第5話:ラーディン領エイデン村


 大河の岸辺を彩る力強い並木

 並木の合間から見える穏やかな大河

 大河の上流に見える崖の町

 なだらかな崖に建つ砦のようなエイデン村



 ■コークリットの視点



 ああ、いい揺れだ。

 俺は馬車に乗っている。

 ラーディン卿と別れた俺はアルバート少年に案内されて、城下町からニキロほど上流へとやってきた。

 ううーん、馬車に乗っている間中、アルバート少年が俺をキラキラした目で見るからこそばゆい。もの凄い、神殿騎士への憧れが伝わってくる。

 視線を外すように周囲を見ると、河岸を縁取るように生える木々が次々に後ろへ流れていき、束の間の目の保養になる。

 おや、幹と幹の合間から河を下降する小舟が。

 何か積んでるな。ああ、あれはもしや霊石か?

 事件に関わるか定かではないが、情報収集だ。

「あれは何を積んでいるのでしょうか?」

「はい、あれは採掘した『 霊石 』です」 ハキハキと答えてくれる。

「なるほど、霊石を」

 やはりか。ふむ。結構な量だな。

 霊石は、溶かして鉄と掛け合わせることで、例えば俺に与えられた魔法の鎧など付与できるようになる。ただ、俺の鎧くらいの大きさや魔法付与の強さで考えると、たぶんこの領の採掘量数年分が使われているんじゃなかろうか……大事にしよう。

 そうこうしていると、大きく蛇行する先、木立の合間からチラチラと砦が見える。要塞か?

「神殿騎士様! 見えて来ました! あれがエイデン村です!」

 村か。砦のように見える住居群だった。

 切り立つ断崖になだらかな岩場があり、岩場の形状を利用して積層型に堅牢な住居が建てられて、小さな要塞のようだ。ザッと見、百戸くらいあるか? 四百~五百人くらいの村だろう。

 と、どこからともなく、カーン、カーン、と甲高い音が。音の方を見ると、村から上流に少し行った岸辺で数十人が働いている。ああ、岩盤を砕いている音だ。霊石を含む岩盤を砕いているようだ。

 と、馬車は村の入り口に到着した。

「神殿騎士様。到着いたしました。いかがいたしましょう?」

「まずは『 索霊域 』を敷き、『 霊従者 』で聞き込みを始めます」

「索……従者?」

 俺はアルバート少年が何のことか質問をしてくる前に実物を見せた方が早いと考え、左手をつきだすと『 索霊域 』と魔法を唱える。

 と左手の前の空間に聖霊の魔方陣が出現した。アルバート少年が「おお!」と驚いた次の瞬間、魔方陣はうっすら輝くシャボンのような玉に変化し、刹那膨張するように広がり、村を包む。昼日中なのでほとんど光は見えないくらいだけれど、魔法を使える者には分かるだろう。

「この空間を索霊域と言います。現時点でこの家にいる人の霊力反応は二百五十名ほど、採掘場にいる人は二百名ほどだと分かります」

「な、なんと! そんなことが!」

 索霊域は内に存在する霊力を探知する神殿騎士魔法だ。

 今、この空間内に中小零細様々な霊力が存在するな。大きい霊力はないから、傑出した才能を持つ人物はいなさそうだ。特に小さな霊力はネズミや猫だろう。

 と、索霊域を維持したまま今度は別の魔法を使うため右手を前につきだし『 霊従者 』と呪文を唱えると再び聖霊の魔方陣が輝く。

 次の瞬間、魔方陣は五つの光る玉に変わると、玉は光りながら人の形に姿を変え、瞬く間に五人の俺が現れた。ちょっと違うのは、目鼻を隠す仮面をしているところだが、それ以外は身に纏っているものも背丈格好も全く同じだ。

「おお! こ、これは!」

「魔法で作った捜査用の従者です」

 これも神殿騎士魔法の一つで聞き込み調査など行える。

 索霊域の範囲内でしか活動できないため、索霊域の維持が必要だが従者たちが見聞きしたものが同時に入ってくるので捜査に便利なんだ。もっとも、従者を出しすぎると頭がパンクするので、自分の能力、あるいは脳力が必要になる。俺には五人が余裕をもって行動できる人数だ。

「捜査開始」

 と指示すると、従者たちが村へと入って別々の行動を取る。

「では我々は行方不明になった子の家族に話を伺いたく。案内をよろしいでしょうか?」

「はい! 分かりました!」

 俺たちも村へと入った。



 ◇◇◇◇◇



「神殿騎士様、こちらです」

 アルバート少年が一つの家を示した。

 板状の薄いレンガを幾層にも組んで建てた、こじんまりとした家だ。

 ドアをノックすると、憔悴しきって精気のない女性が現れた。女性はアルバート少年を見ると驚き、少年から俺を紹介されるとさらに驚き両膝をついて頭を垂れた。

「ああ神殿騎士様……どうか息子を……お救いください」

 ああこんなに弱々しく。助けたい! 何としても!

 小さなダイニングに通され、俺とアルバート少年と向き合ってテーブルに座る母親に、話を伺う。

 行方不明になったのは一人息子のアルト、九歳だった。

「一ヶ月ほど前です。夜寝かしつけて朝になると、ベッドに息子の姿がなく……まさか夜中に大霧になるなんて」

 母親は、愛する息子のことを思い出したのか、目に一杯の涙を溜める。

 母親か……

 胸がズキンと痛む。

 必ず見つけます。

「誰かが侵入したような形跡はありませんか?」

「ありませんでした。ただ、窓が開いていて」

「窓が」

 どうやらイーガン村のケイティーちゃんと同じなようだ。

 こちらも若い夫婦と息子の三人で暮らしているようで、息子だけ別の部屋で寝ていたという。外部から侵入してきたとしても分からないかもしれないな。これは、後で見させて貰おう。

「いなくなった夜から朝にかけて、大霧になったのですか?」

「はい……うぅ」

 やはり大霧か。

 母親は、寝る前に外を確認しなかったことを後悔している。

「大霧になる前、日中息子さんはどのように過ごされていましたか?」

「はい……ちょっと体調を崩していたようですが、久しぶりに友達と外で遊んでいました」

 これは気になる。

 行方不明の子供たちに共通点があってもなくても、この不可解な事件を起こしている原因となる魔物か何かは、獲物となる子供を見ている可能性がある。

「友達と外で。その友達はどなたでしょうか?」

「はい、同い年のバルタ君やエレナちゃんだと……」

「今、お友達がいるとしたらどこでしょうか?」

「河の遊び場かと……」

 俺は従者の一体に指示を送り、バルタとエレナに話を聞きに行くよう指示を送る。バルタとエレナが何かしらの存在を見たり、異変を感じていたら。索霊域にかかっているといいが……

「体調を崩していたとは、どのような症状でしょう?」

「頭がボーッとして、気分が悪いと……」

「よくあることでしたか?」

「いえ、初めてです」

「体調が悪いのは、その日だけでしょうか?」

「いえ四~五日間ほどでした」

「ずっと家で寝ていたと?」

「はい」

 風邪か何かか? だとすると「外に出ていて何かに目をつけられた」という線だった場合、遊びに行った日。

 バルタとエレナの情報が重要になるか。

「息子さんが見知らぬ者と会っていたとか、怪しい魔物を見たとか話していたりはしませんでしたか?」

「いえ、全く」

 その後も色々な情報を聞き出す。

 と、俺は大事な用件を切り出した。

「アルト君の髪の毛はありませんか?」

「アルトの髪……ですか? ええ、たぶん枕にでも」

 というと、母親は向こうの部屋に行き、しばらくすると戻ってきて栗色の細い髪を手渡してくれた。

「神殿騎士様、それをどうするのですか?」 とアルバート少年。

「霊力の大きさと質を調べてみます」

 魔法の根源たる霊力は、大きさ(量)と質が大きく関わってくる。

 つまり霊力が大きければ(量が多ければ)、何度も魔法を使えるし、霊力の質が高ければ、同じ魔法でも強弱が変わってくる。

 アルト君の霊力が、もし普通以上だったならば。

 それで狙われた可能性も出てくる。

 通常、霊力の調査は本人を直接視て、体に宿る霊力を測るものであって、髪の毛から霊の大きさや質は分からない。

 だが、もし傑出した才能を持っていたら、落ちた髪の毛にも霊力が残留していることがある。

 俺は髪の毛に意識を集中した。

「……ないな」

「え?」

 霊力の残留などない。まるで。

 とすると、アルト君は大目に見ても、いいところ普通レベルだ。傑出した才の持ち主ではない。

「最後に、アルト君の部屋を見させていただいても?」

「はい、ぜひ」

 俺たちはアルト君の部屋に移動した。



 ◇◇◇◇◇



 子供部屋にはベッドと木窓があって、開けると隣の家の屋根がある。木窓から外への出入りは充分にできる。

「では皆さん動かないよう」

「はい!」

 俺は両手を前につきだすと『 探索圏 』と魔法を使った。

 両手の先に聖霊の魔方陣が同時に出現し、次の瞬間魔方陣は白光の球体に変貌し、部屋全体に広がるとアルバート少年が何度目かの「おお!」と感嘆の声を発した。この探索圏の魔法は、神殿騎士魔法の中でも最も高度な魔法で、目に見えない物事さえも可視化する魔法だ。

 まずは足跡から観てみよう。

「床には無数の足跡……大人と子供。新しいもの古いものだ……」

 部屋の床は古く傷んだ木床で三種類の足跡がある。

 父親、母親、アルトのものだろう。ほぼ一定の同じ大きさと形で、第三者や魔物と思われる足跡はない。

「魔物の体毛や皮膚片はどうか」

 チラホラと髪の毛やホコリ、ゴミが落ちているが魔物のものではなさそうだ。もしかして霧の魔物がいるとしたら霧状の痕跡があるか? だとすれば水……乾いてしまうか? 念のためさらに詳しく調べるものの、水状の痕跡はみられない。うーむ。

「ならば窓はどうか……」

 窓は大人がしゃがめば通れる大きさだ。

 レンガの壁の厚みが四十センチくらいあるから、人なり魔物なりが窓からの出入りは間違いなく足跡なり、手の跡がつくハズだ。最悪、跨いだら窓際の床に足跡がつくはずだ。

 が。

「窓の桟に、新旧子供の足跡あり……出たり入ったり……日常的に出入りしていたか。足跡は子供のもののみ。窓際の床にも特になし」

 うーむ、子供の足跡のみ。同じ靴跡のみ。

 霧状の魔物なら何の痕跡もなく連れ去れるかもしれないが。うーむ、水状の痕跡はない。

 窓の外はどうかな? 観た瞬間、ああやはりな、と思った。

「隣の家の屋根は……風雨で洗い流されたか」

 さすがに一ヶ月経つとな。

 綺麗さっぱりない。

「次は霊力の痕跡だ」

 魔法を使う魔物などの場合、魔法を使った痕跡や霊力の残留物などが漂っていることがある。もう一度部屋を観る。

「霊力の残留は……魔物なりのものはない。が、砂粒のような霊力が落ちているのは、霊石の砕けた砂粒か……」俺は窓を観た。「窓の外にもパラパラ落ちているが魔物のソレではない」

 この地は霊石の産地だ。

 特に河の中に鉱石層があった。ゆえに河遊びしただけで足に霊石から砕けた砂が付く。その砂に霊石が混じっているようだ。砂粒は雨で流されなかったようだな。

「ふう……」

 俺は一呼吸すると探索圏の魔法を解除した。

 とりあえず、人の痕跡も魔物なりの痕跡もない。

 まあ、まだ一人目だからな。従者たちの聞き込みも順調でバルタとエレナに接触できたようだが、二人は「おかしなモノは見ていないし、異変に気づかなかった」と言っている。

 そうか……と、アルバート少年が。

「神殿騎士様、何か分かりましたでしょうか?」

「はい。少しずつですが」

 実際には大したことは分かっていない。「痕跡がない」あるいは「あったが時間の経過で消えた」ということが分かった程度だ。でもそういわないと不安に思うだろう。

 それがいけなかった……

「息子は!? 無事なんでしょうか!?」

「っ!」

 突然、俺にひざまずいて懇願する母親。

 目に一杯の涙を溜めて。まるで聖霊にすがるように、俺にすがりついて……

 ああ、子供の身を案じるあまり、痛々しいほどにやつれて。ああ!

 しまった!

 期待させてしまったんだ!

「神殿騎士様! 教えてください! 息子は!?」

「っっ!」 うっ! あっ!

 懇願する母親。助けたい! 助けてやりたい!

 多くの人が、俺を助けてくれたように!

 俺も、弱っている人を!

 助けたい!

 助けたいっ!!

 助けたいのに!

 今こそ! 助ける必要があるのに!

 なのにっ!

「……っ!!」 ぐっ! あっ!

 くそっ! 俺は答えに窮する。

 何も分かっていない俺は、母親に……何を言えば!?

 心配するな? できるものかっ! 子供の安否が分からないんだぞ!?

 元気を出せ? 出せるものか!

「……っっ!!」 ぐうっ!

 くそ! くそっ!

 俺は! 何か、ないのか!?

 くそおぉっ!

「神殿騎士様! 息子は!? 息子は!?」

「──っ!」 ううっ! くあっ!

 ああ俺は!

 情けないっ! 助けたいのにっ!

 気持ちだけで! 行動が! 結果が!

 伴わない!

 助けたいっ!

 助けてやりたいっ!!

 でも!

 その気持ちだけでは……!

 その想いだけでは……!

 くそぉっ!

「……っっ!」

 答えられない俺に、母親は肩を落としてくずおれる……

 ああ……憔悴してやつれた母に、かける言葉さえも見つからない! くそっ!

 旅立ちの時、威勢よく「助ける」と宣言をしておきながら……

 現実は、これか!

 情けないっ! くそおっ、情けないっ!!

 歴代の神殿騎士ならば! 力強い言葉を掛けられるんだろうが……!

 俺には! 思い付かない! くそっ!

 でも、心を痛める母親に、何かせずにはいられない。

 せめて! 何か、何か元気付けたい!

「──お母様」

 俺はくずおれた母親の前に片膝をついて、その肩にそっと手を当てる。ああ細いな。息子を心配するあまり満足に食事を摂っていないためだろう。せめて、励ましたい! 何か、元気付ける方法はないか?

 片膝をついた俺を見てアルバート少年が「あっ」と息を飲んだ。

 何かあったのか?

 ああそうか、膝をつく行為は騎士が法王や王侯貴族に対して敬意や服従、忠誠心を表すための行為。

 それを村人の女性になんて、おかしいか?

 彼の目には神殿騎士っぽくないかもしれない。

 だが、どう思われても。

 今はいい。

「お母様。アルト君は私が必ず見つけます。ですから……アルト君がいつ戻ってきても大丈夫なよう、しっかり食べて、待っていてください」

「はい。神殿騎士様……うぅ……アルト……アルトォ」

 母親は俺の胸に顔を埋めて泣く。アルバート少年が慌てて引き剥がそうとしたが、俺は逆に母親の頭と背に手を当ててギュッと抱き締める。

 いいんだ!

 今は!

 泣かせてやってくれ!

 俺には泣かせてやることしかできない! 悲しみを吐き出させてやることしか

 だからいい

 いいんだ……

「辛い……辛いですね」

 俺は母親の頭を撫で、背中をさする。母親の嗚咽が俺の胸に響く。

 痛い

 痛いよ

 胸に突き刺さる

 こんなにも痛いんだな……こんなにも

 母親の、無償の愛を感じる

 これが愛。母の愛

 孤児の俺には……実の母親はいない

 でも

 感覚はある……

 生まれたての俺を抱き締めて。愛おしそうに頭を撫でて。愛情を与えてくれた感覚が、あるんだ

 だから胸を痛めて、俺を修道院に預けたと思うんだ……


 母の愛が、俺の心に一つの想いを刻み付ける。


「見つけます……必ず」


 それこそが母を助けること。


 そして胸に刻もう

 この痛みを

 これが怪異にあった人々の痛みだ

 忘れるな

 決して忘れるな!



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