手掛かりを求め
第11話:ラーディン領の執務室2
石造りの重厚な室内
室内を彩る質の良い調度品の数々
調度品を輝かせる美しいランタンの光
ランタンの中の霊光石の淡い光
光沢のある大テーブルに着く三名の人影
■コークリットの視点
「何と!? 行方不明のメカニズムが分かった!?」
頓狂な声を上げたのは、ラーディン卿だった。
怪異捜査は四日目。ラーディン卿の執務室で、俺はアルバート少年とともに途中経過と今後の方向性を報告しに来た際の言葉だ。
「そうなのです父上! 神殿騎士様はやはり凄いです!」
ラーディン卿に呼応するように、誇らしげに胸を張るアルバート少年。うーむ俺としてはメカニズムくらいなので、まだまだ胸を張れるほどでもないので複雑な思いだ。
「どのようなメカニズムなのだ!?」
初日同様会議テーブルを挟んで座るとテーブルから身を乗り出さんばかりのラーディン卿。
「結論から申し上げますと……」
「うむ」
俺は一瞬考えた。その結論に至るまでは三日間と長かったが、要点は一つだ。
「子供たちは、何者かに操られているようです」
「何者かに、操られている!?」
そう、何者かに操られている。
子供たちは何者かに操られて、大霧の日に自ら姿を消すのだ。とラーディン卿はさらに問いかけてきた。
「一体、何者がどのように操っているのだ!?」
「は。その何者かはこれから調査になりますが、操る方法、メカニズムは判明しました」
「ほう、その操る方法とは!?」
「は。それは子供自身の『 霊力 』を用いるようです」
「霊力を!?」
「そうです」
俺は昨日、ディーガ村とイーガン村を調査した時のことを思い出した。
◇◇◇◇◇
ラーディン領で最も遠い位置にあるイーガン村は、静かな村だった。
村の世帯数は五十軒ほどで、断崖と大河の僅かな僻地にひっそりとたたずんでいる。周囲はうっすらとした霧で白く、大河の向こうにある森がぼやけていて。大河の幅が五十メートルくらいだから、視界はもうそのくらいしかなかろう。
ああ、対岸の岸辺にうっすらと鹿の親子が見えて。幻想的でさえある。
イーガン村での調査と聞き込みを終えた俺とアルバート少年は、ある家のダイニングにいた。
「神殿騎士様。子供たちの共通点が見つかりましたね!」
アルバート少年が鼻息を荒く言う。
そう、調べていくうちに共通点が見つかった。
いや共通点というよりは、『 予兆 』か。
行方不明になる前の予兆だ。アルバート少年が続ける。
「まさか十二人全員が、行方不明前に不調を訴えていたとは」
そう。調査の結果、行方不明になった子供たちは皆、不調を訴えていた。
ただその不調とは、熱が出たり嘔吐や下痢をしたりと目に見えた病気の症状というわけではなく、頭がクラクラしたり、体がだるかったり、ボーッとするなど、病気というまでには断定できない程度の不調だった。
その不調が分かったからこそ、俺はこのイーガン村で霊従者に「今まさに不調を訴えた子供がいないか」ということを調べさせた。もしいたなら、その子供たちを調べることができるからだ。
すると、驚くべきことに七名の子供たちが不調を訴えていることが分かった。
俺たちは今、そのうちの一人の子供の家にいる。
俺の目の前には、ボーッと虚空を見ながら椅子に座る男の子がいて、母親が心配そうに俺と子供を交互に見つめている。
十歳の子で、ジョージ君という名だ。
「神殿騎士様。それでどのように調べるのですか?」
アルバート少年の言葉に母親がビクッとした。
ああそうか、いきなり神殿騎士がやってきて子供を調べさせてくださいなんて言うものだから、何をされるか不安だったのだろうな。
「はい。医者ならば症状を診るわけですが、聖職者は『 霊力 』を視ます」
「霊力を?」
そう聖職者は霊力を視る。霊視という。
霊力とは体の内にあって、全身を満たしながら存在している。しかし体のどこかに異常があると、その個所の霊力が渦巻いていたり、逆に霊力が全くなかったり、異様な光を発していたりと何らかの異常が見られる。見た目では分からない体内の異常など、それで発見し癒しの魔法で治すのだ。
また霊力は心・感情を司っているので、心の病の場合は頭や心臓にある霊力が何らかの異常をきたしている場合がある。
「では早速……おや?」
俺はジョージ君の霊力を全体的に視た瞬間、その異常に気が付いた。
おやあ?
「ど、どうしたのですか?」 とアルバート少年。
「し、神殿騎士様! ジョージに何か!?」 と母親。ああ申し訳ない。
「ええ……霊力が……」 何だこの状態?
「「霊力が!?」」
「下腹部に集中している……?」
「「下腹部!?」」
そう下腹部。
へその下あたりに霊力が集中している。
通常、霊力は全身に薄く広がり、頭と心臓に多く集中している。霊力は心・感情を司ることから頭と心臓に多く存在する。だから魔法を使いすぎると気絶することがあるのだが、それは頭と胸に集中する霊力を使いすぎて、心そのものを使い果たしてしまうからだ。
「下腹部に集中するとまずいのですか!?」
「いえ、一概には言えないのですが……」
俺はもう一度ジョージ君の霊力を視た。
おかしいな……彼の霊力は下腹部に集中しているが、その集中する様子が通常の病とはだいぶ異なっていると思う。というのも、通常の病なら霊力が頭と心臓付近に集中したまま、悪い部分に渦を巻いていたりするのだが……彼の場合は、頭と心臓付近の霊力が少なくて、すべての霊力が腹部に集まっている。
ボーッとしている理由はこのためか。
頭と心臓にあるはずの、心・感情を司る霊力が腹部に集まっているため、ボーッとしているのだ。
「もしかすると」
「「もしかすると!?」」
「お母様。ジョージ君は何か……変わったものを食べませんでしたか?」
「か、変わったもの……?」
母親は考え込んだ。
そう下腹部、すなわち腸に霊力が集まっているということは、最も可能性が高い考えは、何か食べた『 妙なモノ 』が腸に滞留して影響を与えているということだろうか。母親はしばらく考えた後、申し訳なさそうに言った。
「いえ、特別心当たりは……ですが遊びに行ったときまでは分かりませんし」
なるほど。確かに四六時中監視しているわけではないので、遊びに行ったときに何をしていたかまでは分からないよな。
うーむ、しかし何だろうか。
最も厄介な癌の視え方ではない。
ましてや普通の病の視え方でもない。
頭と心臓の霊力がなくなるなんて。
とアルバート少年が。
「神殿騎士様、いかがするのでしょうか?」
「そうですね……該当しそうな聖魔法を可能性の高いものからかけてみます」
そう。まずは大きく異物か病気かに分けられるだろう。
本当におかしなモノを食べたせいだとすると。霊力を集めるような性質を持っているモノ……と言えるな。
あるのか? そんなものが。
病気だとすると厄介なことになるかもしれない。頭と心臓の霊力が全部持っていかれるなんて、過去に類を見ない『 奇病 』だ。治すには多大な『
魂力とは、読んで字のごとし「魂の力」だ。
霊力が魔法の根源となる霊力妙な力だとすると、魂力は生命の根源となる力と言える。躍動する生命の力、魂力があるからこそ癒しの魔法が効く。
そう実は癒しの魔法は、魔法自体は聖職者の霊力によって発動されるのだが、回復するかは受ける側の生命力の大きさに比例する。いや受ける側の生命力を消費して傷を回復させるので、生命力が元々小さかったり、癒しの魔法をかけすぎて生命力を消費し続けて少なくなっていたらもう回復しない。
寿命がつきかけの老人や生まれたての赤ん坊、病弱な人などは魂力、生命力が小さくて癒しの魔法が効かなかったりする。病気にかかった状態が長いと、それだけで魂力、つまり生命力を消費しているので癒しの魔法をかけても手遅れになっている場合がある。
「ではまずは異物を消滅させる魔法を使います」
「はい!」
異物を消滅させる魔法は、それほど大きな魂力を使わない。
俺はジョージ君のお腹に手を当てた。子供の可愛らしい、ポッコリとした小さなお腹だ。
「『 異物消滅 』」
ジョージ君のお腹に魔方陣が出現。光り輝く。
数瞬だけれど。俺はすぐに手を離すとジョージ君の霊力の変化に注目した。魔法の効果は次の瞬間には現れるからね。とその時、変化が。下腹部に集まっていた霊力が、グルグルと渦を巻くとゆっくり、ゆっくりと、心臓と頭へ。霊力が心臓と頭へ戻っていく。
マジか!
一発目で当たった!
うわ、嬉しい。表情は変わらないけれど。
「ううーん……あれ? ここは?」
ジョージ君が目を覚ました。いや。
目は先ほどから開いてはいたのだが、意識が入ってなかった感じで。母親が抱きつく。
「ああっジョージ! 良かった!」
「神殿騎士様! 異物が原因だったのですね!?」
「そのようですね」
そう、異物。異物だったんだ。何だろう、この異物とは。
・頭と心臓の霊力を集める
・集めることで意識を奪う
というところだ。
待てよ……待てよ。
ほとんど意識がない状態の子供……
意識を奪う。
意識を奪う。
意識を奪う……奪って……
「意識を奪い、意のままに動かす……?」
「え?」
そう、意識を司る霊力が頭と心臓にないならば。
この、下腹部にあった異物が。
この異物が。
意思を持って、子供を動かした……
子供の
「何だ? この異物は?」
尋常じゃないぞ!? 法王庁魔法物所蔵院や魔獣研究院でも観たことのない効果だ!
そんなモノが!
子供に気づかれず。体の中に入るわけはない!
俺は意識を回復したジョージ君に質問した。
「何か、妙なモノを食べていませんか?」
ジョージ君は神殿騎士の存在に目を白黒させていたが、落ち着くと少し考えてから顔を左右に振った。
「大きさ的には数センチ。大きくても五センチはいかないハズ。何か覚えはないですか?」
「な、ないです!」
そんな大きなもの飲み込んだら分かるという。
さらに丸のみは絶対無理と言う。
その通りだ。ではどうやって……!?
分からない! 全く分からない!
・異物は何か?
・どうやって体に入ったか?
どうやって調べる!?
異物を消滅ではなく取り出せたら、グッと真相に近づく。実物が何か分かるからだ。実物を体に取り入れた本人に見せれば、いつどこでどのように口に入れたか分かるだろう。
だが取り出すとしたら、方法は一つ。
腹を切って取り出すことだ!
「無理だ。出来ん」
俺の独り言に皆が不安な表情になる。すまん。申し訳ない。
無理なのは技術的なものでも、度胸的なものでもない。安全面というわけでもない。
むしろ得意な方だ。
小さく切って、異物を取り出した後、聖魔法で治す。
簡単なものだ。傷痕さえ残らない。
と頭では理解できるが。理解できるが!
子供の腹を切る!?
できるかっ! そんなことっ!
頭で理解できても、心が納得できない!
ゆえに、できん!
「お母様。ジョージ君はいつ頃から意識が薄れましたか?」
「は、はい。そうですね。十日ほど前からだと」
十日ほど前から。恐らくその数日前に体の中に入ったのだろう。
「十四日ほど前から十日前に遡って、何を食べたか思い出していただけないでしょうか?」
「十四日前……」
「食材からお願いします」
「えっ」
母親とジョージ君は顔を見合わせた。
何とも困った顔だ。でも大変だろうけれど頑張って思い出して下さい。
「ではジョージ君。次は意識が朦朧としていた時の話しを聞かせてください」
「は、はい!」
「誰かに操られているような感覚はなかったですか?」
「操られて?」 ジョージ君は考え込むと「特には……」
「では、何かに呼ばれているような気がしたとか、引き寄せられるような気がしたとか」
「呼ばれ……」 ジョージ君はハッとして「ああ、そう言えば!」
「「そう言えば!?」」
「夢をみていました!」
「「夢?」」
「そう! 凄く綺麗な場所があって! 独り占めしたい場所で! そこに引き寄せられる感じ!」
「「!」」
引き寄せられる!?
それか!!
それで結果的に行方不明に!? 引き寄せるモノがある!?
「綺麗な場所?」
「うん! 綺麗な宝石が沢山あって。誰にも教えたくない感じ!」
誰にも教えたくない。
それが『 操っている 』とも言える。
独り占めしたいから、誰にも知られずに行動する。
誰にも知らせずに行動する。
一人になったときに。
大霧の、誰にも見られないときに。
だから、拐われた痕跡がないんだ。
自ら、誰にも知られないように行動するから。
「何かが霊力を奪い、幻覚を見せ、行動を操る」
そういう可能性がある。
その後、色々なことをお願いして他の児童の元へと向かうことに。
他の子供はどうか。
すると、他の児童もジョージ君と同様の状況で、異物を消滅させると意識を取り戻し、夢をみていたのだった。
やはり、異物だ。原因は異物だったのだ。
・大きさは数センチ~五センチ
・頭と心臓の霊力を集める
・集めることで意識を奪う
・意識を奪ったあと、幻覚を見せ、行動を操る
・皆、異物を取り込んだ心当たりがない
何の物質だ!?
どうやって入った!?
◇◇◇◇◇
「霊力を集める異物!? 幻覚を見せ、行動を操る!」
ラーディン卿が頭をかきながら呟いた。考え事をする際の癖のようだ。とアルバート少年がすかさず答える。
「そうなのです、父上!」
「して、どのように調査するのだ?」
「は。異物を取り込んでいた子供たちや家族に、何を食べたか調べて貰っています。特に、兄弟姉妹で異物の有無が分かれている場合、この違いから判別できる可能性があります」
「なるほど、そうだな!」
「さらに、一度異物を取り込んだ子供たちはまたこれから取り込む可能性があります。ゆえに何を食べたか、しばらくは記録していって貰います」
「なるほど!」
「そしてその間、私は森の方へ行きたいと思います」
「「森へ!?」」
「はい。聞き込みをしているうちに気になる情報を得ました」
そう、霊従者の聞き込みで入手した情報だ。それは大河の上流や大河から外れた森の中に、ファーヴル(自然と共に生きる人々)の集落が点在しているという情報で、ここしばらくそれらの集落と交流がないと言うことなのだ。
「なるほど、ファーヴルたちの。しかし私が神殿騎士殿を呼んだのに、我が領民をおいて行かれるのは困りますな」
ラーディン卿が不満をもらした。ファーヴルは聖霊よりも自然と共に生きることを願い国を捨てた人々であったり、あるいは人間社会に馴染めない人々であったりするので、この領とは無関係だ。この領のために税も払わなければ、もちろん聖霊への信仰もない、守るべき対象ではないからこそのラーディン卿の言葉だろう。分かる。
でも俺は!
放っておけない!
放っておきたくない!
俺を助けてくれた人たちは!
困っている俺を、見て見ぬ振りはしなかったからだ!
考えろ! 説得する言葉を!
「……私の考えでは」
「うむ?」
「……ファーヴルの人々はこの領で起こっている状況の一歩、二歩先におかれています」 俺は話しながら思いついた。「例えばこの領で将来起こるであろう災禍が、ファーヴルの集落で先に起こっていると」
「むう」
「それゆえそこから得る情報は大きなものであると考えています」
「なるほど」 ラーディン卿が唸った。「上手いことを言いますな神殿騎士殿。ならば仕方ない」
よしよし、よおしっ! とラーディン卿が続けて。
「しかしファーヴルの集落は、大小十数箇所ありましたが何日で戻ってくる予定ですかな?」
なるほど。そうだな……
「では、まずは三~四日間ほどで回れる集落を回ります。その間に、子供たちが食べたものの情報が出ているハズですので、ファーヴルの情報も含め分析できるかとは」
「なるほどな。では念のため、なるべく早く戻ってきていただきたい」
「は。ならば今すぐにでも出発して早めに戻ってこられるようにします」
「うむ」
「神殿騎士様! 自分は何を!?」 とアルバート少年。
「集まった情報を整理していて下さいますか? 特に兄弟で一方は異常を、もう一方は正常な子供たちの情報を」
「承知しました!」
「では、出立します!」
俺は立ち上がった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます