第7話:ラーディン領シーラン村


 薄霧にわずかに霞む断崖絶壁

 断崖を飛び回るトンビの鳴き声

 鳴き声に交じり聞こえる鎚の音

 シーラン村の採掘場の音



 ■コークリットの視点



 舟に乗り、さらに河を遡ること五キロ。

 右手には断崖、左手には広大な森。

 トータルで十キロということで、だいぶ森の中に来たような気もするが……ただ広大な山海・樹海からすると、まだまだ森の表層部分か。

 霧が少し、さっきよりは少し濃くなって。視線はまだ七~八十メートル先は見える程度だが、それでもだいぶ白く霞んで来たと思う。

 ただ、どうやら毎日このような感じではなく、平野部のようにカラッと晴れている日もあるそうだ。

 大河はまだ五十メートルくらいの幅がある。ゆったりとした美しい清流だ。また川を覗いてみると、先ほどより周囲が暗いから見えづらい。

 俺は気になったので霊力を目に集中させた。そう、霊力は集中させることで五感を強化することができる。目に霊力を集中させると視力が強化されて、普通なら見えない距離や暗さだったとしても、見えるようになる。

 川を覗くと、一メートルはある巨大魚がうようよと泳いでいる。凄いな、相当な栄養化の高い水質なのか……川底には変わらず小さな石が敷き詰められているが、所々大きな岩盤が剥き出しになっている。あの岩盤も、霊石の鉱脈のようだ。

「……」

 視線を感じる。

 俺は周囲を観察しているが、アルバート少年はキラキラとした目で俺を観察している。相当、神殿騎士に憧れを持っているんだろうか。最初の頃よりも熱い視線がやはり心苦しい。そんなに熱い視線を向けられるほどの人物じゃないよ。

 はあ。俺は、本当の神殿騎士じゃないよ……

 と考えているとシーラン村が見えてきた。

「神殿騎士様、あそこがシーラン村です」

 シーラン村は川縁と断崖絶壁の合間の僅かな平地に作られた平坦な村で、前の二つの村よりちょっと小さいか? 七十世帯くらいだ。採掘場が崖に沿って長い。

 舟に乗る珍客に、百名ほどの工夫たちが手を止め、訝しげに俺を見ていた。まあ、聖霊の紋章のサーコートにマント姿の男など、見たことないだろうしな。子供が行方不明になるという奇妙な事件が起きているし、神殿騎士の捜査が入る御布令は二日目じゃまだ行き届いてないか?

 と思いつつ村に入る。

 村は目抜通りに沿って家々が並ぶ。

 久々の平坦な家並だな。村の目抜通りは丸い石を等間隔に敷き詰めて舗装した道で、水玉模様に見えて可愛いな。視線を感じて見上げると家々の屋根のさらに上、断崖絶壁の所々に木が生えていて……生命力が凄いな。その断崖の中程に、岩場をくりぬいて作った見張り場があって、まるで秘密基地のようだ。兵士がこちらを見ているな、兵士には神殿騎士来訪の件が伝わっているようだ。

「『 索霊域 』」

 何とか秘密基地まで索霊域を広げ、霊従者を呼び出し聞き込み開始。俺とアルバート少年はまた行方不明の児童の家へ向かう。

 シーラン村は二名の子供がいなくなったが、そのうちの一人の家に伺った。

「こちらです!」

 アルバート少年が一つの家で立ち止まる。

 同様に薄いレンガ積みの家で、中に入るとすぐにダイニングだ。天井は木の板で、二階部分の床と一階の天井が共有されているようだ。小さな家には母親と老婆、さらに五歳くらいの男児がいて、母親と老婆は膝をつき俺にすがりついてきた。

「ああ神殿騎士様……どうかお助けください」

「神殿騎士様……」

 少しでも安堵感を、勇気を与えたい。俺も膝をついて二人に近づいて、その肩に手を乗せる。

 大丈夫……任せてくださいね。

「「ああ……神殿騎士様」」

 二人は俺の腕の中で頭を垂れる。少しだけ不安や悲しみが癒せたのかもしれない。安らかな顔をしているから……

 この家でいなくなったのは十歳の女の子で、セリアちゃんだ。今から一ヶ月ほど前のことらしい。学びの家 (学習塾)でいつのまにかいなくなったという。

「やはり大霧の日だったのでしょうか?」

「はい、大霧でした」

 俺は気になることを尋ねた。

「行方不明になる前、セリアちゃんの様子はいかがでしたか?」

「様子……ですか?」

「ソワソワしていた、とか怯えていた、とか」

「はい。体がだるいと言って、ボーッとしていることが多かったです」

 アルバート少年が「また体調不良」と呟く。うむ、これは症状が似通っているといえば似通っているか……微妙に違うといえば違うか?

「熱があったり、咳をしたり、鼻水が出たりはどうでしょうか?」

「……いえ、特には」

 セリアちゃんは風邪をひいていたわけではなさそうだ。

「そちらの男の子は大丈夫ですか?」

「この子ですか? はい、大丈夫です」

 男の子は皆の注目を浴びて母親の陰に隠れる。可愛い子だ。故郷の孤児院の弟や妹たちを思い出す。そして確かにボーッとはしていないな。

「セリアちゃんがその状態になったことに、心当たりはありますか?」

 母親たちは悩みながらも「特に何もなかった」と言った。

 何も思いあたらないか……

 その後、念のため探索圏の魔法で部屋や建屋全体を調べさせてもらったが、不審な存在の痕跡も、特別なものも見つけられなかった。

「セリアちゃんの髪の毛をお借りできますか?」

 母親はすぐに櫛を持ってきてくれて、栗色の細い髪を受け取ると霊力を調べる。

「……同じか」

 そう特に何も感じられず、他の子供たち同様普通くらいのレベルだろう。

 手がかりなし。いや直接的な手がかりはない、だな。間接的には幾つかの仮説を導き出せてきた。

 そして最後に。

 母親たちに、気をしっかり持つよう、いつ帰って来ても大丈夫なよう、しっかりと食事を摂るように伝えた後、日中いたという学びの家へと向かうことにした。



 ◇◇◇◇◇



 学びの家は断崖の採掘跡を利用して礼拝堂に似た建物を作ったらしく、断崖の中に埋まっている感じで、まるで何かの遺跡のようだ。

「「聖霊は教える……」」

 遠くからでも分かる子供たちの声。声を出して聖霊の教えを朗読している。

 ふふ、子供特有の可愛らしい高い声……故郷の弟妹きょうだいたちを思い出すなあ。俺と暮らした弟妹たちは、それぞれの仕事で身請けされ、もらわれていったけれど、元気に暮らしていると信じている。

 会いたいなあ……皆に。

 訪れた旅先で、会えるといいなあ……

 子供たちの声に胸が熱くなる。

「神殿騎士様? どうかなさいましたか?」

 立ち止まったままの俺に不安そうな少年。おっとマズイな。

「いえ。幼少期を思い出して、故郷を懐かしんでいました」

「神殿騎士様の幼少期!」 興味津々な少年。

 これもマズイな。俺の幼少期を聞かれたら、神殿騎士へのイメージを壊してしまうな。

「この領では、森の奥の小さな村でも教育が進んでいて素晴らしいです」

「!」 アルバート少年は息を飲んだ。「はい! あっ、ありがとうございます!」

「アルバート様の代でも、どうか子供への教育は変わらずに進めていってくださいね」

「はい! 承知しました!」

 少年は拳を胸に当てる。ふふ良かった。

 そう教育。教育が大事だ。

 識字、計算、それだけでもいい。それさえもできないことで、将来の可能性がとてつもなく減るからだ。読み書き、計算さえままならないことで仕事に必要な能力を身につけることができず、限られた職業により貧困に陥る。子供の頃から、将来が暗い。

 それは駄目だと思う。

 教育こそが子供の可能性を広げる。

 俺がそうだったから。

 孤児の俺がここまでこれたのは教育のお陰だったから。

 もし俺が教育を受けなかったら、おそらくこの体を活かした単純な肉体労働業務だったろう。奴隷に近い仕事だったかもしれない。それは人間らしい生活とは程遠いもののはずだ。

 そう考えると。

 教育は『 人生を作る 』ということかもしれない。

 俺の人生は、教育によって豊かになったと思うんだ。

 窓からそっと中を覗くと十数名の子供たちが学んでいる。ふふ可愛い、故郷に残してきた弟や妹たちがかぶる。子によって文字であったり、算術だったりを学んでいるようだ。ああ子供特有の、不揃いな字がなんとも微笑ましい。

 聖霊の教え以外は年齢ごとの一律教授ではなく、習熟度に応じての個別教授だ。子供たち一人ひとりがバラバラのタイミングで先生であるご老人の元へ行き、文字であったり算術であったりを聞いている。

 ああ、子供たちの表情を見ると、学べる喜びを感じていると分かる。

 俺も教えてやりたいなあ。

 学舎まなびやに入ると子供たちは驚き、怯える子供もいたが、神殿騎士だと名乗ると皆がワッと集まってきた。ふふ、嬉しいなあ。腰を落として子供たちの目線に合わせる。俺の顔は無表情だけれど目を細めて表情があるように装おう。

 守りたい。子供たちを。

 そして、いつか故郷に戻りたいな。

「さあ勉強にお戻り。たくさん学んで大人におなり」

「「はい!」」

 一人ひとり頭を撫で子供たちを勉学に戻すと、俺は六十代後半とおぼしきご老人に当時の様子を伺う。優しそうな、ウォゼット先生のようなご老人だ。

「大霧の日でも、この学びの家は開いているのですか?」

「はい。霧で見えにくいとはいえ、同じ村内。最も遠い子でも数百メートルですので」

「セリアちゃんがいなくなった日は何名ほど来ましたか?」

「確か、十四~五名の子供たちが来ていて、いつも通り一人ひとりに課題を渡していたかと……」

「セリアちゃんはいつ頃いなくなっていたか分かりますか?」

「ううーむ」 ご老人は腕を組む「元々始まる時間や終わる時間は自由でして、あの日がどうだったかは。ただ昼前には席も片付いて、ここにはいなかったと」

「勉強中、不審なモノを見たり、聞いたりはいかがでしょうか?」

「むう……ないですな。ワシも歳で耳も目も悪くはなりもうしたが、さすがに子供たちが気づくかとは」

 まさに。ひとしきり質問した後、室内や学びの家周辺を探索圏の魔法で調べさせてもらったが、やはりこれといっておかしなモノは見つからなかった。ふーむ、ここまでくると、ある仮説が徐々に徐々に、現実味を帯びてくる。

「ありがとうございました」

 丁重にお礼を述べると、シーラン村のもう一人の行方不明児童の家に向かった。



 ◇◇◇◇◇



 もう一人の子は十一歳のカール君という男の子で、セリアちゃんがいなくなった十日後に姿を消したらしい。家は目抜通りから脇道に入った小さな家で両親と姉、妹の親子五人暮らしだ。家には細い脇道しか行く手段はなく、脇道は俺が二人並ぶことはできないくらい狭い。

 出迎えてくれた母親と姉妹たちが俺に懇願する。

「神殿騎士様……どうかカールを……!」

「お願いします、神殿騎士様!」

 大丈夫! 俺は子供たちの目線まで腰を落として肩に手を添える。

 カール君はやはり大霧の日で、夜いなくなったらしい。三人の姉弟姉妹が寝る子供部屋から忽然と……子供部屋に連れて行ってもらうと、小さな部屋の隅に三段ベッドが。

「お姉さん、妹さんと三人で寝ていて、朝にはいなかったと」

「はい」

 窓はある。両開きの鎧戸だ。開けると先程の脇道になっている。子供部屋は二階にあるが、窓から出入りできないほど高いわけではないか。

「いなくなった日の朝、窓は開いていましたか?」

「たしか」 お姉さんがオズオズと「閉まっていたと」

「玄関の扉はどうですか?」

「開いていました」 と母親。

 窓は閉まっていて、扉は開いていた。

 なるほど。

 後で探索圏の魔法で調べさせてもらおう。もし怪しいモノが出てこなかったら、あの仮説がまた信憑性を増す。

「いなくなる直前の、カール君の様子はいかがでしたか? 何かに怯えていたとか」

「そうですね……」

 母親が思案顔になる。と妹さんが。

「神殿騎士様。おにいは数日前から『 眠い 』って言ってました!」

「これっ、そんな話じゃ」 と母親。

「いえ、構いません。いつ頃から眠いと言っていたのかな?」

「何日か前でした!」

「二~三日前からかな?」

「そのくらいだと思う!」

「それならば」 と母が「確かに二~三日前から動きが緩慢で、何をするにもノロノロしていました」

「眠くて、動きが緩慢」

 やはり他の子供たちと同様、少しおかしかったようだ。アルバート少年が腕組みをして考えている。

「お姉さんと妹さんは大丈夫ですか?」

「「大丈夫です!」」

 二人は元気に言った。姉弟姉妹で違う……

「カール君は眠いと訴え始める前、何かされていましたか? 特にお姉さんと妹さんがやらなかったけれど、カール君だけされたことなど。例えば一人で川遊びをしたり森へ行ったりと」

 その質問に、三人は顔を見合わせて話し合う。「あれは」とか「これは」とか。でもほとんど姉弟姉妹の三人で過ごしていたから最終的には「特に思い当たらない」ということだった。

 俺は子供部屋と家を探索圏で調べる。だがやはり、魔物の物理的な痕跡であったり、霊力や魔法の痕跡であったりは見つけられなかった。

 やはりか。これはもしかすると本当に。あとは、子供たちの共通点だが……

「カール君の髪の毛をお借りできませんか?」

「はい」

 母親が持ってきてくれた髪の毛を調べるが、これまでの子供たち同様、特別な力を有しているわけではなかった。念のため姉妹の霊力も調べさせてもらうと、やはりごく普通の霊力だった。

 とそのとき、ちょうど霊従者たちの聞き込み調査も終わったようだ。実はこの村に来てから調査ポイントを一つ増やしたのだが、該当する例が一件あったようだ。

「アルバート様。次の大霧の日はいつ頃になりそうでしょうか?」

「次の大霧は」 考え込むと「過去の季節経験からすると四日後になるかと」

「四日後……」

 なるほど。ならばまだ残りの村へ行っても時間はあるか。

 俺は家族に向き合うと、最後に些細なことでもいいので何か思い出したら教えてほしいと、さらに思いつかなくてもそれを教えてほしいとお願いした。

「はい。神殿騎士様……なにとぞカールを! カールを見つけてください!」

「「お願いします、神殿騎士様!」」

 母と姉妹は俺に懇願する。

「はい」 俺は膝をついて家族の手を取る「必ず見つけます」

「「ああ」」

 必ず見つける。

 だから、待っていてくれな。



 ◇◇◇◇◇



 翌日、怪異捜査三日目。

 俺はディーガ村、イーガン村へと捜査で訪れた。

 とても静かな村だった。

 まるで時が止まったような静けさで。

 ほかの村より霧が濃く、それゆえかとても静かな村だった。

 うっすらと見える断崖絶壁、うっすらと見える大河の向こうの森……

 視界は四~五十メートルか……

 静かだった。

 採掘現場から流れてくる小さな金槌の音が、ヴェールに包まれた村の生きている音だった。


 俺はそこで、まさに霧の中だった怪異の糸口を見つけた。

 行方不明者に共通するそれを見つけ、なぜ行方不明になるのか、そのメカニズムを見つけたのだ。

 とはいえメカニズムだけであり、「霧魔」の正体ではない。

 霧魔の正体を突き止め、討伐しなければ今後も発生してしまうだろう。


 カギは、森の中だ……

 森へ。

 樹海へ向かおうと思う。


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