹立つ! 腹立つ!

 分かっていることを、あえて言うこの嫌味ぶり! くわああっ!

「言われなくてもっ! 分かっているものっ! 休憩中なんだから気負わないよう深呼吸しても構わないでしょ!?」

 私は再び不快感を隠さず、逆に不快な心であることを彼にぶつける。そしてツンとして彼に背を向けるとユニコーンの首を撫でた。彼は事あるごとに私に突っかかって来て。

 もう、放っておいてよ!

 とローレンは「フンッ」と鼻をならしてから戻っていった。

 もうっ、まったくもうっ! 嫌な奴なんだからっ! 大嫌い!

 とそのやり取りを見ていたのか笑い声が。

「クスクス、またケンカ? 本当に仲がいいわね」

「はあっ!?」

 はぁっ!? はぁあっっ!?

 その台詞に私はキッと睨み付けた。そこには清楚な大人の色香を纏った美しいエルフ女性が。アルティーナという名前の私の友達だ。

 アルは艶やかな美しい長い銀髪に青い瞳。瓜実顔うりざねがおが本当に大人っぽくて美しくて。彼女はは二百二十歳で、私の怒った顔を見ると目を細めてクスクスって……

 うぅ~、神秘的で大人っぽい色香!

 羨ましい!

 私はますます頬を膨らませて怒った! だって! だって、私が欲しい大人の女性の色香を持ってるんだもの!

「仲良くないもの! 属性違うし!」

「うふふ、そうかなあ?」 目を細めただけなのに、成熟した大人っぽい笑み……! くわあぁ~~っっ!!

「もうっ! 花樹属性のアルには分からないのよっ」 私は頬を膨らませた。

 そう、エルフには樹木のように属性があって、私は果樹属性のエルフなの。で、あの嫌味男ローレンは針葉樹属性。全然仲良くないもの! アルは花樹属性でこの妖艶さはバラ科の属性かな。花樹属性の女性は誰とでも仲良くやれるって言われているから! 分からないのよ!

 アルは笑みながら「膨らんだ、膨らんだ!」と私の頬を指で何度もつつく。こそばゆい! 突かれる度にプップップッて空気がっ!

 くわああ~~っ!

「もうっ! もうっ! オモチャじゃないんだい!」

「うふふ、ごめんごめん。でも属性とかあまり関係ないと思うけれど……? ていうかシス、貴女ローレンのこと本当に気づいていないの?」

「ローレンの? 何が? 気づく?」

 ローレンのことは嫌なやつだって、よーく、よ~く知っているわ! 大大大っっ嫌い、と言ったらアルはあきれ顔で……

「はあ、ここまでとは……ローレンも大変ね」

 はあぁあ~~っ!?

「何よ! 何よそれ!? 大変なのは一々突っかかって来られるこっちの台詞でしょう?」

「突っかかって、なんて。貴女を心配してよ?」 不器用すぎだけど、と繋げる言葉に私は被せぎみに!

「はあぁっ!? 心配ってどこが!?」

 嫌味ばっかりじゃないか! 嫌味ばっかりじゃないか! くわああっ!

「はあ」 アルはめまいを抑えるような仕草で「まあスランがいるから仕方ないか」

 と、ため息をついて行ってしまった。

 何よもうっ、もうっ! くわあぁあっ! ため息をつきたいのはこっちだよ。

 私は怒りを抑えるために再度深呼吸をした。すうぅ~~、ふうぅ~~~。

「ううぅ~~っ! ふううぅぅ……!」

 何度か深呼吸すると何とか落ち着いてきたよ、よしよし。さあ今日はこれから大変な仕事が待っているから、今から気を落ち着かせておかなくっちゃ。

 そう、あの憎たらしい嫌味男ローレンの言うように、私たちはある目的があってこの巨大樹の森にやってきたの。実に百年ぶりの目的で。今、巨大樹の根元には二十人ほどのエルフがいて、それぞれ準備や休憩をしている。男性の多くは「ウォーエルク」と呼ばれる、馬と見紛うほど大きくて立派な鹿を休ませている。ウォーエルクは頭から後ろに湾曲する太い角が生えて、角の先が鼻の方まで伸びる鹿なんだ。とっても気性が荒くてね、でも戦いで臆さない強さがあるから。

 とその時、壮年の男性エルフがやってきた。

「フフ。大丈夫かシス」

「はいっ、ジーク父さん」

 声をかけてきたのは、やはり三角帽子を被り口髭のある渋いエルフで名前はジークシュタイン。

 私の父さんだ。

 うーん本当に渋いなあ。若い時代が長いエルフも年齢を重ねるごとに段々加齢というものが出てくるの。ジーク父さんは五百歳を超えて壮年にあって……うふふ落ち着きがあって、頼もしくて、見識があって。若かりし頃は森の外の世界、すなわち人間の世界にも行っていたそうで、だから見識があるんだろうな。自慢の父親で、そして私の住むエルフの里の長なの。

 父さんは続けた。

「今回のお前の役は重要だ。気負いすぎないようにな」

「はいっ!」

 私は背筋を伸ばしてバシッと答えた。

 あれ、これが気負う……かな?

 そう、何で革鎧を装備して巨大樹の森にやって来たかというと、実は『 幻獣狩り 』をするためなの。

 狩り、とは言っても命を奪うためじゃなくてね。体高六メートルを越える巨大な金色のヘラジカ、幻獣ファルコの角を取りに来たの。幻獣ファルコの角を粉砕して粉に変え、あるものと混ぜると『 エルフの秘薬 』ができるんだ。

 近々、妖精や獣人のいちがあって物々交換でエルフの秘薬を持って行きたくって。角のストックがなくなりそうだから、久しぶりに皆で狩りに来たんだ。

 髪の毛を切ったのは、ファルコが金色のモノに寄って来る性質があってね。罠のエサとして私の髪の毛を利用したんだ。

「百年前の狩りを覚えているか?」

「うん、大変だった」

「フフ今回は手練れも増えたからな……安心しなさい」

「はい! スランも腕を上げましたし大丈夫です! ねっスラン?」

 私はいつも傍らにいる私の双子の弟、スランシュタインを見た。とスランがいない! あれ!? とスランは三メートルはあろう大樹の根の上に立ち、西の方角を見ている。

 私と彼はエルフには珍しい双子なんだけれど、彼の方が背が高い。まあ男性だしね。顔のパーツは似ているけれど、やはり男性だからか凛々しい青年に見えて羨ましい。知らない人が見たら私の方が妹に見えるだろうから悔しい。

「スラン?」

「ああ、姉さん。ちょっと……妙な気配がしたものでね」

「妙な?」

 スランはエルフの里でもかなり目が良くて。

 目と言っても人間のいう視力とは違い、紫外線や赤外線といった不可視光線を視る目で。エルフは紫外線や赤外線を視ることができるんだけれどもスランは特によく視えるらしい。

 姉としては誇らしい反面、私の方が能力が劣っているようで何だかモヤモヤするけれども……

「森が騒がしくて。何か遠くにいるようだが……」

「何か?」

 何だろう?

 たぶん私には見えないだろうけれど、スランのいる根の上へのぼると私も同じ方角を見る。

 おお、巨大樹が起伏のある原に立ち並ぶ壮観な景色が見えて。エルフの里は老樹の森なので枝葉が鬱蒼として光があまり射し込まないのだけれど、巨大樹の森は若いからまだ明るくて遠くまで見渡せる。

 私もスランの探すものを見ようとしたそのとき……

「「ぉぉっ!」」

 皆が小さくざわめいたの。皆が同じ方を向いていて! 西の方。

 皆の視線の先。数百メートル先の薄暗い巨大樹の下……金色に輝く巨大なヘラジカかゆっくりとゆっくりと歩いていく! はわぁ、大きい! 首筋の高さまで十メートルくらいありそう! 金色の角も見事な大きさで広がっていて! ああっ、その後ろには小さな金色のヘラジカが着いて行って! 群れだ! 群れで移動している。

 はわあぁ~~、深緑色の光の空間に金色に輝く鹿の群れが……

 何て綺麗なの……

「よしっ! では皆、手筈どおりに!」 父さんが小さく指示する!

「「はい!」」

 エルフたちは各々、騎乗していく!

 ああカッコいい!

 一角馬とウォーエルクの狩人の部隊!

 狩りの始まりだ!


 このときは気づきもしなかったの。

 まさか、まさかすでに怪異が始まっていただなんて……


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