第6話:ラーディン領ビーデン村


 高くそびえ立つ断崖

 断崖に寄り添うように流れる大河

 大河は行き交う舟を乗せ流れる

 流れる大河を眺める大柄な騎士



 ■コークリットの視点



 怪異捜査は二日目。

 舟に揺られながら、エイデン村から五キロ上流のビーデン村へ向かう。

 そう森を通ることは危険なので、エイデン村から先の村々へは舟で移動するようだ。

 何だか癒される……大河に。

 はあ。落ち込むなあ。

 俺はやはり駄目だなって思って。

 助けたいと思っても、力になりたいと思っても、非情な現実の前には無力で。情けなくて。いきなり現実に打ちのめされてしまった。何が「助けてきます!」だ。

 はあぁー……

 これで、伝説の神殿騎士の一人に数えられてるのか……

 視線を感じる。ああアルバート少年の、俺を見る眼差しが痛い。キラキラした眼差しだから。凄いキラキラ輝く目で俺を見て。

 はあ、神殿騎士への憧れの眼差しが、心に刺さる。そんな目で見ないでくれ。つらいんだ。相変わらず顔には出ないけれど、はあ。

 癒される……大河に。

 舟を乗せる大河の流れは緩やかで止まってさえ見える。静かな大河を覗き見れば、青みがかった美しい水が川底の様子を見せてくれて、心にある自分への不甲斐なさや情けない、侘しい心を和ませてくれる。

 水深は三メートルくらいかな。川底には丸い小石が敷き詰められ、陽の光で作られた舟の影を映し出している。

 エイデン村から大河を遡ってきたが、舟の往来が結構多い。既に数隻とすれ違っている。今回の行方不明事件が『 人拐い 』だったら子供を舟に乗せて、もありうるが。

 可能性としては低い。

 まあ今までの情報だけではまだ推理にすら早いな。

「神殿騎士様、あれがビーデン村です」

 アルバート少年が前方を指し示す。

 切り替えろ! 前を向け! 顔を上げろ! へこんでいたらもっと助けられないぞ!

 俺は心を奮い立たせ、心を整えて見る。

「これは凄い村ですね」

 そう、凄い。その一言。

 ビーデン村は河の中洲にある巨大な岩の上に建てられた長細い村で、海を割って進む軍艦のように見える。軍艦島だな、ちょっと小型な。世帯数は百いかないだろう。その軍艦島には何艘もの小舟が横付けされている。

 周囲を観察してみる。

 エイデン村は、まだ森の表層部分といった感じもあったが、ビーデン村まで来ると、完全に森の中という感じだな。霧もうっすらと霞んでいて『 霧の森 』に来たと感じさせる。がまだまだ視線は通るから景色は見える。

 俯瞰するつもりで見ると河を挟んで片側半分は見上げる断崖絶壁。もう片側半分は奥へ向かうほど霧の立ち込める森、といったところだ。よくぞ、こんなところに村を作ったもんだ。まあ、霊石や鉄鉱石、貴金属などは魔物や獣の棲息する樹海や山海に多いから仕方ないか……

 だからこそ、怪異が多く発生することになる。

 さて船着き場に到着、村に入ったぞ。

「では早速。『 索霊域 』、そして『 霊従者 』」

 俺はまた索霊域を広げ霊従者で聞き込みを開始する。

 村は独特だな。

 土地が狭いから建物は大体三階建てで道幅も狭い。狭いながらも酒樽で野菜を育てたりと工夫している。おっとトンネルがあると思ったら、道を挟んで左右の建物を二階部分で繋いで部屋としているのか。世帯数を増やした上で、堅牢化しているな。

 村の様子を観察しながら進み、アルバート少年と川縁に近い三階建ての一階部分の家に来た。この家の子供が怪異の被害者か。

 家に入る。

 すぐダイニングだ。部屋はこぢんまりとして。薄いレンガを積んだ壁と暖炉、鎧戸の窓が開け放たれ風通しが良い。風通しは良いが、その場の空気と雰囲気は暗く重苦しい……当たり前だ。

 若い夫婦は膝をついて俺にすがりつく。

「神殿騎士様、どうか娘を……娘を見つけてください!」

「神殿騎士様! お願いします!」

 泣き出す夫婦に胸が締め付けられる。

「はい……任せてください」

 助けたい!

 救いたい!

 早く会わせてあげたい! 頑張れ、俺!

 はやる気持ちを抑えて話を聞く。と、どうやら夫婦の八歳になる娘、エマが行方不明になったらしい。

「八歳の女の子。いつ行方不明に?」

「今から、一ヶ月……半ほど前の大霧の日に」

 今から一ヶ月半ほど前の大霧の日。霧の中を探したし、その後も何日も村人総出で森や河を探したらしいのだが見つからず。ああ、改めて口に出すことで二人の表情には諦めの色が浮かぶ。

 まだ諦めたらダメだ!

 ツラいだろうが、教えてください。

「いなくなったことに気づいたのはいつ頃で、ご両親はどのように過ごしておられたのですか?」

「は、はい。自分は朝、作業現場へ出かけまして……」 と父親。

「私は家にいたのですが、少し買い物にも出かけて」 涙ぐむ母親「エマはよく眠っていたものですから」

「眠っていた。なるほど」

 エマちゃんが眠っていたので、家に一人残して買い物に行ったと……大霧の日と言っても仕事は休みではないらしいし、出かけることもあるようだ。と母親がうつむいて泣き出した。

「うぅっ!」 母親が顔を両手で隠す「私が一人にしなければ」

「そんなことはない! 今までだってそういうことはあったんだから」 夫が慰め、妻を抱き締める。

「寝ていた場所はベッドということですか?」

「はい」

 では後で見させてもらおう。

「買い物は何時ごろに?」

「お昼前でした」

「家を出てから戻るまで、どのくらいの間だったでしょうか?」

「一時間はかからなかったと……」

 一時間未満。

 この怪異を起こしている存在を『 霧魔きりま 』とすると、エマちゃんが一人になったということをどう知ったのだろうか?

 単独行動をしている村人は、今までの聞き込みで結構いたのだからそちらを狙えばいい。外で単独行動を取っていた村人さえいたようだ。なのに、なぜエマちゃんだったのだろう?

 寝ている子供を狙っているのか?

「エマちゃんはお昼寝していたということですか?」

「いえ、体調を崩していたようで……」

「体調を?」

 アルバート少年は俺を見た。うん、これは偶然かな? エイデン村のアルト君もそうだった。

「いつから体調を?」

「三~四日前……くらいでしょうか」

「症状はどのような?」

「頭がクラクラするようでした。元気もなくて」

 アルト君は頭がボーッとする症状だったが、エマちゃんはクラクラするか……何か関係があるのか? 念のため情報収集しておくか。

「症状がでる前、気になる出来事などありましたか?」

「症状がでる前……」

 夫婦は互いに過去の出来事を話し合いながらも最終的には「思い浮かばない」と母親が。うん、日ごろから一緒にいる母親が言うんだ。本当に心当たりはないのだろう。

「寝かしつけたという部屋を拝見したいのですが」

「はい、こちらです」

 部屋に案内されると、どうやら親子三人で寝ているようだ。レンガ積みの石壁に、古く薄ぼけた床板。両壁にベッドがあり、正面は窓。その窓は両開きの鎧戸が開いて部屋に光をもたらしている。窓の外を見れば、大河の向こうに断崖絶壁。窓の下は中州の岩山が見えて、水面まで七メートルくらいか。家と岩場の境界にわずかな足場がある。

 人なり魔物なり、何かが侵入してきたとのだとすると、ここからだろうが。「霧魔」が霧状の魔物なら空を飛んで?

「大霧の日、何か物音を聞いたり悲鳴を聞いたりは?」

「いえ、何も……」

「では皆さん動かないよう」

 俺は探索圏の魔法でまずは部屋の痕跡を調べる。足跡や体毛、皮膚。さらには魔法や霊力の痕跡。

「……」

 これといって怪しい、おかしいモノはない。続いて窓の桟に、窓の下のわずかな足場。

 よじ登った手足、あるいは指爪跡や人ならばロープなどの跡は?

「……」

 ない。

 では全体的に霊力、魔法の痕跡は……霧状の魔物なら壁なり空間なりに何らかの痕跡が?

「ないか……」

 何もない。

 怪しいもの、そこまで行かない違和感など、何も感じない。

 そう、違和感さえもない。

「ふむ」

 そう、俺はこの空間を包む『 暖かな霊力 』を感じていたので、ちょっとした違和感さえも浮き彫りにできるハズなのに。

 いやもしかしたらあったのかもしれない痕跡は、この一ヶ月半で消えてしまったのかも。

 遅かったのかも……クソッ! 内心の憤りや焦りを顔に出さず、いや顔に出ず、俺は次の調査にあたる。

「エマちゃんの髪の毛をお借りしたく」

「は、はい」

 母親は部屋から出ると、櫛を持って戻ってきた。そこには子供のものと思われる細い細い髪の毛が……櫛ごと借りると、俺は霊力の強弱、有無を調べる。

「……」

 うん、通常レベルだ。

 霊力が突出しているわけではない。うーむ、何か見つけたかった。人か魔物か、何かの、「霧魔」の痕跡を……クソッ!

 一通り調べた後、若い夫婦に一つのお願いをした。

「念のため、症状がでる前のことを思い出しておいていただけますか。些細なことでも構いませんし、思いつかなかったらそれはそれで重要な情報ですので構いません。いつでも連絡をしてください」

「「はい」」

 アルバート少年が「思いつかなかくても?」といった表情だったが、「神殿騎士の考えだから何かあるのだろう」と納得したようだ。

 夫婦は懸命に当時のことを思い出そうとして。そして思い出すことで娘を思い出したのかな……夫人は涙を見せ、そんな夫人を夫は悲しそうに抱き締める。

「グスッ……うう」

「エマ……」

「……」

 ああ。ああ! くそぉっ!

 胸が締め付けられる……

 家には、暖かな霊力こころの残り香がたくさんあった

 空間を満たす心の残り香が

 夫婦が、愛娘に注ぐ『 愛情の残り香 』が

 俺は、凄い感じていたんだ

 親とは、こんなにも子を愛せるのだと、初めて知った

「……」

 どうすれば?

 ああ悲しむ夫婦を。涙する夫婦を。

 元気づけたい。助けてあげたい。

 けれど、やはり何も思いつかなくて……

 いや。

 言葉は思いつくんだ。

 励ます言葉は。

 でもそれは、被害者やその家族という当事者を、外側から見ただけの第三者の言葉。薄っぺらい、重みのない言葉だと思う。

 内側にいる人にとっては……欲しい言葉なのか、俺には分からない。自信がない。

 けれど。

 やはり。

 励ましたい。元気づけたい。何かしてやりたい。

 でも。

 何をすれば? 何をすればいい……?

 歴代の神殿騎士はどうしたんだ?

 何を……?

 吟遊詩人の英雄譚にはない。

 分からない。何をしてやれる?

 何を?

 俺を助けてくれた人たちはどうしてくれた?

 俺をどうやって助けてくれた?

 悩む俺に、若い夫婦が声をつまらせる。

「ああ……神殿騎士様」

「神殿騎士様」

 俺はハッとした。

 いつのまにか、俺は夫婦のそばに立っていたんだ。いつのまに……?

 そして俺は二人の背中に手を当てていた。

 二人に寄り添って。その背中に手を添えていた。

「ああ、神殿騎士様」

「暖かい」

 二人はお互いを抱き合い目を閉じている。俺が手を当てている場所から、夫婦は俺の霊力を感じ取っているのが分かった。

 そうか、俺の霊力が……

 俺の霊力が、癒しになってくれるのか……?

 分からない、本当にそうなのかは。でも寄り添うことで、霊力に触れてもらうことで、少しでも悲しみが紛れるならば、そうしてやりたい。

 申し訳ない。

 こんな方法しかできなくて。

 申し訳ない。

 寄り添うしか。寄り添うしかできない。

 俺にはそれしか。俺にはそれしか。

 申し訳ありません。不甲斐なくて。

「温かい……何て温かな」

「ぐすっ、ありがとうございます神殿騎士様」

 俺はいつの間にか二人を抱き締めていて。

 これが親か。これが親なんだな。誰よりも子供を心配する、誰よりも子供を愛する、これが親なんだな。

「見つけます。必ず連れ帰ります」

「はい」「お願いします」

 見つけるから! 連れ帰るから!

 言葉に表せない思いを汲んでくれたのかな。

 夫婦が俺に身を寄せてくれて……

 ありがとう。

 見つけるから。連れ帰るから。希望は捨てないでくれ!



 ◇◇◇◇◇



 家を後にした俺たちは霊従者の聞き込みにまだ時間がかかりそうなので、従者に出来ないことをした。

 つまり探索圏の魔法だ。

 舟に乗りこみ、中洲の岩場を登り降り移動したモノがいないかグルリと周りながら調べる。

 そう、登り降りした痕跡があればそこから辿っていけるだろう。子供を一人抱えているのだから、何かしらの制約がかかり、痕跡が残るハズだ。そしてもし痕跡がないならば、本当に霧状の魔物が存在するのかも……

 そうやって、可能性を狭めていけるかもしれない。

「少しずつ、舟を動かしてください」

「はい!」

 船頭は俺の指示どおり、ゆっくりと舟を動かす。岩場は垂直な岩壁部分もあれば緩やかで足場がある部分もある。所々、草木が繁り、とっかかりもある。様々観察すると大河の水面が上下するのか、水面の数センチ上が黒ずんでいたりする。

 半刻ほどかけ岩場一周を調べてみると、よじ登ろうとした古い爪痕と弓矢の跡などが複数あったものの、ここ最近でよじ登ったり、降りたりしたモノはいないようだった。

 ない。ないか。

 やはり地に足をつけて移動するような魔物ではないのか?

 と、ここで『 翼を持つ魔物 』の線を考えてみよう。大霧の日、空を飛んでやってきて、子供に悲鳴の一つも上げさせず飛んで帰った……と。もしそう仮定すると、やはりおかしい。なぜかと言えば聞き込みの結果だ。翼を持つ魔物だったならば、羽音くらい聞いた村人はいたハズだ。が聞き込みではそういう村人はいなかった。

 ハーピーやグリフォンと戦ったことがあるが、重い体を飛ばすためか、両翼が合わせて三~五メートルもあり、羽音も大きかったし、巻き起こす風も相当なものだった。砂ぼこりも舞い上がってうねりが凄かった。窓近くで飛んでいたら、羽音、風で誰かが気づくだろう。

 でも、村人は誰も羽音を聞いてないし、風圧を感じていないし、巻き起こる霧のうねりを見ていない。

 そして何より、大霧というミクロの水分が舞っている中で羽ばたこうものなら、あっという間に羽根が濡れて飛べなくなってしまうだろう。

 やはり霧状の魔物だろうか?

 だとすると、ほぼ無敵か? 霧に紛れて忍びより、部屋の中へと侵入し、悲鳴も上げさせず連れ去る。

 無敵な能力だ。

 しかしそれなのに子供一人だけ狙う……? 重さか?

 何が目的だ? 食糧としてか?

 でも霧状の魔物なら、肉を食うわけでもあるまい。恐らく、霊力を食うハズだ。だが霊力を食うだけなら連れ去る理由はない……さらにおかしいのは、今までの子供は霊力の弱そうな子で、もっと霊力の強い村人はいたんだが……

 解せない。

 矛盾が多い。

 と、ちょうど霊従者の聞き込みも終わった。残念ながら、怪しいモノや気になるモノの目撃例は、なかった。特に大霧の日に些細な異変も感じなかったという。

 ないか。

 クソッ。

 いや焦るな、落ち着け! 落ち着かないと僅かな痕跡も見落としてしまう。

 深呼吸して……

 次だ! まだまだ捜査は始まったばかりだ!

「では、シーラン村へ行きましょう」

「はい!」



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