秩序とコアゲーム外伝 生きる場所
春嵐
インフェルノ
少し、疲れた。
ここまで、休み無しで来た。せめて店が軌道に乗るまでは。そう思っていたが、延々に変化し続ける駅前で、軌道や安定というものが存在しないというのも、分かってきている。
「大将、酒」
スーツの客。
時間帯はばらばらだが、ほとんど毎日来ている。
「はい、ただいまお持ちします」
分かってしまう。前職のせいで、人の仕草や身なりから大体のことが判別できる。
酒を出した。
「おう。ありがとうよ」
受け取って、酒を注ぐ仕草。スーツの着こなし。
明らかに治安関係。それも、かなりできる。
店内には今、この客しかいない。
もしかしたら、駅前を牛耳っている組の人間で、みかじめ料とかを取られるのかも。
「大将も、どうだ。今日はもう客来ねえだろ」
分かっている。
今日はこれから雨になるので、アーケード街から遠いここに客は来ない。予約も入っていない。
「そうですか、では」
自分で酒を持ってきて、自分で注いだ。
「なんだ、自分で呑むのか」
一応、用心した。自白剤は空想の産物だが、酒にいくつかの薬品を重ねがけして言語で誘導すれば催眠状態を作ることはできる。これも、前職の知識。
杯を持ち上げる。
「はあ」
「おお、俺よりも美味そうに呑むじゃねえか」
「最近呑んでなかったもので」
日付が変わると店を閉める。それから、次の日の仕込み。そのまま二階で眠り、起きたら店を開ける。酒はおろか、飯を食う時間すらあやしかった。
「店はどうだ。ここじゃ軌道に乗せるとはいかねえだろうが」
「ええ。その通りで。客足がばらばらすぎてまるで読めない」
当たり障りのない事実を喋った。
何を探りに来ているのか分かるまでは、用心したほうがいい。
「そう用心するなよ」
「へえ。すんません」
用心しているのも、なんとなく伝わったらしい。
「面倒だから用件を言う」
スーツの客。こちらを向く。
「なんでこんなところで居酒屋をやっているんですか、総監」
口調で、はじめて、わかった。
「おまえ、変装がうまくなったな」
気付かなかった。公安の美女こと、うちの部下。
「いま、この国がどうなっているのか、わかって、ますよね?」
「ああ」
焼き畑式FPSDDoSで、どこもかしこもシステムが燃え上がっていた。システムの狙い方が巧妙で、インフラや医療機器に影響はない。
「新しいやつがやってるんです。なんであんなのを公安に入れたんですか」
「入れたつもりはない」
この焼き畑は、自分の部署で見つけた人間がやっているものだった。たまたま、呑み屋で会って意気投合したやつ。
「私には何やってるか、さっぱりなんです。それなのに課長まで急に飲み屋なんて始めちゃうし」
「そう言うなって。もう少しの辛抱だ」
公安の美女も、限界なんだろう。宗教の内偵と検挙をしながら、ハッカーのお守り。
入り口の扉が開く。
「大将。おさけのみたい」
予想外の客。
焼き畑を行っている本人が来た。
「おう、よく来たな」
「あっ」
「えっ、なんでここに」
「まあ、そういうことだ」
呑み屋で会って意気投合した。しかし、この人間には、居場所がなかった。才能があればあるほど、世界は容赦しなくなる。この人間はハッカーの才能ゆえに、押しつぶされるほどの重責と焦燥感を世界から与えられていた。
だから、呑み屋の大将になって、こいつを守る。それが公安の長としての、判断。間違っているとは思わなかった。最適な決断のはず。
「どうだ、ゲームのほうは。盛り上がってるか」
「うん。盛り上がってるし、燃え上がってる。たのしいよ」
「そりゃ、よかった」
生き方を与え、導く。公安の前に、一人の人間として、行わなければならないことだ。
秩序とコアゲーム外伝 生きる場所 春嵐 @aiot3110
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